学芸会~ごんぎつね | やっくんの事件簿ブログ

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 少し前になりますが、友人の家で子供の学芸会の動画を見て驚きました。桃太郎が一体何人いるんだといわんばかりに、みんなが主人公になってます。
親御さんも折角の子供の晴れ姿をやはり主役で観たいという要望を学校(保育園)側も汲んでいるように思います。

時代の波があるんだろうと思います。現在はどうなっているのか、正直わかりませんが、少なくとも20年から30年前はもう少し役割分担がハッキリとしていた様に思います。

今回はある新米教師の学級に降りかかった危機とそれを救った少女のお話をご紹介致します。少し昔話にお付き合いいただきたいと思います。


今から30年ほど前の話です。
私が通っていた小学校で、年に一度の学芸会が行われました。

一年生から六年生の全ての学級が出し物をするというものでしたが、小さな小学校だったこともあり、ほぼ全ての学級の出し物は演劇でした。体育館のステージで児童や先生、そして我が子のステージを観覧するため詰め掛けた父兄の前で順番に講演が進行してゆきます。


四年生のある学級では、教科書にも扱われていた「ごんぎつね」の演劇をすることになりました。

主役の”ごん”は常に出ずっぱりなため、配役を2人充てることになりました。
前半をひろみちゃんが、後半をあゆむちゃんが演じることになりました。

そしてこの学級の担任の石田先生は
この年に大学を卒業したばかりの新米教師です。大変容姿端麗であり、常に笑顔の絶やさない、児童はもちろん、他の先生からも人気の女性の先生です。

ごんぎつね1
※ごんぎつね 新美南吉作


そして、迎えた学芸会当日の朝、学校に一本の電話がはいりました。

主役の1人あゆむちゃんのお母さんからです。

あゆむちゃんの担任である石田先生への電話でした。

「石田先生、あゆむが40度近い熱を出して、登校することができません。どうしましょう」

石田先生は一瞬凍りつきました。しかし、高熱の小学校四年生の女の子を無理矢理登校させ、演劇をさせるわけにも行きません。

「大丈夫ですよ、心配しないで下さい。今は安静にして、早く治して下さい」

さあ、困りました。選りに選って主役の1人が、欠席です。もう数時間すれば楽しみに集まった父兄さんの前で発表しなければなりません。

石田先生は他の先生に相談しましたが、解決策が見当たりません。ホームルームの時間が迫ります。考えがまとまらないまま、みんなの待つ教室へ重い足を運びました。

教室の前で一度深呼吸をして中へ入りました。

教室ではいつもの様に、先生が入って来るとそれまで騒いでいた子たちが着席します。

やはり、あゆむちゃんの席だけは空いています。事を察している子たちは先生の顔を覗き込みます。

ホームルームが始まりました。

「あゆむちゃんは熱を出して、学校に出てこれません」

気丈に振る舞うも、同様は隠しきれません。

「先生どうすんの?」

「やばいんやない⁉︎」

正直、石田先生もどうするのが一番良いのかわからずいました。代役を立てて上手く行くのか?誰がやるのか?楽しみにしている父兄さんのためにも、中止する事は出来ません。
絶体絶命とはこういう状況かと思いました。


その時、一人の女の子が手を挙げました。

主役の”ごん”の前半を担当するひろみちゃんです。

「先生、私がやります」

「・・・」


石田先生は胸の中で呟きました。

「ひろみちゃん、あなた自分の役だけで、膨大なセリフがあるのよ」

「でも、ひろみちゃんなら、代役にはもっとも相応しいかも」

ひろみちゃんはあゆむちゃんとは大の仲良しです。友だちのフォローをなんとかしたいという気持ちもあったのかもしれません。

ひろみちゃんはクラスでも、テストの点はトップクラス、そして何より、図書館から分厚い伝記などの本を毎日三冊借りていくことを石田先生はよく知っています(今で言う”読女”)。

石田先生は不安よりも期待が上回りました。

「ひろみちゃん、まだ少し時間があるわ、最後まで諦めず読み合わせしましょう」

石田先生はもうこの女の子に託すしかなかった。そして少しでも力になるよう努力し応援することしかできなかった。

ホームルーム後、校長先生に演劇を予定通り行う旨を伝えました。

石田先生とひろみちゃんと他の配役の子と後半部の読み合わせを行いました。

台本を目で追う石田先生を尻目に、ひろみちゃんは一切台本をみません。

ひろみちゃんは日頃の練習を見ているうちに、自然と後半のあゆむちゃんのセリフまで暗記してしまっていました。

「ひろみちゃん!すごいじゃないの!」

石田先生はこのひろみちゃんの細腕がどんなに心強く感じたことか。

そして、間もなくして本番が始まりました。

ごんぎつね2
※兵十のうなぎを逃す悪さをした後、兵十の母の死を知り、母の為の用意だったことを知り後悔するごん

ごんぎつね3
※ごんはうなぎを逃した償いのため、毎日兵十の家に栗や松茸を届けていたが...


心配した後半もほぼ問題なく知らない人は、まさか主役が代役だったとはつゆほどにも感じないぐらいの大成功のうちの幕は降りました。

石田先生は溢れる涙を抑えきれませんでした。

演劇後、恒例の水野教頭先生による寸評がありました。

「主役の女の子、素晴らしかったですね。普通は人がセリフを喋っている時は、ボーッとしてしまうものですが、”ごん”役の女の子は他の人がセリフを喋っている時も常に反応して演技をしていましたね」

水野教頭先生は、事情をよく知っています。

ここで主役の1人が欠席して、代役を含め通しでやった主役の子を褒める事も出来たでしょう。その方が会場から反響があったかも知れない。

しかし、学芸会というのは、技術を競うものではありません。日頃の成果を発表する場と1つのことをみんなが力を合わせてやり遂げる道程と達成感を共有することが目的だと思います。

水野教頭はひろみちゃんとあゆむちゃんが仲良しなことも知っています。

教頭はあゆむちゃんへの配慮と、そんなことを差し引きしなくとも、素晴らしい舞台だったことを評価したのではないでしょうか。


現在は携帯やパソコンが普及しており、気軽に連絡が取れ、メール1つで多くの人が瞬時に情報を共有出来る大変便利な世の中になりました。

しかし、反面、LINEやSNSを使ったいじめや詐欺まがいなメールなど、身近になった犯罪への危機も増えているといいます。

そこにはどこか感情が通いづらい、機械的な部分があるため、発生しやすい一面があるように思います。

当時はまだ、携帯もパソコンもない、アナログの時代でしたが、逆に
メールでは伝わりづらい、相手の声を聞くことの一本の(固定)電話の重要性。また、顔と顔を付き合わせての相談等、古き良き時代だったと思うのは歳を重ねたせいでしょうか(もしくは時代について行けてないか)。

文明が進化し便利になった分、使う側の人間も成長し、進化して行かなければならないのではないでしょうか。


石田先生は翌年、私のいたクラスの担任にもなり、大変お世話になりました。素晴らしい先生でございました。
”ごん”役を演じた少女は現在、地元で教師をされております。



最後までお付き合いいただき誠にありがとうございました。