思い出フォト2005年 大阪口のブルートレインを撮影! | 鉄撮り屋

鉄撮り屋

撮り鉄ぺぺのブログです!
ここは、これまで撮りためてきた懐かしい鉄道写真をシェアする発信基地
「あの頃こんな車両あったな〜」「この風景いいな!」と感じてもらえたらと。
現在はX・アメブロ・YouTube・TikTok・Threadsでも発信中
よろしくお願いします

おはようございます、ぺぺです。

いつもご覧いただきありがとうございます。

2005~2008年に撮影したブルートレインを。

 

大阪と九州・山陰方面を結んだブルートレインは、関西の鉄道文化を代表する存在でした。

夕方から夜にかけて大阪駅へ行けば、「あかつき」「なは」「彗星」「日本海」などが次々と姿を現し、ホームは旅立ちの雰囲気に包まれていました。青い車体に機関車が連なる姿は本当に格好よく、「これぞ寝台特急!」という風格がありました。

特に大阪口では、九州方面へ向かう「あかつき」「なは」「彗星」等が人気を集めました。九州へ帰省する人、旅行へ出かける人、出張のビジネスマンなど、さまざまな人の思いを乗せて夜の東海道・山陽本線を西へ走っていきました。一方、日本海縦貫線を経由する「日本海」は青森までを結ぶ長距離列車として、多くのファンに愛されました。

 

牽引機関車も大きな魅力ですね。時代により異なりますが大阪からはEF65形やEF66形が先頭に立ち、進路によってはEF81形へバトンタッチ。ヘッドマークを誇らしげに掲げた姿は、まさにブルートレインの顔でした。ホームで機関車交換を眺めるだけでも十分楽しめましたし、汽笛が鳴ってゆっくり発車する瞬間は何度見ても胸が熱くなりました。

ぺぺが特に集中して撮影した2005年は、大阪口のブルートレインにとって大きな転換点でした。この年は東京発着の「あさかぜ」が廃止されるなど、全国的に寝台特急の終焉が現実味を帯び始めた時期で、「今のうちに記録しておかなあかん」という空気が鉄道ファンの間にも広がっていました。そのため大阪駅や宮原操車場周辺、山崎や島本などの撮影地には、多くのカメラマンが集まっていたものです。

2005年に撮影した写真は、今では貴重な記録になっています。当時は「まだ来年も走るやろ」と思っていた列車が、数年後には次々と姿を消してしまいました。だからこそ、あの時シャッターを切った一枚一枚には大きな価値があります。「もっと撮っとけばよかった…」という声は今でもよく聞きます。

 

ブルートレインは単なる移動手段ではありませんでした。旅への期待、駅弁の香り、車内で迎える朝、そして客車独特の揺れまで含めて、一つの旅そのものでした。便利さでは新幹線や飛行機には敵いませんが、「旅情」という言葉なら今でもブルートレインの右に出る列車は少ないでしょう。

今では大阪駅から客車の青い寝台列車が発着する光景は過去のものとなりました。しかし、写真や映像を見るたびに、ホームに響く発車ベルやEF65・EF66のモーター音が聞こえてくるような気がします。

 

昔は「また明日も来るわ」と気軽に撮っていたブルートレインが、今では「もう一回だけ撮らせて!」と思う存在になるとは、ほんま鉄道の歴史は油断したらあきませんね(笑)。

2005.4.19

2005.4.27

2005.8.6

2005.10.3

2005.5.15

2005.5.15

2005.10.8