奥様から珍しく「頭やって」との依頼。
ドライヘッドスパをやれと。
ちょっと試したいこともあったので快諾。
まずは状態チェック。
頭皮、やや硬め。
手技と同時に氣も流していく。
やはり薬指に支点を置いて施術すると安定する。
「これをこうやったら気持ちよくない?」
「あー、いいそれ!」
"点"ではなく"面"で捉える。
頭皮がだいぶ緩んできて側頭部。
ここをしばらくやっているとほとんどの人は寝る。
リズムが大事。
仕上げは肩甲骨。
仰向けのまま外側のトリガーポイントに薬指を引っ掛けて優しく回転。
「うー、ぎぼぢいい。。。」
終了。
人によって頭の形状が違うのでポイントはじっくりと探す。
モソモソやると不快なので徐々にリズムに乗りながらベスポジに近づいていく。
必ず収まりのいいところがある。
そこに指を置けないと変に力が入ってしまいお互い気持ち悪くなる。
人の頭を触ると瞬時に2種類の情報を得ることができる。
「硬いか浮腫んでいるか」「熱を持っているか否か」だ。
奥様の場合、硬かったので中医学的には「氣虚」の状態。
ただ緩むのにそれほど時間はかからなかったので軽度といったところ。
慢性疲労状態ではあるが思考の癖、完璧主義だとか頑張りすぎの反動でやる気が減退したりだるさが出たり。
逆に浮腫んでいる場合の「氣滞」、熱を持っている場合の「氣逆」がある。
それぞれ身体に感じる症状が違って思考や感情にも相互に影響している。
身体と心は繋がっている。
最近久しぶりに靈氣関連の資料を手に入れた。
と言ってもオンライン上で読み進めただけ。
伝統靈氣の臼井靈氣療法学会からスピンアウトした人がまとめたドキュメント。
期待して読んだがそれほど目新しいネタはなかった。
ほぼ既知の内容。
テクニック的なことよりも「創始者臼井甕男氏の碑文に弟子が書いた内容で『先生は鞍馬山に断食してこもり21日後に靈氣を体得した』とあるが本人はそんなことは一言も言ってない」という筆者の見解は面白かった。
確かにそれを示すエビデンスは見たことはない。
靈氣においてはある意味鞍馬山は聖地みたいな扱いをしているし、発展した西洋レイキではアチューンメント後21日間のセルフヒーリングをすることになっている。
鞍馬山は臼井氏も行ったかもしれないがそこで修行をしたかはそもそも定かではない。
21日というのも聖書やインドヨガでも意味のある日数として実際に存在しているので、西洋レイキに関してはもしかすると影響があるかもしれない。
弟子たちもそうやって成り立ちについて物語化させることで権威を付加させる意図があったかもしれない。
そもそも正式な資料が残されていない以上、立証は誰にもきっとできない。
まあ仮にそれが虚構だったとしてもあまり大きな問題ではない。
「手を当てて身体の不調が改善する」という点にフォーカスすればそれでいいのでは?と割り切ることもできる。
自分の場合はそれとは別に氣功も習得してるので多少多面的に見られる目はある。
面白いもので靈氣習得者は氣功について「疲れるんでしょ?エネルギー吸い取られるんでしょ?」と言うし氣功習得者は靈氣について「あれは子供だましでしょ?」と言ったりしている。
両方習得した者からすると不毛な投げ合いとしか言えない。
氣功をやったからとて疲れるどころかむしろパワーアップした感はあるし、靈氣も決して子供だましではない。
いずれもやってることはさして変わらないし、相手が信じようが信じまいが何らか効果は現れる。
氣功の方が多少コツがいる分、靈氣の方が入りやすいというのはあるかもしれない。
特に靈氣は誰でも習得することはできるし、「何らかのエネルギーを発する」という意味ではわざわざ金を払って講座に行かなくてもすでにできている人もいると思われる。
誰でもできるけれども全ての人が同じ量、質のエネルギーを発するわけではないというのは個人的感想。
※厳密には「発する」という概念ではないが。
効果を最大化するには理屈よりもとにかく実践しかない。
仲間うちでの練習で共感し合うのもいいけど、雑な言い方をすれば重病人にたくさん施術することが最も上達する近道ではある。
健康体と重病人では反応が全く違うのでここから感覚を磨いていくのが理想。
なかなかシチュエーション的に難しいけど。
そんなこんなで靈氣を含めた"氣"や"術"に関する研究も思い出したようにやっている。
人間が持っているであろう「ミエナイチカラ」をまだまだ追求していきたい。












