少しし湿気った花火に やっと火をつけて
過ぎてゆくぬくもりを どうにか取り戻す
どうやら夏も終わりだね

お昼過ぎの雨上がりに 昨日よりまた短い一日が始まる

放課後の教室で 約束したこと
遊ぶことに夢中で 忘れてた訳じゃない
そんなに怒ることないだろう?

お昼過ぎの雨上がりに 昨日よりまた短い一日が始まる

僕らはこうやって季節が終わる度に
何かを少しずつ残してゆけるのかな

お昼過ぎの雨上がりに 昨日よりまた短い一日が始まる
お昼過ぎの雨上がりに 君と過ごす愛しい一日が始まる
愛しい一日が始まる 


 広沢タダシ 「秋風」 このアルバムに収録されてます。と思ったら廃盤になってるらしく5000円になってる、アホか・・・私は千円で買いました。 

 これが廃盤とか所属レコード会社何考えてんだ? 
  

 広沢タダシ もっと評価されてしかるべきだろう。

 彼のブログはこちら。 ゴロは前で捕れ!

 YouTube - 広沢タダシ はこちら  


 あ~ 花火したくなってきた。 
 30年余りも生きてきて、
今更ながら音楽が好きだと思う。




彼のドラムが好き。
あの人の愛情深いギターが好きです。
背中を撫でるようなベースが好き。
この人のピアノが鳴らす、ヒリつくようなメロディ好き。


あのスタジオにある古い機材が私に教えてくれたことがありました。

どうか無くならないでと願ってみる。


あの録音技師にしか作れない音が好きだと思う。

彼の技術を誰かお願い受け継いでほしい。


幼い私に音楽の熱を教えてくれたミュージックビデオがありました。

沢山の人が手をかけて、数分あまりの世界を夢中で作ってる。


大好きなあの人たちを
どうかずっと
眺めていられたらいいなと思う。

守りたいものがあるんです。


だからみんなで話したい。
あーでもない、こーでもないと話したい。

こないだの日記がちっさな波を生んで、いずれ大きな会話を象りました。
私も沢山のお便りを頂きました。

こうやって少なからずの問答が起きることを願って書いた日記です。


ディレクターが音楽協会の偉い人に皆さんの手紙を渡してくれました。


ここに生まれた大きな会話が、問答が、
いつか大きな波になって、牙の行方に辿り着くことを願っている。

牙の行方はどこにある?

私は1つではないと思っています。

私が見い出した1つの罪に、傍観し続けた自分自身というものがある。

自分の平和を守るため、声もあげずに他人事と眺めていた。


私はおっきなスタジオで、バンドみんなで録音する空気の音が好き。

空気の振動を伝えたい。


つぶれたスタジオも沢山です。
失われた機材も沢山です。
博物館行きみたいな楽器が沢山です。


何1つ守ってこられなかった。

こっからだ。

我々音楽で飯を喰らう人間が、声をあげなきゃいけない事がある。
他人任せにしてきた何かの問いに、答えを見い出す時が来たんだよね?

机上の空論を抜け出して、新しいシステムを作る時が来たんだと思うのです。

きっとすぐには無理だろう。

でも皆が

「さあ、動こうか。」

そう頷いてくれました。


独りじゃ絶対無理だけど、みんなで答えを掴みに行きたい。

傍観者はやめよう。
ましてやノルマをこなすような作品作りは絶対やっちゃいけない。


大切なのは我々が、バカみたいに丁寧に音楽を作っていくことなんだろう。

嗜好の世界だ。

自分達の好きをひたすら楽しめたら良いことだろう。

音楽を愛し聴く人たちは、ただただ自由であってほしい。

人生に花を添えるみたいに、ただただ好む音楽を聴いてほしい。

あなたが望む形で、望む方法で。

楽しんで欲しい。

   安藤裕子 http://www.ando-yuko.com/bedroom/2010/07/20100724.html       
 

   安藤裕子 問うてる PV http://www.youtube.com/watch?v=-yzZJ7JL8xA  



  バカみたいに丁寧に作られた音楽をバカみたいに楽しんで聴こう!

  「聞く」じゃないぜ、「聴く」だぜ! 


  バカみたいに聴いたら バカみたいに効くぜ~ 

 
   
   「牙の行方」


昨晩仕事も終わり、スタッフみんなとご飯を食べていた。

我々は今の音楽業界の滅びゆく様を、どう変えてゆけるかを話し合っていたの。


一部のミュージシャンは勇気を出して

「CD買ってくれよ」

と声を大きく唱えているという。

当たり前だよね。
今世紀の音楽家達はパトロンなんかにゃ雇われてなくて、
レコードやCDというフォーマットの商品を
心の通じる相手に売り渡して生きてきたんだ。

この業界に携わる人間も、その音楽という畑を耕し、
出荷、販売を手伝うことを生業に生きてきたんだ。


今は私たちが野菜を販売する店先で、野菜を配ってる奴がいる。
そりゃお金払って野菜買う人間もいないだろ。

ユーザーを責められないよ。

野菜を買え!CDを買え!とも言えないよ。

私だって野菜大好きだもん。
目の前で美味しそうな野菜配られたら嬉しくて持って帰るもん。


ただ問題なのは、
今、道で配られてる野菜が我々の畑から搾取され、
しかも培養されて増えたものに過ぎないと言うことだ。

大本の音楽が消えれば世界から音楽は消える。

そりゃ音楽だもの、ミュージシャンが消えたって、業界が消えたって、
草木が芽生えるみたいに暮らしの中に再び誕生するだろう。

音楽は人間の生活の営みだ。文化だ。


でも今世紀の音楽は瀕死だ。

そこにはあるんだよ。
死ぬほど生まれてるんだ。美しいものは沢山あるんだ。

でも金の匂いに、一部の人間が我々の村に押し入って

「我々が新しい流通制度をご紹介しましょう。」

なんてうまいこと言って収入の全てを奪っていった。


今変えなきゃいけないのは法整備だろう。

CDというフォーマットがユーザーに必要とされなくなったという事は
もはや仕方の無いことだ。

電気メーカーのハード作りの歴史の中で、
徐々に音楽制作者への著作権を軽視する動きがあった事が全ての悪なのかい?
いや、もっと根本的な要因が沢山あったかもしれないよ。

ねえ、誰かが村人の仮面を被ってこの世界から搾取を始めたんだ。


もうすぐ私たちの畑は与える水もなくなって死に途絶えるだろう。

音楽を愛してくれた人々にサヨウナラを告げる前に。

私はあんたに牙を剥く。
さあ、あんたは誰なんだ?

  安藤裕子 http://www.ando-yuko.com/bedroom/2010/07/20100717.html 

  

 さあ 君は誰に牙を剥く?  
   10年後の今こそ、元ロッテの小林至投手によるあのコラムを読み返してみてはどうだろう。

今年(2010年)の5月ごろにひろゆきと勝間の某対談がグダグダだった件をとりあげたとき、「日本人の幸福度は低い」という国際的な統計調査結果があることを初めて知った。いや、ニュースは見たような気がしたが、完全に読み流していたんだと思う。

だって、正直なところ、そんなのを国別に並べて相対評価してなんになるの?としか思えないから。

「まともなID(身分証明)が無いからコンビニとかチェーンの居酒屋とかでは雇ってくれない」という趣旨のことをたどたどしい日本語で一生懸命に話しながら丁寧にお酌をする、新宿の超場末の飲み屋の姉ちゃんが言うには「あったかい部屋で白いご飯をおなか一杯食べられれば最高に幸せ」だそうだ。一方で年収一千万以上という譲れないラインを目指してお見合いパーティに通いつづける女。 「スーパーウーマン症候群」陥ってゆくカツマー達。スペースシャトルに乗って宇宙へ行く夢を果たした妻。その妻の夢と子供のために自分の夢をあきらめ主夫となり、情熱大陸の取材カメラと妻とが同席しているその場であっても、「俺にだって夢はあった」と、わだかまりを全く隠そうとしないことによってかろうじて自己を保つ夫。劣等感とまともに向き合うこともできず「彼女ができない」という理由で秋葉原でダガーナイフを振りまわした男。 エイズの蔓延によって平均寿命が30代に急減し、どうせ死ぬんだと破れかぶれになった若者が次々に犯罪に手を染めてゆくアフリカ。「リストラなう!」と自虐的に日々をつづるサラリーマン。

幸せってなんだ?

急に話が飛ぶけど、「リストラなう」の人の去年の今頃のこの書評はなかなか興味深い。→「ウォルマート地獄」の巧妙な仕組みを考えてみる - たぬきちの「リストラなう」日記

さて、長ったらしい前置きはこれくらいにしよう。「東大出でプロ野球選手を目指しロッテに入団した小林投手」っていう話を覚えている人、いるだろうか? いたんですよ、とにかく。作家の村上龍が妙にネットにはまってメルマガやら何やらをいろいろ試行錯誤していたときに、小林氏が寄稿したのが、「日本人に生まれてよかった」の出だしで始まるこのコラムである。

読む前に頭に入れておいて欲しい。このコラムは2000年1月に書かれたものだ。

大切なことだからもう一度言うよ、2000年初頭といえば、ニューヨークの911テロ事件も、エンロン巨額不正会計事件もイラク戦争も「大量破壊兵器」も「派遣切り」も「婚活」も無い。楽天ですらまだ上場前で mixiやgreeは影も形も存在しない。ブログという単語もない。Yahooの株価がちょうど1億円の値をつけて週刊誌の話題をさらっていたITバブル絶頂期。牛丼の並は400円。小泉首相はまだ首相ではなくただの変人扱いで、グッドウィルもコムスンもイケイケで、介護保険制度の施行の直前。とにかくそういうころに書かれた文章だということ。

「あの頃に戻ろう」などというセンチな回顧趣味でこれを紹介しているつもりはまったくない。正解も正論もない。人それぞれだ。そしてキミは、どう思う?
    http://neta.ywcafe.net/001084.html     
 


 天井からぶら下げる、電気ショックを与える、犬に襲わせる、数満ボルトの電気棒を口や性器に挿入する、小便を飲ませる、手錠をかける、殴打、強姦、食事や水、睡眠時間を与えない      

   
これはチベットで行われてきた拷問である。このような人間として決して許されない行為に「内政問題」などない。国際社会はもう一度、中国に対し声を上げるべきではないだろうか。   


  {もっと下世話な表現をすると口やマンコ(膣・ヴァギナのことですよ)に数万ボルトの電気棒挿入するってことです、失神するらしいです。}

  アルピニスト野口健のブログ   http://blog.livedoor.jp/fuji8776/archives/51490641.html
  

私の第一歩

2008年3月14日、チベットのラサで起きた血の抗議事件から2年。中国の人権侵害に苦しむチベット人が北京オリンピック前に世界に訴えようとラサで抗議を行った。その結果、多くのチベット人が逮捕され、獄中で拷問を受け200人以上のチベット人が犠牲となった。



あの暴動が起きた時、私は日本でその様子をテレビで眺めながら、あの温厚なチベット人がついに行動に移したと、まさに知覧から飛び立っていく特攻隊員の心境と同じなのだろうと心が苦しくなった。もし私がその場にチベット人として居たのならば、間違いなく私も手に石を持ち参加しただろう。その行動をどうして批判出来ようか。



1946年にチベットは中国共産党の軍事戦略を受け、1959年には中国の占領に抗議するチベット人が決起。チベット亡命政府によればチベット人犠牲者は現在までに120万人。



その内訳は



拷問による死亡約   17・3万人

死刑         15・6万人

戦闘による死亡    43・2万人

餓死         34・3万人

自殺          9000人

傷害致死        9・3万人



破壊された寺院は侵略前の95%にあたる6000カ所以上。そして世界に亡命しているチベット人は既に10万人を超え、いまでも毎年、命がけでヒマラヤを越えるなどして2000~3000人がインドやネパールに亡命しているのだ。



中国はチベット問題をあくまでも「内政問題」であり、国際社会からの声を「内政干渉」だと片付けようとしている。私はチベット問題を内政だとは思っていないが、仮に100歩譲ってチベット問題を中国の内政問題だとしても「人権問題」は国際法の観点から見ても内政問題では片付けられない。



その根拠は、例えば世界人権宣言の内容を条約化したものが国際人権規約ですが、そのB規約には「身体の自由と安全、移動に自由、思想、良心の自由、差別の禁止、法の下の平等などの自由権が保障される」と明確に書かれてある。



民族自決権しかり。民族自決権とは「各民族集団が自らの意思に基づいて、その帰属や政治組織、政治的運命を決定し、他民族や他国家の干渉を認めないとする集団権利」である。



またジェノサイド条約第2条でも「集団殺害とは、国民的、人種的、民族的、または宗教的集団を全部又は一部破壊する意図をもって行われた行為」とある。中国がチベットで行ってきたことそのものではないだろうか。



中国が行ってきた事はもう1つのホロコーストなのだ。あのアパルトヘイトも国際社会から非難され続けた。決して「内政問題」でも「内政干渉」でもなく間違いなく国際的な大きな問題の1つであった。人権問題に国境はないのだ。中国はチベットでの人権侵害を「内政問題」「内政干渉」であると平然と表現しているが、その表現自体が実に古く、時代錯誤であり、感覚が大きくズレている。

カトマンズでチベット人によるデモ


2009年カトマンズでのチベット人の抗議デモの様子 眼隠しには、彼らには自由がないことを意味する
チベット人には言論の自由がない
 彼らには言論の自由もない



2008年3月の暴動をきっかけに私も私なりに声を上げた。しかし、それは自身の講演会での発言であったり、また自身の著書(自然と国家と人間と)、または取材での発言であり、直接的なアクションではなかった。何か行動に移さなければと考えていた時に「ステューデンツ フォーフリーチベット ジャパン」の活動を知った。代表はツェリン・ドルジェ。そのツェリンさんからあるチベット人映画作成者の話を聞いた。



その映画作成者の名前はドンドゥプ・ワンチェンさん(35歳)。彼はチベット人の声を世界に届けようと、北京オリンピック前の2007年11月から2008年3月かけてカメラを片手にチベット全土を何千キロも旅をしながら100人を超えるチベット人にインタビューをした。その映像は約20分に編集され彼の仲間によりヨーロッパへ持ち出された。しかし、ドンドゥプ・ワンチェンさんは2008年3月26日に中国当局に拘束された。そして国家政府分裂に関与した容疑(いわゆる国家反逆罪)で懲役6年の判決を受けたのだ。



彼は命を賭けてこの20分間のドキュメンタリー(恐怖を乗り越えて)を作り世界に訴えたのだ。私もその作品を何度も見た。そして驚いた事にそのドキュメンタリーでインタビューを受けているチベット人たちがみな実名であり、また顔も隠していないことだ。ドンドゥプ・ワンチェンさんが何度も「名前と顔を出してもいいのですか?」と確認する。もちろん、相手の安全を考慮した行為である。しかし、彼らの多くは「顔も名前も出して構わない」と。つまりあのドキュメンタリーは制作側も出演側もみんなが命を賭けてでも世界に訴えたいという叫びであったのだ。命を賭けた彼らの声に耳を傾けなくていいのだろうか。私は一人でも多くの方にあのドキュメンタリーを見て頂きたい。真剣にそう願った。

善光寺で

  善光寺前で


私はツェリン・ドルジさんの話を聞きながら、またドンドゥプ・ワンチェンさんのドキュメンタリーを見ながら、彼らと一緒にチベット問題を訴えていきたいと感じ、また明確に腹をくくっていた。




天井からぶら下げる、電気ショックを与える、犬に襲わせる、数満ボルトの電気棒を口や性器に挿入する、小便を飲ませる、手錠をかける、殴打、強姦、食事や水、睡眠時間を与えない




これはチベットで行われてきた拷問である。このような人間として決して許されない行為に「内政問題」などない。国際社会はもう一度、中国に対し声を上げるべきではないだろうか。




私はツェリン・ドルジさんと相談をしながら年内にもドンドゥプ・ワンチェンさん釈放へ向けた署名活動や、また、チベット問題をテーマにしたシンポジウムなどを開催したいと考えている。

善光寺前で行われたキャンドルナイト
  善光寺前で行われたキャンドルナイト

私の発言が中国語に翻訳され中国で出回っていると中国人に聞かされた。チベット亡命政府のサイトに私のコメントが紹介された事で外務省関係者から「野口さんはもう中国には入れないでしょう」と言われたが、私はそのこと自体が異常であると感じる。仮に日本政府に対し批判的なコメントを出した外国人を日本に入国させないとしたらそんな国は果たしてまともな国なのかどうか。ましてや北朝鮮のような極端な小国ならまだしも常任理事国であり、また拒否権を持つ大国の姿ではない。



多くの日本人はチベット問題に無関心であるが、しかし、あくまでも隣国での出来事である。そしてこのまま中国を放置しておけば日本もいずれ第二のチベットになるだろうと、つまりチベット問題は決して他人事ではないのだ。故に私は私なりのアクションを起こしていきたい。


 詳しくはリンク先で読んでね。画像もあるし。

 野口さん しかしスポンサーがつきにくくなるな~ 


 しかし男だね。 
  

  
 この記事携帯からの閲覧不可ですかね? でもまあいいか、そんなことは。 



 日中友好を叫んでる政治屋や似非平和主義者(例えば池田大作とかね)はこれを読んでどう思う?
  
 鼻で笑うのかな?  

 
  素晴らしい世界だね。 



   
     大荒れの相撲界。盛り上がる野球賭博。ただ、そこでハッとさせられる一言。「たかが博打で部屋が閉鎖するなら、何でウチの息子が死んだ時はそうならなかったんだ。」3年前、時津風部屋で暴行されて亡くなった斉藤俊くんのお父さん。今年の法要には、力士も、記者も朝日新聞記者1人を除いて来なかった   

  http://twitter.com/kmtayu/status/17153527604

  
 
  たかが博打と 人の死と  やっぱりカネカネ社会の象徴か 

     
  


遠く翳る空から
たそがれが舞い降りる
ちっぽけな街に生まれ
人込みの中を生きる
数知れぬ人々の
魂に届くように

凍りついた夜には
ささやかな愛の歌を
吹きすさんだ風に怯え
くじけそうな心へと
泣かないで この道は
未来へと続いている

限りない命のすきまを
やさしさは流れて行くもの
生き続けることの意味
誰よりも待ち望んでいたい

寂しさは琥珀となり
ひそやかに輝き出す

憧れや名誉はいらない
華やかな夢も欲しくない
生き続けることの意味
それだけを待ち望んでいたい
To find out the truth of life.

たそがれが降りて来る
歌声が聴こえて来る・・・・・

La La La La・・・・  


  

 

 届きますように・・・・・  

 La La La La ・・・・・


 ラはLOVEのラじゃないか?  

 いやそうに違いない。
   
   この子らをどうする

もしもこの子らが、この年長君が家長であったら、残りの二人を食べさせて行かなくてはならない。
物乞いもするだろう、軒下で寝るだろう。夕方まで金が入らなければ盗みもするだろう。
とにかく食べていかねばならない。
大きくなったって、状況なんて変わりはしない。誰の助けもない。人を殺してでも食わなければならない。
そんな子供達が、そんなテテ無し子抱えた女が、そんな老人が何百万もいる。
でも、でも、他のアフリカの国では毎日何万人も飢饉で干からびて死んでいく。病気で子供を抱えながら母親が死んでゆく。
だから、人を殺して金を得て、食っていけるこの国は良い国なのかも知れない。

いわゆる一切の先進国の理論や倫理など通じやしない。

しかし、だからといって、アフリカの子供達への寄付などは断じて行っては行けない。何千万円も集まっても、子供達に回ることはほとんどない。
果たしてその国まで金が行くだろうか?その国に入っても為政者のポケットを膨らませるだけ。高級車で子供達を蹴散らす資金になるだけ。
途中で誰かがポケットに入れるだけ。

こういうドロドロの総体をアフリカと言う。  


http://sa55t.exblog.jp/11014577    


 援助貴族は笑いが止まらない。
 
      
     命の値段

おまえ達はどう考えるか。人の命。まだ小さいからわからないね。
まず、人間には命がある。これがなくなると死んでしまうね。

これには値段が付くこともある。
この国は人の命の値段が安い。警察発表で日に50人が殺される。彼らは良い数字を捏造しているらしく、実際には80-100人ぐらいが毎日殺れている。
パパの通勤途上で、同じ場所で2ヶ月に3回も信号待ちの車がおそわれた。ケータイを盗るだけの目的で平気で人を殺すよ。せっかく殺すのだから、車ぐらい盗めと思うけど携帯だけ。

白人は一切歩かない。だから歩道も横断歩道もない。歩くように道が造られていない。車から出ることは致命的。
出ると殺れる。夜、車がえんこしようものなら 、外に出ただけで殺れる。写真を外で撮る??無理無理、カメラは100%盗られる、場合によっては殺れてから。撮影はヒットエンドラン。厳しい。

黒人が例えば車にはねられる、外に出て救助は出来ない。殺れるから。そのまま走り抜ける、翌日警察出頭。場所と状況説明、サインしてご苦労様で終わるらしい。はねられた黒人は?保証は?誰も気にとめない。当然家族は連絡も取れず、行方不明のまま。
不法移民の黒人達は身分証なんて持っていない。
白人は白人で飲酒運転が横行。だって公共交通手段はゼロ。極々希にタクシーが、でも乗ったが最後殺れる。バスはなし、電車もなし。
何処に行くにも車。お酒飲んで車。スピードは出しすぎ。いつもその辺の交差点で死んでいる。
こうなるとワールドカップは楽しみだ、もう何人観光客が殺れるだろう。

安い安い、ココは命が安い。

http://sa55t.exblog.jp/7304579/  ここの写真は必見!! 

  
  命に値段はない!と平和ボケした人たちは言うだろう。 

  そして自分たちは安全な場所で中身のない平和論や平等論を叫ぶだろう。