吉祥寺の時計修理工房「マサズパスタイム」店主時計屋マサの脱線ノート

吉祥寺の時計修理工房「マサズパスタイム」店主時計屋マサの脱線ノート

東京都武蔵野市吉祥寺でアンティーク時計の修理、販売をしています。店内には時計修理工房を併設し、分解掃除のみならず、オリジナル時計製作や部品製作なども行っています。

 

皆さんこんにちは。

 

ずいぶんと久しぶりにブログをと思って見てみたら、、なんと最後の投稿は、年明けの1月24日 !

 

あっという間に4ヶ月、今年ももうすぐ半分終わってしまうわけか。

 

 

この春は、昨年受注した時計の納品が進む中、大急ぎでスイスに行ってきた。

 

最後に行ったのはコロナ前だったはずだから、、考えてみれば、こちらも随分と久しぶりになる。

 

 

ご存じの方も多いと思うが、毎年4月にジュネーブでは Watches & Wondersという大規模な時計Showが開催され、これには世界中から業界の人間やコレクター、時計師たちが集まるのだが、、、出不精な私は、今まで一度も参加したことがなかったのだ。

 

もともと人混みが大嫌いな上に10時間以上もタバコが吸えない飛行機地獄、、ましてや現在はイラン戦争の問題でスイスへは北極回りで飛ばざるを得ず、フィンランドのヘルシンキ経由で合計18時間も掛かるらしい、。

 

にもかかわらず今回思い切ったのは、国内のクライアントご夫妻からたまたまお誘いを受けたから、そして、うちの時計に対して現地の時計師たちがどんな反応を示すかにも興味があったからだ。

 

 

結論から言うと、とても収穫のある旅になった。

 

現地の時計師たちのワークショップへの訪問やディナーなど、日々の旅程はクライアントによってあらかじめ綿密に予定されていて、私は基本的に一緒に連れだって行くだけ。

 

行く先々で新たな時計の注文を入れたりしているクライアントを横目に、、私たち時計屋同士は、自然とお互いの時計の見せ合いになり、お互い様々な刺激を受ける。

 

もちろん、時計に対する概念やデザインは、みんなそれぞれ違う。

 

違ってはいるのだけど、でも、どんなつもりでそうしているのか、どんなところに苦労しているのか、それはお互いに時計を見れば、黙っていても分かる。

 

反対に言うと、こればかりは作っている人間でないと決して分からない部分だから、、時計屋同士は、お互い一種独特な共感を覚えるのだ。

 

もっともこれは、本当に自分、もしくは自分たちで時計を一から作っている連中との話であって、、そうでないプロダクション系のマイクロブランドとの間では決して生まれない感情だけど。

 

 

一方で、大メーカー主体の本会場は、まったく別の世界だ。

 

Patek Philippe , Audemars Piguet, Rolex, その他諸々、、、こちらは、そういったメジャーなメーカーの時計のファンにとっては何時間も並んでまで見たい人気の時計が展示されているのだが、、、私にとっては全くの別物。

 

せっかく来たのだから、と一応見ては歩いたけど、、、どれもあまりに機械的な仕上がりになってしまっていて、作り手の思いなどまったく見えない。


たしかにケースなんかはとても豪華なんだけど、、特にムーブメントやダイアル、針なんかはよく見ると、、ここまで有名でここまで高価な時計なのに、なんでこんな仕上げで終わりにしちゃうんだろう?みたいな不思議さ。

 

もっとも、こういう時計のファンにとってはどうでもいいことだろうから、メーカーとしては、無駄に力を入れても仕方ないのだろうと納得はする。

 

 

そんな大メーカーの会場を後にしようとしたところ、、同行のクライアントが、家族と歩いているデュフォー氏を見かけたと教えてくれた。

 

フィリップ デュフォー氏との経緯は過去に何度か書いているからここでは触れないけど、、、実は、私はいまだに自分の時計の現物を、氏に見てもらっていなかったのだ。

 

慌ててて追いかけて、「Bonjour Monsieur」

 

「Oh, Masa !」

 

8年ぶりの再会。

 

 

そしてみんなで腰かけたソファーで、期限に遅れた宿題を提出する生徒のように、、、Nagi,Shike,Sohkoku,そして新モデルのKamonを順々に渡す。

 

氏はキズミを取り出し、真剣に時計を見始めた。

 

デュフォー氏の時計製作を手伝っているという娘さんも、一部を手に取って目を凝らしている。

 

一同、しばしの沈黙、、。

 

 

「どうですか、、?」

 

「Masa、You did it.   Good.  This is Perfect !   マサ、やったな。いいよ。完璧だよ!」

 

「ありがとうございます。」

 

 

初めてパスタイムでお会いしてから13年もの間、ずっと胸につかえていたものが、、サーっと流れていった気がした瞬間だった。

 

 

(続く)

 

 

 

 

 

あーあ、、気が付けば2026年も一月末になってしまった。

 

たいへん遅ればせながら、皆さん、今年もよろしくお願いいたします。

 

 

7日に年明けの仕事に手を付け始めて以来、店はすっかり戦闘モードで、新年会も何もなし。

 

というのも、毎年5月の抽選会でご注文をいただいたMPシリーズの時計は、4月までにに一斉に納品することになるから。

 

そして5月には新たなMPモデルの追加、さらに10月の東京ウォッチウィークでは新設計のムーブメントも発表する予定でいるから、商品サンプルの準備も加わる。

 

 

まさに今店では「あれー、014番の時計のケースできてる?」とか「新しいモデルの針、いつ頃できそう?」なんて感じで、バタバタ。

 

そんなこと言うと注文してくださった方は不安になるかもしれないけど、まあ、みんな手抜きはしないで一生懸命やっているのでご安心を。

 

去年の今頃もそうだったけど、、最終的にはちゃんと間に合ったから、今年も大丈夫、のはず?

 

 

ちなみに、ちょっと残念なお知らせが一つ。

 

去年の暮前くらいだったか、長年親しんできた時計の修理を中止(中断?)せざるを得なくなった。

 

今でも毎日数件ずつは修理のお問い合わせをいただいているけど、仕方なく丁重にお断りしている状態。

 

本当はやりたくて仕方ないんだけど、オリジナル時計の製作の方でいっぱいいっぱいで、どうやっても時間が取れないんです。

 

あ、もっとも従来よりお預かりしている時計の定期整備は継続しているので、その点はご心配なく。

 

さすがに、大切に使いながら2年ごとに整備に入れている方の時計をお断りするわけにはいきませんので。

 

 

手が足りないなら、新たな人手を。

 

ということで、今日から新人のMさんも研修に入っている。

 

今のところ彼女はエングレイバー(彫金師)候補ということで辻本の指導を受けているけど、2~3年くらい頑張っていれば、文字盤製作の戦力になってくれるかなー、と。

 

 

そんなこんなで、2026年もラストまで全力でぶっ飛ばします。

 

もちろん、このブログも頑張って続けますよー。

 

 

 

結果から言うと、そこからの3日間は、すべてKenが計画した通りになった。
 

飲めや踊れやのパーティーが連日明け方まで続き、翌日は誰とはなく昼過ぎにバラバラと起きてくる。
 

日中はプールに飛び込んだり甲羅干しをしたりして思い思いに過ごし、日が暮れるとリビングのミラーボールが回りだして、パーティーが始まるといった具合だ。
 

パーティーのメンバーはKenとG、そしてKenのフィアンセのMと私、それにKenの知り合いの若いヴィラのオーナー夫妻だったけど、、これまたKenの手配で、連日大勢のコンパニオンが街から押し寄せる。
 

言い訳になるが、当初、私とGは照れくさいやらなんやらで「女の子たちなんか呼ばなくていいよー」と辞退したんだけど、、「いやダメだ。35年ぶりの俺たちのパーティーなんだから、ビキニガールが大勢いなきゃ。」とKenは引かない。
 

で、そのうち私たちもその空気に馴れてしまって、もうどうにでもしろといった感じにモード変換。

まあ、それはそれで、バカバカしく、楽しいもんだ。

 

 

そんなパーティーは4日目の早朝、帰国する直前まで毎日続き、、酔っぱらったまま搭乗口に向かった私とGが格安航空券の狭苦しいシートに身を沈めると、冷え冷えとした飛行機は、間もなくクアラルンプールに向けて飛び立った。

 

酔ったままじっと目を瞑るが、、意外と眠れない。

 

それよりも、怒涛のような4日間が、途切れ途切れに蘇ってくる。

 

 

あれは、着いて2日目の夕方だったか?
 

プールサイドに両肘を凭れて海を眺めていると、プールに飛び込んできたKenが、私の隣に並んだ。
 

ヴィラのBGMは、「あの頃」うちでいつも掛けていた、Boston、Eagles、、そして山下達郎。

 

プールの向こうでは、リビングの前のステップに腰掛けたGが、ご機嫌にビールを飲んでいる。
 

私達は2人とも前を向いたまま黙っていたけど、、しばらくすると、しみじみ、といった感じで、Kenが口を開いた。
 

 

「35年か、。信じらんないね。」
 

「本当だな。まさに Time flies ってやつ だ。」
 

 

目の前の綺麗な浜には、干からびた海藻をついばむ海鳥が数匹。
 

そしてその沖の方を見渡すと、タイ風の屋形船のようなやつに混じって、一艇だけ洋風のクルーザーが浮いている。
 

太平洋の沿岸と違って、ほとんど波のない、静的な海だ。
 

 

「マサが急に日本に帰った後、オレが姿をくらました訳は、この間少し話したよな。奴らはどこまででも追い掛けてくる。でももう大丈夫だ。」
 

その話しのくだりは、再会した夏の終わりに大まかに聞いていた。
 

つまり、良からぬ組織の連中との関わりを絶つため黙って台湾に戻り、妻と幼子を抱えて長年息を潜めていたというわけだ。
 

一方で、カード リーダーの類を開発したKenは、ある日アルゼンチンのゲーム会社の男と知り合った。そこで試しに使い始めたシステムはまたたく間に売れ出して、気がつけば世界中に顧客を持つ立派な企業になった。

 

大雑把に言えば、そういうこと。
 

実際、上野の飲み屋で見せられたスマホの画面には、共産圏以外のほぼすべての国に商品が流通していることを示す世界地図が表示されていた。
 

 

「マサ。会社を息子に譲って隠居した時、オレは2つ目標を立てたんだ。何だと思う?」 
 

「いいや、なんだ?」
 

ちょっとは考えてみたけど、、引退なんかまだまだ先の私には、想像がつかない。
 

「1つ目は、世界中を残らず見て回ること。まだまだ行ったことのない国が山ほどあるからな。」
 

「なるほどね。時間も金もあるんだから、叶う目標だな。で、もう1つは?」
 

「それはな、、」
 

 

そう言うとKenは初めてこっちに向き直り、私と正面から目を合わせた。
 

よく見ると私と同じで、瞳の色がだいぶん薄い。
 

「それは、兄貴分のマサを探し出して、会いに行く。 そして、あの頃の続きをやり直すことだったんだよ。」
 

 

すると、、あれは、取り越し苦労だったのか!

 

実を言うと、私の中では、ずっと気にしていることがあった。

 

音信不通になった理由は聞いたが、、本当は、それ以外にもあったんじゃないか?

 

兄弟分のようだなんて言っていながら、私にガッカリしていたんじゃないか?

 

心配しだすと、、思い当たる出来事はあった。

 

 

あの頃、マイクという名のアメリカ人が、うちに来るようになっていた。

 

マイクは典型的なロサンゼルスのネイティブだけど、どういうわけか、地元の仲間とは反りが合わず、友達はいないという。

 

酒癖の悪さがその理由だと知ったのは、後のことだ。

 

 

ある日、私とKen、マイク、Gで、酒を飲んでいた。

 

すると、突然「Shut up!」

 

たわいもない冗談に笑ったKenに酔ったマイクが食って掛かり、、頬を引っぱたいた。

 

Kenは静かに黙って、マイクを睨んだまま。

 

頭に血が上っただろうが、、相手がどうであろうと、私の知り合いに手出しはしない。

 

にもかかわらず、私はマイクに「よせ!」と言っただけ。

 

内心、酒乱の男が暴れて収拾が付かなくなるのを恐れ、、部屋の電気をつけて、酒を片付けたのだったが、。

 

 

兄貴分として、あまりにも情けなかった。

 

黙って大人しくしているKenも、内心、そう思ったんじゃないか、と。

 

そんなことがあって間もなくの、私の突然の帰国。

 

「日本人の兄貴分なんて、そんなもんか。」

 

そうガッカリして私たちと縁を切ったんじゃないのか?、、、その思いがずっと、私の心の中に居座っていたのだったが、、。

 

 

その話をすると、Kenは驚いたような顔をして「 What ? No!No!]

 

大げさに手を振り、その事自体を、まったく憶えていないという。

 

でも思いっきり頬を引っぱたかれて憶えていないわけはないから、やっぱりそれは、ヤツの優しさだろう。

 

それならそれで、、甘えることにしようと思った。

 

 

「Ken、あの頃に戻りたいな。オレもそう思ってたんだよ。今まで好き放題にやってきたけど、お前と縁が切れたのが、どうしても心残りでな。」

「これからまだまだできるじゃん。 Gはもう自由みたいだし、マサも早く仕事にケリをつけてくれよ、オレは毎月パーティだっていいんだから。」

 

「そうだな。 あはは。」

 

 

心につかえていたものがら解き放れた私は、急に嬉しくなって、水の中のKenの背中をパンパン叩いた。

 

派手に水しぶきを上げながら、ヤツも負けじと叩き返す。

夕日に照らされた義兄弟の笑顔は、、まるであの頃と同じだった。

 

 

(完)