おはようございます、ぺぺです。
いつもご覧いただきありがとうございます。
懐かしい写真を…。
吹田信号所に大量留置していたマニ44やマニ50の荷物列車の車両たち。
それらを鷹取工場へ運ぶ為の入れ替え作業の模様。
手前から順番に運ばれるのでは無く、なんか順番があるみたいですねぇ。
見学の際にスタッフさんから「今から入替やるからここから出んといてなあ。」
と言われて詰所前でその入替風景をずっと見させて頂きました。
荷物列車は、かつて日本全国を走り回り、人だけやなく荷物も運ぶ大切な存在でした。
今では姿を消してしまいましたが、鉄道ファンにとっては「縁の下の力持ち」ともいえる存在です。派手さはないものの、その歴史を知ると「これはなかなか奥が深い世界やなあ」と感じます。
日本の鉄道が開業したころから、小荷物や郵便物は列車で運ばれていました。当時はトラック輸送が発達しておらず、鉄道こそが全国を結ぶ物流の主役でした。駅には荷物受付窓口があり、自転車や旅行かばん、農産物まで、さまざまな荷物が列車に積み込まれていました。
昭和に入ると、荷物専用車両が数多く製造され、旅客列車に連結されるだけでなく、荷物だけを運ぶ専用列車も運転されるようになります。夜行列車の後ろに荷物車が何両もつながっている姿は当たり前の光景も、
急行「だいせん」なんかは20系に最後尾マニ50が付いていましたね。
ブルートレインにも荷物車が。
深夜の大阪駅ではブルートレインのカニ24に新聞を積み込む姿もありましたねぇ…。
ホームでは駅員さんが手際よく荷物を積み降ろしする様子が見られ、「時間との勝負やなあ」と思うほど見事な連携でした。
荷物列車の魅力は、車両の種類の多さにもあります。スニ40形やマニ50形、マニ60形など、用途に応じてさまざまな形式が活躍しました。郵便車と荷物車が一緒につながる編成もあり、列車を観察すると「今日はこの組み合わせか!」と楽しめました。貨物列車とはまた違う独特の雰囲気があり、地味ながら味わい深い存在でした。
まぁうろ覚えですが…。
しかし昭和50年代になると、高速道路の整備や宅配便の普及によって、荷物輸送は次第にトラックへ移っていきます。鉄道で運ぶメリットが少なくなり、荷物列車は少しずつ本数を減らしていきました。さらに郵便輸送もトラックや航空機へ移行したことで、役割は急速に縮小します。
そして1986年には、国鉄による荷物輸送は廃止されました。翌年の国鉄分割民営化を前に、多くの荷物車は役目を終えます。長年全国を走り続けた車両たちは次々と廃車・解体され、駅で見慣れていた荷物車の姿はあっという間に消えてしまいました。「昨日まで普通におったのに、もうおらへんやん!」という、鉄道あるあるですね(笑)。
少年ぺぺも当時は近所の踏切でEF58が牽く荷物列車を目にしてました。
その後、ちょっとの間、EF62が牽引し気づいたら荷物列車自体いなくなりました。
一方で、すべての車両が姿を消したわけではありません。一部は事業用車両へ改造されたり、保存車として大切に残されたりしています。博物館などで荷物車を見ると、当時の物流を支えた歴史を感じることができます。
今では宅配便を頼めば翌日に届く時代ですが、その便利さの土台には、かつて鉄道が築き上げた輸送の歴史がありました。荷物列車は決して主役ではありませんでしたが、日本の暮らしと経済を陰で支え続けた立役者だったのです。
客車や機関車ばかりに目が行きがちですが、荷物車にも目を向けると鉄道の歴史はさらに面白くなります。
「地味やなあ」と思って見始めても、気が付けば形式の違いを覚え始めるかもしれません。まるで荷物車に「ようこそ、こちらの世界へ!」と誘われているようです(笑)。


