こんにちは。
今日も暑い日が続いています。
今日は、心理学とはということを書きます。
このことは、私が大学からの派遣で一年間イギリスに行っていたときの話、
そして、そのあとも何回かいっている時の話をします。
心理学は、前にも書いたか、私の会社のホームページにかいているとおもいますが、
哲学から分派して生まれました。
哲学とはなにか。
これは、一言でいうのは難しいのですが、
敢えて解りやすくするために書きます。
哲学は、自分とは何か、自分が生きているということは何か。
どいうことを考える学問です。
ですから、言い換えれば、この地球上で生きているものすべて、
起こっている現状すべての意味を問うている学問なのです。
自然科学、人類学、科学、医学、いろいろ。
すべての学問にこの哲学的側面を外して考えることはできません。
ですが、そういってしまえば、どの学問も成立しませんから、
直接的な実務的なことはなく、ベースとして置いてきたという歴史があります。
これは、心理学にも共通します。
哲学は、実は今の主流として考えられてきたのは、
心理学と、宗教学に分かれたというもの主流です。
宗教学は、偶像崇拝と言って、キリストを代表するように、
偶像、目に見えるもの、を祀ること。
そこに、自分たちの生活、心の拠り所を求めてきました。
それとは逆に、心理学は、目に見えないことを系統的に考えて、生活に
役立てることは出来ないかという視点から生まれたのです。
しかし、どの方法も、根底には哲学があります。
その、心理学を私たちは、現代に至るまで、いろんな人々が専門的な見地から
考えられているのです。
生活の拠り所。
これが、心の拠り所になったのです。
これが心理学のそのものといっていいでしょう。
ながくなりましたが、一つの例で心理学を考えます。
私の大学は、当時まだ福祉というものが大きく考えられ始めたころでした。
国の政策も、老人福祉の関連で、ゴールドプラン、五年で実現。
これが失敗したから、途中で新ゴールドプランと言って、ある意味
到達点を見出す、そして実現出来ない状態でした。
変革期にあったのかもしれません。
だから、うちの大学でも、経済学部の方が受験者が多いという状態でした。
その四年目になるとき。
阪神・淡路大震災。
私も、被災地の母校で、学校と、市と避難住民の間に立って、ボランティアの
調整などをしていました。
学校から、私たちの市に派遣してくれるように調整をしていました。
その時に、私が知ったこと、これは今では当たり前のように
言われていることが、避難所、当時負けてたまる嘉村という名前をつけた
生活空間で起こっていました。
私は、車いすだから、その時救援物資とかを運ぶことは出来ません。
私は、考えて、全ての人と毎日一回は話を聞こうと。
そうしたら、四百人近くいた体育館の、端と端にいた人が、まったく交流が
無かったのにもかかわらず、同じ症状を訴えました。
それが、PTSD、心的外傷後ストレス症候群というものでした。
私が書いた、論文が、大学から大学の研究として、学会に発表されました。
それから、このPTSDが大きく取り上げられるようになり、今では
当たり前になりました。
その結果として、もっと先進国の教育を受けるため、実践に使えるように
イギリスに派遣されたのです。
そして、行った途端に、違いがはっきりしていました。
まず、驚いたのは、フィー、成功報酬の範囲しか働かないということ。
それを何故かということを聞いたときの施設長の言葉でわかりました。
「入所者は、私たちがいるから、生きていけるのではなく、私たちがいることで、
より個性のある、生き方ができるようにフォローをしているだけだ。」と。
これは、日本の教育では語られないことでした。
かなり長くなったので、続きは次回にします。