先日、ある人に話の流れで「星の王子さまを読んでみろ」と言われ。
今さらと思いながらも気になって言われるがまま読んでみた。
かなり昔に読んだような気もしたが全く覚えておらず新鮮な気持ちで読めた。
あらすじについては割愛する。
(気になればAIに要約を)
何も考えず読めば
「大事なものは目に見えない」
というありきたりな感想しか出てこない。
王子が訪れた星で出会った支配欲にまみれた王様、承認欲求の塊のような男、堕落した酔っ払い、資本主義の権化のような"所有"することに目が眩んでいる男、盲目的に仕事に服従している点灯夫、実地検証せず知識偏重の地理学者。
それぞれ王子から見れば全く"空虚"な行動、生き様である。
王子はそれを指摘する。
他人のダメなところはよく見える。
しかしその王子もその後に出会ったキツネに気づかされることになる。
つまり自分のことは見えていない。
いくら自分を俯瞰しても他人からしか見えないものもあるのだろうと。
自分のことは自分が一番わかってる!なんてそれは驕りである。
ちっともわかっていないのだ。
出会ったキツネとはじっくりと時間をかけて関係を築いていく。
そしてそのキツネに気づかされる。
王子が元いた星に置いてきたわがままなバラ。
散々面倒を見てきたがそのバラに嫌気がさして星を出たのに。
接する時間が長くなり関係性が深まると"責任"が発生するというのだ。
それは王子とキツネとの関係にも言える。
キツネからすれば王子と別れるのがつらくなっても"責任"がある以上、バラの元に帰るよう王子に促さざるを得ない。
ここを深掘りしてみる。
哲学者のレヴィナスが「関係性」と「責任」について言及しているのをみつけた。
「あなたの目の前に人がいる。それだけでもうあなたには責任がある。」
無理やり意訳するとこうなる。
物語では関係性を築いて深めることで責任が発生するようにとれるが、もっと瞬発的に早い段階で責任が発生しているという主張。
目の前に困っている人がいたら「助けてあげたい」「どうしたものか」とか感じる前に、考える前に行動に移さないとならない。
他人に対してそんな熱量も勇気も気概も持ち合わせていない自身からすれば相当にハードルが高い。
「他人の"学ぶ"機会をむやみに奪ってはならない」というのは方便で、ただ関わるのがめんどくさいだけ。
でもそんなマインドを持って日々を過ごしていたらきっと全く違う世界だろう。
「他者と関わり合うことで己の存在が生まれる。」
文章には書けないほど頭の中で思考が激しく渦巻いている。
なかなか難しいテーマに足を突っ込んでしまった。
この本を紹介してくれた人にその真意を尋ねることはできない。
何かを伝えたかったというより「己で『感じろ』『考えろ』」ということなのか。
名著と呼ばれるものの中には児童文学であっても大人になってやっとわかることもあるのだと気づかされた。
きっとまだ気づいていないものがたくさんあるはずだ。







