先日妻とこんな話をしました。
妻「私、不妊でよかった。」
「なんでって、治療しないで子供ができていたら
わからなかった事をいっぱい知ることができるし
私たちもこんなにも仲良くはなっていなかったかも。」と
私「そうか~確かにな~。いろんな事乗り越えてきたしな~。」
私ははじめ妻の強がりなのかと思ったのですが
そうではないようです。
心の底から言っていたようです。
確かに治療始めた頃はしょっちゅうケンカしてました。
もうこのままだと後には戻れないかも?って思った時までありました。
でもそんな事があっても一緒に乗り越えてきたから
今一緒にいるんだな~と思う。
妻「普通に生活して、普通に妊娠して、普通に子供が生まれて
普通に過ごしていたら、たぶんこんなには仲は良くなかったと思う。
もし普通に何年も過ごしていてお互いにとってそれまで
ホントの壁にぶつかっていなかったとしたら・・・
いつもどこかでお互いに問題をなあなあにしていたら・・・
たぶんホントの壁にぶつかった時にそれは音をたててくずれる
ような気がする。」
私もそう思う。
治療をはじめて色々な事がわかるようになってきた。
おそらく治療をしていなければわからない事ばかり・・・
治療を経験していない人はこう言う。
「子供が出来たらできたで、たいへんだよ~。」
「もう少し二人の時間が欲しかった~、うらやましいよ」
私は、絶対にこの言葉はこれから先一切使わないでしょう。
ちょっと友人の友人から治療の事を聞いて
「私の知り合いが、長い間治療をしてたんだけど
治療をやめて1年後に子供出来たって!!
だからあんまりがんばらなくてもいいんじゃない?」
この言葉も一切使わないでしょう。
仕方がないんです。わからないんでしょう。
それでも私たちが、そうゆう事を言うと傷つく人がいるって
事を知ってくださいね。って説明しても
「え~なんで~、わかれへんわ~。」
おそらく私たちが念願の親になれた時は
彼らよりずっと幸せだし、ホントの意味で子供を大事にするでしょう。
私の妻の携帯電話の待ち受けには3年ほど前のIVFで出来た
私たちの受精卵が映っています。
もちろん私も待受けにはしていませんが、メモリに入っています。
妻はその受精卵を見て、「子供」って言うんです。
どうみても人の形には見えない。
他人に見せたとしても、何かはわからない。
そこに命があるとは、命がそこに誕生しているか
おそらく他人にはわからない。
でも妻はその受精卵を子供だと言う
ホントにホントに愛おしく愛おしく感じる。
妻「私たちの受精卵だよ!!今8分割だって!!
受精して小さな小さな命が今必死に生きてるんだよ!!
すごいね!!すごいね!!」
私は思う。
この経験は非常に貴重で、そして非常に重要だと思う。
妻は言う
「私は、流産した人でさえうらやましく思う。
私は妊娠さえした事がない・・・
このおなかに命があると感じたことが一度もない。」
私は
ただただくやしい。
妻「私、不妊でよかった。」
「なんでって、治療しないで子供ができていたら
わからなかった事をいっぱい知ることができるし
私たちもこんなにも仲良くはなっていなかったかも。」と
私「そうか~確かにな~。いろんな事乗り越えてきたしな~。」
私ははじめ妻の強がりなのかと思ったのですが
そうではないようです。
心の底から言っていたようです。
確かに治療始めた頃はしょっちゅうケンカしてました。
もうこのままだと後には戻れないかも?って思った時までありました。
でもそんな事があっても一緒に乗り越えてきたから
今一緒にいるんだな~と思う。
妻「普通に生活して、普通に妊娠して、普通に子供が生まれて
普通に過ごしていたら、たぶんこんなには仲は良くなかったと思う。
もし普通に何年も過ごしていてお互いにとってそれまで
ホントの壁にぶつかっていなかったとしたら・・・
いつもどこかでお互いに問題をなあなあにしていたら・・・
たぶんホントの壁にぶつかった時にそれは音をたててくずれる
ような気がする。」
私もそう思う。
治療をはじめて色々な事がわかるようになってきた。
おそらく治療をしていなければわからない事ばかり・・・
治療を経験していない人はこう言う。
「子供が出来たらできたで、たいへんだよ~。」
「もう少し二人の時間が欲しかった~、うらやましいよ」
私は、絶対にこの言葉はこれから先一切使わないでしょう。
ちょっと友人の友人から治療の事を聞いて
「私の知り合いが、長い間治療をしてたんだけど
治療をやめて1年後に子供出来たって!!
だからあんまりがんばらなくてもいいんじゃない?」
この言葉も一切使わないでしょう。
仕方がないんです。わからないんでしょう。
それでも私たちが、そうゆう事を言うと傷つく人がいるって
事を知ってくださいね。って説明しても
「え~なんで~、わかれへんわ~。」
おそらく私たちが念願の親になれた時は
彼らよりずっと幸せだし、ホントの意味で子供を大事にするでしょう。
私の妻の携帯電話の待ち受けには3年ほど前のIVFで出来た
私たちの受精卵が映っています。
もちろん私も待受けにはしていませんが、メモリに入っています。
妻はその受精卵を見て、「子供」って言うんです。
どうみても人の形には見えない。
他人に見せたとしても、何かはわからない。
そこに命があるとは、命がそこに誕生しているか
おそらく他人にはわからない。
でも妻はその受精卵を子供だと言う
ホントにホントに愛おしく愛おしく感じる。
妻「私たちの受精卵だよ!!今8分割だって!!
受精して小さな小さな命が今必死に生きてるんだよ!!
すごいね!!すごいね!!」
私は思う。
この経験は非常に貴重で、そして非常に重要だと思う。
妻は言う
「私は、流産した人でさえうらやましく思う。
私は妊娠さえした事がない・・・
このおなかに命があると感じたことが一度もない。」
私は
ただただくやしい。