ポール・マッカートニー 語録 1130 Back In the U.S.S.R.を語る | ポール・マッカートニー 語録

ポール・マッカートニー 語録

Paul McCartney In His Own Words

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 ポッドキャスト『ア・ライフ・イン・リリックス』の
“Back in the U.S.S.R.”の回でポール・マッカートニーは
ロシアで自分たちの音楽が禁じられていたことについて

語っている。

「ロシアでは誰もがビートルズの時代まで遡って、
レコードを密輸して、小さな部屋でしかかけられず、
人に知られたくなかったことを覚えているんだ」

「政府当局なんかに禁じられたグループを聴いていることを知られたくなかったわけで、僕らはその話を気に入っていたんだよ。
僕らの音楽はリーバイスなんかと共に密輸されていた。
それこそ本当の文化の到来みたいな感じがしたんだ」

司会のポール・マルドゥーンが「アートとは危険なもの」

であることを示唆すると、ポールは次のように答えている。

「一部の人々にとってはそうだよね。

常に僕らは正しい側にいると思っていたから、

僕らがロシア当局にとって危険だとしたら、

それは彼らがまずいということだった」

「それが僕らの思っていたことだった。政府が西欧の影響を

抑え込もうとしていたのは概ね事実だと思う。
『もう大丈夫だ』と思った時期があったのも分かるけど、
そうした抑圧が大々的に戻ってきてしまった。
そうした背景にある政治や現実なんて分かりようがないけれど、
自分としてはこういう曲に逃避することは

素敵なことだと思うよ」

2023.10.6 NME JAPAN

 

 

 ポール・マッカートニーが『ア・ライフ・イン・リリックス』でポール・マルドゥーンに語ったところによると、
ビートルズの曲『バック・イン・ザ・U.S.S.R.』は
チャック・ベリーとビーチ・ボーイズを意識したものだという。

1959年のチャックのヒット曲『バック・イン・ザ・U.S.A.』は
アメリカを過剰に肯定し過ぎだと感じたことから、
逆転させてソ連に戻る内容にしたという。

「イギリスにいたから、僕なりにアメリカをからかうことが

できた。ソ連も似たようなものだと思って、チャックの歌詞に

あるアメリカに戻る代わりに、戻る場所を変えパロディが

できるんじゃないかってね。

アメリカから帰ってきたロシア人が、国に戻ったことを

喜んでいる。彼はマイアミからBOAC(ブリティッシュ・オー

バーシーズ・エアウェイズ:英国海外航空)で帰国するのさ」

1968年、瞑想に傾倒しインドを訪れたビートルズは
ビーチ・ボーイズのマイク・ラヴに偶然会った。
この出会いに触発されたポールは、

『バック・イン・ザ・U.S.S.R.』で

ビーチボーイズのようなハーモニーを使うことにしたという。

「その頃、彼ら(ビーチ・ボーイズ)から大きな影響を

受けていたから、チャックのパロディでアメリカ式に

ロシア人の感情全部を表現している。
だから、パロディにはビーチ・ボーイズのものを使っている。
『ウクライナの女の子は僕をノックアウトする』という歌詞は、
『カリフォルニアの女の子は僕をノックアウトする』

っていうふうにね」

「特にこの曲は、アイディア全部が驚くほど古いものだと

感じることがある。今、ソ連は消えBOACもなくなった。

君(マルドゥーン)が理解できなかったように、
子どもたちも分かっていないと思う。

ソ連がどういうものだったか知らないからね。
ただのロックンロールの曲ってことさ」

2023/10/6 BANG Media International