「青焼きのネジ」 | 吉祥寺の時計修理工房「マサズパスタイム」店主時計屋マサの脱線ノート

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東京都武蔵野市吉祥寺でアンティーク時計の修理、販売をしています。店内には時計修理工房を併設し、分解掃除のみならず、オリジナル時計製作や部品製作なども行っています。


最近 「青焼きのネジが付いたアンティーク時計」 をリクエストする方が増えているように思う。


特に時計に馴染みのない方のために少々説明すると、、、一般的な時計のネジは鋼で出来ており、色は庖丁と同じような 「銀色」 である。


「青焼きのネジ」 というのは、、、この銀色のネジに一定の熱を加えることにより、表面に青い酸化皮膜が付いた「青い色をしたネジ」 を指すのだ。



かつて時計のネジは、元々青焼きされているものが多かった。


製造国やメーカーなどによるから一概には言えないが、、、大ざっぱに言って十九世紀後期くらいまでのまでの時計、特にイギリスやフランスの時計においては極めて一般的だ。



ちなみに 「青焼きする」 ことによるメリットには諸説がある。


一番よく言われるのは、サビの防止。


学識的には大変難しいメカニズムのようだが、、、簡単に言うと、表面の青く見える酸化皮膜はそれ自体が 「緻密な層を持った錆び」 に近いもので、錆がそれより内部に浸透するのを遅くする働きがあるとされているようだ。


しかし、これはあくまでも 「内部に浸透するのを遅くする働き」 のようで、表面の青い酸化皮膜自体に新たな錆びが発生しないという訳ではなく、、、、アンティークの時計を見れば分かるとおり、実際にはガンガン錆びているものが多い。


実際のところ少なくとも私個人は、、、「青焼きのネジ」 が 「鋼そのままの銀色のネジ」 と比較して 「明らかに錆びにくい」 と実感することはないのだ。


これはいわゆる 「油焼き」 によって、人工的に 「黒錆び」 を付けた昔の鉄砲や馬具とは別のもの。


考えてみれば時計の部品で錆びたら困るのはネジだけではないから、もし 「錆びの防止」 が本来の目的なら鋼の歯車やスプリング等も皆青焼きするべきだろうが、、、、実際にはネジは青焼きでも、その他の重要な部品はそうでない時計が多い。



もう一つよく聞くのは、焼きを入れることによって 「硬くなる・強度が増す」 という話し。


残念ながら、これは明らかな誤解だ。


ネジに限らず、時計に使用される鋼の部品は皆一旦 「焼き入れ」 される。


鋼が赤くなるまで熱し、その後油や水の中で急激に冷やすことにより 「カチンカチンになる」 訳だ。


しかしあまりにも硬い部品は脆いから、、、捻ったり曲げたりするような力が加わると、ガラスのようにポキンと折れてしまう。


そんな訳で一旦焼入れしたカチンカチンのネジは、「ある程度の温度」 まで再度加熱して 「焼き戻し」 してやり、、、硬いながらも 「粘り」 を持ったものにする必要があるのだ。


さて、近代的な産業施設においては別として、 私などが日常的に行っている熱処理の方法はかつてアンティークの時計が製造されていた当時と同様。


焼き戻しの際の 「ある程度の温度」 は、熱してゆく過程での 「鋼の色」 によって判断することになる。



一旦焼き入れしたネジの表面を綺麗に磨き、銀色にする。


これを徐々に熱していくと、、、、段々銀色が麦色になり、茶色になり、そのまま熱し続けると、紫色が現れる。


更に熱し続けると、、この紫色の次に現れるのが 「青」 なのだ。


したがってこのような方法において焼き戻しされた時計のネジは、一旦は皆 「青色」 になる訳で、、、、その後表面の酸化皮膜を磨き取って仕上げれば 「一般的な銀色のネジ」 になり、そのままなら 「青焼きのネジ」 となる。


つまり、青焼きのネジも銀色のネジも、表面の色こそ違えど、強度的には同じものだし、、、仮に一旦銀色にしたネジを再度同じ温度まで加熱して青焼きしても、強度は変わらない。



大して錆びにくくなる訳でもなければ強度も変わらない、、、とすれば、何故ネジを青焼きするのか?


あくまでも私見だが、、、これは 「実質的なメリット」 というより、多分に視覚的なアピール、装飾的な要素のものと言えると思う。


実際、メーカーによっては 「同時代の同じモデルの時計」 に両方の仕様のものがあったりするが、、、どちらが好きか、は純粋に好みの問題であろう。



ところで、、、ご存知の通り、最近の機械式時計にも一部 「青焼きのネジ」 を採用しているものがある。


中には特殊な薬品で染めた 「なんちゃって青焼きネジ」 のものも見られるが、、、、そうではなくて、実際に焼いているものでも、何か変なものがある。


ネジの頭は青いのに、、、「ネジの溝」 そう、あのドライバーの刃を差し込む溝だけが銀色のままのものがあるのだ。



これは一体何なんだろう? と思った方も多いと思う。


実はこの正体は、、、溝のメッキなのだ。


近年の時計のネジは、鋼の上から異金属でメッキしているものが大変多い。


これは主に 「錆びの発生を抑える」 ため、それからネジの 「大量生産に伴う仕上りの荒さ」 を露呈させない ためと考えられるが、、、、いずれにしてもこういうネジは表面がメッキされているから、そのままではいくら熱しても青くならない。


いきおいネジの頭のメッキを磨き取ってから焼くことになるが、溝の中までは磨いていない。


溝の中はメッキされたままだから、、、、頭だけが青く、溝の中は銀色、という 「奇妙な青焼きネジ」 が誕生する訳である。


普及版の時計は別として、、、、高価な時計ならネジくらい専用のものを作ればいいように思うが、、。


こういうネジが平然と取り付けられている 「高級時計」 が世に出れば出るほど、、、、真の機械式時計ファンは 「アンティークウォッチの素晴らしさ」 を再認識することになるのだ。



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