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青空Music♪

自由に思いを綴る場所。
放置グセが強くなってきてますが数ヶ月に一度くらいはきっと更新します(^^;)

「東北きりたん」さんというボーカロイドで、オリジナル曲を制作しました。

 

 

 

 

 

 

ここのブログで書いた事があったか覚えていないのですが、

約1年ほど前くらいから、この東北きりたんさんでの作曲活動をし始めました。

環境が大きく変わり、自分で歌唱する事が容易でなくなった事がきっかけです。

 

 

 

と言っても、一番最近作ったのが昨年の夏で…

約10か月ぶりくらいにきりたんさんに触れたのですが、やはりピッチの調整だったり、ビブラートとか音の処理とか、色々難しい事だらけでした汗

まだまだ全然使いこなせなくて…もっと安定したピッチで、感情を込めた歌唱をしてもらえるように修行したい魂が抜けると思ってます。

 

 

 

それ以前の問題で、新たな作曲自体が1年以上ぶりでした。

自己紹介用の記事とかで書いてある、

 

「趣味:作曲」

 

だなんて言えないくらい作ってなかったです😅

 

 

 

 

 

今回作った「青の奇跡」という曲は、

動画の説明欄にもちょっと書きましたが一言で言うと「後悔」の曲になるのかなと思います。

失恋みたいな詞に見えるかもしれませんが、失恋ソングではありません笑い泣き

 

 

 ただ、私自身の実体験である事は事実です。

ネガティブなイメージに見えてしまうかもしれないのですが、それだけではなくて感謝や希望といった、ポジティブなイメージも込めて作ったつもりです。

 

 

 

今回は初めて、きりたんさんのイラストも使ってみました。

これまでは一度も使った事がなくて…

こういう可愛い女性のイラストは私には全然似合わないとは思うんですが、これはこれで良いですね笑

 

 

 

環境を考えても、ボカロは下手したら今後の音楽活動のメインになるかもしれないので…

ちょっとこれからもきりたんさんともっと仲良くなれるように、色々勉強してみたいと思います😅

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幽霊👻

 

 

 

実際にそういう経験を何度かしてしまっている身としては、信じないわけにはいかないと思っています…😅

 

 

 

 

 

注意怖いお話が始まりますので、そういうのが苦手な方は閲覧をお控え下さい🙇‍♀️

 

 

 

 

 

 

 

人生初の経験は、小学1年生頃の事だったと思います

これは幽霊とはちょっと違うのですが…

 

 

当時父親が入院していた病院へお見舞いに行った時の事

1FからB1への階段を見つけて、探検してみようと下りて行ったのですが…

 

 

どんなに下りても下りても、B1フロアに辿り着かないのです…

 

 

その時母も一緒だったのですが、どんなに行ってもフロアが見えてこないので戻ろうと言う事になり、階段を上り始めると…

踊り場を一つ超えたくらいで、すぐに元の1Fに着きましたガーン

 

 

明らかにそれは、そこまで下りてきた距離とは一致せず…

 

こういう現象は何ていうのでしょう…時空の歪み的な????

 

 

 

 

 

 

「見た」系の出来事で言うと、

 

小6の修学旅行で、小樽市にある某ホテルに泊まった時。

夜中眠れなくて、ふっと目を開けてみると、

 

真っ暗な部屋の中央に、緑色に光る子供が立っているのを見ました。

後ろ姿でしたが、直感的に、自分より少し年下くらいの男の子だと感じました。

 

その子はすぐに消えてしまったのだけれど、あまりに一瞬の出来事で、逆に何故かあまりびっくりはしなかった事を覚えています。

 

 

 

 

 

 

また、高校時代にも不思議な事がありました。

 

 

学校から帰ってきて自転車を停めようと、自宅のガレージに入ったら…

 

床に、

寝袋のようなものに入った人が横たわっていましたガーン

 

 

 

不思議なのはこの後で、

 

その時私は、そこで寝ている人が何故か自分の父親だと思い、

「お父さん何してるんだろう?」と思いながらも、特に声をかけることもなくスルーしました。

 

 

普通、そんな状況を見たら「何やってんの!?」と声をかけると思います。

なのに、何故かその時の私はそのままガレージを後にし、自宅に入りました。

 

 

リビングには父親の姿があり、

 

「あれ?お父さん今ガレージの中で、寝袋に入って寝てなかった?」

と普通に質問しました。

後から思うととてもおかしな質問なのですが、この時の私は完全に純粋な気持ちで父に聞いていたのを覚えています。

父は突拍子もない私の質問に、は!?という反応でしたが、ずっと家にいた、ガレージには行っていないと答えていました。

 

 

そしてその日の夜だったと思いますが、

父親の従兄弟が亡くなったと言う知らせが届きました。

 

 

亡くなった時刻が、

ちょうど私がガレージで寝ている人を目撃した時間と一致していましたガーン

 

 

実は父親も昔から霊体験をよくする体質で、その日の私が体験した出来事をすんなりと受け入れている様子をよく覚えています。

「あいつ(従兄弟)、パッチを通して俺に知らせに来たんだなぁ」

と呟いていた姿が、とても印象的でした。

 

私があの寝ている人を父親だと感じた事も、同じ血が流れる繋がりある人物だったという事で妙に納得が行きました。

 

 

 

 

 

もうひとつ私が今までで一番怖かった出来事があるのですが、既にもういくつかの体験を書いてしまって長くなりそうなので…

それはまた機会があったら書く事にします😅

 

 

 

 

幽霊を信じるor信じない

 

 

 

 

 

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YouTubeに新たなチャンネルを開設する事にしました。

今回は、音楽関連のチャンネルとなります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先日「SKY BLUE」の動画を公開した時に、

飛行船専用のチャンネルしか持っていない事に不便さを感じた事がきっかけです。

 

 

 

私がこれまで趣味として作成してきた音楽達のご紹介をメインとして、展開して行く予定でいます。

過去曲のご紹介中心になるかとは思うのですが、時には新たな作品作りにも挑戦してみたり、色々と自由にマイペースにやってみようかと考えていますニコニコ

 

 

 

 

記念すべき(?)最初の動画は、私がボーカルとして活動してきたユニットSky Blueの2作目

「僕と桜と青空と」という曲にしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

試運転的な意識で作った動画で、いくつか初の試みも交え完全オリジナルで作成しています。

音源は2010年公開当時の公式のものですが、動画は私が個人的に作成した全くの別物という形になります。

(作成に当たり、Sky Blueコンポーザーの龍徹さんには快くご承諾頂き、感謝しております)

 

 

今後もこのような形で、過去曲をご紹介していけたらと考えています。

時間に余裕があるなら、新たな曲作りもメインとしてやっていきたいのですが…

今の環境では、そこまではちょっと難しそうです😅

 

 

今後はSky Blueに加えて、自分自身のオリジナル曲や、カバー曲、ボカロ曲など、チャンネル内で色々とカテゴリ分けして展開して行く事を考えている所です。

聴く人、実際いないでしょうけれど💦

せめて、Sky Blueの曲が1人でも多くの方に触れて頂ける機会になれば…という思いはあります。

 

 

実際に出来るのか、どのような形になって行くのかはまだ私にもわかりませんが…

やれる範囲の事を、楽しみながら自由にやっていけたらいいなぁと思っています照れ

 

 

 

 

 

この投稿ネタで私が記事を書く事で誰が得をするのか…という大きな謎がまず存在するのですが😅

 

今日のトレンドになっていた事と、きっとみんな大好きなテーマだと思うので、片隅でこっそりと参加しときます笑

 

 

 

 

 

 

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何かの記事でも書いたような気がしますが、若い頃の私は恋愛にそもそも全然興味のない子でした汗

 

 

そんな私でも、人生の中で自分から好きになった人が2人います。

 

 

 

 

1人は、中学生の頃に好きだったS君という人でした。

 

と言っても同級生とかではなく、S君は実は3つ年上で当時高校生。

ざっくり言いますが、趣味繋がりで知り合った人でした。

 

月1〜2回程趣味関連の集まりで会っている中で、いつもさりげなく私の事を気にかけて優しくしてくれる姿に惹かれていました。

家は離れていて逆方向なのに、集まりの帰りには私の家まで送ってくれたりするようになり、ある日の帰り道で告白されて、S君とはお付き合いすることもできました照れ

両思いだった事がとても嬉しかった事を覚えています。

 

 

S君の高校卒業と共にお別れする事になってしまいましたがチーン

彼は進学の為に地元を離れる事になり、遠距離は辛いという事でS君から申し出がありました。申し出ってなんかおかしいか笑

 

 

この話にはちょっとした後日談的なものがあって、

私もその後高校を卒業してとある専門学校に入学したのですが、なんとその専門学校はS君が私と別れた後に進学した学校だった事が後々わかりましたびっくり

 

別れる時に進学先などは特に話していなかったので全く知らず…

学科は違うのですが、知らないうちに私はS君の後輩になっていたようでした笑

 

しかも、私の友達が専門卒業後にS君の働く職場に就職していたようで、先輩後輩として関わりがあったそうで。

世間の狭さを感じた出来事でしたあせる

 

 

 

 

 

もう1人は、高校時代に吹奏楽部の高文連で知り合った他校のN君という人でした(旦那じゃないんかいと言われそうですが笑い泣き笑い泣き笑い泣き

 

 

詳しく書くと長くなってしまうので省略しますが、友人の紹介で知り合った形でした。

N君は初対面でしたが、何故かやたらと気が合って、話が弾みました。

 

その後も会場の中で私を見かけるたびにN君は笑顔で声をかけてくれ、練習や本番の合間の短い時間に立ち話をしては盛り上がっていました。

なぜかN君は本当に私に優しくしてくれて、私も彼との会話の時間が楽しくて、なぜ同じ高校じゃないんだろうと悔やんだ程でした。

会話を少し楽しんだらそれぞれの持ち場へと戻らなければならない事が、もどかしくてしょうがなかった事を覚えています。

 

 

3日間という高文連の行程の中で、時間の許す限り私達は一緒にいた記憶があります。

部員達から「パッチがよく一緒にいるあれは誰だ」「彼氏ができたのか?!」と質問責めをされたりしたけれど、当時の私にはN君は気の合った新しい友達という感覚だったので、全否定していましたが😅

 

 

高文連が終わってからは、N君はたまに私に電話をくれるようになりました(最終日に連絡先を教えた)

当時携帯なんてまだ持ってないので、家電です電話

学校が終わって、夜に家で彼と電話で話す時間がとても楽しくて、親に迷惑そうな顔をされながらも長電話を楽しんでいました😅

 

不思議と「会おう」とか言う話にはなりませんでした。

お互い高3で、進学関係の事で忙しかったのかもしれません(詳しくは覚えてないけど)

 

 

 

次第にN君からの連絡も来なくなり…

また話したいなぁ、と私は寂しさを覚えながら、残りの高校での時間を過ごして行きました。

 

 

 

 

当時「気の合った新しい友達」という感覚だった私の気持ちは、実は彼に対する片思いの感情だった事に気づいたのは、高校を卒業してからの事でした。

 

高文連で知り合ってから、私の中にはN君の事を思う気持ちが常に存在していて、連絡が取れなくなってからは寂しさで更に彼の事を思うようになっていて…

ただの友達だったらこんな思いはしないだろうって、だいぶ後になってから気がついてしまいました。

 

 

多分この事は、私の何でも話せるような特別仲の良い友人達さえも知らない話だと思います。

記憶違いでなければですが、この事は誰にも話した覚えがないので…

 

 

 

N君の担当パートはトロンボーンで、背が高くスラッと、それでも程よくしっかりとした体格の彼にとても良く似合っていたのを覚えています。

 

私は今でも、トロンボーンを見るとN君を思い出してしまいます照れ

 

 

 

 

 

ちなみに旦那さんはどうだったのか?というと、

 

好きと言うよりは「なんか気になるなぁ」くらいのスタートだったので、自分から好きになったというのとはまた違った感じでした笑い泣き

旦那さんを余談的な位置に持ってきてしまって申し訳ないですが笑い泣き笑い泣き笑い泣き

でも旦那さん以外の人との結婚は私の中ではありえないので…もちろん彼がNo.1ですよグッド!

(そりゃそうだ汗

 

 

 

 

 

S君もN君も元気でいてくれている事を願っています。

またどこかで会えるといいなぁ。

 

 

 

好きだった人

 

 

 

 

 

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コロナ禍が始まる直前だった2020年1月以来、実家に帰省が出来ていません。

 

 

距離で言えばいつでも帰れる範囲内ではあるのですが、コロナ禍に加えて妊娠・出産・子育ての日々が始まった事で、いまだ行けていないのが現実真顔

 

 

 

直接会いに行けていた頃は、母の日になると必ずプレゼントを持って帰省していたんですが…

今となっては、メールで感謝の気持ちを伝えるだけに💦

何かしたい気持ちは山々なのですが…

 

 

 

 

年に2回くらいは向こうからこっちに来てくれてはいるので(孫の顔を見る為に)

全く会っていない訳ではないんですが、

 

会うごとに、母はどんどん小さくなっていっているように見えます悲しい

つい少し前まで、いきいき、ピチピチとしたお姉さんだったような気がしていたのに。

 

…それは言いすぎ?笑い泣き笑い泣き笑い泣き

 

 

でも私が子供の頃からずっと見ていた「お母さん」は、本当にそんなイメージ。

 

 

気づけばもう高齢者。完全なる、おばあさんです👵

 

そりゃそうよね…私がもうこんなおばさんなのですから😅

 

 

 

 

それでも、毎日メールをくれて、孫の写真を見て日々の成長を楽しみに見守ってくれていて…

 

娘が生まれてからというもの、本当に母とは毎日欠かさずにメールをしています。

それまではそんな事全くなかったのに。

 

 

孫の事を誰よりも愛し、気にかけ、成長を心から楽しみにしてくれて、日々の中でのほんの少しの進化も心の底から喜んでくれて、

娘である私に対する心配、気遣いも忘れず、離れていても毎日のように支えてくれる大切な母に、心から感謝です。

ありがとうの言葉は、朝になったら直接伝えますニコニコ

 

 

これからもずっと長生きして、孫との時間を楽しく過ごして思い出をたくさん作って欲しいと思っています爆笑

 

 

 

今年こそは娘を連れて帰省したいと思っています。

今は何もできないけれど、それが今年の、母の日のプレゼントになってくれるといいなぁ。