吉祥寺の時計修理工房「マサズパスタイム」店主時計屋マサの脱線ノート

吉祥寺の時計修理工房「マサズパスタイム」店主時計屋マサの脱線ノート

東京都武蔵野市吉祥寺でアンティーク時計の修理、販売をしています。店内には時計修理工房を併設し、分解掃除のみならず、オリジナル時計製作や部品製作なども行っています。

 

「岩田くん、MP1の地板と受け板、何セット出来てる?」

 

「えーっと、、今8個分ですね。 全部コタ(虎太郎)に渡してありますよ。」

 

「了解、8個分ね。失敗することも考えると、あと3セットくらいは作っておくようかな。」

 

「そうなんすけどー、それより香箱とか鉄パーツの方が間に合わなくなりそうな気がして、今、そっちやってるんですよ。」

 

「そうか。まあなんとか平行してやってかないとしょうがないなー。」

 

 

えーっと、虎太郎、虎太郎と。

 

 

「虎太郎、岩田君から受け取った地板と受け板のセット、どんな具合?」

 

「とりあえず全部バリを取って、穴石の穴もリーマー通してある状態です。 あとピニオンも一通り個数分は熱処理と研磨はしてあるんで、あとはホゾの加工ですかね。」

 

「じゃあ手が空いたところでホゾもやっちゃってよ。」

 

「うーん、でも今やってる凪の文字盤がまだ相当掛かりそうだしケースの方もやらなきゃなんで、、当分そっちはできそうもないんですよ。」

 

「まあそうだよな。 うーーん、どうすっかな、。オレも当分テンプで手一杯だしなー。」

 

 

早いもので、気がつけばもう6月も末。

 

5月にご注文をいただいたオリジナルウォッチの納品まで、残すところ10ヶ月となった。

 

まだまだ先なんて思っていたけど、、具体的に計画を立てだしたら、結構時間がないことがわかってきた。

 

 

Nayutaモデルの納品が間近な篠原と佐々木は、まったく手が空かない。

 

両方の時計の面取り仕上げをやってるアレックスはてんてこ舞いだし、残る真下は定期整備で手一杯。

 

どうやっても、数か月先までみんな次の段階には入れないか、。

 

 

今期の納品分だけでもそんな状態なのに、、来年は新商品も計画している。

 

定番の「凪」と「蒼黒」に加え、MP1を搭載した新たなラインナップを少なくとも一つ加える計画でいて、すでにケースはプロトタイプができているのだが、、。

 

まあでも、、なんとかなるだろ。

 

 

いざとなった場合の最終手段は、自宅工房での追い込み。

 

つまり、私の担当しているテンプ、アンクル、ガンギ車の仕上げや調整を帰宅後や休日の作業に回して、日中はみんなの手が回らない作業を私がやればいいのだ。

 

 

おかげさまで私は、昔から丈夫さだけが取り柄。

 

時計屋になる前はいつ死んでもおかしくないようなことをやっていたのに、骨を折ったこともなければ病気らしい病気をしたこともなく、還暦を過ぎた今でも、少々の徹夜ではへこたれないほど元気だ。

 

何年か前に総合検診にいった際には 「甲種合格。君は丈夫そうな身体してるねー。」

 

戦中派のおじいちゃん先生に太鼓判を押されてしまったほど (笑)

 

その点に関しては親に感謝するべきだろうと思うが、、そんなわけで、いつもたいへんだーたいへんだーと騒いでいるわりに、最終的にはなんとかなると心の隅で思ってしまうのだ。

 

 

 

「おはよー。 コーヒー買ってある? 昨日無かったけど。」

 

「うん、あるよ。そこの棚に。」

 

カミさんは、パソコンの前で伝票の山と闘っていた。

 

今月は決算の時期で、なにかと忙しいのだ。

 

 

34期目の決算、今月で35年目に入った。

 

なんとも実感が湧かないが、、想えばずいぶんと長いこと時計屋をやっているような気はする。

 

 

淹れたてのコーヒー(といってもフィルターのだけど)を持ってデッキの椅子に座り、のんびり朝の一服。

 

かれこれ40年もタバコを吸っているけれど、この朝の一服が一番うまい!

 

立て続けに2本吸ってから居間に入ると、「ねえ、、デュフォーさんからメールが来てるよ。 おめでとう、って。」

 

「えっ、ほんと! どれどれ、。」

 

 

フィリップ デュフォー氏に関しては、いまさら説明の必要はないだろう。

 

少なくとも時計好きな人なら、みんな知っている業界の巨匠だから。

 

 

「うーん、とてもいい時計になりそうだけど、これはそのままジュネーブシールのつくスイスの高級時計だ。 日本のテイストが感じられないね。 仕様的には変えなくていいけど、なにか、日本の時計らしいものが欲しい。」

 

9年前に来店した際、進めていたオリジナルウォッチの図面を見せた私に、デュフォー氏はそう言ったのだった。

 
当時のブログを見直してみる。


 

自分自身も気に掛かっていたことに、図星をさされた格好。

 

当時進めていたオリジナルムーブメントは、スイスの時計師ファビアンに設計してもらったものだったから、スイスらしいものになるのは当たり前だ。

 

だけど、、一体どうしたものか?

 

難しい宿題を出された生徒のように戸惑っているうち、、時間切れでファビアンも帰国。

 

その後何年もの中断があり、プロジェクトは一向に進まなかった。

 

 

デュフォー氏には、それ以降も何度かスイスではお会いしたけど、なにも進展していないオリジナルムーブメントの話はせずじまいで、時は流れ、。

 

結局、2年ほど前にまったく別のムーブメント「MP1」の開発に向けて舵を切り、今年完成に至った経緯は前にもお話しした通りだ。

 

 

実は、今回オリジナルウォッチを発表するにあたり、私はデュフォー氏にメールを出していた。

 

9年前のアドバイスに対する御礼にはじまり、与えられた「宿題」に対する私なりの答えがMP1であり、「凪」であり「蒼黒」であることを書き、画像もたくさん貼り付けて。

 

 

幸いなことに時計の発表は無事に済み、たくさんの反響やご注文をいただいて一息ついたけど、、メールの返信は来なかった。

 

そもそも「宿題」なんていってるのは私の方だけで、、デュフォーさんはそんなつもりはなかったんだろう。

 

それにあれから10年近くも経っているから、いい加減、「コイツは口ばっかりで、結局できないんだろうな」と思われていたのかもしれない。

 

きっとそうだ、、そうに違いない。

 

 

そんな風に思い始めていた頃になって、カミさんのパソコンに届いたメール。

 

辛口で知られる氏からの返信だけに、恐る恐る開くと、、

 

「マサ、ついにやったな! おめでとう。じつに素晴らしい時計だよ。スタイルも仕上げもパーフェクトだ。ブラボーブラボーブラボー! 今度会うの楽しみにしているよ。」

 

遅れに遅れて提出した宿題に対して、厳しい先生から花丸をもらったような気分。

 

10年近く心の底にしこりのように残っていたモヤモヤは、、こうして綺麗さっぱり晴れたのだった。

 

懐中時計 フリップ デュフォー

 

 

「ご期待に添えず、たいへん申し訳けございません。 来年の抽選の日程が決まりましたら間違いなくお知らせするよういたしますので、なにとぞご容赦ください。」

 

オリジナルウォッチの抽選結果に関して、こんなメールを何件送ったか。

 

気持ちとしては、申し込んでくれたすべての方に時計をお届けしたいのだけど、、無理をして、あとになってご迷惑をお掛けするわけにもいかない。

 

今は、受注した時計の製作を可能な限り早期に進め、滞りなく納品しなければ。

 

 

「岩田くん、地板と受け板の予備、何セットあったっけ?」

 

「プロトタイプ作る時に3セット使っちゃったんで、、あと1セットだけですね。」

 

「3セット使った? プロトは2だけど?」

 

「中島さんが、蒼黒の受け板失敗しちゃったじゃないですか。 だから、3つ使っちゃったんですよ。」

 

「あ、、そうだったか、。」

 

確かに、、蒼黒の受け板を仕上げていて思わぬ失敗が見つかり、1つは廃棄してしまったのを想い出した。

 

 

「じゃあ、今やってる修理が終わり次第、まずは10セット作っておいて。 そのあと、スプリングとか歯車も同じだけ揃えないとだけど、、結構時間掛かりそうだな。」

 

「そー、一番時間掛かるのはキチ車とツヅミ車、あと、丸穴と角穴車っすね。焼き入れ前のブランクだけでもどっかで作ってもらえたら、だいぶん早いんすけどねぇ。」

 

「うん、その件は今埼玉のMさんにも相談してて、明日長野の部品メーカーの人と一緒にうちで打ち合わせすることになってるんだ。もっともすぐには着工できないだろうから、今年の分はとりあえず自分たちで作らないとしょうがないけどね。」

 

 

前にも触れた通り、当面の部品はゼロから自分たちで作りながらも、来年あたりからはブランク、つまり加工や仕上げをする前の段階の部品を外部の部品メーカーにお願いしようと思っている。

 

できあがった部品の品質が同じならば、ゼロから作っても途中から仕上げても「品物」は同じ。

 

もっと分かりやすく言えば、、現在のうちのやり方は自分たちで丸太ん棒から板を切り出して家具をつくっているようなもん。

 

これを今後は、製材所でせめて寸法の近い板の状態にしてもらおう、といった感じか。

 

ただ、国内ではうちのような小口の注文に応えてくれるメーカーが限られていて、どうしても一カ所に何社もの時計屋が集中する。

 

そうなると当然納期は長くなり、打ち合わせや試作の評価なんかを経て品物が納品されるのは、一年近く先の話しになってしまうのだ。

 

 

私 「でうちとしては、まずこのキチ車とツヅミ車、できれば丸穴と角穴車のブランクを作ってもらえたら本当に助かるんですけど。 どうでしょう? これが現物なんですけど。」

部品メーカーKさん

「拝見しますね、、、んー、、、ほー、これは、、すごいですねー。 ツヅミの角穴の角が完全にトントンだ。歯もキレイに切れてますねー。」

 

私「、、、」

 

埼玉の歯車屋Mさん「どれどれ。 あー、ホントだ。これだと下穴を相当小さくしないといけないね。」

 

私 「表面的な仕上がりに関してはどのみちうちで熱処理してから仕上げるんでそんなにキレイじゃなくていいんですけど、、ただ、角穴と外周のセンター(中心)は相当な精度が出てないと困ります。リューズを回した時に不均一な抵抗を感じる時計になっちゃうんで。」

 

Kさん

「そうですよね。 まあ国産の量産品の場合なんかだとそこまで公差は厳しくないんですけど、、御社の時計はかなり高額なんですよね?」

 

Mさん

「Kさん、値段聞いたらビックリしますよ。 ねぇ、中島さん。」

 

「ええと、、黒い文字盤の方が、税込みで1210万、もう一つの方は1045万です。」

 

Kさん

「えーーっ! そうなんですか、。 うーん、、となると、やっぱり相当精度出さないといけませんね。」

 

私 「はい。値段は割高になっても構わないので、そこはなんとかお願いします。さっきもお話しした通り、表面の仕上がりはさほど問題じゃないんですけど、各部分のセンターがバラバラしてると、こっちでは仕上げようがなくなっちゃうので。」

 

Mさん 「大丈夫ですよ、中島さん。 Kさんは900万なんて言いませんから。ワハハ。」

 

Kさん 「えっ?900万?! なんですかそれ?」

 

私 「いや、以前、スイスの商社を通じて現地のメーカーで見積もりを出してもらったんですけど、この歯車100セットで出てきた見積もりが900万だったんです。さすがに歯車のセットにそこまで出せないので、丁重にお断りしましたけど、。」 

 

Kさん 「ハハハ。それはすごい。おそらくもっと大きなロットでしかやってないところが無理して100個の見積もりを出したんでしょうね。 そうなると、100個も1000個も値段は変わらないんですよ。」

 

私 「そういうことだろうと思います。まあ、門前払いじゃないだけありがたかったんですけどね。」

 

Kさん 「まあ、わかりました。この歯車お借りしていいですか? うちに戻ったら現場の人間と検討してみますので。」

 

私 「よろしくお願いします。 ということで、そろそろ一杯いきますか。 6時にそこのすし屋に席取ってるんで。」

 

 

とりあえず話は進み出した。

 

なんとかやってもらえそうかなー、という希望の光がちょっと見えかけて。

 

今まで何度もあった「ぬか喜び」にならないよう気を引き締めつつも、、機械屋仲間の飲み会は、終電ギリギリまで続いたのだった。

 

 

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