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自律進化組織研究所 (改 : 患者サービス研究所)

結果にコミット! みずから活性化し進化する組織を実現します。

■いまほど、医療機関が

柔軟に進化できる力を必要としている時代はないでしょう。

 

まさに、

「変わるのが当り前」

の組織体質へと変わらなければならない時代です。

 

経営陣・管理職の方々も、

「職員が一枚岩になったら、どんなに良いか」

と思っていることでしょう。

 

本来、どんな組織でも、

職員が連携して、

組織が一人の人間のようになれれば理想だ

と、考えられているのではないでしょうか。

 

そのためには、

職員一人ひとりが細胞となり、

身体を組成するようになれば良いということになります。

 

では、

そのために必要なのは何か?

 

身体における細胞同士と、

組織における人間同士とは

決定的に何が違うのでしょうか?

 

■それは、

人間同士の場合には、感情があり、

異なる価値観があるということ。

 

細胞同士は、お互いの信号を受け取った時に、

「あれはいやだ、これはいやだ」

という拒否反応がありません。

 

わたしたちの身体の中で、

細胞同士に

「あれはいやだ、これはいやだ」

という拒否反応があったら、

命にも関わるたいへんなことです。

 

ところが、

わたしたちが勤務する組織の中で、

職員同士においては、

「あれはいやだ、これはいやだ」

という拒否反応が、しばしば存在しています。

 

拒否反応と言わないまでも、

「あの人から言われたからその気にならない」

「いま忙しいのでこの件はこれは気が進まない」

といった摩擦が、発生していることは、

みなさんもご存知でしょう。

 

むしろ、みなさんご自身の中にも

時として、そうした摩擦が発生することが

あるのではないでしょうか?

 

人間同士は、細胞同士とはまったく異なります。

 

「それどころじゃない」

「それ意味あるの?」

「あなたに言われる筋合いはない」

「やるべきことをやってからいってくれ」

「お前のいうことだけは聞きたくない」

などなどの摩擦の声は、珍しくないでしょう。

 

また、要否や急否などの理由によって、

相手から拒絶されることもあります。

 

軽視されていた、ということもあります。

 

伝えたことが伝わっていない。

 

伝えた通りに動いてもらえない。

 

むしろ足を引っ張ることさえある。

 

それが人間同士の厄介なところです。

 

こうした拒否反応や摩擦が、

身体の中の細胞同士において、

起きていたら、と思うと恐ろしいことですが、

組織の中の職員同士においては、

当り前のように起きています。

 

こんなに不健全で、不経済なことはありません。

 

■では、どうすれば良いか?

 

職員同士がお互いつねに信号を出し合い受け止め合うには、

信号を拒絶するバグをなくさなければなりません。

 

そのバグとは、

わたしたちが、

相手から送られた信号を、

捨てたり、無視したり、反発したりといった

良い関係性を阻害する作用のことです。

 

そして、

バグがない状態とは、

「どんな信号でも受け止める!」

という、お互いに安心できる関係性だと言えるでしょう。

 

そんな関係性を創るためには

職員がお互いに、

「なんでも言ってみて!できるできないは後で決めればよいのだから!」

というスタンスで接することです。

 

■具体的にはどうするか?

 

思っているだけでは伝わりません。

 

しかし、月例の会議で言い合っても

関係性が変わることはありません。

 

したがって、現実的で実効性があるのは、

つねにそれを言い合う、

ということに尽きます。

 

「なんでも言ってみて良い」

と思えるためには、

どんなことでも発言できることが大事です。

 

仕事のことであれ

プライベートであれ、

 

緊急のことであれ

いつでも良いことであれ、

 

良い話であれ

ネガティブな話であれ、

 

前向きな提案であれ

愚痴や不満や批判であれ、

です。

 

そうすることによって、

「基本的に、どんな信号でも受け止める」

という関係性が築かれるのです。

 

お互いに、どんな信号でも重んじて応える。

 

それこそが、

「心理的安全性」

です。

 

ところが、医療現場では、なかなか

そうしたコミュニケーションができていないでしょう。

 

ではどうするか?

 

そのためのコミュニケーション・モデルが。

患者サービス研究所の提唱している

「HIT-Bit」

です。

 

HIT-Bitを行なうと、

職員同士、さまざまなことを話し合えるので、

これまでにない問題提起や

予期しなかった改善提案が飛び出します。

 

まさに、

柔軟に進化できる力を備えた医療機関が実現します。

■最近、「ぺこぱ」という2人組の芸人が人気を博していることは、

ご存知でしょうか?

 

これがその2人です。

 

彼らが、なぜ、好かれるのか?

 

その分析は、後半の結論で述べたいと思います。

 

■ところで、

みなさんは、親しい人たちとカラオケに行くことはありますか?

 

(カラオケに行くのは、だいたい親しい人とですね…笑)

 

では、頼んでもいないのに、

歌った後に、

誰かに

「はい、76点ですね」

と採点されたら、どう感じるでしょうか?

 

「何が足りなくて、マイナス24点なんだ?」

とフラストレーションを感じるのではないでしょうか?

 

そして、歌うたびに、

勝手に採点されたら?

 

毎回、フラストレーションを感じることでしょう。

 

このように、

人は、誰でも、

他者の価値観のものさしで測られると苦しくなるものなのです。

 

他人の眼鏡に適うために生きているわけではないからです。

 

■というと、

「いや、好んでスポーツの大会に出て、

順位づけられようとする人がいるではないか」

という思う人もいるでしょう。

 

それは、他者のものさしで測られることに

自分なりの価値を感じていて、

みずからコミットしている時には、問題ありません。

 

むしろ、

測ってあげて順位をつけてあげなければ、

フラストレーションを感じさせてしまうことになります。

 

したがって、

自分が望む時には他者のものさしで測ってもらえて、

自分が望まない時には他者のものさしで測られない、

・・・そんな環境だったら、ストレスがないでしょう。

 

■ここからが本題です。

 

では、職場はどうでしょうか?

 

「仕事には責任を持つべき」

なので、

つねに結果を見られていて、

それが良い出来だったかそうでなかったか、

組織や上司のものさしに照らして測られているのが、職場でしょう。

 

もちろん、良い成果を出せた時には、

ちゃんと測られて、褒められたいものですが、

 

それほど測って欲しいと思っていない時間の方が多いのではないでしょうか?

 

プロ野球の試合でも、2回に1回は負け、

優秀な3割打者でも、残りの7割は不発で、

結果が出ず、あまりあれこれ言われたくない場面の方が多いのが実情でしょう。

 

しかし、職場では、

好むと好まざるとにかかわらず、

つねに働きぶりや仕事の成果を測られています。

 

昼休みでさえ、上司の目がある場合もあります。

 

心が、

「息がつまるよ!」

と言っているのではないでしょうか?

 

■このように、

「他者のものさしにあてはめて、

良い・悪いを判定すること」

が、

「評価」

です。

 

悪いと判定されたときのことを

「マイナス評価」

と呼ぶこと、しかりです。

 

頼んでもいないのに評価されることは

窮屈極まりないことですが、

我が国の、ほとんどの職場では、つねに

「評価」

されています。

 

そして、つねに評価されていると、

これまで積み上げてきたプラスの評価を損ないたくないあまり、

チャレンジする勇気を持てなくなる傾向があります。

 

まして、周囲を巻き込んで

ダイナミックな取組にトライすることなど、

怖くてできません。

 

もしうまくいかなかった時、

巻き込んだ同僚にまでマイナス評価が及んでしまえば、

その責任はとりようがないからです。

 

日本で、イノベーションが生まれにくいのは、

こういう構造があるからです。

 

一方、

他者のものさしを突きつけることなく、

「無条件に理解し応援すること」

「承認」

と言います。

 

結果が出ても、出なくても、

やる気があっても、なくても、

「誰にだってそういう波がある。

それが人間だ」

という前提で、

「どんな時も、君の味方だからね」

と無条件に理解し応援する。

 

そんな承認してくれる人が身近にいたら、

どんなに心が明るくなり、

元気と勇気を得られることでしょうか?

 

そして、

「決して見捨てられない」

と感じられるので、

大胆なチャレンジにも挑戦できるのです。

 

イノベーションが生まれる組織にしたければ、

「承認してくれる組織」

を創ることが不可欠です。

 

■しかし、日本は永年、

「評価だけの文化」

を続けてきたので、

「仕事はつらいもの」

「息苦しくても認められたいなら頑張れ」

というムードがいまだに蔓延しています。

 

これでは、職員が元気になることも、

職場が活性化することも、

イノベーティブな取組が始まることもありません。

 

まず、経営者や管理職が、

「まず承認する」

という思考習慣、

そして、言動習慣を身につけることが必要です。

 

そこで、

「つい評価しがちだが、

がんばって承認してみる」

つまり、

「そうじゃないだろう!と言いたいが、

それも良いかもね、と言ってみる」

ということを身に付けたいならば、

 

冒頭に挙げたお笑い芸人の「ぺこぱ」を

参考にしてみることをお勧めします。

 

YouTubeにもたくさんアップされています。

 

 

こんな、

「承認」

に満ちた職場だったら、

みなさんも現場の職員の方々も、

さまざまなチャレンジをしてみたくなるのではないでしょうか?

 

組織の活性化とは、

待遇や施設設備を変えてあげることではありません。

 

心が明るくなり、元気と勇気を得られる関係性を

実現することに他ならないのです。

 

■「どうすれば、職員のモチベーションを上げることができるのか?」

と悩む経営者・管理職は少なくないでしょう。

 

たしかに、

高いモチベーションを持って

仕事に臨んでくれれば、業務が円滑に進むでしょう。

 

また職員同士も協力して、組織の生産性も上がることでしょう。

 

そこで、

「働くモチベーションはどうすれば上がるのか?」

と訊かれることがあります。

 

そのため、

古典組織論の中には、

マクレガーのX理論、Y理論のように、

「人間は生来、自発的に働きたい生き物なのか?

それとも、生まれつき怠け者なのが人間なのか?」

と議論されたこともあったようです。

 

■しかし、考えて見てください。

 

「日本人なら、生来、お米を炊くモチベーションがあるか?」

と訊かれたら、どういう答えになるでしょうか?

 

白飯が食べたい時には、

「お米を炊きたい」

と思うでしょうし、

今日はパスタがいい、という時には、

「お米を炊きたくない」

と思うでしょう。

 

つまり、

人間は生来、

お米を炊きたいわけでも

お米を炊きたくないわけでもありません。

 

時として、

白飯を食べたいと思って

米を研ぎ、加熱する意欲がある状態のことを、

「お米を炊くモチベーションがある」

と呼ぶだけのことだということです。

 

「なぜ、常に米を炊くモチベーションがないのだ?」

と訊かれれば、本人は

「米だけが食べ物じゃない。

穀類が要らない日さえある。

そもそも、食事だけが人生じゃない。

食事の時間を惜しんでゲームをしたい時だってある。

米を炊きたいという関心は、

人生のうちで、ほんの1%にも満たない事柄なのだ」

と答えるのではないでしょうか。

 

それと同じで、

人間は生来、

働きたいわけでも

働きたくないわけでもありません。

 

時として、

さまざまな事情や関心があった際、

勤務先に赴いて担当業務をする意欲がある状態のことを、

経営者・管理職が、勝手に

「働くモチベーションがある」

と呼んでいるだけのことなのです。

 

「なぜ、働くモチベーションがないのだ?」

と訊かれれば、

職員は、

「働くことだけが使命じゃない。

成長しなくても責任を負わなくても、

いわれたことだけをこなして済ませたい日さえある。

そもそも、働くことだけが人生じゃない。

できることなら半年間、仕事をせずに過ごしたい時だってある。

働きたいという関心は、

人生のうちで、ほんの1%にも満たない事柄なのだ」

と答えるかもしれません。

 

実際、みなさん自身も、

仕事に拘束される時間が長いだけで、

働いている時も、そうでない時も、

仕事以外のことで人生がいっぱいになっていることも

多々あるのではないでしょうか。

 

夫婦間のこと、

趣味のこと、

子育てのこと、

お金のこと、

親のこと、

健康のこと、

・・・・・・あげたらきりがないでしょう。

 

そして、

働くことよりも、

こうした働くこと以外のことの方が、

重要な関心事である、ということも少なくないのではないでしょうか。

 

そんな、働くこと以外に多くのテーマを抱えている人たちに、

「働くモチベーションが、あるのか?」

と聞いたところで、

「働く気があるときはある、

働く気がないときはない」

としか答えが返ってこないでしょう。

 

人間には、心の中には、

関心事が映るディスプレイがあり、

その中に、さまざまなことが飛び込んできます。

 

何週間も、画面いっぱいに

好きな人との恋愛だけが映っていることもあるでしょう。

 

かき消してもかき消しても

自分を傷つけた人への恨みが画面に割り込んでくることもあるでしょう。

 

勤務中くらいは、

仕事が映っているのですが、

パソコンの画面のように、

画面の半分はウィンドウが開き、

熱を出して家で休んでいる子供のことが映っている、

ということもあるでしょう。

 

「働くモチベーション」

というものが存在するのではなく、

この「心の中の関心事が映るディスプレイ」に

仕事のことが映りこんできた時に、

その部下を見て、

経営者や管理職が、

「働くモチベーションがある」

と呼んでいるだけなのです。

 

■そもそも、

「働くモチベーションがあるのか、ないのか?」

という問いは、

「働くモチベーションを持っていてほしい」

という経営者・管理職の願望から生まれた

身勝手な幻想だということです。

 

「わたしのことを好きなのか、好きではないのか?」

と問われても、それは、

「わたしのことを好きであってほしい」

と勝手に願っている人だけが投げかける自分本位な問いでしかないのです。

 

■その身勝手な幻想が高じて、

古典組織論では、

「成長できると嬉しいのだ」

「評価されると嬉しいのだ」

「報酬が増えると嬉しいのだ」

と、都合よく説明し、

そうした動機で意欲を高めることを、

「働くモチベーション」

と呼んでいるだけです。

 

■では、現に働いている人たちは、

どうして働いているのでしょうか?

 

お金、家族のため、世間体、プライド、やりがい、誇り、その他、いろいろあるでしょう。

 

なので、コンサルタントに勧められて

職員満足度調査を実施したりすると、

本当のモチベーションとは関係のない、

どうでもいいことまで聞くことになってしまうので、

注意された方が良いでしょう。

 

たとえば、

「待遇が不満」

という結果が出れば、

給与や賞与などを見直さなければなりません。

 

「施設設備が不満」

という結果が出れば、

建物や内装をリニューアルすることを考えなければなりません。

 

このように

「働くモチベーションは、なんだ?」

という前提に立つと、

「職員のさまざまな要望に応えてみるしかない」

というおかしな対策にしかたどり着きません。

 

■その逆で、

「人は、どんな時にモチベーションが上がるのか?」

から考えることが必要です。

 

そして、

「そういう瞬間が、仕事の中で生まれるにはどうしたら良いのか?」

を考えることが必要なのです。

 

「いつも、趣味や人間関係のことなので画面がいっぱいの

心の中の関心事が映るディスプレイに、

どうすれば、

仕事のことが割りこめるのか?」

と考えていても、実現することはありません。

 

「どんな場面だったら、

ディスプレイに映るのか?

そんな場面のある仕事にすればよい」

と切り替えた方が良いでしょう。

 

■むしろ、

経営者・管理職であるみなさんは、

どういう動機で働く人を増やしたいのでしょうか?

 

待遇や施設設備で満足度が上がる人を増やしたいのでしょうか?

 

もしその逆で、

やりがいと誇りを大事にする職員を増やしたいならば、

「やりがいと誇りを感じられる組織」

を創れば良いということになります。

 

待遇や施設設備といったその他のことは、

その後で、まだ必要だったら、その時に手を着ければ良いことです。

 

やりがいや誇りを感じられる組織とは、

「感謝されて嬉しい」

「役に立てて嬉しい」

「尊重されて嬉しい」

と感じることができる職場です。

 

周囲からの、

「敬意」

「感謝」

「承認」

がないところに、

やりがいや誇りが生まれることはないからです。

 

そして、

敬意、感謝、承認に満ちた職場では、

カネやモノではなく、

心に響く瞬間がもたらされるので、

職員は、

「この仕事には理屈じゃない魅力がある」

「この職場にはお金では買えない瞬間がある」

という、強烈なモチベーションを持つことができるのです。

 

■もしかしたら、

多くの経営者・管理職が

「仕事は辛くて大変なもの」

と認識しているかもしれません。

 

経営者・管理職が、

「働くこと」の、くたびれた、パッとしない姿を見せても、

職員の方々の

心の関心事のカメラがフォーカスすることがないのは、

当然でしょう。

 

逆に、

経営者・管理職の立場ならば、

まずご自身が、

「仕事には、理屈じゃない魅力がある。

職場には、お金で買えない瞬間がある」

と認識することです。

 

そして、経営者・管理職が、

「働くこと」の、ドラマチックでキラキラした姿を見せれば、

職員の方々の

心の関心事のカメラは思わず吸い寄せられ、

最大にズームアップしないではいられなくなるのです。

 

■患者サービス研究所では、

組織づくりの最初に管理職に着手してもらうことは、

片腕であるNo2づくりです。

 

No2ができたら、

今度は、

管理職とNo2との2人で、

それぞれに片腕となるNo3, No4を作ってもらいます。

 

No3, No4ができたら、

今度は、

管理職とNo2、No3、No4の4人で、

それぞれに片腕を・・・・

 

そして、30人の部署なら、

最後の一人がNo30の片腕となるまで

たどり着いたところで、

これが最強の組織が出来上がるのですから。

 

一人を味方に着けられない管理職が、

部署全体を味方に着けることはできないでしょう。

 

つまり、

身近な人間を巻き込めなければ、

組織を巻き込むこともできません。:

 

同じように、

組織を巻き込めなければ、

外部を巻き込むことはできません。

 

■たとえば、接遇。

 

いまだに、

「接遇とは、患者さんのためにするもの」

「職員が無理をしてでも、患者満足度を上げなければいけない」

ということを聞くことがあります。

 

職員を元気にできなくて、

患者さんを元気にできるはずがありません。

 

患者さんに勇気や元気を与えて心を明るくしたいなら、

職員を元気にしなければならないのです。

 

そこで、

「接遇とは、

患者さんに心から喜ばれ感謝される瞬間をつくること」

と考えること方が良いでしょう。

 

患者さんから手を握って感謝され涙を流して喜ばれる、

そんな瞬間を作ることができたら、

職員の方々は、

医療従事者冥利につき、

「もっと患者さんに向き合いたい」

と理屈抜きで、心から思えるのではないでしょうか。

 

その結果、

患者さんにとっても、

どこよりも安心して相談できる病院、

だれよりも頼りにできる職員、

生涯忘れられない心温まる瞬間を

感じることができるのではないでしょうか。

 

身近を幸せにすることで、

周囲も幸せになりますが、

 

反対に、周囲を幸せにすることを優先しても、

そのために身近に無理をかければ、

それは続かないのです。

 

■また、たとえば、ブランディング。

 

いまだに、

「ブランディングとは、広報の仕方だ」

「どうしたら、病院のイメージを良くすることができるか?だ」

ということを聞くことがあります。

 

職員に病院の信念が伝わらなくて、

外部に伝わるはずがありません。

 

逆に、職員が

病院の良さ、

この病院の素晴らしいところ、

この病院で働くことの誇りなどを

心から理解できていれば、

 

おのずと、その職員が、会う人会う人に、話すでしょう。

 

「具合が悪いなら、うちに来た方がいいよ」

「働くなら、うちに来なよ」

と。

 

職員へのインナーブランディングが充分にできていれば、

その結果、必然的に、

外部へのアウターブランディングは、自然に拡充されることになります。

 

身近を幸せにすることで、

周囲も幸せになりますが、

 

反対に、周囲を幸せにすることを優先しても、

そのために身近に無理をかければ、

それは続かないのです。

 

■患者さん、ご家族、地域住民、連携先を

幸せにしようとするならば、

まず、

職員の幸せを実現することを主題にすることです。

 

これを忘れ、

不幸せな職員が、

その目の前の患者さんやご家族、地域住民や連携先の方々を

幸せにすることは、不可能なのですから。

 

まず、職員。

 

次に、業務委託職員。

 

その次に、出入りしている業者の方々。

 

そしてその次に、患者さんやご家族。

 

さらに連携先、そして地域住民です。

 

■「地域に貢献する」

「高度な医療を提供する」

「安心と安全を追究する」

・・・などなど、素晴らしい理念を掲げている現場がたくさんあります。

 

しかし、

その前提として、

それらのどの項目よりも、

「職員がここで働いていて良かった!と思える組織をつくる」

ということを誓っている現場が、

どれくらいあるでしょうか?

 

みなさんの現場の経営者が、

どんな項目よりも、

「職員がここで働いていて良かった!と思える組織をつくる」

ということを誓っているでしょうか?

 

もし、経営者が職員に対して

「仕事は契約だ」

と考えていたなら、

 

職員もまた、患者さんやご家族に対して

「業務は契約だ」

と考えます。

 

「患者さんやご家族を幸せにする」

という言動が起こることはありません。

 

■以前、お伝えしましたが、
「医療業界に訪れた30倍速の激変時代」と、
それに伴って、人と組織に求められることについて、

ふたたび、激しく!反省しています(笑)。

 

■組織を良くできるかできないか?を決める要因は、

第一には、

もちろんトップの情熱や信念ですが、

第二には、

管理職であることは、ご存知でしょう。

 

トップが一人、情熱を燃やしていても、

それが現場に伝わり、

職員一人ひとりが活き活きと活躍できる環境を作れるかどうかは、

とりもなおさず、

各部署のリーダー次第だからです。

 

■そして、

いまほど、医療現場において、

極度に疲弊してきている職員の方々を、

活き活きと活躍できるような環境づくりが必要とされている時はないでしょう。

 

実際、

「感染が怖いから」

と退職を考える人もいます。

 

自分は働きたくても、

「幼い子供や高齢の親への感染が怖いから」

と対象を考える人もいます。

 

その可能性があってもなくても、

殺伐とした現場で働き続ける意欲を保てずに

「やめたい」

と言い出している人もいます。

 

さらには、

「ここでは働きたくない」

という退職理由の人もいます。

 

しかし、

地域の住民が困惑し、不安に包まれているいまこそ、

むしろ、職員が一丸となって、

業務に臨めるような組織でありたいところでしょう。

 

ではどうすればよいか?

 

■それは、待遇ではありません。

 

もちろん、待遇が良くなるに越したことはありませんが、

「金を払えば働くだろう」

というものでもないことはご存知の通りです。

 

また、勤務時間の短縮でもありません。

 

身体的に楽になったり、充分に休息をとれることは重要ですが、

「拘束時間が短ければ、働き続けたいだろう」

というものでもありません。

 

では、なにか?

 

心が明るくなり、

元気や勇気を得られ、

むしろ

「大変なときだからこそ、自分が支えたい」

と職員が思えるためには、

やはり

「一緒に働く上司や仲間にわかってもらえる関係性がある」

ということに尽きるでしょう。

 

■そもそも、

人は、

どんなに楽な仕事でも、

周囲から感謝も評価もされず、

苦労を理解されず、

応援も称賛もされず、

喜ばれず、労われず。敬意も払われず、

「待遇が与えられているのだから、

ちゃんとやれ」

と言われるだけの環境では、

大きな負荷を負って頑張り続けることはできないものです。

 

反対に、

多大な苦労や不安を伴う仕事でも、

周囲から感謝され評価され、

その大変さをしっかりと理解してもらえて、

応援され称賛され、

周囲が喜んでくれたり、

心から労ってくれたり、

頭が下がると敬意を示してくれて、

「待遇がどうであれ、

ここまで真剣に向き合ってくれる人はいない」

と感謝される職場では、

大きな負荷を負うからこそ誇りをもって頑張れるでしょう。

 

自分自身が、

どちらの環境の方が頑張れるか?を想像してみれば

明らかでしょう。

 

■したがって、管理職が

部下職員を活き活きと活躍できるようにするために

実践できる最も重要で効果的なことは、

部下職員を充分に

「承認する」

ということとなるでしょう。

 

それは、一言で言えば、

「コミュニケーション」

ということになります。

 

しかも、

「理解し応援しているよ」

という承認のコミュニケーションです。

 

ただし、

「きみのことを理解しているよ、応援しているよ」

と言って、それが伝わることはありません。

 

伝える前に、

伝えること以上にもっと重要なことがあります。

 

それが

「聞くこと」

です。

 

みなさんも、自分が大きな苦しみに直面した時に、

どんな風に接してもらえれば救われるか?を考えればお分かりでしょう。

 

事情もくわしく聞かず、

自分のいまの思いもさして聞くこともなしに、

「つらいよね。でも応援しているよ」

と言われても、

まったく救われた気持ちにならないでしょう。

 

検査もせずに、

処方を決められてしまうようなものです。

 

むしろ、

充分に聞いてもらえるた時には、

「わかるよ」

とも

「応援するよ」

とも言われなくても、

心の支えが取れて心が晴れるというものです。

 

■管理職は、

部下職員の元気を支えたいならば、

いまこそ、

「聞く」

こと。

 

それが最も重要なミッションだと言えるでしょう。

 

なお、

いま多忙を極める医療現場で、

「どのように部下職員の話を聞けば良いのか?」

 

一人ひとりに接触したくても、

「そんなに時間が取れない」

という管理職もいるでしょう

 

さらには、

「話を聞きたい、と言ったところで、

部下職員が応じてくれそうにない」

と思う管理職もいるでしょう。

 

しかし、

「対話に応じてもらえない」

と言って、遠慮していては、

一向に、部下職員の心を明るくすることはできません。

 

さらには、

上司が部下を理解し応援するだけではなく、

部下職員同士が、互いに理解し応援しあう組織体質にならなければなりません。

 

そんな職場だったら毎日出勤するのが楽しみでしょう。

 

そして、

人間関係で悩む理由がないはずです。

 

ただし、

聞きましょうと言ってもにわかに心を開くことはできません。

 

ではどうするか?

 

徐々に互いの心が近づく仕組みが必要となります。

 

それが、患者サービス研究所が提唱している

「HIT-Bit」

です。

 

HIT-Bitについては、別の機会にお伝えします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■昭和・平成の時代、

多くの人の口から、

「物質的には豊かになったが精神的には幸せになったとは言えない」

との主張が語られていました。

 

みなさんもそう感じたことでしょう。

 

所得を増やすために、社会全体が無理をしていた気がします。

 

利益を上げるために、企業・組織が無理をしていました。

 

生活を守るために、そこに働く社員・職員が無理をしていました。

 

チャールズ・チャプリンの映画『ライムライト』のように、

人間が、

機械の一部となって、

ひたすら目の前に流れてくる作業をこなしていた・・・

 

それが昭和・平成の時代ではないでしょうか?

 

象徴的なのが、

「24時間戦えますか」

のフレーズで、

みんながみずからを鼓舞した

大塚製薬の「リゲイン」のコマーシャルではないでしょうか?

 

これです!

 

24時間戦えるはずもなく、

戦えても決して健康に良いはずもない、

それでも

リゲインを飲んで頑張ろう!

 

それをだれも異常とも思わない時代だったのです。

 

これを、

「ドーピング社会」

と言っても過言ではないでしょう。

 

もちろん、世の中の多くの企業もまた、

「ドーピング組織」

でした。

 

目はパッチリと見開いているものの、

瞳孔も広がっていたかもしれません。

そして、バブルの崩壊とともに、

世の中はドーピングの酔いから醒め、

それまで蓄積していた無理による疲労がドッと出た結果、

日経平均株価は、

最高値の38957円から、

リーマンショックの影響もあって6994円まで下がりました。

 

企業・組織もまた、

大企業の倒産や、食品・建築などの偽装が相次いで明らかになり

病弊が表面化したのが平成の時代です。

 

そして、生活する人々の間には、

将来に対する不安と

世の中や組織に対する不信が漂い、

メンタル疾患や自殺が増えて言ったのも、この時代です。

 

ドーピングで元気を装っていた、

健全ではない時代が長く続いたのです。

 

■そこで、提案です。

 

これからは、人間が本当に幸せになるためにはどうすれば良いか?

 

正しい選択をしてゆく方が良いのではないでしょうか?

 

それは、

言い古されたことですが、

「物質的に恵まれること」

ではなく、

「心が豊かになること」

です。

 

心が豊かとは、

機械のように扱われるのではなく、

「自分の価値観が解放されること」

ではないでしょうか?

 

ドーピングで成型されてきた世の中や組織や人間が、

のびのびと育ったオーガニックな世の中や組織や人間へと、

変わるべき時が来たものと思います。

 

■組織について言えば、

経営者や管理職が、

「ああすべき、こうすべき、あれはやるな、これはやるな」

と価値観を押し付けて、

無理矢理に職員を動かすドーピング型組織から、

 

職員が

「ああしたい、こうしたい、あれが気になる、もっとできることはないか」

と価値観を解放して、

のびのびとみずから動くオーガニック型組織へと、

転換するということになるでしょう。

 

工業製品のような規格品ではない代わりに、

それぞれが強い個性を持ち活き活きとしている・・・、

 

令和を、そんな時代にしてゆきたいものです。

 

世の中も、

組織も、

人間も、

本来の活き活きとした自然体に戻った方が、

実は、

健全で、癒され、より元気が生まれる在り方だと、

みなさんも気づき始めているのではないでしょうか?

 

「仕事なんだからやって当り前」

「楽な仕事なんてない」

「仕事は甘いもんじゃない」

「職場は仲良しクラブじゃない」

・・・といった「べき論」はもう卒業しましょう。

 

「苦労しなければ、幸せになってはいけない」

「成功の陰には絶対に努力がある」

「努力していれば必ず報われる」

・・・といった幻想も、もう要らないでしょう。

 

■みなさんの周囲にも、

まだこれまでのドーピング文化に毒されていて、

みずからに無理を強いた視点や発想を当り前に思っている

上司、同僚、部下がいるのではないでしょうか?

 

頑なに過去の「べき論」に縛られて、

機械のようにレールの上を走ることが正しいと考えて

疑わない人は、少なくないのではないでしょうか?

 

ドーピング組織では、

むりやり成長させ実を大きくしますが、

作られた風味となり、

その後の幹や枝はヘトヘトになってしまいます。

 

もし、

「そういえば、世の中も組織も周囲の人間も、

ドーピングされていたかもしれない」

と振り返っていただけたなら、

未来が明るくなります。

 

 

なぜなら、ドーピングを卒業して、

天然の生命力を活かすからです。

 

もし、

みなさんの周囲の方々が、

「本当は、こうしたい」

「本当は、気になっている」

「本当は、ああなりたい」

「本当は、もっとできることはないか」

と、自分の価値観を解放するようになれば、

どんなに健全で、明るく、活力ある組織になるでしょうか?

 

■特定社会保険労務士・医療人事労務マネジメント研究所の河北隆先生と、

患者サービス研究所・東京都医業経営アドバイザー(委託)の三好 章樹が、

対談でお届けする、

病院コンサルタントの裏側の裏側を、反省します!

 

■今回は、YouTubeで初めてお会いする方々に向けて、

もう一人のコメンテーター、医療人事労務マネジメント研究所の代表で特定社会保険労務士の河北 隆氏の素顔に迫ります!

 

・病院コンサルタントになったいきさつとは?

・病院の人事労務に携わる揺るがないポリシーとは?

……などについて、語っていただいています。

 

vol.003 河北隆って、だれ? (20:49)

https://youtu.be/MxbSeBuBarU

 

■経営者・管理職で、

「職員・部下のモチベーションを上げたい」

と思わない人はいないでしょう。

 

では、モチベーションとは何か?

 

そもそも、

モチベーションには2種類があり、

それぞれに本質が異なります。

 

したがって、

自分が職員・部下に期待するのはどちらのモチベーションなのか?を

踏まえておかなければ、

思うようなモチベーションの高い組織づくりをすることはできません。

 

その2つのモチベーションについて明らかにしておきましょう。

 

■まず1つは

「モチベーション-1」

です。

 

すなわち、もともと

「ここでやったえゆく気がある」

という人のモチベーションです。

 

どんなにやる気がないように見えても、

ここで続けてゆくという

「1」のモチベーションだけは少なくともある、というケースです。

 

こうした職員・部下に対しては、

この「1」のモチベーションを「3」や「7」や「15」にするためには、

植物の芽を育てるのと同じ、

「育」の動機づけがあれば良い、ということになります。

 

昭和の時代は、これだけでよかったのです。

 

なぜなら、

「辞めない時代」

だったからです。

 

昭和の時代は、

職員や部下がその職場にいるということは、

「その職場で続けていくことにコミットメントがある」

ということをいみしていました。

 

世の中のほぼ全員が、「1」のモチベーションを持っていた時代です。

 

その証拠に、

今では考えられないほどのひどいセクハラやパワハラが

横行していましたが、

それでも、みな辞めなかったので、

追い詰めて教育すればついてきてくれたのです。

 

こうした、「1」のモチベーションが前提であれば、

競争させたり表彰すれば、みんなが、また頑張ったものです。

 

しかし、いまは、

大抵これが通用しないようになってきました。

 

■そこで、2つめが

「モチベーション-0」

です。

 

いまは、勤務しているからと言って

職場にいる全員が、

「ここで続けてゆく」

という「1」のモチベーションがあるとは限りません。

 

いつでも辞めるという選択肢があるのがこんにちであることは

みなさんもご存知の通りでしょう

 

「その職場で続けていくことにコミットメントがある」

とは限りません。

 

なので、組織としては、

「0」のモチベーションを「1」にする動機づけが必要不可欠な時代になっているのです。

 

これは、「産」の動機づけと言えるでしょう。

 

そして、「0」を「1」にできる組織ならば、

「1」を「3」や「7」や「15」にするのは簡単です。

 

逆に、

「0」を「1」にするのは昭和の感覚では不可能です。

 

なにしろ、

厳しくするほど、いつでも辞めてしまうのですから。

 

昭和の発想の経営者・管理職は、

「仕事を覚えて成長でき、それが組織から評価されれば

モチベーションが上がるはずだ」

という考えから、なかなか脱却できません。

 

しかし、それがモチベーションを向上するのは、

とりもなおさず、

「その職場で続けていくことにコミットメントがある」

場合だけです。

 

職員・部下にそのコミットメントがない場合には、

仕事を覚えることも、

成長することも、

組織から見られて査定されることも、

評価が上がることも、

ただただ鬱陶しいだけで、

 

「もう、これっきりにしてほしい」

という気持ちが強くなるだけです。

 

まして競争を強いたり、全員の前で表彰してやっても、

本人たちにとって、増えるのはストレスだけです。

 

指示・命令・教育・研修・指導・管理をすればするほど、

苦痛をもたらすだけで、

かえってモチベーションを下げることにしかならない、

というわけです。

 

■このようにしてみると、

「モチベーション-0」の職員・部下を相手に、

「モチベーション-1」向けの動機づけをしている、ということが、

みなさんの現場にも置きていないでしょうか?

 

コミットメントのない職員・部下を追い詰めてしまうと、

退職が発生する、という大事故につながってしまうので、

注意する方が良いでしょう。

 

■では、

この職場で働き続けることにコミットメントしていない職員・部下の

「モチベーション-0」を

「モチベーション-1」にするには、

どうすればよいか?

 

このポイントについては、

(しばしばここでご紹介していますが)

また別の機会にお伝えします。

 

■みなさんも、
「すべての結果には原因がある」
ということはご存知でしょう。

もし、自分や家族に不幸なことがあれば、
「絶対に原因を明らかにしたい」
と思うはずです。

「原因なくして起こる結果もあるさ」
と納得できる人はいないのではないでしょうか。

このように、
仏教が教えていなくても、だれもが
「因果の道理」を前提に生きていることと思います。

なお、因果の道理を前提にすると、
実は、
仏教でいう「輪廻」つまり「生まれ変わること」も
肯定したことになります。

というのも、身の回りにも
「あんな良い人が、なぜあんなに不幸な死に方を?」
ということもあれば、
「あんなに悪いことしたのに、天罰がくだらずに幸せに死んでいった」
ということもあるでしょう。

つまり、
良い原因・悪い原因を作っても
この世の人生で結果に至らず清算されないということは、
来世で清算されるということになります。

また、わたしたちは、
すでに貧富・美醜・肌の色・時代が違う
「異なる人生」
という異なる結果を受けてこの世に生まれてきている、
ということは、
異なる原因を、生まれる前、つまり前世でつくってきたとしか
説明できません。

なので、
「因果の道理」
を正確に理解している人たちは、
初めて会った人同士でも、論理必然的に、
「輪廻転生」
をも前提に話し合うことになるのです。

 

■ここからが本題です。

このように、同じ世界を知っている人同士が語り合うと、
「ああなるよね」
「そうそう」
「こうなるよね」
「そうそう」
と同じ景色を見てきたように、話が一致するものなのです。

そして、それは、
「自律進化組織」
というカルチャーを知っている人同士でも、同じです。

指示命令体質しかイメージできない人たちは、
口を揃えて、
「そんな風になるのか?」
「そんなことが起こるのか?」
「そんな組織が成り立つのか?」
と心配しますが、

自律進化組織を知っている人たちは、
「その点は、自然にこうなる」
「その件は、当然ああなる」
「そういう時は、気がつけばこうなっている」
と、口を揃えて同じ反応をします。

その例を挙げましょう。

 

■たとえば、
「自律進化組織では、職員が職員が愚痴や不満も言うが、生産性が高い」

指示命令体質のように、
職員が
「かならずどこかに正解があり、それが指示や命令となって降りてくる」
ということが前提の組織では、
職員同士が気持ちよくコミュニケーションを取る必要はありません。

しかし、
自律進化組織においては、
「正解が降りてくる」
という前提がないので、
職員一人ひとりがみずから気づき考え行動するため、
つねに全員が、
「言ってみるしかない」
「やってみるしかない」
のです。

愚痴や不満も、
「改善すれば生産性が上がる」
という問題提起でもあり、改善につながる貴重な端緒なので、
決して遠慮しなければならないことではないのです。

そうやって、
つねに愚痴か不満か効率や精度を向上しようと言う呼びかけか、
はっきりしないさまざまな意見を交わし合い、
そのうちの一部が改善されることによって、
進化が生まれるので、
当然、組織の生産性も高くなる、というわけです。

もし、同僚が指示命令体質のカルチャーしか知らなければ、
「愚痴や不満など、言うべきではない」
「愚痴や不満を言うことは、生産性を下げる」
「組織の生産性を高めるには、愚痴や不満を言わせずに頑張らせることだ」
と、考えているのではないでしょうか。

 

■反対に、もし、みなさんが、
上司や部下に、
「みんなで愚痴や不満を吐き出して、どんどん生産性を上げたいよね」
と言ってみた時、
「そうそう!!」
という返事が返ってきたら、その人は、
みなさんと一緒に自律進化組織を創ってくれる
頼もしい同士となってくれるはずです。

 

■なお、

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