「マサズ劇場」 その7 | 吉祥寺の時計修理工房「マサズパスタイム」店主時計屋マサの脱線ノート

吉祥寺の時計修理工房「マサズパスタイム」店主時計屋マサの脱線ノート

東京都武蔵野市吉祥寺でアンティーク時計の修理、販売をしています。店内には時計修理工房を併設し、分解掃除のみならず、オリジナル時計製作や部品製作なども行っています。

 

塗料の焼き付けを何度かやり直した末、辻本が進めている文字盤はようやくメインの部分が仕上がった。
 

あとは、スモールセコンドのディスク(秒針用の小さな文字盤)を残すのみ。
 

もっとも、大きさが違っても作り方に変わりはないから、こっちも簡単にできるわけではないが、、。
 

 

ここでちょっと説明すると、アンティークウオッチの文字盤の多くは、七宝焼や銀盤でできている。
 

そしてこれらの大半は、文字盤のメインプレートと秒針のディスクが別々に作られた後で合体される、ツーピースの構造になっている。
 

通常、秒針ディスクは本体部分よりいくぶん薄く、本体に取り付けられた時には、その分だけ沈み込んだ状態になる。
 

これは、時針や分針と秒針とが接触しにくくするための工夫というわけだ。

 

「それはそうと、、、。」

 

少し広がった事務スペースでは、寺田がパチパチとパソコンを叩いていた。
 

「寺田くん、今度出品するユリスナルダンの準備、できてるかな? 来週早々にはアップしたいんだけど。」

 

「えーと、、、ムーブメントの写真は撮ってあるんですけど、ケースの方がまだなんですよ。 結構汚れてるし、ヒンジもちょっと緩めで、、。」
 

「そうか。 じゃあ緊急で辻本くんにやってもらうかな、、。」
 

ダイヤル製作が終盤に入ってきている辻本の手は止めたくないが、、かといって、他のみんなもそれぞれ手は塞がっている。
 

 

自分の作業台に戻り、ユリスナルダンの懐中時計からムーブメントを取り外す。

 

中身のない空のケースを辻本のところに持っていこうと立ち上がった時、、、「おーい、ツージー、緊急だ、緊急ー!」

 

私より一歩早く、岩田が辻本のところに向かっていた。

 

「え? 緊急ー? なんですか?」

 

「これさー、機械の方はもうバッチリなんだけどさー。 針の方がまだだから、緊急よ!」

 

時計は、このところ岩田がずっと掛かりっきりになっていた、ランゲ&ゾーネの懐中時計。

 

ムーブメントは完成したものの、時分針の変形の修理、更には無くなっている秒針の新規製作も必要だった。

 

普通の針なら岩田がそのままやるところだが、この時計には、k18の飾り針がオリジナルの仕様。

 

製作するには彫りの技術が必要だから、、これは辻本に任せるしかない。 

 

 

ナルダンのケースも急ぎと言えば急ぎだったが、、こっちは店の商品だから、まあとりあえず後回し。

 

外装の担当者がもう一人いると助かるのだが、、まあ、そう贅沢は言えまい。

 

少なくとも、春から加わる2人の新人が食えるようになるまでは、、、今いるメンバーでなんとかやりくりしないと。

 

 

それにしても、、このコロナ騒ぎが予想以上に長引いて、みんなが 「アンティーク時計どころじゃないよー」 なんてなったら、困るなぁ。

 

人ばかり増えて、仕事が減ったら、?

 

商店のオヤジの頭の中は、いつでもそんな心配ばかり。

 

店を始めてからこのかた、ずっと心配し続けて30年、、いや待てよ、、今度の5月でもう32年目か。 

 

イヤんなっちゃうなー、まったく、、、。

 

 

そんなことを考えながら、途中になっていた複雑時計の修理を再開していると、「中島さん!」 

 

わっ! 

 

全く気がつかないうちに、真下が横に立っていた。

 

「ん! どうした?」

 

「あ、ウォルサム終わりました。 次の時計、お願いします。」

 

「あー、なんだ。」

 

時計をやっていると、周りの気配をまったく感じない事がある。

 

考え事をしながらなんかだと、なおさら。

 

常日頃、時計をいじっている時はいきなり話しかけるなよ、なんて言ってはあるが、、、実際、少しずつ話しかけるっていうのはないのだから、まあしょうがないのだ。

 

 

「次の時計か、、次の時計な、、ちょっと待てよー、、」

 

金庫の中の修理品の引き出しを見ると、定期整備は一段落か。

 

今月はもういくつか残っているけど、そろそろ佐々木の手も空きそうだし、、。

 

 

よし。

 

「これ、やってみるか。 時間掛かってもいいから、ガッツリ仕上げてな。 部品の画像もしっかり撮って。」

 

「分かりました。」

 

 

真下に渡したのは、1920年頃のインターナショナルの腕時計。

 

修理品ではなく、うちの商品だ。

 

こう書くと、パスタイムのお客さんは 「なんでインターの腕時計?」 と思うかもしれない。

 

なぜなら普段うちで売っているのは、懐中時計か、懐中時計のムーブメントを使ったカスタム腕時計ばかりだから。

 

 

去年の年末、みんなで正月の話しをしていた時のこと。

 

「来年はもう2021年か。 早いなー。 ついこの間ミレニアムなんて言ってたと思ったのになー。」

 

その時、たまたま机の上にあった、修理品の腕時計が目についた。

 

「懐かしいなー。 うちでも昔よく売ってたんだよ、こういう腕時計。 そうか、この辺の腕時計なんかも、もう100年物になるのか。 いつの間にか、腕時計もアンティークになっちゃったな。」

 

「へぇー」 「腕時計も売ってたんですかー」 真下と佐々木はちょっと驚いた様子。

 

「店が東村山にあった頃ですよね?」 と寺田。

 

「そー、俺がジャンクヤードに来た頃なんか、腕時計の方がバー―っとあってさ。 懐中時計と同じくらいあったんだよ。 面白かったなー。」

 

そう言う岩田が岐阜から出てきたのは23年前だから、、、たしかにそんな頃だったかもしれない。

 

 

腕時計のアンティーク、か。

 

私の個人的な好みは、1910~30年代くらいの初期の腕時計。

 

中にはまだ100年にならないものもあるけど、、、どれも、そろそろアンティークと言っていい頃になっているのだ。

 

 

もともと防水性や防塵性がない腕時計だから、ラフに日常使いすると埃だらけになったり水気が入って錆びる心配がある。

 

それが嫌で防水型のカスタム腕時計を作り、、ビンテージ腕時計のラインナップを無くしたのが、20年ちょっと前。

 

でも、充分に気を遣いながら大切に使う人なら問題ないし、そもそも純粋なコレクションの人もいるだろう。

 

懐中時計のお客さんだって、そもそも実用しない方が多いくらいなのだから。

 

 

マサズ パスタイムは、懐中時計専門店。

 

そんなイメージに囚われて、店の入り口をあまりに狭めていたかもしれない。

 

普段、ありそうで意外とない、懐中時計ファンと腕時計ファンの交流も、うちで始まったら面白いし。

 

よし、やるか。 アンティークの腕時計!

 

 

そんな風にして、20年ぶりにアンティーク腕時計の販売を再開することになったのだった。

 

 

 

(次く)

 

 

追記  ビンティージ、アンティークの腕時計の商品は、現在準備中です。

     準備が整いましたら、順次ウエブサイトで紹介差し上げます。

 

 

 

 

 

 

 

 

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