「I さん」 その3 | 吉祥寺の時計修理工房「マサズパスタイム」店主時計屋マサの脱線ノート

吉祥寺の時計修理工房「マサズパスタイム」店主時計屋マサの脱線ノート

東京都武蔵野市吉祥寺でアンティーク時計の修理、販売をしています。店内には時計修理工房を併設し、分解掃除のみならず、オリジナル時計製作や部品製作なども行っています。


当日店を連中に任せ、横浜に着いたのは夕方四時半くらい。


中華街の看板の賑やかな通りから 「Iさん」 に電話すると 「関内の駅近いおでん屋にいる」 とのこと。


早退聞いた道筋を辿るが、、、元来 「方向音痴」 の気がある私には、なかなか店が見つからない。


ウロウロしているうち、先方より 「ガード下まで出てきたよ」 と電話が入り、、、ようやっと再会、となったのだ。



久し振りのIさんは、信じられないほど変わりがなかった。


髪の毛こそ真っ白になっていたが、これは染めていなければ昔もそうだと聞いていたし、相変わらずスラッとした長身に日焼けした顔もツヤツヤしていて、、、とても70近い年齢には見えない。


おでん屋では、岩田の父である岩田さん以外に7、8人の初対面の同業者が同席していて、既に賑やかな席になっている。


一通り皆さんにご紹介頂き、宴もたけなわ、となったところで気が付くと、、、やはり座は 「Iさん」 が中心になっている。


そういえば、昔からそうだった。


「Iさん」 は、決して自分だけが喋りたがる、しきりたがる、というタイプの人ではないのだが、、、その 「圧倒的な存在感」 のためか、気が付くと自然と周りの人間は 「Iさん」 を囲むような形になっているのだ。


それに 「手酌で飲むスタイル」 もそのままだった。


元々アンティーク屋同士は 「仕事を依頼する側、注文を受ける側」 という関係ではなく、お互いがそれぞれの店の主であるから、、、、「まあどうぞ一杯。 うん、ありがとう」 という関係ではない。


勿論お互いに酌をし合えばいい訳だが、、、「自分のペースで呑めなくなる」 ということや 「女性の店主が酌婦のようになる」 という理由もあって、昔から 「Iさん」 はこれを嫌っていたのだ。


そしてこれも、、、、私がそのままパスタイムで習慣にしていることでもあった。



おでん屋の暖簾が上がった後、、、一同は、フラフラと通りの洋風居酒屋へ。


皆それなりに酔っていながら話しは尽きなかったが、明朝の骨董祭のこともあるので、、、時計の針が2時に近づいた頃、それぞれのホテルに帰って行った。



ホテルの部屋で、シャワーを浴びていて思い出した。


以前から不思議に思っていたことを、、、今夜こそ 「Iさん」 に聞こうと思っていたのだ。


20年余り前、ヒヨッ子とは言え同業者の私に、何故 「何から何まで」 事細かに教えてくれたのか?


しかし、結局今夜も酔っ払っているうちにタイミングを逃し、、、、宿題はそのままになった。



翌朝、二日酔いのまま 「時計の展示会」 の開催されていた有楽町に向かった私は、新橋で電車を降りた。


ちょっと昔懐かしい通りを歩いてみたくなったのだ。


しかし、銀座に向かう通りは、、、活気が無かった。


一階に空き店舗があったり、画廊のすぐ並びに 「回転寿司のチェーン店」 があったりして、、、やはり当時とは違う。



なんとなく淋しい気持ちになりながら数寄屋橋を渡り、銀座インズの角を左に。


しかし、交通会館に向かおうとして思い出したように後ろを振り返ると、、、そこには懐かしい 「プランタン銀座」 が。


何故かそこだけは、、、「Iさん」 と知り合った 「あの頃のまま」 に見えた。




(終わり)


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