自分のことは、自分がもっともわかっていない。

いろいろな場面でよく言われることですが、とくに外見に関してはそれは顕著にいえること。

だって、自分の外見は自分がもっとも見る頻度が少なく、鏡の中の自分は左右反転した、全く別物と言ってもいいくらいのものですから。

 

パーソナルデザインという仕事をしていますが、そこでも自分の好みと似あう服装は異なることが多く、この仕事が成り立つ所以です。

 

本日、仲良しのマダムと彼女が書いた油絵を観にいきました。途中未完成のときも拝見していたご主人とのツーショットの絵ですが、未完成のときよりもさらにご主人の魅力がしっかりとあらわされており、感動もの!

 

一方、ご本人の絵が、私から観ると彼女の魅力が現れていないように感じました。ご本人は当然気に入っていらっしゃるとのことですが、いやご本人はもっともっと魅力的だと思うのです。

 

話は変わりますが、例えば、誰かの肖像を描くときに、そこに自分自身の雰囲気がどことなく加わると言います。

 

誰かを描くときは自分の要素が加わり、自分を描くときはどこか違ってしまう。絵の巨匠たちの自画像はどうなのかわかりませんが、なるほど、自画像とは実に難しいものと同様に、自分自身の個性を活かしたパーソナルデザインも実に難しいのだろうと再認識させられた週末の出来事でございました。