お金についての感情を集中して解放しているここ最近、罪悪感が少しずつ薄れていくにつれお金が欲しい♪と思う自分を許してあげられるようになってきてうれしいなぁ、などと感じていた今日の仕事帰り、突然パッと浮かんできて驚いたのがタイトルにも書いた「他人に愛されたい」欲求でした。


今までは私の身近な人たちに対して強烈に感じそして大方解放できてきたこの「愛されたい」を、他人に対して感じるとは。不思議な感覚でした。


そうなんです、私この時に初めて気づいたんですが「私の愛する身近な人たちには愛されてもいい」と自分で許容していた節があったので、一度それを認めたらするすると解放が進んだのですが「それ以外の血のつながりもなく職場だったりご近所さんだったりないわゆる他人からは愛されていい」とは全く思いつきもしていなかったのでこちらは全然解放が進んでいなかったのです。


つまりなぜかよくわからないけれどお金の解放をしていたら「身近な人たちからもだし、他人様からだってめいっぱい愛されてもいいんじゃない?」というなんだかわくわくする明るくて軽い新しい発想のゲートが開いたのでドキドキしているんです。確かにこの世界デフォルト(初期設定)が愛だけなのは間違いないからそうでない状態が目の前にあるならそれは私がせき止めている以外ありえないわけで、解放が進むほど愛されちゃうのは免れないですよね。その方が楽しいしいい気分だなー、と急に気づいたんです。


確かに私、まわりの人に愛されたいみたいです。でも何だろう説明し難い、執着のような重苦しい感じではなくて、「みんなからとっても大事に愛されたらそりゃあもう楽しいだろうね」って私が目指す現実創造の道のりにこの解放が必要だから必然的にあらわれたような気がしてるんです。


とにかく、今目の前にあるのはこの感情なのできっとこれを手放すことでさらに私の現実が楽しくなっていくのでしょう。よーし。手放していきます。私も他人様からも超愛されていいなんてびっくり。ときめく、また新しい発見だ!
やっと。
やっと、このテーマについて「本気で」解放していく時が来たようです。今日から本気で始めます。


今までもけっこう書いて来ましたが、たぶんまあまあいい状態ではあるのでしょうが、正直に申し上げてこのテーマについては私自身まだ全然満足していないです。今の私の感情を見てみると愛と感謝のレベルには程遠いなと、つまりは解放がそこまで隅々まで行き届いていない状態であることがわかります。と、このように冷静に観察できるように最近やっとなってきたので、この勢いに乗って一気にラクにしてあげたいと思い、信頼と実績の(笑)「このブログに素直にさらして解放を加速する」方法を取ることにしました。


まず「お金が欲しい」とここに書くこと、そう思うことにさえ罪悪感が付きまとっているのを最近ようやく認めて受け入れられるようになったので、ああここから始めていかなくてはと解放しています。以前も「お金が欲しい欲求を手放しています」と何度か書いていますが、その時も見ないふりをしていましたが罪悪感は確かにあったんだろうと今ではわかります。いろんな感情を解放していくうち、それが浮上してきたので。では、まずはここから。


そのうちに発見や気づきがあったり新しい奥の感情を見つけたり現実に楽しい変化が見られたりと、いつものようにいろんなことが起こると思うので、その都度レポートしていきます。いつものように解放が進んで「なんと、とんでもなくすごいことになりました!」と書ける日が来るのでしょう。何回もこの道のりを経験してるので最近は「本気になったら勝ち♪」と思っています(笑)よーし、やるぞー!
私も彼(主人)もとても納得できる理由で、先日たっぷり(私にとって)臨時収入がありました。はっきり金額を申し上げるのはアレかなと思うので、一般企業の部長さんクラスの方の月収くらい?というまりのてきとうなイメージだけ書いておきます(笑)


実際に手に入る時って、こんなにも落ち着いてて冷静なのね…と、今までで一番のボリュームの額を受け取って知りました。すっごくうれしくありがたいのだけれど、それが自然で当たり前というこの感覚。


1割は彼といっしょに考えた二人で最高にわくわくすることに使う予定で、残りはもちろん全部貯金っ♪



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ゆうべ、イメージの子供の自分と対面してからずっとイヤだって感情をよりしっかりと手放し続けていたら、ふと小さい頃の記憶が蘇ってきました。


以前も書きましたが、私の父親は今でこそ丸くなりましたが私が小さい頃から高校生くらいまでは本当に気性が激しく、気に入らないことがあるとすぐ大声で怒鳴りものに当たって家族を従わせようとしました。あ…書いていたらあの時の恐怖と怒りがものすごく湧き上がってきて体が動かない…すごい緊張と震えです…やっぱり、私のイヤって感情はここがルーツなのかもしれません。手だけ辛うじて動かしてなんとか続きは書きます。


家族の中でも特に私は女の子だし、顔も父親によく似ているというのもあって溺愛されていたことは知っています。残念ながら当時の父親にとって愛とは執着、ひたすら自分の思い通りにしたいという重たくてどす暗い感情の塊だったのです。それを一身に受けて育ちました。


つまり、私が何かしたいと言ったら私が諦めるまで駄目だと大声で怒鳴られる、何か父親の気に障る発言をしたら怒鳴られる、意見が違えば従わせる、異常なまでの心配、常にマイナス思考を押し付けるなど、私の自由に好きなことをしたいという気持ちを恐怖にすり替えられて育ったのです。いつ機嫌が悪くなるか毎日ビクビクしながら過ごしていました。怖かったから緊張していたんだと思います。


ああ、そうだった。昨日出て来てくれた私の小さい分身は、そうして抑圧され続けた私の自由への渇望。かわいそうに、こんな長い間心の奥に縮こまっていたんだ。最近になって私が正直な「イヤだ」という感情を手放しはじめたことで、やっと解放してあげることができたんだ。本当によかった…。これから何度もあの小さい私を心の中で見つけて、気持ちすごくわかるよ、もう大丈夫、いっしょに手放そうって受け入れていくと決めました。


この感情は、仕事をしている時が最も強く体も反応してしまいますが、きっと私の人生全般に対してしたくないことをする時の感情なんだとわかりました。私の場合、したくないことをしている時には体が拒否反応を示して固まらせるようです。これが体からのメッセージだったのですね。すごく腑に落ちて、長年の謎が解けました。


とりあえず、今の父親を愛していることは間違いないからそれはそれとして、昔の父親への猛烈な怒りが今回のことで奥からマグマのように燃え盛り湧き上がっているので、あの時の恐怖と合わせて無我夢中で手放すことにします。っていうか、手放さなければおさまらない!!本当に許せない!今の今まで理由もわからず苦しんだじゃないか!私の自由をこれ以上奪わせない!もう絶対にこの感情は全部手放し切ります。最高に認めたくないけどこの経験すら私が創った幻想だというのなら、もうそこから自由になります。そのためにここまで来ました。
集中して「イヤだ」の感情を手放していたら、「やだやだやだー!!」って声と共に小さい頃の自分が床に転がって両手足をバタバタさせているイメージが突然パッと浮かんで驚きました。


「どうして好きなことだけしていてはいけないの?!」
「私を押さえ付けないで!!」
「好きにさせてよ、やだやだやだー!!」とそれはもう最高にイヤなようでした。


その通りだ。
私ももう、したくないことを我慢して行うことにうんざりしていたのです。子供姿の私は、解放が進んで本当の自分の思いに気づき始めた私にそれを教えるため出て来てくれたのでしょう。手足をジタバタさせる小さい私は、それくらい強烈なインパクトがありました。


出て来てくれてありがとう。私も、もう自分の思いを押さえ付けることから卒業する。解放するね。いつでもいっしょに笑えるようになろう。


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