自律進化組織研究所 (改 : 患者サービス研究所) -35ページ目

自律進化組織研究所 (改 : 患者サービス研究所)

結果にコミット! みずから活性化し進化する組織を実現します。

■いま、

「人間の本当のモチベーションを大切にしよう」

という健全な時代になったと言えるでしょう。

 

かつて狩猟・農耕の時代には、

人間にとっては、働くことがそのまま生きることでした。

 

働くモチベーションは生きるモチベーションだったのです。

 

しかし、当時は、

人が所属するコミュニティは家族だったので、

コミュニティの幸せが個々の幸せでした。

 

それが、

産業革命を迎えると、

事業者が大量に人を使う必要に迫られた結果、

見ず知らずの人間を雇うようになります。

 

そこには、

豊かな雇用者に対して、

被用者は、

どんな環境でも働かなければ生きていけない状況がありました。

 

この状況は、

日本であれば、昭和の時代まで続きます。

 

経営者には絶対的な権力があり、

被用者は、生きるためには、石にかじりついても働き続けなければなりませんでした。

 

大量生産の時代でしたから、

被用者は、ロボットとして働いてくれれば充分でした。

 

そんな世の中の要請によって、

多くの工業高校や商業高校が

雨後の筍のように建てられたのはこの時期です。

 

本人の考えや望みは、まったく忖度されませんでした。

 

決められた通りに働いてくれなければ、

企画にのっとった商品を大量生産することができないからです。

 

たくさん働いた人にはたくさん給与を与えればよく、

それ以外の価値観も報酬も必要ではなかった時代です。

 

そんな職場環境でしたから、

今では考えられないようなパワハラ・セクハラも

当り前のように行なわれていたものです。

 

そんな中では、

「理不尽なことにも耐えられるヤツほど立派」

という考え方さえありましたから、

社員教育として、

「地獄の猛特訓」

のような研修がまかり通っていました。

 

夜中に40キロメートルも歩いたり、

街頭で大声で歌を歌うなどの、

まさに軍隊仕込みで、思想における戦時中の負の遺産に他なりません。

 

「いろいろ理不尽なこともあるけど、それでも頑張ろう」

とみずから励ます必要があったせいか、

世の中には根性論が大切にされており、

スポーツ根性もののアニメやドラマが流行っていたものです。

 

しかし、それでも、普通に働き続ければ、

クルマが買えて、家を建てられ、

子供たちを育てることもでき、

経済成長の支えによって、

老後は年金生活が約束されていましたから、

 

理不尽なことがたくさんあっても、

ロボットのように扱われることがあっても、

転職したり独立するのは愚かな者がすることであり、

就職した会社で、

真面目に定年まで勤め上げるのが美徳だった時代、

それが昭和でした。

 

■ところが、

バブルが弾け、失われた20年から始まったのが平成の時代です。

 

大企業も潰れるということを目の当たりにさせられ、

「理不尽な中で頑張って働いても報われるとは限らない」

ことを知らされました。

 

労働者側は

「勤めていれば将来が約束されている」

という希望が持てなくなっているのに、

企業側は、精神論やロボット社会の発想から頭を切り替えることができずにいたので、

自殺も増え、

多くの社員が病んだり辞めたりしたものです。

 

電通で自殺者が出て、社会問題となったのも、

昭和の発想の病弊が明らかになった事例です。

 

平成初期には、大事マンブラザーズが

「負けないこと、投げ出さないこと、逃げ出さないこと、信じ抜くこと、それが一番大事〜」

と歌っていましたが、

根拠のない精神論が人を病ませることに気づいたのか、

平成の中期から終盤には、

「世界に一つだけの花」

「ありのままの姿見せるのよ」

と、自分を追い詰めてはならない、自分を解放しようと呼びかける歌が愛されました。

 

それでも、企業側は昭和の時代の楽な組織運営の夢から目を覚ますことができず、

職場環境を良くしなければならないと頭ではわかっていても、

結局やっていることは、

いわゆるワークライフバランスと言いながらも、

残業を減らす、有給休暇を取得する、といった

待遇改善や制度設計に終始していました。


社員のメンタル疾患が増えすぎるために、

行なったことが

「ストレスチェックの義務付け」

です。

 

本来は、

「ストレスのない職場環境をどうつくるか?」

が重要であるにも関わらず、

チェックだけを義務付けるというのは、

世の中も産業社会も、

「どのようにすれば、人は本当に健全に働き、仕事を通じて幸せになることができるのか?」

など、眼中になかった現れとしか考えられません。

 

平成は、企業側が、

「どうやら押し付けだけではダメだ」

とうっすら感じるようになった時期でもあります。

 

そのため、社員教育は、

形だけは、ボトム・アップを取り入れ始めることになります。

 

たとえば、研修では、

「自分たちは会社のために何ができるか?」

というテーマでグループ・ディスカッションをさせて、

意見をまとめた意見を発表させるというものが一気に増えました。

 

社員の一部を集めてプロジェクト・チームを作り、

クレドづくりに取り組ませるということもありました。

 

ビジョナリー経営が大事だと言われたのも平成時代です。

 

しかし、すでにお気付きのことと思いますが、

これらは、ことごとく

「上層部の思想を、どうやって社員の口から言わせるか?」

という発想の域を出ていません。

 

目標管理制度と聞いて、

企業側が

「社員を統制するにはもってこいだ」

とばかりに導入し、実質的には多くの現場で

ノルマ管理制度として運用している、というのも、

こうした背景があるからです。

 

つまり形式的にはボトム・アップとしながらも、

「価値観はトップ・ダウン」

から変われずにいたのが平成の文化だったと言えるでしょう。

 

平成は、バブルが弾けてみて、

「我慢が美徳っておかしいよね」

「自分を解放しよう」

と気づきだした時代だったということもできます。

 

■しかし、

価値観の押し付けがまかり通り、

「職員の価値観を解放する」

という発想がないため、

「辞めたり、病んだり」

ということが減ることはありません。

 

なんとかして、職員のモチベーションを上げて生産性を上げなければならないことから、

「本当に職員を成長させ、組織を活性化するために、どうすればよいか?」

について真剣に考えなければならなくなったのが

令和の時代です。

 

まだ待遇改善や制度設計だけでなんとかできると思っているでしょうか?

 

ストレスチェックでは、

「働くことがストレスだ」

という印象操作になることこそあっても、根治療法にならない、ということもすでにご存知でしょう。

 

本当の働き方改革とはなんでしょうか?

 

■人のモチベーションを最も左右するのは、

「自分の価値観を解放できているか?どうか?」

でしょう。

 

企業が

「社員の価値観を認めず、

どうにかして経営者の価値観を浸透させるよう」

と腐心していた昭和・平成の時代が、

いかに精神衛生的に不健全な時代だったかお分かりでしょう。

 

「誰もが自分を解放したいが、それを殺すのが美徳」

という時代だったのですから。

 

いま、令和へと時代が映るのとほぼ同じタイミングで、

これを180度、切り替え、

組織が、

「どうにかして職員の価値観を解放しよう」

と尽力することを探究する時代になりつつあります。

 

いよいよ、本当に、

健全な経営が求められる時代になったのです。

 

はたして、

経営者は着いてきているでしょうか?

 

■経営者は、

「本当に職員の価値観を解放しても大丈夫なのだろうか?

経営が成り立つのだろうか?」

と心配になるかもしれません。

 

これが、昭和・平成の、

「単一の価値観」

しかわからない時代の発想です。

 

以前から言われているダイバーシティとは、

「それぞれの価値観を解放する」

ということが、本当の意味ではないでしょうか。

 

職員の価値観をできる限り解放するためには、

経営者・管理職が、できる限り自分の価値観を出さないことが必要となります。

 

つまり、組織の中では、

職員へのIN-Putを最小限にして、

職員からのOUT-Putを最大化することが当り前でなければなりません。

 

では、具体的に、どのようにすれば

そのような文化を創ることができるでしょうか?

 

患者サービス研究所では、

「職員が価値観を解放し、持てる力を発揮できる組織体質」

を創るための

「HIT-Bit」

を提唱しています。

 

「HIT-Bit」

については、1Dayセミナーを行なっています。

 

本当に効果が永続する組織づくりを実現したい方は、

ぜひご参加ください。

 

◆ 7月28日(日)13:30〜16:30【東京】

◆ 8月2日(金)13:10〜15:50【札幌】

◆ 8月26日(月)13:30〜16:30【東京】

◆ 9月28日(土)13:30〜16:30【東京】

お申込みはこちらから

◆参加費:1人当り4,000円

 

■自律進化組織が6ヶ月で生まれる方程式「HIT-Bitプログラム」

については、

ブックレットで概略をお読みいただくことも可能です。

 

A5判、76ページ

1部800円となります。

お求めはこちらから

 

または、少人数で開催している

1Dayセミナーで詳しくお伝えしています。

 

■組織を動かすということは、人を動かすということです。

 

したがって、管理職は、

部下職員の性質を知っておかなければなりません。

 

相手の性質を知らなければ、

相手を攻略することができないからです。

 

世間に多くのリーダーシップの書籍が出回っていますが、

「部下の性質」

について言及されていないのは、

ちょうど、

治療方法が書かれている書籍に、

その治療によって治そうとする病因について言及されていないのと同じです。

 

部下の性質について言及していない

リーダーシップ論が、

良い管理職をつくることができるはずがありません。

 

■そこで、

部下職員の性質を、解説しておきます。

 

まず、部下は、一言で言えば、

「優しく成長させて欲しい」

と思っているものと、考えて良いでしょう。

 

たとえば、上司が、

「やらなくていいよ」

と、言えば、多くの場合、

「ありがとうございます」

と、その場面では楽にしていますが、

 

本当にそれで上司に感謝したり満足しているか、と言えば、

そんなことはなく、

のちのち振り返って、

成長できていないことには、不満を感じているものです。

 

かといって、上司が仕事を任せようとすると、

「え、私ですか?」

「やらなきゃいけませんか?」

「他にできる人はいないんですか?」

などと言って、

あたかも不満を示したり、

「じゃ、やります」

と、渋々引き受けて見せたりしますが、

 

もし、上司がそんな抵抗を受けながらも巻き込んでやらなければ、

それはそれで部下職員は、その業務に関する当事者意識を持たず、

職場や組織に対する当事者意識も育たないので、

やりがいを感じることはできませんから、

結局は、

「ここ、やりがいがない」

「面白くない」

といって、職場に不満を抱くことに陥っています。

 

■上司としては、

「では、どうしたらいいのだ?」

と言いたくなることでしょう。

 

部下本人の意思を無視して、あれこれ押し付ければ、

部下の不満が募り、

モチベーションが下がってしまったり、

退職につながりかねません。

 

一方、

部下本人の意思を尊重しようとすれば、

どうしても楽にさせてやることになりがちですが、

それでは、

本人が成長もしなければ、

やりがいも感じることができず、

上司や組織を大切に思うこともありません。

 

では、どうするか?

 

結論は、

「正しいことを毅然と進める」

ということに尽きます。

 

「部下職員の意思を尊重しなければいけない」

という幻想にとりつかれる必要はないのです。

 

それ以上に重要なのは、

「やらせるべきことはやらせる」

ことです。

 

組織としても、

「目先の楽に流されず、

積極的に仕事に取り組み、

成長する職員を求めている」

という方向性を明らかにしておくことが重要です。

 

というのも、

「職員に負荷をかけない。

よって、成長することも期待していない」

という組織に、誰も所属したいと思わないからです。

 

厳密に言えば、

「職員に負荷をかけない。

よって、成長することも期待していない」

という組織には、

そういう組織に所属したい職員だけが

「居心地がいいから」

残ってしまう、ということです。

 

ちなみに、

部下が間違ったことをしても、上司が毅然として叱らないと、

それはそれで部下は不満なものなのです。

 

間違ったことをした自分を棚に上げて、

部下は、

ちゃんと叱ってくれない上司を軽蔑しているのです。

(叱れば、不服な顔をするくせに、勝手ですね〜!)

 
 
■業務にも、
「絶対にやってもらわなければならない」
というコア・ミッションと、
「できればやってほしい」
というサブ・ミッションとがあります。
 
そして、かつて昭和の時代には、
業務マネジメントだけがコア・ミッションでした。
 
口では、
「組織マネジメントもしろ」
と言われていましたが、
職員の成長させたり、組織を活性化させたりといった
組織マネジメントについては、
きちんと検証することも、
それを管理職の評価報酬に反映することも行われていませんでしたから(いまでも、ほぼ変わりませんが)、
実質的には、
組織マネジメントは、サブ・ミッションもしくは
それ以下だったのです。
 
しかし、これから、もしみなさんが、
組織マネジメントもしっかり進めてもらいたいと考えるならば、
「組織マネジメントも、
絶対にやってもらわなければならないコア・ミッションだ」
と明示することが必要となってきます。
 
そして、コア・ミッションとする以上、
「職員を成長させ、組織を活性化しているか?」
を検証し、
評価報酬に反映することが不可欠となります。
 
上司が部下から、
「好かれるか、好かれないか」
とか、
部下職員が
「楽しいか、楽しくないか」
は、その後の話です。
 
部下の不満や要望を聞いてやるかどうか、という意味で、
部下を尊重するかどうかは、
コア・ミッションをきっちりと徹底した後の話
としなければなりません。
 
コア・ミッションを徹底しなければいけないのに、
その手前で、部下の不満や要望に耳を貸して
「部下を尊重しなければ」
と上司がグラグラしていたのでは、
組織は良い方向には進みません。
 
負荷がかかり、成長して、良い方向へ進むのですから、
みだりに現場の不満や要望に振り回されていてはいけないのです。
 
また、
まず業務をきちんとやる上司にしか、
部下はついてきません。
 
業務をきちんとしようとしない上司を、
部下は軽蔑しているのです。
 
部下自身の不平に振り回されている上司を
内心では軽蔑していると考えた方が良いでしょう。
 
なので、そんな上司が呼びかけても、
部下は、仕事にも巻き込まれてくれないのです。

■組織を前進させるために必要なことは、

▶︎ゴールを明示することと

▶︎それができているかを検証すること。

……の、この2つを徹底するに尽きることは、ご存知の通りです。

 

もし、このたった2つがなされなければ、

最低限の約束が守られないということですから、

組織のたがが緩むことは明らかです。

 

また、組織の上層部の言うことがブレていて、

現場に無用なことをさせれば、

大きなストレスになり、

現場職員からの反発や不信を生むだけとなります。

 

「だから管理職が、部下に対しては、

ゴールを明示し、

できているかを検証することになっている」

という経営者・上層部の方々もあります。

 

■では、その経営者・上層部の方々自身は、

管理職に対して、

▶︎ゴールを明示することと

▶︎それができているかを検証すること

ができているでしょうか?

 

私の見る限り、

「管理職としてのミッションが明確になっていない」

組織が多々見受けられます。

 

業務管理が仕事だと受け止めている管理職がとても多いのが実情で、

自分の部署をより良くするとか、

部下を育成するとか、

病院に今以上に寄与するといった視点については、

「組織が求めている」

という意思表示をしていない病院が多いようなのです。

 

そのため、管理職は、

「自分が、どうあるべきか?」

といった考え方も、大抵できていません。

 

自分のミッションが明らかになっていて、

初めて、

「では自分はどうあるべきか?」

を考える必要に迫られるからです。

 

さらに、そのため、多くの管理職は、

「自分が、管理職としてのどんな技能を身につければ良いか?」

を考える機会もないようです。

 

自分のあり方について考えるからこそ、

「では、そのために、どんな技能を身につけると良いか?」

を考えるようになるからです。

 

そして、

その部下職員の多くがそうであるように、

「大事なことは上が用意してくれるはず。

上から言われないことは、考えなくて良い」

というスタンスの管理職が少なくありません。

 

もし、経営者・上層部がミッションを明確にしてくれていなくても、

優秀な管理職であれば、

自分から上司に質して、

ミッションを明確にして考え方の当否を確認し、

それに応じた技能を身につけようとするはずです。

 

もし何もしなければ、

経営者・上層部から一方的に

「何もできていない」

と判断されてしまう恐れがあるからです。

 

そもそも、経営者・上層部に、

「そもそも、自分のミッションは何か?」

を問いただすことが、管理職としての自分を守ることでもあるのです。

 

■一方、その視点がない管理職は、

経営者・上層部に

「どんな管理職になることを望んでいるのか?」

を確認することもなく、

一般的なリーダーシップ論を参考に、

テクニックを学ぼうとする傾向があります。

 

すなわち、世間に出回っている一般的な

「リーダーシップ研修」

などです。

 

しかしそれは、

世間でいうリーダーシップは学べても、

自分の勤務先の経営者・上層部が求めるリーダー像は学べません。

 

そのため、経営者・上層部からは、

その管理職の言動の意図が見えないので、

「この管理職は、大丈夫だろうか?」

と、映ることになります。

 

管理職なりに頑張っているのに、

方向性を確認していないために、

報われない、ということが起きているのです。

 

まさに

「労多くして実りなし」

です。

 

これでは、組織の生産性が上がることもありません。

 

■したがって、

経営者・上層部は、管理職に対して、

▶︎ゴールを明示することと

▶︎それができているかを検証すること

を徹底することをお勧めします。

 

同時に、管理職の方々には、

もし、経営者・上層部からの上記の2点についての意思表示が見えなければ、

みずから、経営者・上層部に、

自分のミッションを問いただすことをお勧めします。

 

管理職であれば、相手が経営者であれ上層部であれ、

「何を求めているのか?」

を問いただすくらいの主体性がなければなりません。

 

またそれができなければ、

自分自身を守ることもできないのです。

 

まして、自分の部下の頑張りようを釈明して、

部下の身を守ることなどできようもないのです。

 

それで管理職と言えるでしょうか?

 

管理職としての立ち回り方については、

また別の機会にお伝えしたいと思います。

 

■組織開発に携わってきて、

最近気づいたことがあります。

 

考えてみれば当り前のことなのですが…。

 

まず、組織を変えるために重要なのは、トップの理念、ゴール像であることは、すでに常識でしょう。

 

そして、

「そこはできている」

ということが多いでしょう。

 

問題は次に重要なことなのですが、

それがトップの想いを実現する実働部隊

すなわち

コアメンバーです。

 

このコアメンバーについて、

役職や立場を参考に決めることが多いかもしれませんが、

それが大きな間違いです。

 

コアメンバーに最も求めなければならない要件は、

「何としてでも、俺が変えてやる!」

という情熱です。

 

医療機関では、

「委員長は医師です。

でもその先生自身は、そのプロジェクトにあまり関心がありません」

ということが多々あるので、

 

コアメンバーが情熱を持っていない場合の

その動きの悪さは、

すでに、どことなくお判りでしょう。

 

■これまでのお取引先で、

確実に成果が挙がっているところは、

やはり、

トップが目指すべき方向性を明示しており

(私どもに依頼をくださる時点で、

すでにトップの方が明確に意思表示されていることが

多いので、それは大前提なのですが)、

 

それだけでなく、

「何としてでも、俺が変えてやる」

というコアメンバーがいました。

 

その情熱があるかどうかは、明らかに異なります。

 

顕著な違いとは何か?

 

意識の高い方々がコアメンバーである場合には、

コアメンバーの方から、

「来月の研修では、このようにしてはどうか?」

と提案が上がってくることがあります。

 

また、現場の管理職の方々からの要望や質問が

上がってきます。

 

現場から要望や質問がなければ無いなりに、

現場を気にして、

現場に足を運んでいるからです。

 

「来月の研修の前後に、こんなことはできないか?」

という研修の概念を超えた提案を上げてきてくださることもあります。

 

また、コンサルタントに対して

「ああしてほしい、こうしてほしい」

という要望を出すだけではなく、

「ああでもない、こうでもない、と現場で相談したのですが……」

という取組のプロセスが、リアリティを伴って伝わってくるのです。

 

■反対に、

実際にプログラムに入っても、

実はコアメンバーに温度差があった、という場合には、

現場に変化をもたらすことは、なかなかできません。

 

多忙な現場を巻き込もうというのですから、

当然と言えば当然ですね。

 

中には、コアメンバーの中の主担当者自身が

プログラムに対して消極的な

「伏兵だった!」

ということもあります。

 

こうなると、プログラム全体が弱体化します。

 

また、当事者意識がない人がコアメンバーになっていると、

傍観者なので、無責任な口出しをすることがあります。

 

「ああしたら? こうすれば?」

と言う割には、一向に自分は動かないばかりか、

その提案も的を射ていない、と言う状況です。

 

現場の実情が見えていないので、

発言が的を射ないのは、当然ですね。

 

そんな人がコアメンバーとして会議で発言することは、

一利もありません。

 

また、コアメンバーに情熱が感じられないと、

現場の職員の方々も、

「上は本気なのか?」

と懐疑的になりますから、現場が

「多少負荷がかかってでもやっていこうよ!」

ということには、当然、なりません。

 

まさに、

時間と労力と費用の無駄であり、

そればかりか、現場職員に上層部不信を抱かせることになりかねません。

 

■さまざまな現場に関わらせていただく中で、

時々、コアメンバーではないけれど、

現場管理職の中に、

「俺が俺の部署を変えてやる」

という情熱のある方がいる場合があります。

 

そのような部署では、当然ですが、

さまざまな変化が現れ、

上層部が驚くような事例が飛び出します。

 

それはそれで素晴らしいことなのですが、

組織の上層部が、

「やってくれる人がやってくれてて良かった」

と考えていては、組織づくりとは言えません。

 

職員のパーソナリティに依存する

「属人経営」

は、その人がいなくなった時に、どうすることもできないからです。

 

もし、組織を変えてゆこうと思うならば、

「何としてでも変えてやる!」

という熱い職員で、コアメンバーを構成することが重要です。

 

そして、それは職位や立場で決めてはならない、ということです。

 

■これからは、トップによる

「鶴の一声」

で組織を維持することはできなくなってきました。

 

つまり、

職員一人ひとりが、みずから気づき考え行動することができる組織をめざす時代です。

 

となれば、鶴の一声の意を汲んで、

組織の隅々にまでその情熱を行き渡らせる管理職が変わらなければなりません。

 

そんな管理職をつくるためには、

「何としてでも俺が変えてやる」

という情熱を持った

「コアメンバーづくり」

を、周到に行なうことが、これからの常識となることでしょう。

 

みなさんの現場でも、

いまも、さまざまなお取組をされていることと思いますが、

それぞれの取組において、

「俺たちが特命チームだ。

必ず変えてやる!」

というコアメンバーがいますでしょうか?

 

それとも、

「昨年を参考にやってますー」

というさっぱりタイプの人たちがやっているでしょうか?

 

■ところで、

「何としてでも、俺たちが変えてやるぜ!」

というコアメンバーを編成するためにはどうすれば良いか?

が気になることと思いますが、

それについては、またの機会にお伝えいたします。

 

■なお、こうした組織づくりの原理原則も含めた内容で、

患者サービス研究所では、

自律進化組織づくりの方程式

「HIT-Bit」

を提唱しています。

 

「HIT-Bit」

については、1Dayセミナーを行なっています。

 

本当に効果が永続する組織づくりを実現したい方は、

ぜひご参加ください。

 

◆ 7月28日(日)13:30〜16:30【東京】

◆ 8月2日(金)13:10〜15:50【札幌】

◆ 8月26日(月)13:30〜16:30【東京】

◆ 9月28日(土)13:30〜16:30【東京】

お申込みはこちらから

◆参加費:1人当り4,000円

 

■自律進化組織が6ヶ月で生まれる方程式「HIT-Bitプログラム」

については、

ブックレットで概略をお読みいただくことも可能です。

 

A5判、76ページ

1部800円となります。

お求めはこちらから

 

または、少人数で開催している

1Dayセミナーで詳しくお伝えしています。

 

 

■最近、痛感するのは、

なにごとも、

「ゲームの前にすでに勝負がついている」

ということです。

 

たとえば、

研修が効果的なものになるかどうかは、

講師や講義内容そのものよりも、

研修の前に、

参加者の目的意識が明確になっていたかどうか、で決まっています。

 

このことは、みなさんも、毎回の研修で痛感されていることでしょう。

 

タイミングや受講環境が悪ければ、

どんなに内容が良くても、

アンケートには、不満の声があふれます。

 

来場するなり

眠り始める職員がいることすらあります。

 

そもそも受講したいという動機がない職員を集めて

研修をする段階で、

効果的なものにならないことが決まっているというわけです。

 

むしろ、

職員が問題意識を持っていて、

目的が明確になるほど、

ご担当者が研修を企画しなくても、

職員の方々の方が、

ふさわしい講師を探し、研修の企画を申し出てくるはずです。

 

■同様に、

たとえば、

組織改革がうまくいくかどうかは、

管理職に、

管理職としての技能を教える研修を行なうことそのものよりも、

管理職のミッションを明らかに伝えているかどうかで、

決まっています。

 

管理職が、

「管理職として、これだけはやり遂げねばならない」

とミッションを明確に理解していれば、

管理職自身が、

そのために必要な技能を求めてみずから探したり、

学びに行くはずです。

 

そんな組織になれば、

一般的な、出来合いの管理職研修を受けさせて、

時間と費用と労力を無駄にすることもありません。

 

■たとえば、

組織の生産性が上がるかどうかは、

生産性を上げるように呼びかけたり、

生産性が上がったかどうかを測定するよりもずっと前、

すなわち、

職員が業務に臨む前に決まっています。

 

つまり、

職員に対して、

「あなたのミッションは、組織の生産性をあげることだ」

と伝えて、コミットさせているか、ということです。

 

わたしが勤めてきた全ての職場も含めて、

多くの組織においては、ミッションとして、

「与えられた仕事をきちんとこなすこと」

だけを伝えられているので、

就業してから、

「もっと生産性を上げなさい」

と呼びかけても、

職員からしてみれば後づけになっているため、

一向に浸透しない、という事態に陥っているのです。

 

ということは、就業の時点で、

「生産性を上げるのがあなたのミッションだ」

と伝えておくことが理想だということが言えます。

 

■こうしてみると、

なにごとも、

「ゲームの前にすでに勝負がついている」

ということが言えるのではないでしょうか。

 

ということは、

わたしたちは、

とかく、結果ばかりに注目しがちですが、

 

原因と結果の流れを俯瞰して、

原因にアプローチすることによって、

良い結果を導き出すことができるようになる、

ということが言えるのではないでしょうか。

 

■先日、ある自治体病院にお伺いしました。

 

打ち合わせには、

教育研修センターの責任者という方も同席されました。

 

自律進化組織づくりについて関心があるというので、

「HIT-Bitプログラム」

について説明したのですが、

 

その教育研修センターの責任者は、

「で、どんな風に変わるのですか?」

 

「上司が、指示・命令をしなくても、

現場職員がみずから気づき、考え、行動するようになります」

 

「それは、何がどうなるのですか?

結果が知りたいんです」

 

「自律進化の組織体質になるということです。

それによって、

現場に様々な新しいチャレンジや

これまでにない連携、

思いがけない取組が生まれるようになります」

 

「それで、どうなるのですか?」

 

そこで、わたしは

「そもそも、どんな組織をつくりたいのですか?」

と訊きました。

 

すると、

「それは、まだ決まっていません。

それよりも効果的な研修をしたいのです」

 

ここまでで、みなさんにはすでにお分かりのことと思いますが、

この教育研修センターの責任者は、

目的が定まっていないため、

「何がどうなると良い」

ということがわかっていない、ということです。

 

■以前にも同じようなことがありました。

 

北陸の自治体病院で、

接遇委員長となった副院長が

「効果測定できる方法があるなら知りたい」

とのことでしたので、

 

「HIT-Bitを行うことによって、

現場の接遇への関心がどれだけ向上しているかが、

客観的な数値で定量評価することができます」

と説明しました。

 

すると、

「どうも、わたしには刺さらないなぁ」

とのこと。

 

そこで、わたしは、

「ところで、どんな接遇をしてゆきたいのですか?」

と訊くと、その副院長は、

おもむろに腕を組みながら、

「それを、これから考えてゆくところなのだ」

と答えたのです。

 

このケースも、

目的が定まっていないため、

「何がどうなると良い」

ということがわかっていないので、

「刺さらない」

のです。

 

■先日、ある健診センターでも、こんなことがありました。

 

接遇委員会の責任者の方から、

「接遇を向上したい」

との要望があり、訪ねて、

研修や、研修以外のさまざまな施策を紹介しました。

 

しかし、なかなか

「これを進めよう」

という返事がありませんでしたので、数日後に

「もし、接遇を向上したいのであれば、

職員の接遇に対する意識が確実に向上する施策を

講じた方が良いでしょう。

本気で取り組むならば、ご紹介しましょう」

とお伝えすると、

 

「役員も呼ぶので、その方法だけ、参考に教えてほしい」

とのこと。

 

そこで、わたしは、

「その前に、どんな組織にしたいのか、

役員の方々と相談して、明確になっていますか?

それがなければ、

意識を向上する話をしても、参考に聞いただけで、

何も始まらない、ということになり、

お互いに時間の無駄になりませんか?」

と訊きました。

 

すると、その担当者からは、

「役員と、そのような話をしてこなかった。

だから、どんなことをするかどうかも

どう決めたら良いかわからない」

という返答が返ってきました。

 

これも、

目的が定まっていないため、

「何がどうなると良い」

ということがわかっていないので、どんな施策を聞いても始められないケースです。

 

■ここまでで、お分かりのことと思いますが、

「何としても変えたい」

という課題が明確になっていなければ、

どんなに良い施策の話を聞いても、

心に刺さらず、

行動にも繋がらないので、

当然、良い結果に至ることもない、ということです。

 

これは、

自覚症状のない患者さんと同じだということにお気づきでしょう。

 

本人が痛みを感じていなければ、

「この薬は、副作用が一切ありません」

「この手術は、まったく痛みがありません」

というような、どんなに素晴らしい治療方法の話を聞いても、

 

それは

「面白い話」

「参考に」

と、まるで外国のニュースをただ聞くだけのようなものとなり、

 

「それをいつ実践するのか」

という行動にはつながらないのです。

 

なにしろ、

痛みを感じていない人は、

わざわざ時間や労力を割いてまで、

行動する気にならない、

というのは、当然のことでしょう。

 

組織においても同じで、

課題を明確にできていない人は、

わざわざ組織を巻き込んでまで、

施策を実施するほどの決意を持つことはできない、

というのは、明らかでしょう。

 

■なので、

組織においては、

トップは課題を明示しなければなりません。

 

また、プロジェクトを推進する担当者は、

自分のミッションを明確にして、

指標を明示しなければなりません。

 

目的を明確にせず、施策を講じれば、

現場は混乱してモチベーション下がるだけとなります。

 

そして、多忙な現場からは、

「これ、何の意味があるんですか?」

「本当に必要なんですか?」

「そこまで無理してでもやらなければいけないんですか?」

といった声が上がった時に、

目的が明確でないトップや担当者は、

「それでも進めるのだ」

と説明することもできないのです。

 

■「目的が明確でなければ、どんな施策の話も意味がない」

ということは、

 

医療現場の方々であれば。

「明確な痛みがなければ、どんな治療の話も意味がない」

のと同じだということにお気づきでしょう。

 

■職員のモチベーションを挙げたいと思いつつも、

「職員の気持ちも尊重しなければ」

という遠慮もあることでしょう。

 

新たな取組をする病院において、

上層部や施策担当者から必ず上がってくるのが、

「現場は疲弊しているので無理はさせたくない」

「負担をかけられない」

「現場の抵抗感を避けたい」

といった声です。

 

そして、現場からも

「負荷が大きい」

「余裕がない」

という声が聞こえてきます。

 

管理職も、部下職員を守りたいために、

「現場は疲弊していて、そこまでやらせるのは難しい」

ということが多々あります。

 

これは、現場の職員が怠けたいわけでも、

より良い病院を作りたくないわけでもありません。

 

では、なぜブレーキがかかるのか?

 

それは、誰にとっても、

「あらゆる変化がストレス」

だからです。

 

つまり、

「ストレス無き改革」

など、この世の中に存在しないのです。

 

■その証拠に、

昨今の働き方改革を進めるにあたり、

「残業を減らさなければならない。

そこで、各部署・各人の業務のリストアップをして欲しい」

と指示したところ、

 

「業務の棚卸しなんて、やる余裕がない」

などと、

自分が楽になるための作業にさえも文句を言い出す職員が現れる始末、

……ということも体験されたのではないでしょうか。

 

効率や精度を上げ、

社会からもっと信頼され選ばれる医療機関となるために、

経営者は、知恵を絞り、

責任を負って、

さまざまな施策を打ち出していることと思いますが、

 

現場は、それほどマクロな視点を持たず、

基本的には

「変化がイヤ」

という性質に陥りがてなので、

ほぼ必ず、

「負担だ」

「抵抗がある」

「疲弊しちゃう」

「お腹すいた」

「眠い」

「抱っこ」

などの文句を言ってくるものです。

 

そうした意見に振り回されていれば、

何一つ、改善は進まないということです。

 

■では、経営者・上層部としては、

どうすれば良いのか?

 

重要なのは、やはり

「管理職を味方にすること」

に尽きます。

 

放っておくと、管理職は、

部下職員同様に、

新しいことに対するブレーキになってしまう傾向があります。

 

「部下職員を守らなければ、部下から認めてもらえない」

「部下の頼みならなんでも聞いてやろう」

「こういう時に、部下をかばってこそ

若い女子職員からも「課長、ステキ!」と言われるのだ」

と、逆に大張り切りする管理職すらいるのですから。

 

本来、管理職は、部下職員のモチベーションを上げ、可能性を広げ、

これまで以上の成果を上げられるよう

部署のアクセルを踏み込むのがミッションであるはずですが、

多くの管理職が、

部下職員と一緒になってブレーキを踏むということをしており、

完全に履き違えていると言わざるを得ません。

 

経営者から委ねられたミッションよりも、

部下職員の意見に振り回されるならば、

「部下から給料をもらいなさいよ!」

と言ってみた方が良いでしょう。

 

■なので、組織を前進させるには、取りも直さず、

「管理職を育てなければならない」

ということがお判りでしょう。

 

管理職が

「部下職員を啓発できなければ、組織から認めてもらえない」

と理解していなければいけません。

 

そして、

「組織の意向に、どんどん応えよう」

「こういう時に、部下を活かしてこそ経営者・上層部から、

「◯◯くん、ステキ!」と認識されるのだ」

と理解して、張り切ってもらわねばなりません。

 

みなさんの現場では、

とりもなおさず、管理職に、

「あなたのミッションは何か?」

を、明確に伝えているでしょうか?

 

一般には、「業務マネジメント」だけだと

勘違いしている管理職ばかりですから、

これを変えてゆくことが重要です。

 

部下職員の意識を変え、習慣を変え、

「もっと良くしたい」と考えるように

「組織マネジメント」を実践するのが管理職の本当の仕事であるはずです。

 

そうなれば、新たな施策を講じた時に、

いちいち、

「負担だ」

「抵抗がある」

「疲弊してしまう」

などとネガティブな反応に振り回されることはなくなります。

 

むしろ、変化のチャンスを喜ぶ、

進歩的な管理職となり、

進歩的な組織へと変わることが可能となるのです。

 

■職員の力を発揮させるためには、しばしば

「適切な目標を与え、

達成できれば、モチベーションが上がり、

さらに頑張るはず」

と言われています。

 

山本五十六の

「やって見せ、言って聞かせて、させてみせ、
ほめてやらねば、人は動かじ」

も有名です。

 

しかし、これこそ、昭和の組織論であり、

これからは、通用しないことでしょう。

 

というのも、

管理職の目の前に部下がいるということは、

「その部下は、この職場で頑張って、成長して、貢献して幸せになる気まんまんであるはず」

という前提で考えているからです。

 

昭和の時代は、そうだったでしょう。

 

したがって、

部署同士・職員同士を競争させたり、

良い成績を挙げた者を表彰することも効果的でした。

 

社長賞をもらうことがたいへんな栄誉、ということもありました。

 

これは、まさに昭和の仕事観です。

 

世の中でも、

「石の上にも三年」

と言われ、鍛えれば社員はついてくる、という時代だったからです。

 

それは、終身雇用が当たり前で、勤め上げれば報われた時代のことです。

 

一方、今は、大企業に入っても、

勤めあげられるかどうかも、報われるかもわからない時代です。

 

そんな中なので、会社にかじりついて頑張っていると、

多くの労働者が病んでしまうのです。

 

そのため、こんにちは必ずしも頑張ることが美徳ではありません。

 

多くの会社が、副業を勧奨するなど、勤め上げてくれれば報いるという責任を放棄し出しました。

 

■そんな令和の仕事観では、

管理職の目の前に部下がいるということが、

必ずしもその職場で頑張って、成長して、貢献して幸せになる気があるわけではありません。

 

要するに、職場にも仕事にもコミットしているわけではないのです。

 

「大変なら辞める」

「理不尽なら辞める」

と、投げ出すことも正しい選択だという時代です。

 

自分を犠牲にするのではなく、

「自分を大切にしなさい」

という時代なのです。

 

そんな職員に、前時代的な

「目標を与え達成させればモチベーションが上がるはず」

という発想で考えていても、職員側は

「目標を与えられても・・・」

「達成しても別に・・・」

という気持ちでいることでしょう。

 

つまり、

「競争なんてストレスなだけ」

です。

 

「表彰?別にいらない」

「尊敬もしていないのに社長賞?」

「出世したくもないのに競争?」

が本音のところでしょう。

 

■つまり、現代では、

骨を埋める覚悟など持って入職してきていないので、

まず、この職場・この仕事にコミットさせることが必要となるのです。

 

前時代の感覚では、

「コミットしていないなんて、甘えている」

と言いたいところでしょう。

 

しかし、いまは、

徹底して自分を貫いて頑張れば50歳まで引きこもれる時代なのです(そこまで自分を貫けるなら、働けば良いのに!とおもいますけどね)。

 

ところが、このように時代が完全に変わり、

労働者の仕事観が大きく変わったにも関わらず、

「職場や仕事に対するコミットを取り付ける組織論」

はありません。

 

ただし、はっきり言えることは、

「支配的な会社では、もう人がついてこない」

ということです。

 

なので、開放的な会社にしてゆくことが必要です。

 

いまや、上司や会社から認められることでは、生きがいを感じない時代です。

 

というのも、それもつまりは支配の一側面だからです。

 

たとえば、現代では、

「売上を上げて上司から褒められるのは、

上司の評価を上げることに寄与しているだけ」

と映るだけです。

 

それは、あくまで、

その会社にいる今だけの栄誉だとわかっているので、

職員は、

心から安心できるわけない、ということを本能的に知っています。

 

一方、現代の労働者の多くは、

社会から感謝されたら本当にやりがいを感じることができるでしょう。

 

前時代よりも「社会貢献」が支持されるのは、

世間に寄与することができることは、

「会社を離れても、生きていける」

自信につながり、

社会に受け入れられていることで心からの安心を得られるからでしょう。

 

■これからの組織は、

「支配的な管理をやめて、開放的な職場にすることが大事」

となります。

 

また、

組織の物差しで評価することでモチベーションを上げようとするのではなく、

職員一人ひとりが、社会から評価されるように支援してやることで、モチベーションを上げることです。

 

昭和の時代は、

「あの会社に勤めているの?すごいね!」

と言われることが美徳でしたが、

令和の時代には、職員一人ひとりが

「あなたはすごいね!」

と言われるように

職員の株を上げてやれる組織にならなければ、

職員から選ばれる組織にはならないのです。

 

■以前、テレビでアラビアの産油国の生活が取り上げられていました。

 

国民はそれほど働かなくても、

高級外車を何台も持っているのが普通で、

年収はというと、

「平均3,000万円」

だとか。

 

うらやましい!と思いましたが、

それも一瞬。

 

「おそらく、そんな環境の中でもきっと悩みはある」

だろうことが想像できたからです。

 

「お隣の◯◯さんのところの息子さんは、うちのドラ息子と違って、国営企業に勤めていて立派」

 

「国立△△大学を卒業したそうよ。

うちの次男坊も、△△学院大学に入れるとか入れないとか言っている場合じゃないわ」

 

「結婚するなら、年収5,000万円以上の男じゃないとね〜」

 

「お金を貯めて自家用ジェットくらい買わないと、彼女もできないよ」

 

「婚約指輪は、やっぱり給料の3ヶ月分じゃないといけないのか……、厳しいなぁ」

 

と(見て来たように書きましたがすべて想像です。というより妄想です)いうような、

お金が有れば有るなりの悩みがあることは、

火を見るより明らかです。

 

つまり、

「何と比べるか?」

によって、良いと感じるか、悪いと感じるか、が変わるということです。

 

もし来年死ぬことが決まったとすれば、

自分より長生きできる人のことを羨ましく感じることでしょう。

 

だれよりも長く生きていたいと願うかもしれません。

 

しかし、長生きしたいからといって、

1000歳まで生きられる時代になったら、

それはそれで幸せとは言い切れないでしょう。

 

以前喧嘩した相手に、620年ぶりに街でばったり会って、

その相手から、

「620年間、ずっと恨んでいた」

と命を狙われたり大怪我を負わされたりすることもあるかもしれない、

ということを考えてみれば、必ずしも長生きが幸せではないことがわかるでしょう。

 

ともあれ、

「何と比べるか?」

によって、良いと感じるか、悪いと感じるか、が変わるということではないでしょうか?

 

■もし、みなさんの職場で、

「もっと変えてゆこう!」

という意識が高まらないと感じることがあるとすれば、

もしかしたら、

良い対象と比べていないから、かも知れません。

 

自分の病院とそれほど変わらない病院と比べていては、

「うちも悪くない」

と感じるでしょう。

 

自治体病院は、他の自治体病院と比べることが多いので、

「赤字も普通」

と感じるのは意外ではありません。

 

他の病院と比べていればまだ良い方で、

昨日の自院と比べている、という

化石のような職員も中にはいるのではないでしょうか。

 

世間で問題となっていることや、

時代の潮流などはまったく目に入らず、

「昨日は待ち時間が3時間だったので、待っている間に具合が悪くなった人が3人いたけど、

今日は2時間40分で、具体が悪くなった人は2人だったので、

上出来。申し分ないわ」

とばかりに、目の前にある問題すら見慣れてしまい、

何の問題も感じなくなってしまっている、ということもよくあります。

 

蛸壺の中にいる自覚もなく、

退職するまでこの環境の中で暮らしてゆける、と勝手に思っている人すらいるでしょう。

 

では、どうすれば、そんな職員の目を覚ますことができるでしょうか?

 

■それは、やはり、

適切な比較対象を見せることに尽きるでしょう。

 

「ここと比べたら、うちはひどい!」

 

「ここと比べたら、うちは恥ずかしい!」

 

「ここと比べたら、うちは話にならない」

 

「ここの職員と比べたら、自分はやれることを全然していない」

 

「自分は、ここの中堅職員以下だ」

 

「うちがいかに牧歌的なことか」

 

「職員同士がいがみ合っている場合じゃない」

 

「それはそちらの仕事だと、押し付け合うなど器が小さい」

 

こんな風に、職員が

「これは損をしていた!」

と気づくような比較対象を見せることではないでしょうか。

 

必ずしも同じような条件の対象でなくても良いでしょう。

 

他地域や他業種でも、

刺激になる比較対象はあるでしょう。

 

■みなさんの現場では、

職員の方々は、いまの自分たちを、

いったいどこの誰と比較しているのでしょうか?

 

その比較対象を、一日も早く変えさせることです。

 

みなさんが

「視野を広くしなさい」

「アンテナを高くしなさい」

と呼びかけているのは、そういうことではないでしょうか。

 

そして、みなさんが、

「ああすべき、こうすべき」

と力説するよりも、

部下職員たちは、何倍も早く、素直に学んでくれるはずです。

 

しかも、その学びは、

何倍も深く刻まれ、

何倍も長く活き続け、

何倍も確実に、具体的な言動を惹き起こしてくれることでしょう。

 

■以前、ある病院から研修の相談をいただき、

お訪ねした時のことです。

 

「接遇を強化したいので、

患者サービス研究所に話を聞きたいと思った」

とのこと、

数ある研修会社の中から、選んでいただいたことをありがたく思いました。

 

ところが、研修の内容の話になると、

「対象は、研修委員のメンバーです。

研修委員のみんなのモチベーションを上げて欲しいんです」

とのこと。

 

■そもそも、

「職員のモチベーションを上げる」

ことを、外部講師に依頼すること自体、

みなさんも違和感を覚えることでしょう。

 

職員のモチベーションを上げることとは、

職員にミッションの意味づけをすることです。

 

ミッションの意味づけができていない組織においては、

外部講師がいくら良い話をしても、

その想いが届くことはありません。

 

意味づけには2つあります。

 

1つは

「そのミッションを遂行しなければならない必要性」

の意味づけです。

 

危機感の場合もあれば、

社会的使命の場合もあるかもしれません。

 

時には、

「できなければ恥ずかしい」

というプライドや羞恥心ということもあるでしょう。

 

ともあれ、職員が

「このミッションを遂行しなければいけない」

と考えるよう、思考にアプローチする意味づけです。

 

もう1つは、

「そのミッションを遂行することの魅力」

の意味づけです。

 

やりがいの場合もあれば、

誇りの場合もあるでしょう。

 

職員が、

「ぜひこのミッションを遂行したい!」

と感じるよう、感情にアプローチする意味づけです。

 

この2つの視点がなければ、モチベーションは上がりません。

 

「すべき」

という思考にアプローチしただけでは、

行動がいつまでも始まりません。

 

なぜなら、人は常に自分の用事で忙しいので、

「どうしてもしなければならない」

という必要に迫られなければ、

新たな行動に移ることができないからです。

 

反対に、

「したい」

という感情にアプローチしただけでは、

行動が続くことはありません。

 

なぜなら、人は何かを続けることが大の苦手で、

習慣を身につけることは至難なので、

「心からしたい」

という魅力を感じていなければ、

疲弊せず、健全な心で、継続することができないからです。

 

そして、

「なぜする必要があるのか?」

「どういう魅力があるのか?」

という2つの意味づけをする場合、

それは、その組織それぞれの価値観に基づかなければなりません。

 

その組織が

「こんな価値観を大事にしている」

という基礎があって、初めて、

ミッションの意味づけが重要性を帯びてくるからです。

 

なので、

もし逆に、組織がそんなことをさらさら考えていないのに、

外部講師が

「だから、するべきですよ」

「だから、したいでしょう?」

と必要性や魅力をどんなに力説したとしても、

職員は

「現場では、そんな話出ないよね〜」

と受け付けることはないのです。

 

現場職員に担当業務以外のことを実践してほしいならば、

病院の経営者・管理職・担当者が

意味づけをできていなければならないのです。

 

そして、それがすなわち、

モチベーションそのものです。

 

したがって、

コンサルタントができることは、

「経営者・管理職・担当者が、

現場職員に対してミッションの意味づけできるように

価値観を言語化することをサポートすること」

となるでしょう。

 

■たとえば、

みなさんのお子さんが通う学校で、

校長先生が、

「本校は、進取独立の精神を重んじています」

と宣言しているのにも関わらず、

学生の進取独立へのモチベーションを高めるために、

外部講師を招いて話をさせていたら、

どうでしょうか?

 

最も大事なモチベーションづくりを

業者に頼んでいるようでは、

「業者の話を、学生が真剣に聞くだろうか?」

「学生が目を輝かせて進取独立を実践するようになることは、難しそうだ」

「最も大事にしていることなら、校長先生や教員のみずからの口で学生に伝えて欲しい」

と感じるのではないでしょうか。

 

■自分の施設が置かれている社会環境から、

自分たちが、何を求められているのか?

 

つまり

「自分たちは、何に応えるべきなのか?」

は、他の誰よりも、その施設の経営者・管理職が明らかにできなければならないでしょう。

 

また、自分たちが働くことによって

「この仕事には、理屈ではないやりがいがある」

「この職場には、お金では買えない体験がある」

というやりがいや誇りを得ることができる。

 

つまり、

「だから、この仕事は辞められない」

といった、かけがえのない魅力もまた、その施設の経営者・管理職以上に明らかにできる人はいないはずです。

 

みなさんの現場では、

そうした業務やミッションの「意味づけ」は

できているでしょうか?

 

■もちろん、その意味づけに意味を感じない職員も、

中にはいます。

 

しかし、組織としては、力を尽くして価値観を伝えることが大事です。

 

価値観を充分に伝えてもいないのに、

職員が病院の方針に馴染めず辞めるようなことがあれば、

それは防げるはずの退職だからです。

 

■また、

「モチベーションを上げて欲しい」

と頼まれて、

「わかりました。モチベーションをあげましょう」

と引き受けるコンサルタントも、世の中には存在するのでご注意ください。

 

グループディスカッションをさせるなどして、

たしかに一時的に

「やる気が出たような気がする」

研修を行なうことはあります。

 

しかし、研修が終わり、

多忙を極める現場にまた戻れば、

職員の方々は、あっという間に目先のことに埋没し、

今日もそこで働くミッションの意味を

見失ってしまいます。

 

放っておけば、すぐに意味を見失う傾向があるからこそ、

「モチベーションを上げられないか?」

ということになるのですから。

 

コンサルタントに頼む方も、頼まれるコンサルタントの方も、

おかしなことになっています。

 

■職員教育においても、組織改革においても、

その組織が

「どんな組織を目指しているのか?」

という目的が原点となります。

 

旅でもレースでも、ゴールがはっきりしていないのに、

スタートすることはできません。

 

進むべき方角も、スピードもわからないからです。

 

進めば進むほど、ゴールとは遠ざかっているかもしれないのですから。

 

組織を動かし、モチベーションを上げるためには、

何よりも、まず

「どのようなゴールを目指すのか?」

が明確にならなければなりません。

 

そのゴールにたどり着く必要性と魅力が伝えられなければ、組織は動いてはくれません。

 

そのため、

患者サービス研究所でも、研修の相談を受ける時には、

かならず、まず

「どんな病院を目指しているのですか?」

とゴール像をお聞かせいただくことから始まります。

 

もしゴール像が定まっていなければ、

「ゴール像の輪郭を明確にしてゆく」

お手伝いをします。

 

そして、

その価値観にのっとって研修を務めさせていただきますが、

病院側には、

「研修後も、その価値観にのっとって組織運営してくださる」

ことを依頼しています。

 

でなければ、研修が一過性の催し物となり、

現場が変わることにはつながらないからです。