GW初日、大学同期のNに会いに行った。
一年ぶりの再会。
前記事の通りNの奥様は難病、息子くんは重度のASDとダブル介護の毎日。
息子くんを一時預かりに預け時間までファミレスで。
相変わらずのハードモードで今は教員の資格を取るために通信制の大学で勉強しながら知的障害の子を受け入れる施設でパート勤務。
「仕事は大変だけど残業ないからマシ」とか言う。
話を聞くと想像以上に過酷。
そういう受け入れ場所があるから救われている人がいるという現実。
しかしあえてなぜその仕事を選ぶ?
「息子の世話もなかなかだけどもっと大変な親子がたくさんいるということがわかった」と。
そういう子たちと接することで学びが多いと。
彼は奥様の実家である九州に来年引っ越すことを決断した。
奥様のメンタル的な部分で安心感もあるし、親族のサポートもある程度期待できるとのことだった。
ただ公的な支援は現在住んでいる埼玉よりやや落ちるとのことでかなり悩んだらしい。
本人も先日、検査で引っ掛かりガンの疑いが出て「俺が倒れたら」と考えたとも。
結局何もなかったわけだが、今後を考える大きなきっかけではあったようだ。
しかし彼のやっていることを見ると何だか遠回りしてそうでいろいろとつながっている。
意図せず起きる事象に合わせて流れに乗っているようにも見える。
まあ彼の場合は必死に泳ぎながらと言った方がしっくりくるか。
いずれにしても大きな決断。
応援する。
そんな現況もありながら昔話も。
「あの時ぺいやんにこんなこと言われて。。。」
ともはや覚えていないことを。
聞いて苦い顔をするような内容ではなく、結構いいこと言ってたみたいだ。
お互い恥ずかしげもなく「あの時のアレは感謝してる」とか言えるようになった。
彼に限らずいろんな人に助けられたり、救われたり、高めあったり、単に楽しんだり。
お互い影響し合って今の自分が成り立っている。
いい事だけではなく嫌なことももちろんあったし、Nともゼミ関係の話し合いでかなりの言い合いになったこともある。
離れてしまったり、かえって結びつきが強くなったりその後の関係性は様々。
そんなものも引っくるめてたくさんのつながりや経験や感じたことがあって今。
50歳を目前にしていろいろと思うところ。
40代は多くのことにチャレンジしたりして自分の好きなことやりたいことに時間を費やしてきた。
自分を楽しませること、自分の機嫌をとる術は体得したと言っていい。
この調子で50代も突っ走るか?
いや、このままではきっと退屈になりそう。
エネルギーはまだ枯渇しそうにない。
ではそのエネルギー、自分以外に使ってみては?
Nと話す中で若い頃に他人を巻き込んでいろいろやってたなと回想。
フットサルチームやらアカペラやらウィンタースポーツやら。
よくみんな集まってくれたな。
自分だけではできないこと。
ひとりでもできるけど他の人と一緒にやったら。
新しいものが何か見えてくるかもしれない。
具体的にこれがやりたいとはっきり見えていないが自分の中にその種はまかれている状態。
発芽させるための光と水を。
「人の役に立ちたい」なんておこがましくて言えない。
でも人が楽しんでる様子は見ていたい。
そこに自分が少しでも関われるなら。
どんな形になるか全く想像がつかない。
結局何も起きないかもしれない。
ただ何の根拠もなく"予感"がするだけ。
ワクワクの50代はもうすぐ。
ちょっと待っとけ!


