その19 山本直純さん | がけっぷち人生向上ブログ

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2019年12月にYahooブログから引っ越してきました。
キャンプにカメラに雑学に。

がけっぷちが生まれ育った広島県佐伯郡五日市町。
 
と言っても、がけっぷちが小学6年生の1985年に広島市に合併されました。
当時、日本で一番人口の多い町だったのは、今でもはっきり覚えています。
 
合併騒ぎは町を2分する騒動に発展し、合併騒ぎの中で五日市町役場では機動隊まで出動する状態。
 
NHKの夜9時に放送されていた、ニュースセンター9時(木村太朗・宮崎みどりアナウンサー)で何度も取り上げられる状態になりました。
 
そんな五日市町も広島市も、広島県の地図上では広島県の西側にあたります。
 
その昔、「安芸」と呼ばれていた地域。
広島県は西部を「安芸」、東部を「備後」(びんご)とその昔は呼ばれていました。
 
 
さて、そんな小学6年生の時に毎週楽しみにしていたのが、先に紹介したNHK人形劇三国志。
中学生になって毎週楽しみにしていたのが、NHKの大河ドラマ「独眼流政宗」、「武田信玄」でした。
 
ここで、復習です♪
 
がけっぷちのブログの過去記事で、その昔の「守護」ってお話をさせて頂きました。 簡単に説明すると、今の県知事のようなものだと。
 
といっても、守護には軍事権や全ての税金(当時はお金だけでなく、労役や現物納税などもありました)の面で考えると、日本の県知事の権力よりもはるかに大きな権力を守護は持っていたことになります。
 
 
って事で、ここで「伊達政宗」や「武田信玄」は? と考えて見ましょう!
 
 
戦国時代に活躍したお二人の名前は誰もが知っていますよね♪
 
伊達政宗は、陸奥守護を任官された家系でした。
ちなみに、伊達政宗の父は伊達輝宗、祖父は伊達晴宗、曽祖父は伊達稙宗。
当時はよくあった事ですが、当時の足利将軍より1文字もらってますので、歴史の中で登場する時代によっては名前が違ってたりします。「足利義輝→輝 足利義晴→晴 足利義稙→稙)政宗は、過去の伊達家の当主の中でも中興の祖と呼ばれている「伊達政宗」の「政宗」を受け継いだので「政宗」になってます。 ってことで、「梵天丸→とうじろう→政宗」の順番で名前が変ります。 将軍家より一文字もらうことになったら、もう一回名前が変っていた可能性もあるのですが、政宗時代には足利将軍家最期の当主足利義昭は存命でも幕府はなくなっていたので・・・
 
当時は京の都、将軍家や公家などの権威は実際の力はなくても権威などは大切なものだったらしく、武田信玄の正室は公家の三条家から。 本願寺顕如や細川晴元の奥さんも三条家だったりしたそうです。
 
武田信玄は、甲斐守護の家系です。
 
現在でいうと「山梨県」の知事。 武田信玄は剃髪して信玄を名乗ってるのですが、その前は武田晴信。 この「晴」も、先の伊達政宗の祖父の「伊達晴宗」と同じく、時の足利将軍の足利義晴より一文字もらった物です。 当時はとても名誉な事だったようですね。(^ー^* )
 
 
このお2人を主人公にした、大河ドラマ「独眼流政宗」「武田信玄」はとてもヒットしたドラマになりました。
視聴率って数字はあまり好みではないのですが、指標として取り上げれば過去10年間の大河ドラマで一番ヒットしたのが「篤姫」こちらが平均視聴率トップでしたが、それよりも10%以上高い視聴率で、大河ドラマ歴代1位が「独眼流政宗」、2位が「武田信玄」でいずれも年間平均視聴率「39.7%」「39.2%」だそうです。 
イメージ 1
ちなみに、「武田信玄」の中で原虎胤を演じられていたのは、宍戸錠さん、大河ドラマ「風林火山」で同じく原虎胤さんを演じられていたのは、宍戸開さん。 親子2代ともに同じ役を演じられました。
 
 
話を少し元に戻しまして・・・
 
 
戦国時代、現在の広島県西部、「安芸の国」の守護をしていたのが、安芸武田氏。
 
当時よくある事なのですが、武田信玄の甲斐武田家と流れを同じくする武田しは、日本各地にいらっしゃいました。 有名なのが若狭武田氏や安芸武田氏。 後の北海道を統治した松前藩の当主松前氏も武田氏の末裔です。
(伊達氏も奥州伊達氏以外に現在の静岡県などにも分家がいらっしゃいました。)
 
 
全国的に広島県の戦国時代の登場人物と言えば、
「毛利元就」ですが、安芸の守護というご縁もあって、がけっぷちにとっては、安芸武田氏はとても馴染み深いものに。 特に広島市安佐南区相田・上安・大町・祇園などにお住まいの方は「武田山」は子供の頃から馴染み深い山ですよね。
 
 
そんな歴史話を今回するのではなく・・・
(´ヘ`;)
 
今回は、作曲家「山本直純さん」のお話。
 
大河ドラマが好きな方の多くは、そのメインテーマも思い出のひとつになります。
 
大河ドラマ「武田信玄」のテーマソングは、作曲家の山本直純さんが作曲、指揮されたものを使用されています。
 
がけっぷちのような昭和48年生まれとなると、山本直純さんの事をあまり詳しくは存じ上げません。
 
「オーケストラがやってきた」という有名な番組があったそうですが、見た記憶もなく。
 
でも山本直純さんの映像をはっきりと覚えているのは、あるテレビCM。
 
 
この中で、纏(まとい)を持ってるヒゲ面の方が、山本直純さんです。
 
 
 
山本直純さん。
 
 
がけっぷちにとって、とても馴染み深い音楽が幾つかありまして、映画「男はつらいよ」のテーマソングもそうですし、子供の頃日曜日に見ていた「すばらしい世界旅行」のテーマソングも♪
 
 
「びっくり新日本記録」のテーマソングを誰が作曲したのかは知りませんが、日曜日の夜となると、「すばらしい世界旅行」のテーマソングと映像をしっかりと覚えています。
 
そうそう! ミュージックフェアのテーマソングも山本直純さん作曲だそうです。(^ー^* )
 
 
そんな、38歳がけっぷち。
 
 
機械の修理を生業として、はや17年。
 
部品を満載した車にのって移動する毎日ですが、
ラジオ番組で時間を知るというか、ラジオ番組を聞くことで、
 
「今日も一日終ったなぁ」と感じる番組がありました。
 
 
それは、「小沢昭一の小沢昭一的こころ」
 
 
調べてみると放送開始は1973年1月8日。
 
がけっぷちの誕生日が1973年1月4日ですから、同級生となります。
 
「小沢昭一さん」の軽妙な語り口とちょこっとエッチな話題。
 
ラジオ番組内に登場する「宮坂お父さん」(架空)に笑ったり涙・・・
涙はしませんね。( ̄ー ̄)ゞ 
いずれに、この番組が始まると、今日の仕事も終わりだなって感じる夕方5時頃に広島市では放送されていました。
 
後に放送時間が変りお昼頃になり、そして現在では広島市では放送を聞くことが出来なくなりました。(ネット配信除く)
 
 
「小沢昭一の小沢昭一的こころ」
 
 
あのお囃子(テーマソング)も山本直純さん作曲です。
 
ラジオ番組内でも、
「口演 小沢昭一 お囃子 山本直純 筋書き ○○○」と紹介されていますよね!
 
 
お願いです。RCC中国放送さん!自前番組も面白いですけど、「小沢昭一の小沢昭一的こころ」の放送を復活させて下さい。
出来れば夕方に。<(_ _)>