私は、また忘れていたことがあります。

それは、妻のしていることについてです。

私は少し前とは違い。いろいろと治療に関してや
これからの私たちの事を考え行動してきました。

しかし、まだ私が気付けていなかったことがありました。

それは、私たちの家庭では
基本的に妻が家事全般担当し、家計やお金の管理も妻の担当になっています。

そこでこないだ家計の管理についてケンカになりました。

まあ、簡単に言えば。食費や日用品にかかる部分の管理は
まだいいけれども、税金や保険などの支払いなどが
色々わからないことがあり、それに関して私が協力してくれないと
難しいということでした。


そこで気付いたのは、
「あ~そうなんだな。結局私は外で働いて家に帰ってきたら
何もしてないんだな。」と

妻はパートですが外で働いている。
でも家に帰ってきたら食事を作ったり家計簿をつけたりしている。

結局思うのは、夫は基本的に楽をしているんだな~と
感じました。

私は思う。
夫は治療費を稼ぐだけでいいのか?
生活費を稼ぐだけでいいのか?
お金を渡せばそれで終わりですか?
お金がどのようにどこに払われているのか知らなくてもいいのか?


男はいつも言い訳を用意している。
「仕事が忙しい。」
「それは女がやるものだ。」
「そんな時間は俺にはない。」・・・



同じ方向を向いて歩く。
それはどちらかに極端な負担があってはいけない。
お互いにしなければならない事がある。
パートナーが何をしているのか把握しそれを
手伝ったり、助けられたりしなければいけない。


私は二人で同じ方向を向いていたいと思う。
出来ることはまたこれからもやっていきたいと思いました。


不妊治療というもの、努力しても報われない事の一つだと思う。
私たちは特に妻はその事を痛感しているようだ。

私たちは今年で治療7年目。
長くなればなるほど、そうゆう気持ちが大きくなるばかりだ。

そして、治療に限らず他の物事に対しても
努力しても何も変わらないし、報われないと考えるように
なってしまう。そして努力することすら忘れてしまう。

「結局・・・結局・・・」言い訳しか出てこない。


しかし、最近の妻はどうも変わってきたようだ。
妻自信が言っていたが、

「努力したら報われる事がある事を忘れていたよ!!」と


というのも、話はこうだ。

妻は昔から運動が苦手で
かなりの運動オンチでもある。

それに比べて私は、小学生から高校生まで
水泳をやっていて、かなりの体育会系だ。

妻は毎日どこかしら体の一部が痛いらしい。
今日は「腰が痛いイイ」「肩がこってる」「頭が痛い」
どこか痛くない日はないかと思うぐらいに
毎日どこか痛いらしい。

私は言う。
「絶対、運動不足やな。体動かせよ」
「最近肉付いてきたんやから、少し運動して落としたら?」

妻はこう言い返す。
「あなたはいつも運動不足、運動不足ばっかり・・・
 それだけの原因じゃないんだから、決め付けないでっ」と


この頃の妻はこう考えていたみたいだ。
「どうせ努力して運動しても、この痛いのが治るわけはないし
 どうせ報われないだろう。」と


私は半分あきらめていました。
「あ~ 何を言っても聞かへんし、痛いっていっても自分のせいだし
 もうほっとこう」と



そして最近になって、妻が私に相談しに来ました。
「今度近所に女性限定のジムが出来るんだって、行ってもいい?」

私は少し驚きました。
あんなに運動嫌いの妻が自分からジムに通いたいと
言ってきたんですから。

私は、特に反対せず。快く了承しました。

そして一日おきにジムに通い始め
ジムに行った日の感想は、
「すごく楽しい!!」との事でした。

私は前々から、妻に運動して欲しいと思っていましたし
絶対に運動は気持ちいいはずだと思っていたので
すごく今妻がいいことをしているな~と
私も喜んでいました。

そしてある程度ジムに通い始めると
ジムだけでなく家でも妻がストレッチや筋トレをはじめたんです。

どうも本気で体動かすのが気持ちよくなったようで・・・
今は私と一緒に夜運動しています。

そして妻は言いました。

「私は長い間治療をしていたせいで忘れていたことがあった
 それは、不妊治療というものは努力しても報われない事が
 多い。だから他の事についても同じ事が言えると思っていた。
 そしてそれが長すぎたため、努力することさえ忘れていた。」

「でも今ジムに通い始めて、もう目でわかるぐらいに
 自分が体やわらかくなったり、肩こりが治ったり
 腰が痛くなくなったりと、どんどん健康になっていく
 自分を感じて、本当に忘れていたことを思い出したよ!!

 物事には努力すれば報われるものがあるんだ。」と


私は思う。
おそらくこれは夫や男性にはあまり理解できないかもしれないが
今まで隣で一緒に頑張ってきた私にはすごくわかった。

妻にはこれからもその事を忘れずにいて欲しいと思う。


私たちは、来月3回目の体外受精に挑戦します。

今の気持ちとしてはすごく落ち着いています。
そして初めて体外受精に挑戦した頃を思い出します。


あの頃は今思うとすごく二人ともひどい顔をしていたように
思い出します。当時通っていたクリニックは今と違い
家から電車で約2時間かけて通っていました。

妻はIVFに向け、ほぼ毎日のようにクリニックに通っていました。
時には通勤ラッシュの時間帯にあたってしまったりして
ただでさえ治療で精神的に参っているのに、
約2時間の通院、そしてそれがほぼ毎日で
体力的にもたいへんだったようです。


私はその頃仕事が忙しく、妻のたいへんさをわかりながらも
どうしてもケンカを引き起こすようなことを言ってしまう。
私の中でも、ものすごく葛藤があったように思います。

「どうしてここまでしないといけないのか?」

「そんなにしんどかったら、なぜ?治療を休まないのか?」

「なぜ?私たちはこんなに他の事をがまんしなければいけないのか?」

「働けど、働けど、ほとんどを治療費、治療費・・・

  私たちは何も持つことが結局は出来ないのではないか?」

このような事を常に思いながら、日々を過ごしていく。


確かに、心底子供を授かりたいと思っていたが
おそらく私たちの精神的そして体力的にも、まだ
子供を受けいれるだけの心のスペース、そして気持ちが
できていなかったように思う。


私たちの治療の方針として決めていたことがあります。

「体外受精を2回してみて、それでダメなら諦めよう。」
この言葉には色々な思いがある。

その中でも大きかったのはこれだ。

一つに、この頃はまだ妻も
「まあ、これから本格的に治療をしてそして体外までやれば
 授かるであろう。」と思っていたため。

二つに、体外受精をするのに約80万円必要だったため
 1年に何度も挑戦できる経済的余裕はなかった為。


このように当時考えていたため。
初めてのIVFの時、本当にすがる思いで
治療に全力を注いだ。

これがダメだったらもう後1回しかチャンスは無い。
例え二人がケンカをしてコンディションが多少悪かろうが
一度体外に向け動き出した治療は、恐ろしいほどに進んでいく。

あの頃の光景はなんだか薄暗く、明るさはなかった・・・



今は目の前がすごく明るい。
二人とも何というか、本当に同じ方向を向いているような気がする。
もちろん友人や親戚で私たちより後に結婚したのに
先に妊娠されると、妻は涙を流します。

でも、ただ悲しいのではなく妻はこの世界に
新たな命が生まれた事にすごく喜びを感じるように
なったようだ。

だから、その友人にも直接ではないが
「おめでとう」と言えるようになった。


私はそんな妻をただただ守るだけ・・・