吉祥寺の時計修理工房「マサズパスタイム」店主時計屋マサの脱線ノート

吉祥寺の時計修理工房「マサズパスタイム」店主時計屋マサの脱線ノート

東京都武蔵野市吉祥寺でアンティーク時計の修理、販売をしています。店内には時計修理工房を併設し、分解掃除のみならず、オリジナル時計製作や部品製作なども行っています。

 

結果から言うと、そこからの3日間は、すべてKenが計画した通りになった。
 

飲めや踊れやのパーティーが連日明け方まで続き、翌日は誰とはなく昼過ぎにバラバラと起きてくる。
 

日中はプールに飛び込んだり甲羅干しをしたりして思い思いに過ごし、日が暮れるとリビングのミラーボールが回りだして、パーティーが始まるといった具合だ。
 

パーティーのメンバーはKenとG、そしてKenのフィアンセのMと私、それにKenの知り合いの若いヴィラのオーナー夫妻だったけど、、これまたKenの手配で、連日大勢のコンパニオンが街から押し寄せる。
 

言い訳になるが、当初、私とGは照れくさいやらなんやらで「女の子たちなんか呼ばなくていいよー」と辞退したんだけど、、「いやダメだ。35年ぶりの俺たちのパーティーなんだから、ビキニガールが大勢いなきゃ。」とKenは引かない。
 

で、そのうち私たちもその空気に馴れてしまって、もうどうにでもしろといった感じにモード変換。

まあ、それはそれで、バカバカしく、楽しいもんだ。

 

 

そんなパーティーは4日目の早朝、帰国する直前まで毎日続き、、酔っぱらったまま搭乗口に向かった私とGが格安航空券の狭苦しいシートに身を沈めると、冷え冷えとした飛行機は、間もなくクアラルンプールに向けて飛び立った。

 

酔ったままじっと目を瞑るが、、意外と眠れない。

 

それよりも、怒涛のような4日間が、途切れ途切れに蘇ってくる。

 

 

あれは、着いて2日目の夕方だったか?
 

プールサイドに両肘を凭れて海を眺めていると、プールに飛び込んできたKenが、私の隣に並んだ。
 

ヴィラのBGMは、「あの頃」うちでいつも掛けていた、Boston、Eagles、、そして山下達郎。

 

プールの向こうでは、リビングの前のステップに腰掛けたGが、ご機嫌にビールを飲んでいる。
 

私達は2人とも前を向いたまま黙っていたけど、、しばらくすると、しみじみ、といった感じで、Kenが口を開いた。
 

 

「35年か、。信じらんないね。」
 

「本当だな。まさに Time flies ってやつ だ。」
 

 

目の前の綺麗な浜には、干からびた海藻をついばむ海鳥が数匹。
 

そしてその沖の方を見渡すと、タイ風の屋形船のようなやつに混じって、一艇だけ洋風のクルーザーが浮いている。
 

太平洋の沿岸と違って、ほとんど波のない、静的な海だ。
 

 

「マサが急に日本に帰った後、オレが姿をくらました訳は、この間少し話したよな。奴らはどこまででも追い掛けてくる。でももう大丈夫だ。」
 

その話しのくだりは、再会した夏の終わりに大まかに聞いていた。
 

つまり、良からぬ組織の連中との関わりを絶つため黙って台湾に戻り、妻と幼子を抱えて長年息を潜めていたというわけだ。
 

一方で、カード リーダーの類を開発したKenは、ある日アルゼンチンのゲーム会社の男と知り合った。そこで試しに使い始めたシステムはまたたく間に売れ出して、気がつけば世界中に顧客を持つ立派な企業になった。

 

大雑把に言えば、そういうこと。
 

実際、上野の飲み屋で見せられたスマホの画面には、共産圏以外のほぼすべての国に商品が流通していることを示す世界地図が表示されていた。
 

 

「マサ。会社を息子に譲って隠居した時、オレは2つ目標を立てたんだ。何だと思う?」 
 

「いいや、なんだ?」
 

ちょっとは考えてみたけど、、引退なんかまだまだ先の私には、想像がつかない。
 

「1つ目は、世界中を残らず見て回ること。まだまだ行ったことのない国が山ほどあるからな。」
 

「なるほどね。時間も金もあるんだから、叶う目標だな。で、もう1つは?」
 

「それはな、、」
 

 

そう言うとKenは初めてこっちに向き直り、私と正面から目を合わせた。
 

よく見ると私と同じで、瞳の色がだいぶん薄い。
 

「それは、兄貴分のマサを探し出して、会いに行く。 そして、あの頃の続きをやり直すことだったんだよ。」
 

 

すると、、あれは、取り越し苦労だったのか!

 

実を言うと、私の中では、ずっと気にしていることがあった。

 

音信不通になった理由は聞いたが、、本当は、それ以外にもあったんじゃないか?

 

兄弟分のようだなんて言っていながら、私にガッカリしていたんじゃないか?

 

心配しだすと、、思い当たる出来事はあった。

 

 

あの頃、マイクという名のアメリカ人が、うちに来るようになっていた。

 

マイクは典型的なロサンゼルスのネイティブだけど、どういうわけか、地元の仲間とは反りが合わず、友達はいないという。

 

酒癖の悪さがその理由だと知ったのは、後のことだ。

 

 

ある日、私とKen、マイク、Gで、酒を飲んでいた。

 

すると、突然「Shut up!」

 

たわいもない冗談に笑ったKenに酔ったマイクが食って掛かり、、頬を引っぱたいた。

 

Kenは静かに黙って、マイクを睨んだまま。

 

頭に血が上っただろうが、、相手がどうであろうと、私の知り合いに手出しはしない。

 

にもかかわらず、私はマイクに「よせ!」と言っただけ。

 

内心、酒乱の男が暴れて収拾が付かなくなるのを恐れ、、部屋の電気をつけて、酒を片付けたのだったが、。

 

 

兄貴分として、あまりにも情けなかった。

 

黙って大人しくしているKenも、内心、そう思ったんじゃないか、と。

 

そんなことがあって間もなくの、私の突然の帰国。

 

「日本人の兄貴分なんて、そんなもんか。」

 

そうガッカリして私たちと縁を切ったんじゃないのか?、、、その思いがずっと、私の心の中に居座っていたのだったが、、。

 

 

その話をすると、Kenは驚いたような顔をして「 What ? No!No!]

 

大げさに手を振り、その事自体を、まったく憶えていないという。

 

でも思いっきり頬を引っぱたかれて憶えていないわけはないから、やっぱりそれは、ヤツの優しさだろう。

 

それならそれで、、甘えることにしようと思った。

 

 

「Ken、あの頃に戻りたいな。オレもそう思ってたんだよ。今まで好き放題にやってきたけど、お前と縁が切れたのが、どうしても心残りでな。」

「これからまだまだできるじゃん。 Gはもう自由みたいだし、マサも早く仕事にケリをつけてくれよ、オレは毎月パーティだっていいんだから。」

 

「そうだな。 あはは。」

 

 

心につかえていたものがら解き放れた私は、急に嬉しくなって、水の中のKenの背中をパンパン叩いた。

 

派手に水しぶきを上げながら、ヤツも負けじと叩き返す。

夕日に照らされた義兄弟の笑顔は、、まるであの頃と同じだった。

 

 

(完)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まだまだ残暑の厳しい9月の始め、Kenたちは無事、台湾に帰国していった。
 

しかしその翌週、10月に行われる東京ウォッチウィークというイベントの参加準備をしている私に、さっそくラインメッセージが入る。
 

今回の再会で、Kenと私、Gの3人はすでにグループラインで繋がり、いつでも好きな時に連絡できるようになった。
 

2度と会うことはあるまいと諦めていた少し前まで頃の事を考えると、大きな進歩なのだ。
 

 

浅草や新宿でのおどけた記念写真とともに送られてきた、Kenのラインメッセージ。

 

え?

 

それを読んで、私は驚いた。
 

「ヘイ、兄弟。 来週か再来週、プーケットで集まろうぜ! 準備は万端だ。」
 

 

「え? なんで来週? なんでプーケット?」
 

ヤツのフィアンセのMさんは、バンコクの人だと聞いていたけど、、。

 

話の流れによると、彼女の友達がプーケットのビーチにプライベートなヴィラを持っているから、そこで集まろう。

 

そして一緒に暮らしていた昔のように、思いっきりドンちゃん騒ぎをしようということのようだった。

 

なるほど。

 

それにしても、、まさかそんなにすぐにとは、。

 

 

グループラインには、Gもすぐに入ってきた。

 

「おー、いいね! 俺はいつでもいいよ。」

 

Kenと同様、Gはすでに悠々自適な生活を送っているから、手放しで盛り上がっている。

 

「Come on, Masa! Let’s do it !」

 

Kenはすっかりそのつもりだが、、唯一仕事をしている私は、さすがに今日言われて来週行くのは無理だ、。

 

「待て待て。オレは仕事の予定や家の都合もあるから、ちょっと待ってよ。」

 

結局、年老いた私の両親の面倒をみているカミさんをうちに残し、Gと2人でプーケットに発つのは、、 10月の初旬。

 

Tokyo Watch Week を終えた翌日、ということになった。

 

 

クアラルンプールを経由してプーケット入りした私たち2人は、大急ぎで空港の外に出た。

 

いつも東南アジアでは不思議に思うのだが、、空港内も機内も冷蔵庫かと思うほどキンキンに冷えていて、、寒がりの私はそれが大の苦手なのだ。

 

「おお、あったけー。」

 

寒さ地獄から解放された私たちがホッとしていると、「Hey,兄弟!」

 

先にバンコクから現地入りしていたKenと彼女が、運転手付きのピカピカのワンボックスで迎えに来た。

 

「こんなにすぐに会えてうれしいよ。 まずはそこらで昼飯食ってからヴィラに向かおうか。」

 

道中のレストランでタイ料理の昼食を済ませ、自転車やらバイクやらが縦横無尽に行きかう道を走り抜ける。

 

若いころ過ごした、マニラやジャカルタの街を想い出させる風景。

 

よくこれでぶつからないもんだと思うが、、若い女性ドライバーは涼しい顔でハンドルをさばきながら進み、そのうち大きなスーパーマーケットの前で停まる。

 

そこで大量の食材を買い込んでからさらに30分くらい走ると、やがて海沿いの道が細く険しくなり、夕方近くにようやく現場に到着した。

 

なるほど周りから完全に隔絶されていて、想像していたよりも遥かに贅沢なヴィラだった。

 

 

Gと私は、それぞれ割り当てられた豪華な部屋に荷物入れ、短パンTシャツに着替えてリビングに戻る。

 

「こりゃあ、いいところだねー。」

 

「うん。Ken、頑張ってくれちゃったみたいだな。」

 

キッチンから持ってきたビールを飲みながらビーチを眺めていると、、よいしょよいしょといった感じで、Kenは煙突つきのストーブみたいものを運んできた。

 

 

 

「Ken, そのデカいのなんだ?」

 

「へへへ、スピーカーだよ。」

 

「スピーカー? なんでスピーカー?」

 

「今日バンコクで買って持ってきたんだよ。 調べたら、プーケットではBoseのスピーカー売ってなかったからな。」

 

「それ、パーティ用ってことか?」

 

「そうだよ。ヴィラにあるやつじゃ、物足りねえーからな。 ミラーボールだって用意してあるぜ。」

 

そういえば、、昔もそうだった。

 

Kenが来ると、いつも凄まじい音量で音楽を掛けていたのだ。

 

 

デッキの方に目をやると、KenのフィアンセのMやその友達とメイドさんたち数人の女子が集まって、バーベキューの用意を始めている。

 

準備は万端、か。

 

「マサ、G、これから3日間は、ここでパーティ三昧だ。 あの頃を想い出して、ガンガンやろうぜ!」

 

 

何事にも用意周到なKenによって、、すべては計画されているようだった。

 

 

(続く)

 

 

 

ヤツが宿泊しているホテルの近く、上野の店で、私達は集まることになった。

 

Kenと彼のフィアンセ、Gと私の4人に、少し遅れて私のカミさんと長女も合流する運び。

 

カミさんがKenに会ったのは、私たちがロサンゼルスで最後に会った時たった一度だけだけど、そのカミソリのような目に強烈な印象が残っていたようだし、今年25になったばかりの長女は当然本人に会ったことがないが、子供の頃からKenのことは何度も話して聞かせていたから、連絡すると間髪入れずに「行きます」と返事が返ってきた。

 

 

先に店に入った私とGは小さな個室に案内され、ビールを飲みながらKen達の到着を待つ。

 

まだ顔を見ていないGは、事の経緯に興奮が収まらない。

 

ほどなくやってきたKenと通路で出くわすと、、一瞬、互いに驚いたような様子を見せながら、人目もはばからず、ガッチリと乱暴に抱き合った。

 

 

35年ぶりの3人は、最初こそお互い不思議なものを見るような様子になったが、しばらくすると、不思議なくらいにあの頃のままに戻った。

 

最初から飲みっぱなしの私とG、そしてほとんど酒をやらないKenのグラスには、いつまでも一杯目のビールがずっと残ったままオーバーアクションで話す。

 

思い起こせば、老朽化した借家に棲んでいたあの頃の私たちは、いつもそうだった。

 

 

「でさ、なんで急に連絡取れなくなったんだよ。周りも誰も居所を知らなかったぞ。」

 

「うん。実は子供ができたのがきっかけだったんだ。マサが日本に帰ってから、しばらくした頃だったかな。」

 

「ん、子供?」

 

「うん。35になる息子がいるんだ。台湾にいて、オレの会社を引き継がしている。カミさんとはとうに別れたけどね。」

 

「そうなんだ。でも、それとこれと、いったい何の関係があんだよ?」

 

「うん、まあ。あの頃、オレがどういう連中と付き合い始めてたか、知ってるよね?」

 

「ああ知ってるよ。 最後に会ったときに連れてきたスティーブっていうヤツ、、オレは悪いけど好きになれなかった。 俺とカミさんが泊ってた安宿に拳銃持ってきて、ニヤニヤしながらカチャカチャ玉を込めてたヤツな。」

 

「スティーブは死んだよ。」

 

「あ、そうか。いや、悪かったな。 まあ、ヤツ自身が特別に嫌いだったってわけじゃないんだけど、、、なんていうか、あういう連中とお前がつるみ始めたのが心配だったんだ。」

 

「わかってるよ。 他の仲間もほとんど死んだ。 生きてるヤツは、みんな刑務所だ。2生涯の終身刑なんてのもいるよ、ワハハ。」

 

 

「ところで、マサはなんでまた時計屋になってんだ? 時計をしてるのなんか見たこともなかったし、いつもGと海の話しばっかりしてたのに。」

 

「まあな。いろいろあってさ。 Gだって、あれからしばらくしてメキシコの娘と結婚して、何年か前に帰ってくるまで、メキシコに25年もいたんだぜ。」

 

「へー、メキシコのどこ?」

 

「ラ ・パズってとこ。 バハカリフォルニアの先端のあたりだよ。」

 

「そうなんだ。 なるほど、、あのあと、みんないろいろあったってことだな。 なにしろ35年だからな。」

 

 

しばらくすると、カミさん、それに続いて長女もやってきた。

 

二人を紹介しながら、みんなで乾杯のやり直し、しばし賑やかな時間が過ぎたが、、まだ、私の中の「謎」 は解けないまま。

 

フィアンセのMさんは慣れない日本酒がかなり回ったようで、、彼女をいったんホテルに送り届けに行ったKenが戻ってきてしばらくすると、「申し訳ございません。そろそろ閉店のお時間ですので、、。」

 

時計の針は、とっくに12時を回っていた。

 

 

「まだまだ話し足りないけど、部屋にいる彼女が心配だし、明日は出発前に観光の予定があるんだ。 そのかわり、近々改めてどこかで集まろうよ。 必ず。」

 

フィアンセと翌日帰国するKenを、これ以上引き留めることはできない。

 

 

別れを告げた私たち4人は裏手の居酒屋に移動して、Kenの話しの続きに思いを巡らせつつ、朝方まで安酒を飲み続けたのだった。

 

 

(続く)