ちょうど15年前 

冥王星→山羊座入りのときに

 

【天職と適職と転職とは?じぶんのそれは?】

を模索しまくっていた文章をmixiで発掘したので

冥王星→水瓶座入りを機に貼り付けてます。

 

3部作だったようで、これが最後です。

かなり地球がいやになってたようですが

今もこうしてしっかりガイアの大地に立ってますよ。

すごいじゃん。

 

いろんな人との関わり…出会いや別れがあって

生きてるのねと思うと、感謝だよね💗

としか言えない。

 

今だって隙あらば、もう宇宙に帰りゅ〜🥲

って叫んでるけど

叱られまくってます。まわりのひとに。

 

あんま進歩してない…??😂

 

というわけで最後の記事貼ります🌟

読み返してみて、当時の友人(今も仲良しです)にありがとうグッスン🥲

ってなりました。

 

🌟🌟🌟

 

ここんとこ仕事の先行きのことで結構思考の迷宮に入っていたわたし。 

実は数日前に参加した【石との会話練習会】にて、参加者の方から 
サイキックサージャリーのミニセッションを受けたのです。 

サイキックサージャリーとはオーラ体の外科手術。 
過去から持ち越しているエネルギー体内の異物や封印系、チップなんかを除去します。 

ついでに気功鍼(目に見えないエネルギー鍼です)もやってもらったら 
ミニセッションなのにありえない程でっかい異物が… 
ヒーラーさんが「重いっでっかいっ」と、息をはぁはぁさせながら除去して下さったのですが 
(異物は何メートルもあったみたいです) 

それからいわゆる好転反応?というのかな。 
家に帰った頃から、 
今まで経験をしたこともない大きな大きな「哀しみ」みたいな感情の波が押し寄せてきて 
ザッパーンと呑み込まれました。 

うーん。すごくシンプルな例えで申し訳ないんですが 
この世にいるのが心底いやになったというか…(笑) 

もう地球いややねん。 
帰りたいねーん!!

みたいな。 
ホームシックでしょうか。なんでしょうか。 

でも、すごいんですねー。 

丁度その頃会う約束をしていたエンジェルつながりのビューティーなお友達とか 
魂歴でもかなり長いお付き合い(らしき)マイミクさんとか、 
他にも沢山のリアル友達やマイミクさんが知ってか知らずかなんなのか 
毎日ヒーリングとかラブラブしいエナジーを一斉送信してくれるんですよ。 
その気持ちよさって言ったらあなた。 

みんなすごーい!ハート 
いや、そんなみんなを友達に持つ自分すごーい!!ハート

みたいなお門違いの自画自賛に走ってしまうほどで。 

翌々日、学校の帰りに、実はお金がなくて駅から出られなくなったんですよ。 

いや、お金は後で下ろそうと思っていて、 
Suicaのチャージはたっぷりあると勘違いしていたんですね。 
そしたら改札でピンポンピンポン鳴りやが…鳴りまして。 

精算しようとしたらお金が足りナーイみたいな。 

ありえないでしょう。 
生まれて初めてですよ。 

命金っていうんですか? 
常々万一の事態に備えて(財布落とすとかね)5000円程度はどっかに忍ばせているんです。 

それをね… 
石との会話練習会で販売されていたレムリアンシードをどうーーーーしても欲しくて 
使っちゃったんですね。 

そんで使ったことを忘れていたんですね。 

銀行が駅前にないかどうか駅員さんに訊ねますと 
市街に行かないとない。 
10分くらい歩いたところにATMはあるとの答え。 

でもすっごい胡散臭い目でわたしを見るのー。 
絶対運賃踏み倒す気だと思ってるーーーー


それでとぼとぼとホームに戻り、 
吹きっさらしのベンチに座っていたら思考が停止してしまった。 


ただでさえサージャリーの好転反応出てるのにさぁ… 
なんでこんな目に… 
だから嫌なんだよ3次元は…ブツブツ(かなり怪しい) 

冷静に考えればいくらでも対処のしようがあるんですけれど、 
そのときのわたしは完全にアレでした。 

巣から落ちたヒナ状態? 

もうどうにも出来ずに思考がパタっと止まり、 
運動機能もパタっと止まり、 
その場にじーっとしているしかないという… 


母に電話したら、実家の最寄り駅までそのまま電車で行けば(30分くらい?) 
改札でお金を渡してくれるというけど何かもう。 

めんどくせぇ~。 
なんもしたくねぇ~。ってかんじで。 

そんでたまたま近くに勤務しているマイミクちゃんにメルしたら、 
仕事抜けてお金持って行ってあげるよ!って言われて。 

そこでちょっとハッとしました。 
我に返ったというか。 

仕事中の友人に来てもらうほどのピンチなのか自分? 
と、問うてみましたところ 

「冷静になろう…」 


とガイドさんからのお返事。 


そこでやっと立ち上がり電車に乗りました。 
前述のマイミクちゃんからの「●●駅なら近いし、駅前に銀行もあるよ~」との教えに従い、 
●●駅で下車。 
改札横の窓口に行くと今度はとってもキレイな女性の駅員さん。 

事情を話すとあまりにもあっさり、 
「あ、いいですよ~どうぞどうぞ♪」と、 
わたしの改札抜けを快諾下さりました。 

さすがは美人だね!

わたしは程なくして銀行でお金を下ろし、また駅に戻ってSuicaにチャージすることが出来ました。 


その途端安全弁が開くというのか。 
頭のてっぺんが割れて、ふしゅ~って湯気みたいのが出てきました。 
(注:ほんとには割れてません) 


ああ、そうか。 

母しかりマイミクちゃんしかり駅員さん(美人の方)しかり。 
ほんっとにピンチのときはひとに頼れば必ず助けてもらえるんだな。 

手を伸ばすことがまず必要なんだな。 


わたしはひとりでやらなければクリアした意味がないと考える傾向が強くて 
それがすごく人生を生きづらくしてきた気がするんです。 

だから仕事のことでも将来のことでも、自分ひとりでなんとかしなくちゃって思いすぎて 
すごく独りで、不安になっちゃってたのね。 

こんな簡単で当たり前のことなのに、 
人には「困ったときは助けを求めていいんだよ♪」なんて言って、 
自分はスーパーマンかなんかのつもりか? 
どんだけおえらいつもりでいたんだろうね

いつもひとに愛を与えてる気で、 
実は愛を与えてもらっていたことに判ってるつもりで実は判ってなかった自分。 
幼いねあせあせ(飛び散る汗) 

そんな気持ちになったんですよ。 


気がつくと、あの大きな【哀しみ】はどこかに行っちゃってました。 


あともう少し。 
もう少しでなんかとれかけのかさぶたみたいのがポロっと外れそう。 

 

 

 

約15年前、冥王星陛下が山羊座に移る頃

漫画家を続けられなくなり、今の業界(スピ)に

体重移動してきた心のうちを

【天職と適職と転職】と銘打ち

mixiに吐露してきた記事。

今と共通項があるので前記事に貼りました。

 

そのつづき

 

🌟🌟🌟

 

さて。 
自分にとっての適職(だった)まんが描きという仕事。 
デビューから17年間のうち、12年続けてきたシリーズなんかも、今考えると軌跡ですね。 

描いているときはとにかく辛い80%、楽しい20%ぐらい。 

話を作るにも、その話を絵コンテに起こすにも、原稿作業をスタッフ達と行うにも 
とにかく必ず〆切という期限がハードに立ちはだかるので、 
楽しいと思えるような瞬間がなかった。 


アマのときは楽しかったです。 
自分の描きたいときに、描きたいモノを、誰の干渉も受けずに描けたので。 

でもプロになるってことは商業ベースに載せるわけで、ビジネスなので 
自分一人の描きたいものが必ずしも売れるとは限らず、 
出版社側の意向だったり、注文だったり、規制だったりが少なからずあるのね。 
こういうのをいついつまでに描いて。と言われて描くことも当然あるわけです。 


そういう中で、好きなはずのことが楽しめなくなって行ったんだな。 

とにかく時間に追われる日々で、1ヶ月外に出られないなんてザラで、 
それが1年間続くこともあって。 

期限付の産みの苦しみとかはホンットにひどくて、 
元々仕事自体の手が遅いのも災いし、 
常に雑誌に穴あけるかあけないかギリギリの綱渡り。 

連載しつつ増刊で描いたり、 
ひとつの作品のネーム(お話づくり)をしつつ、 
別の作品のカラー原稿(すっげえ時間かかる)をやらなきゃとか、 
コミックス(単行本)が出る4ヶ月前までに、手直しとかカバー表紙(カラー)とか 
描きおろしとかノーギャラで描くのが当たり前だし、 
全部をレギュラーの仕事の合間にやるから、 
睡眠をはじめ、普通の生活がすべて犠牲になるわけで。 

注:わたしが描いていたのは月刊誌。 
もっともっともーっと多忙な作家さんはゴマンといらっしゃいます。 
要するにわたしのキャパが狭かったということかも? 

誰に誘われても、親友の結婚式すら出席出来ないし、 
家族や親戚の集まる場なんか完全スルー。 


原稿のときも2週間睡眠2時間、お風呂入れずなんて当たり前で 
常に閉ざされた空間でイライラしてたかもしれない。 
スタッフは多いときで6~7人。 
衣食住をともにした共同生活が延々と続くわけで、 
常に人に対して、自分に対してイライラしていたな。 

でもそういう現状を知らない友人や親戚からは 
「自宅で仕事?毎日が日曜日みたいでいいね♪」なんて言われたりもして 
ぶっちゃけ絞め殺そうかと思ったこともありました(笑) 
あちらは現状を知らないんだから想像しょうがないのにね。 
そんだけすさんでいたってことだな…と今では思います。 


業界での立場としてはわたしなんか中堅どころというのか、 
トップの1画には食い込めないし、下からは新しいイキのいい若い子がどんどん来るしで 
人気が出ないとザックリ切られる立場なんですよ。 

ちょっと売れてた頃はラジオドラマがCD化されたり、アニメビデオになったり、 
年収なんかも20代の小娘でこんなに?と思えるくらいあったし、 
好きなだけお金使っても自然に印税とか入ってきたし。 



実力以上の自信とかへんなプライドとかエゴとかにもまみれてたな。 
だから描けなくなってきて周囲の評価も下がって来た頃には正直 

「え?え?なんで?」 

って困惑しました。 
だって自分は自分で、外の評価だけが変わったから。 
外の評価=自分の評価 に成り下がっていたから。 

外がOKと言えば自分は価値の高い人間で、 
ダメと言えば、存在価値のない人間になる。 

そういう観念が普通に根付いていたんです。 
これがどんどん、自分を蝕んで行きました。 



何年もかけて蝕まれたので、根が深いんですよこれが


というわけであと1回貼ります。

 

 

 

 

 

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告知で土星先生の魚座入りについて書いたとき

あ、冥王星陛下も3/23に水瓶座に初入りするじゃんと思いまして…

 

 

とりま

細胞分裂期、統合期のきみへ

こんにちは、ぱよ子です。

 

冥王星陛下は2008年の1月末から15年も山羊座さんでお過ごしになり、社会や個人に変容のパンチを繰り出し続けてくれましたね。

 

わたくし獅子座、ホロスコープ上では水瓶座と

180度のトイメンになりますので、2020年からは土星先生のおかげで何かと緊張の日々でした。

そして土星先生が3/7魚座へお引越しの直後、

今度は冥王星陛下が水瓶座入り〜という話。

 

占星術にご興味ない方は、なんそれ?

だと思いますが、昨年くらいからわたくし

次のフェーズをどう展開しようかなー?期に入ってまして、そういえば2008年に冥王星陛下が山羊座入りした時、じぶん何してた?

ってふと思ったんですよ。

 

そしたら、mixiで当時日記書いてたのでめっちゃネタの宝庫だった!!

同じく次フェーズをめっちゃ模索してた!

 

冥王星山羊座のひとつ前、

冥王星射手座時代(1995〜2008)

わたしはちょうど前職の漫画家として初連載が始まり

日夜、ただもう一重に漫画漬けのターンだったんですよ。

そこからいろいろムリが来て、断筆して

スピの世界に両足つっこんだのが、まさに

2008、冥王星陛下山羊座入り!の頃だったのです。

 

mixiの自コミュに

天職と適職と転職…と銘打ち

心のうちを吐露しまくっていたのを、今なつかしく

そしてなんだかヒントになるなと思って読んでいます。

 

要らぬ人にはごめんだけど、貼っちゃう。

(こういうときだけブログ使いがち)

※話題が古めなのは14〜5年前だからです。

 

🌟🌟🌟

 

最近噂の【引き寄せの法則】 
ザ・シークレットというムービー名の方が馴染み深い向きもいらっしゃるかも。 

望むこと、欲しいものを引き寄せるために必要なものは、 
まず強い意識、明確な意図を持って、それを願うことです。 

そしてそれだけではなく、 
その望む形に近づくための、なんらかの行動を常に取ること。 

この2つがセットで必須になってきます。 


たとえば彼氏が欲しい。 
強く望み、具体的なイメージも設定したとしても、 
そこから先、ずっと家に閉じこもっていたのでは 
彼氏候補には出会えることはないでしょう。 
誰も彼氏さんを配達してはくれないでしょう。 


ここまでは前置きでして。 


わたしは仕事に関してずっと色々と決めかねて、あやふやでした。 
2007年は天職、適職、転職。これをテーマにいろいろと学んで来ました。 
仕事はほぼ休養し、学業に専念し、かなり投資をしました。 
沢山の方々との出会いから得たものは大きかったと思います。 

それと同時に1年を経過した今、預金残高も大幅に減り、 
2008年はしっかり働かないとかなりヤバイ状況です。これは働かねば!と決意。 

そして15年間続けてきた漫画の仕事に、1年の休養を挟んで、改めて向かい合ってみました。 

15年の間に枯渇してしまった(アイディア、バイタリティー、向上心、作品を作る楽しさ)などなど 
わたしが望めば、決意すれば、再びわたしの手の中に入る。 

引き寄せの法則から、 
自分が【こうなったらいいな】ではなく、【こうなる/こうする】と、 
気持ちを決定しさえすれば状況は必ず動いていく…そう思っていました。 

そして新年から仕事を再び【定職】として再開するという意識の元に 
漫画の仕事をこなす日々です。 

でも今。 
なにかがちがうと感じています。 

2007年、デブスの逆襲という小さなエッセイ漫画を隔月で連載していたときは、 
【わたしは今年はオフ。ロンバケ状態で行っているちょっとしたバイト】 
という意識で原稿に向かっていました。 

そのときは原稿が苦にならなかった。 

こういう気持ちで漫画を描けるのならば、漫画家を続けていきたい。 
1年を通して、そう思えるようになりました。 

でも。 

今年、適職として漫画家を続けて行こうと決心、決定して臨んだとたん、 
またあの苦痛が戻ってきたのです。 


これはなんだろう? 
何が違うんだろう? 

誰かに答えを出して欲しい。 
でも、誰も答えは持っていないのです(自分以外は)。 

1月後半から、ゆるやかなカーブを描き、意識が停滞し始めました。 

わたしの人生のテーマのひとつは、 
自分の軌跡をなんらかの記録に残すことにあります。 

というわけで、 
ここから何回かにわけて、アナライズして行きたいと思います。 
お時間がおありの方はどうぞよろしくおつきあいくださいませ♪