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青空Music♪

自由に思いを綴る場所。
放置グセが強くなってきてますが数ヶ月に一度くらいはきっと更新します(^^;)

ほぼ毎日のようにラーメンを食べていますラーメン


何かの記事でも書いた記憶があるけど、私は麺類が大好きなのですがその中でもラーメンが一番好きです😊

10代の頃に地元から札幌に出てきて、札幌ラーメンの美味しさを知った事からラーメン好きが始まりました照れ





お昼は大体ラーメンです(違う時もありますが)

インスタントの時もあれば、自分で作る時もあったり様々。

私が自作する味噌ラーメンは旦那にも好評だったりします✌️





よく「カレーは飲み物」とかって聞くと思うのですが、あれで言うと私の場合は


「ラーメンは空気」


です笑い泣き

目の前に当たり前にあるもののように一生吸い続けていられます。





インスタントラーメンの1袋とか、

カップラーメン1個とか、

市販の生ラーメンの1玉(1人前)とかって、

どれも私にとってはあまりにも足りな過ぎで、

絶対に最低でも1回で2食分くらいは食べてしまいますあせる

替え玉がスタンダードびっくり

1杯食べ終わったら、さらに麺をもう1玉茹でて、残りのスープに入れて食べてます😅

(冷蔵庫には生ラーメン常備)





デザートは別腹とよく言うけど、私の場合はラーメンが別腹です笑い泣き笑い泣き

メインなのに別腹😅

ラーメンだったらお腹いっぱいの時でも食べられるし、むしろラーメンを食べ続けてもなぜかあまり満腹感を感じません汗


だからひたすら空気のように吸い続けられるニヤリ

ひたすら替え玉が進んでしまうのです😅

さすがに体に悪いので制御はしますが💦




去年の夏にハマって以来ずっと食べ続けているのが、

サッポロ一番みそラーメンを使用した「冷やしみそ」です。


鍋を使わず電子レンジ調理で麺を温めてから冷水でしっかりと冷やし、添付のみそスープを水で溶かして、好みの野菜や薬味などを入れていただきます。


水でもスープの粉がちゃんと溶けてくれる事を初めて知りました。

冷水で麺を冷やす事によって油分も落ちてくれるのでサッパリと食べられる所が好きです😊





ラーメンを食べる頻度が高い分、塩分や油も気になる所なので、基本的にスープは一回に付き半量くらいしか使いません。

そして、調味油やラード系のものが添付されている場合には、それらも一切使いません。

自作ラーメンの時ももちろん入れないし、あまり濃い味にならないように気をつける事と、なるべく野菜を入れる事も心がけてます🥬


野菜は大好きで、ほうれん草は絶対に欠かさず入れています。

玉ねぎやもやしを入れるのも好き照れ




お昼に普通にラーメン食べて、夜にはざるラーメンを食べたりする日もあります笑い泣き笑い泣き

どんだけ好きなのでしょう…

自分でも本当に恐ろしいのですが、ラーメンだったら永遠に食べ続けていられそうですゲッソリ




そもそもなんでこんなラーメン生活(?)が始まったかというと、

娘が離乳食卒業してお米を食べるようになった事と、旦那が元々お肉が大好きな事もあってお米をたくさん消費するので、米節約の為に私の主食を麺メインにし始めた事がきっかけでした。


5食入りで100円台で売っているそうめんとかもよく食べています。



ただ、麺類はそれ自体に意外と塩分が使われていたりもするみたいなので、時々は違ったものも…と思っています😅

健康的な体に良いラーメンってないかな笑





自覚してる偏食

 

 

 

 

 

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介護福祉士の資格を持っています。

この資格を取る為に、社会人になってから人生で2度目の専門学校に入学しました🏫




と言っても元々私自身がその資格を取る事を目指していたわけではありませんでした。



その頃私は全然別の仕事をしていたのですが、ある日の夜に突然、社長がお逃げになられてしまって…😅

こんなことって本当にあるのかと衝撃でしたけどびっくり




訳もわからず唐突にプーにさせられてしまい途方に暮れていたちょうどその頃、

世間では高齢化社会と介護士の減少について深刻に話題になり始めた時期でした。




ある時に、両親から

「専門学校に通って、介護士の勉強をしてみたら?」

と勧められました。

「学費は出してやるぜグッド!

との事だったので…


「じゃあやってやるぜグッド!

と。笑笑い泣き笑い泣き笑い泣き


いや、本当にありがたい事です…

社会人して、自分でお金も稼いでいたのに…あせる





それまでの私は自分のやりたいように、自由に過ごしてきました。

その頃仕事も自分の好きなドライバー職をやっていて、しかもとても自由の利くものだったので、働いているという感覚よりももっと気ままに日々を過ごしている感じでした。



もう十分自分の為の時間を楽しんだから、これからは誰かの為になる仕事をしよう、と考えました。

そういうふうに思うきっかけをくれた両親に、とても感謝しています。



あとは、私はこの時ほんの数年前に祖母を亡くしていました。

もう本当に何もしてあげられないままお別れになってしまったので、せめて世の中の高齢者さんの役に立ちたい、という思いが強く芽生えていました。




そうして次の年の春に、介護士の勉強が出来る学校に入学。

介護学科の先生達には入学前からオープンキャンパスに通い詰めて顔と名前を覚えてもらう事が出来ていたので、とても温かく迎えてもらえました照れ





↑少し前に書いたこの記事に出てくるのが、当時入学した学校での出来事です。





小中高、最初の専門学校と、通っていた学校にはそれぞれにたくさんの思い出があるけれど、この時の専門学校もまた色々と特別な思い出が出来ました。



高校卒業して入ってきた18歳の子達と社会人経験者が半々くらいのクラスで2年間勉強し、介護福祉士の資格を取りました。



余談ではありますが、この時のクラスは全体がとても仲が良くて、とても居心地の良いメンバーでした。

若い世代も私たちのような社会人チームも、年齢関係なくみんなが仲良くて、何だか大家族みたいな雰囲気のクラスだったなぁと思います。


3年半前まで働いていた職場で、私は当時のクラス委員長だった男の子と一緒に仕事をしていました。

私より後から入ってきたので、元クラスメイトという事もあり私が教育担当として彼に仕事を教えていました。何だか不思議な感覚でした笑

彼は私の退職後にリーダーに昇進したようですニヤリ




介護は誰でも出来るものだと思われがちだし確かにそうなのですが、専門知識を持った上で高齢者と関わる事が出来るのは、自分自身としてもとても心強い事です。



まだどうなるかはわかりませんが、いずれ娘がもう少し大きくなったら、またこの資格をいかせるような仕事をしようかな、とも思っています。



私の持っている資格

 

 

 

 

 

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ご案内がきていたので、参加してみますニコニコ





父の日にする事と言えば母の日の時と同じで、基本的にはいつもメールをして感謝を伝える形です✉️


コロナ禍が始まる前までは帰省してプレゼントを渡していましたが……

って、母の日の時と同じ内容になりそうなので、



↑貼っときます😅





代わりに、今回は私の父がどんな人なのかを書いてみようかと思います

誰も興味ないと思いますがガーン






一言で言うと、厳しい頑固親父です笑い泣き笑い泣き笑い泣き

子供の頃は厳しく厳しく育てられました。


とても強い精神の持ち主で、どんな時でも父は私や家族を守ってくれて、本当にそこにいるだけで心強くて安心な存在でした。

でしたって書いたけど生きてます笑

子供の頃の私は父が一番大好きで、完全パパっ子でしたラブ




父は若い頃、ラガーマンでしたラグビー

高校から32歳頃まで続けたそうで、私が子供の頃もまだやっていたようです。

父のプレーが新聞に載った事があったようで、家のアルバムに切り抜きが貼られていました笑



ラグビーを辞めた後は野球をやっていて、最終的にはチームの監督になっていました。

うちの地元はスケートの町なのですが、父はスケートもうまくて私は父からスケートの滑り方を教えてもらいました⛸️




そんなスポーツマンな父の元で育ったので、子供の頃の父との遊びといえばキャッチボールがメインだったように記憶しています野球

父に鍛えられたお陰で、割と肩も強くなって遠くまでボールを投げられるようになりました。

ただ、私は運動神経は全然なくて、スポーツの才能が開花する事はありませんでしたが😅




スポーツの得意な父ですが、音楽も得意な人でした。

私が音楽をやるようになった本当に元々のきっかけというのは、父の存在です。



自分の親のことを良く言うのもとても変なのですが、

父は音感が大変優れていて、歌唱力が高いのは勿論の事、人の歌声を聴いて瞬時に正確なピッチでハモリを入れられるような人でした。


私は、それを小さな頃からずっと聴いて育ってきた為、

「人の歌声に瞬時にハモれる」

のは、誰もが当たり前に出来る事なのだと本気でずっと思っていました汗



と言っているくらいなので、私自身も小さな頃から、人の歌声を聴いてすぐにハモる事ができる子でした。

それは自惚れでも何でもなくて、それがごく当たり前という環境で育ってしまっていた為でした。

小さな頃から、おそらく私が赤ちゃんだった頃から、父のハモリの声を聴いていたんだと思います。

父は歌が好きで、家の中でもいつでも歌っているイメージでした。



ちなみにハモれる事が当たり前ではないという事に気づいたのは、中学生の頃だったと思います。

合唱コンクールのパート決めの時に、私は迷わずアルトパート(一言で言ったらハモリですよね)に立候補していたのですが、他の子達は大体ソプラノ(主旋律を歌うパート)をやりたがっていて…


一緒にアルトになった子達は、「ソプラノにつられる!」と言って練習に苦戦していました。

その姿を見た時に、ハモれるのは当たり前じゃないのかという事に初めて気がつきました…遅いよって話なんですが😅


そして同時に、

「お父さんってすごいんだなぁ」

とも思いました。



父はギターもやっていて、よく弾き語りを聞かせてくれました。

父の奏でるギターの音色に心から憧れ、私も小6からギターをやり始めました。

将来ギタリストになりたい!と一時期本気で思っていた事があります。なれるわけないんだけど😅



父の背中を見て育つ、とかよく聞くと思うのですが、こう振り返るとそれって本当だなぁと感じます。





厳しい厳しい頑固親父ではありますが、それと同じくらい優しい人でもあります照れ

私は、どんな人がタイプかと聞かれた時必ず

「誠実で思いやりある人が好き」

と答えるのですが、それって父だな、と思いました。


いや、かと言って父みたいな人と結婚したいとかは全く思わないんですが笑い泣き

思わないどころか、それは絶対にイヤって思います笑い泣き笑い泣き笑い泣き

何故でしょう、父の事は大好きなのに矛盾してしまう不思議😅

そういうものなんでしょうかね…あせる






父ももうすっかりおじいちゃんになりました。

母と同じで、たまに会うごとに小さくなって行ってるように見えます。

ただ、もう70も過ぎているけれど、地元のお寺の仕事を手伝ったりしてアクティブに活動しているそうで。



定年退職した時に彼は、

「俺は何かしていないといられない人間なんだ」

と、自分でも言っていました。

黙って家にいるだけ、は出来ないみたいです😅

でも、その気持ちは私にはとてもよくわかりますニコニコ

私もきっと同じだから。




何にせよこれからも体に気をつけて、長生きして、孫とたくさん遊んでもらいたいなぁと思います歩く


父の日 当日には感謝の気持ちを伝えたいと思いますニコニコ







 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先月YouTubeに音楽関連のチャンネルを作り、

今の所一応4カテゴリを準備してそれぞれに一通りの動画を投稿した所です。

 

 

 

 

先日公開した「ふたり」は、シーズンだからなのか公開後一晩でのアクセス数が自分史上最高数になりましたニコニコ

と言っても他の投稿者様に比べれば全く比にもならないような数ですが😅

 

 

 

 

 

 

 

純粋にSky Blue(以下SB)の曲が1人でも多くの方の耳に入る機会となってくれていた事がとても嬉しかったです照れ

このチャンネルの中で、私が一番聴いて頂きたいと思っているのがこの「Sky Blue」のリストなので。

 

 

 

 

新たなチャンネルの作成、

週一ペースでの各カテゴリへの更新と(『ふたり』までの話ですが)

そこだけ聞くと何だかとても積極的に活動しているかのように見えますが…

 

 

 

今現在の私自身には、もう現役という意識はあまりないのが現実だったりします。

と言っても決してネガティブな意味ではないんですが。

 

 

 

ここから先の活動は、自分がこれまでにやってきた事を、これまで触れてこなかった新たな場所でご紹介していく事、

 

特にSBとして制作してきた作品についてはより強く、1人でも多くの方の耳に入って頂ける機会作りをしていきたい!

という思いで、

 

過去の自分へのサポート的なスタンスでやっていこう、という考えでいます。

 

 

 

現役という意識がないというのは、そういう理由からの発言であって、

今後新たな作曲をしないという意味でも、歌を歌わないという意味でもなく。

 

 

今はどちらかというと、

過去に不器用ながらも情熱を持ってがむしゃらに取り組んでいた自分自身を、温かく見守っているかのような気持ちでいます笑

 

 

 

アカペラグループ、歌ってみた、SB、オリジナル曲etc…

これまで様々な音楽活動を行ってきました。

 

 

ボーカル、コーラス、作詞、作曲、編曲…

そのどれもが本当に心から楽しくて、

朝から晩まで、時には朝から朝まで、歌ったり曲を作ったり、とにかくとても充実した時間を過ごしました。

 

 

仕上がった音楽はグダグダで微妙なものばかりだったかもしれないけれど、

自分の力で、自分達の歌声や作曲で一つの作品を仕上げる事がとても素敵な事だと心から感じていました。

 

 

 

 

今思い返せば、その時の自分はとってもカッコ悪かった気がします😅

 

たいした知識もないのにアカペラのアレンジをしようとしたり、

 

誰からも別に望まれないようなものをがむしゃらに作ろうとする事に必死になったり、

その事を言い訳したり、自虐したり…

 

 

とっても幼稚でダサかったなぁ、と思います😅

 

 

かと言ってその時の自分を否定しているわけでは全くなくて、

それらは間違いなく今の自分を作り上げている、大きな土台であり大切な時間であった事もまた事実です。

 

 

変な話と思われるかもしれませんが、

そういう過去のカッコ悪かった自分を、今の自分がフォローし、サポートしたいなと思うようになりました。

 

 

 

その事自体にすら意味はもしかしたらないのかもしれないけれど、

 

無様だけれども一番輝いていた頃の自分に、

もう輝きはないけれど大人になった今の自分が、

あの時よりも少しだけ多く備わった知識を持って、ちょっとだけ手を貸してあげる事で、

また何かしら生まれるものがあるのかもしれない、と思いました。

 

そういう方法で、これからの私は、

過去の自分と一緒に、自分の作品作りと向き合って行こうと思っている所です。

もちろんの事、時には新たな音楽も作りつつ。

 

 

 

 

 

SBの楽曲に関しては、

作曲者は私ではなくもっと知識と経験のある方なので、音楽それ自体はクオリティも高く安心して聴いていられる作品ばかりです。

あとは私の歌唱次第という所で😅

 

 

 

なぜ私がこれほどまで、

「SBの音楽に1人でも多くの人に触れてもらいたい」

と言うのかというと、

 

 

作曲者の龍徹さんに対する感謝の気持ち、純粋に彼の作り出す素晴らしい音に触れてほしいと言う思いに加えて、

 

やっぱり、過去の自分が犯してしまった事に対する償いの気持ちもあるかな…と思います。

 

 

 

 

 

 

今私1人がどうしたって、そんな事にはもしかしたら繋がらないかもしれないけれど、

 

今の私が、何もせずにいるよりは少しでも動く事で、SBの音楽とそれをまだ知らない人を繋ぐきっかけにほんの少しでもなれるんだったら、

 

やらないよりは、やりたいな。と思うんです。

 

 

それをする事で果たして償いになるの?

と聞かれると、正直わからないけれど、

 

 

SBの絆が一度離れてしまった事は消しようもない事実で、

それは誰がどう見ても完全に私が悪かった事で、

 

 

その絆がまた戻る日が来て、長い時間を経てまた一緒に一つの音楽を作る日が戻って来てくれた事に、私はとても大きな大きな意味を感じました。

いや、勝手に感じてるだけだろと言われるとそれまでかもしれませんが😅

 

 

だから、今このタイミングで微力だったとしても私が動く事にもきっと意味があって、

 

今だからこそ動いていい、というふうにむしろ思うんです。

 

自分自身に対するフォローや慰めなんかでは決してなく。

 

 

長い間、私がSBや龍徹さんに対して出来なかった事を、これからゆっくりとでも、少しでも返していかなければと…

ユニットとしての活動は終了しているけれど、多分これからでも遅くはないのかなと思うし、何もしないよりは断然良いと思うので。

 

 

 

 

 

「SBの為に私が何かできるのはここまで」

 

ラストソングの「SKY BLUE」を公開した時に私はそう言いました。

それは本心です。

「SKY BLUE」を歌った事、人生の中で一番の時間をかけて一つの動画を制作した事が、私の中ではSBとしての最後の仕事だったと思っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

これからの私は、過去の馬鹿で愚かだった私自身と一緒に、

SBへの償いと恩返しをしにいきたいと思っています。

 

私の間違った行動がなかったら、SBが壊れてしまう事はなかったのですから…

 

 

 

 

別に趣味を押し付けるわけでも何でもありませんが、龍徹さんが心を込めて作ってきた曲の数々をほんの少しでも誰かに聴いてもらえるような、架け橋的な役割になれたらと思っています。

その、「心を込めて作ってきた曲」を台無しにしてしまった私が言える立場ではない事も承知の上です。

 

 

私自身に影響力がないので、本当に微々たるものにしかならないのは目に見えていますが…

 

0の可能性しかない「やらない」よりは、

0.1の可能性があるかもわからない「やる」の方が絶対にいい、って思っています。

 

 

 

償い、なんて言葉を使うとマイナスな意味に捉えられてしまうかとも思うのですが、

決してそれだけではなくて、

 

SBは決して有名ではないけれど、その分特別な何かの為に思いを込めた温かい曲を作っている、とても素敵なユニットなのだという事を、少しでも伝えられるのかなと…

純粋にそういったプラスの思いというか、願いも込めています。

 

 

だから、これからも少しずつですが様々な形でSBの曲達をご紹介させて頂こうと思っていますニコニコ

龍徹さんがSBの曲達にそうしてきたように、私もそれぞれのSBご紹介動画制作に心を込めて。

今の、これからの自分に出来る、これがSBへの恩返しの方法だと思っています。

 

 

 

 

 

 

ジューンブライドの時期という事で、ウェディングソングのご紹介です💒

 

 

 

 

 

 

 

 

私が活動していたユニットSky Blue(以下SB)の3作目、

「ふたり」という曲を公開しました。

 

 

 

SBの楽曲は未発表も含めると全12曲程ありますが、

その中でも私はこの「ふたり」という曲が1、2を争うくらい好きです照れ

 

 

 

2010年に公開された曲ですが、制作当時、

Composerの龍徹さんからデモを初めて頂いた時に

 

 

「この曲、絶っっっ対に歌いたい!!!」

 

 

と、一目惚れならぬ一聴き惚れ?をした事を覚えています笑

 

 

 

 

SBの曲は1つ1つが大きな意味を持っていて、誰かの為・何かの為に目的を持ち愛を込めて作られているものばかりです。

 

私もこの「ふたり」という曲は、当時身近で結婚した友人達によくプレゼントしていました。

 

もしかすると鼻で笑われてしまいそうな事かもしれないのですが、

「自分達の曲を誰かにプレゼントする」

という行為は、私達Sky Blueにしか出来ない特別な事であって、それは今でも私にとってはSBに纏わる誇りの1つだと思っていますニコニコ

 

 

 

 

 

 

今回の動画では、3月に公開したラストソング「SKY BLUE」以来に、少しだけですが絵を描きましたカラーパレット

 

ちなみに「SKY BLUE」はこちらです↓

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の「ふたり」の為に私が作ったイラストのイメージとしては、

 

とある新郎新婦の結婚式にてSBがこの曲を生演奏させて頂いた

 

みたいな感じですニヤリ

完全なる妄想ライブですが笑

 

 

今回も、龍徹さんはイケメンになるように(いえ、実際に彼はイケメンですがラーメン

私はあり得ないくらいスーパー美化美化で、仕上げています笑

 

 

 

個人的には、ラストカットの式場の庭を歩くSBのイラストが想像よりもうまく作成できたなぁと思っている所です爆  笑

 

演奏が終わり、式場を後にするSBのイメージで作りました

思いっきり手ぶらだけど笑

 

 

 

背景は勿論お借りしたものですが(こんなすごいの自分では描けない😅)

想像以上に人物イラストを馴染ませる事が出来たと感じました。

「SKY BLUE」イラスト作成の時に習得した知識が今でも役に立っていますウシシ

 

絵を描く事それ自体も私にとっては修行なのですが、

絵が描ける、だけではハイクオリティな画像や動画は作れないんだよなぁと実感しています。

 

 

 

 

 

 

 

動画の話ではないのですが、結婚式繋がりで…

 

私は実はだいぶ昔に、少しの間だけですが結婚式場でスタッフとして働いていた経験があります。

結婚式・披露宴の様子を映像に残す、カメラクルーの助手をやっていました。

 

 

なぜそんな事をしていたのかというと、

私は元々、記録映像のカメラマンになるのが夢で、その為に専門学校にも通っていました。

その修行の一環、という形ではあるのですが、私の場合身長があまりにも低すぎて良い画が撮れない事が理由で、カメラマンになる夢が叶う事はありませんでしたあせる

どの会社の面接を受けても、ごめん身長が…汗と断られてばかりでチーン

こればかりはどうにもならなくて………orz

それでもいいよと言って頂けるような所にも巡り会えず、残念ながら諦める事となりました。

 

 

 

そんなこんなで助手止まりではあるのですが、もう幾度となく本当にたくさんの新郎新婦様の結婚式を間近で見させて頂く事ができました。

 

 

カメラマンの後ろからバッテリーライトという照明を操作する仕事(それすら身長が低過ぎる事が理由で扱いきれていない事をよく指摘されていましたあせるそんな事言われても…なんですが😅)や、ハンディカメラのケーブルさばきや三脚を運ぶカメラアシスタントの仕事がメインでした。

 

 

新婦から両親への手紙の場面では、毎回必ず仕事をしながら号泣させられていましたw

もう本当に仕事にならなくて大変で…これは、私にはこの仕事は無理だと思った理由の1つです笑い泣き笑い泣き笑い泣き

 

 

様々な苦労を知っていたから、自分自身の結婚式の時にも映像や写真を残して下さるカメラクルーの方々には、本当に私達の為に付きっきりで頑張って下さってありがとうという気持ちになりました。

 

 

 

 

 

 「ふたり」の動画は公開から一夜が明けた所ですが、再生数が随分一気に上がっていてびっくりしている所ですびっくり

私のチャンネルの場合は、の話ですが😅

やっぱり、シーズンなのが大きいのでしょうかニコニコ

 

 

 

この6月にご結婚される全国の「ふたり」に、是非届いてくれると嬉しいなと思っていますハート

 

もちろん、そうではない方々にも触れてもらえる機会になったら、SBとして本当にとても嬉しいです爆笑