こんにちは。
今回、三重の小学校の件をとりあげます。
朝日放送で、今、ニュースで情報がありました。
三重の小学校の校長が四月から、虐め問題を解決するために
奔走していたのですが、
おととい、校長は自殺しました。
で、
教育委員会はどう言ったか、わかりますか?
「虐め問題と、自殺の因果関係はわからない」
どうしたら、こうなるか。
同じですよね。滋賀の生徒が自殺した問題と。
どうして、同じ言葉が使われるかというと、
そういう風に言いなさい。という、
書面であるのです。
どうしてか。
昔、十五年以上前ですが、
そういう書面があるということを
ある校長から聞いたのです。
今、それを明らかにしようとしています。
ですが、相手の壁はかなり強固で、なかなか
切り崩すのは困難です。
これは、社会の市民運動でどうなることでもありませんが、
いったい、子どもも守れない。校長も守れない。
どこを守るのでしょう。
それは、教育委員会というものは、
教育委員という、年に数回の会議で終わるものと、
事務方の学校教育課などの学校を回って、
問題などを見つけるという仕組みもありますが、
それは、現場にいた教師が、教育委員会の事務局にいったん入り、
その任期と、その仕事内容を評価して、
段々と役職を上げていく、通過点にしかすぎません。
校長も、今回のことを理解してください。
あなた方は、教育委員会に守ってもらえませんよ。
トップにたったんだから、自分でやれって言われているのですよ。
気付いてください。
警察のドラマなどで、よく見る、所轄を支店、県警本部を本店というように、
教育委員会は、教師の本店なのです。
ですが、警察などのように、徹底した組織でもないので、
教育委員長は、ほとんど、市役所の役人の通過点。
教育委員は、ただ置かれている肩書をつけた民間人。ほとんどですが。
そして、教師が出世しようとするもの、または、教頭や校長の
人事配分をバランスとるためのもの。登竜門。
最低でも、三つの顔がある、教育委員会を
今はもう、機能していないと言って、変えたらいいのに。
とにかくは、いのちの問題です。
もう一度言います。
校長が、虐めの対応中に自殺した。
これは、ものすごく大切なことです。
これは、命の問題なんです。
命の問題なんです。
虐めの問題ではないのです。