おじゃましまんにやわ~
こんちは、ペイです。
↑↑↑の言葉をわかる人は間違いなく関西人やろ~
まあそんなこんなでタイトルをやっとこさ変更しました![]()
みなみなさま、これからもどうぞ宜しくお願いします。m(_ _ )m
今、正直言いまして心が定まっておりませぬ。(おっと時代小説読み過ぎやな)
ということで当面の目標は「今、目の前にあること」これを大事に
一所懸命にやっていきたいと思います。
新しく生まれた命も、もう4ヶ月を過ぎました。
先週の土日、妻にリフレッシュしてもらう為
授乳のみやってもらう以外は私が子供をみていました。
普段平日は私が仕事の為、育児は妻にまかせっきり
仕事が終わって帰るともう寝てしまっています。
大変ということは知っていましたし、完全に任せるわけではなく
私も携わっておりました。
しかし、いざ一人でやってみるとその大変さに気付きました。
ここまで手が離せなく、目が離せないとは思いませんでした。
普段妻からよく「やりたいことができなくてストレスが溜まってきた。」
ということを聞いていました。しかしその訴えを私は軽く考えていました。
ところがとんでもない。
「やりたいこと」これは特に特別なことではなかったんです。
例えば、自分の時間が欲しいとか、本を読みたいだとか・・・
それらを妻はやりたくてストレスが溜まっていると思っていました。
違いました。
いわゆる何も普段気にしないでもやることができていたことが
出来なかったんです。
私が気付いたのはこれでした。
自分がご飯を食べているとき、子供がぐずりだしたので
私の膝の上に載せてそして私は食事を続けました。
そして食べ終わりそうな時にはぐずりが最高潮
食器をテーブルの上に載せっぱなしのまま
席を離れることに。
これでした。
いつもは何も考えず当たり前のようにというか
当たり前とも考えないほど小さいこと。
これが出来ない。
妻が言っていたのはこれのことでした。
小さいこと、ものすごく些細なことだがいつも出来ていて
そしてやっていただけに「出来ない」もどかしさが
積み重なりストレスに感じてしまう。
私はたった2日だったが妻は平日ずっとだ。
「見ていて知っている」ではなく「やって知っている」は
雲泥の差。
いつも妻は子供に対し、常に笑顔でそして本当に愛おしく思っているのを
側にいてすごく感じる。自分がやりたいことが出来ずにいるがそれを
微塵も感じさせない。だから気付かずにいた。
いつもありがとうな。
感謝
