吉祥寺の時計修理工房「マサズパスタイム」店主時計屋マサの脱線ノート

吉祥寺の時計修理工房「マサズパスタイム」店主時計屋マサの脱線ノート

東京都武蔵野市吉祥寺でアンティーク時計の修理、販売をしています。店内には時計修理工房を併設し、分解掃除のみならず、オリジナル時計製作や部品製作なども行っています。

 

気がつけば、もう3月も末。

 

このブログも、1ヶ月以上お休みしてしまっていた。

 

 

その間、ニューヨークタイムスの取材があったり、Nayuta モデルの納品準備が始まったり。

 

いつもにも増して、バタバタしていたのだ。

 

いや、「していた」というのは間違いか?

 

何故なら、今がまさに一番バタバタしているんだから。

 

 

 

「虎太郎、ケースどうなってる?」
 

「今ベゼルやってるところです。これ終わったら裏ブタです。」
 

「オーケー。それ終わったら、次は文字盤のベース頼むな。 オレはガンギとアンクル仕上げてるから。」

 

「アレックス、1個目の受け板、面取り終わりそう?」

 

「イエス。アー、コレハー、モウスグオワリマス。アトハー、ネジノマワリダケ。」

 

「そうか。もう1個の方のもあるから、終わったら教えて。」

 

 

自社製ムーブメントMP1を搭載したオリジナルウオッチの発表は、いよいよ来月末。
 

シリアルナンバー000番の完成までに残された時間は、いよいよ1ヶ月になった。

 

発表するモデルは、ダイアルもケースもまったく違った2種類のモデル。
 

そのうち一つは完成間近だけど、もうひとつは現在ケースを製作していて、そのあと文字盤や針の製作に入る段階。
 

ちなみにそれぞれムーブメントの製作も同時に進めているのだが、どちらもまだ、最終仕上げ手前の段階だ。

 

振り返れば、プロトタイプの時計を持って香港のトランクショーに行ったのは、去年の2月だった。
 

つまり、プロトタイプができてから1年以上経ってまだ本物が完成していないことになるけど、、これは必ずしも私が怠け者だからというばかりではなくて、、理由があった。

1つには、MP1が自社設計、自社製造のムーブメントだという点。
 

国産にしろスイス製にしろ、定評のある既存のムーブメントをベースにして作った時計とは違って、できあがったばかりの時計を「はい、できました。どうぞお使いください」というわけにはいかない。

組み立てた時計をある程度使い込んでみてから、再度分解、考察して、あらためて評価する必要があったのだ。

 

 

実際、香港から持って帰ったプロトタイプは、半年間酷使した。

 

釣りする時もゴルフの練習も、、店では、たまにわざとお客さんの前で床に放り投げたりして。

 

で、分解して、作動部分を細かく観察して、まったく傷がついたり摩耗しかけたりしている箇所がないことを確認して「よし。これならオーケー。」

 

そのあと視覚的な部分で気になっていたところを岩田に伝えて設計変更して、最終的な完成形のベースができたのは、今年に入ってからなのだ。

 

 

店ではずっとこんな感じだから、時計の修理をやる時間がない。

 

定期整備は真下が専任でやっているけど、その真下もMP1の一部のペルラージュ仕上げを担当しているし、とても新規の修理品までは手が回らない。

 

ということで、私は仕事を終えてから、それと休日、自宅の屋根裏工房?で時計修理をやっている状態だ。

 

 

きっと2つとも、いい時計になる。

 

もう一息で。

 

もう少し形ができてきたら、少しずつご紹介します。

 

 

 

 

 

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「うーん、、。 やっぱりコイツは、なんとかしたいなぁー。」

 

Aさんの回想から覚めた私は、そのショーケースを前に腕組みしていた。

 

工房スペースの拡張は、絶対条件。

 

でもこのショーケースだけは処分せずに、、なんとかできないものか、?

 

 

、、、よし。

 

「コイツとコイツ、それからコイツももういいや、捨てちまえ!」

 

考えた挙句、流線型のキャビネット2台、長方形のブックキャビネット1台、コーナー用の三角キャビネット、、それから銀食器を入れていた楕円形のガラスケースも、思い切って全部処分することにした。

 

コイツらだってみんななけなしのお金を払って買ったものだし、何10年も使っているからそれぞれに想い出はあるけど、、、Aさんから譲ってもらったショーケースを温存するためなら、仕方ない。

 

ただ、処分といってもただ捨てるのは忍びないし、それはそれで、処分にお金も掛かる。

 

できる限りは再利用してもらえるようにしたいが、、とは言え、あーだこーだやってる時間はないのだ。

 

 

ん?、、ちょっと待てよ。

 

 

「篠原くん、篠原くん、ちょっといいかな。」

 

「え? なんですか?」

 

「いやね、この辺のアンティークキャビネットなんか、篠原くんちの新居にいいんじゃないかなと思ってね。」

 

「えっ、、これですかー?、、でもうち、この間、買っちゃったばかりなんだよなー、。」

 

「まあいいじゃん、いくつあっても。 良いモノだからね。 このガラスケースなんかもどう? これねー、昔トラック借りて岐阜まで引き取りに行ったんだ。 こんなに急カーブに曲げたガラスのケースなんかめったにない、前にね、ガラス屋さんやってるお客さんが、このガラスのカーブは今じゃあ曲げられる人いないかもなー、って言ってた。 貴重なやつなんだよー。」

 

「うーん、、、ちょっと帰って、奥さんにも聞いてみます。」

 

 

結局、ブックキャビネットとガラスケースは、うまいこと篠原のところにお嫁入することになった。

 

でもその後、地下収納から引っ張り出してきた掛け時計その他、まだまだ追加の大物が湧いて出てきて、、ついに、一時の置き場所にも困るようになったのだ。


 

「おーい、動かすぞー。 みんなちょっと手伝ってー!」

 

「よいしょ、よいしょ。 せーの。 あ、そっち手挟むぞ。気をつけろよー。」

 

キャビネットやケースをどかしたスペースに、パズルゲームよろしく、他のものを移動してゆく。

 

すると、店の前部に横長のスペースが空いた。

 

「よし、ここに入れるか!」

 

全員であちこちを支えながら横幅3メートルのショーケースをはめ込んでみると、、まさに、ドンピシャ。

 

そして、縦に入れていたケースが横になって前方に出たことによってできたスペースに、不要になったキャビネットその他をまとめて置いて一息ついた。

 

 

さあてと、、ここからは、いよいよ力わざでいくしかない。

 

「寺田くん、そこの中道通りにある骨董屋知ってる? あそこに電話して、全部引き取ってもらって!」

 

「えー骨董屋ですか、もったいないですねー、、でも、わかりました。」

 

 

そして今朝。

 

若い衆を連れた骨董屋の主人は、気を利かして開店前の店にやってきた。

 

「こちらですね。 はいはい。 なるほど、えーっと、、この辺の掛け時計はなかなかいいと思うんですよ。 こういうの欲しがるお客さん、うちにも来ますから。ただ、、」

 

「ただ?」

 

「この辺の家具は、、ちょっと難しいかなー。 いくらか表面が剥げてきちゃてるところもね、うーん、、、ありますしね、。」

 

「もちろん、分りますよ。 それなりに手を入れなきゃ売れないし、すぐに売れるわけじゃなくて場所くうのは。 私ももともと古物屋ですから。」

 

「ははは。 そうですよね。」

 

「ただ正直言うと、私はすぐにでも場所を空けたいんですよ。 この際、値段はいくらでもいいから、全部持ってってくださいよ。」

 

「そうですね、、、わかりました。 それじゃあ、、これでいいですか?」

 

思いのほか良心的な値段を右手の指で提示した骨董屋の主人が若い衆とともに荷物をテキパキと運び出すと、、店の一画は、そこだけ穴が開いたようになった。

 

 

商品スペースは、グッと狭くなった。

 

横長のショーケースの前方の面積は、おおよそ3坪程度か。

 

まるで30年前のジャンクヤードに戻ってしまったようだけど、、まあ、それでもいい。

 

そもそも最近では、ふらっと来店してゆっくり商品を見て周るみたいな来店客は少なくて、あらかじめホームページやInstagramなんかで見たお目当ての時計があったり、修理やカスタムの相談にいらっしゃる方がほとんどで、、その場合は、テーブルが2台ある応接スペースで、ゆっくり向き合うことになるのだ。

 

 

こんな風にして、しばらく続いた店の改造は、無事決着した。

 

これから募集する人員一人分のスペースに加え、新たなフライス盤が入ってきた時にアレックスの作業台を移動するスペースをつくるという、当初の目的は達成。

 

そしてなにより、私にとって大切な大切なAさんのショーケースはそのまま残り、、引き続き「店の顔」として、入り口の正面に鎮座しているのである。

 

 

(完)

 

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「ええと、、この辺のはずだけどな。」

 

4トントラックのレンタカーで私が乗り付けたのは、夢の島の倉庫街。

 

その中の一画に、Aさんの借りている家具の倉庫はあった。

 

 

「うわーっ、、結構いっぱいありますねー。」

 

予想外に、Aさんの倉庫内はまだアンティーク家具で一杯だった。

 

サイドボード、テーブル、椅子、その他、ドレッサーなど、、仕入れに相当なお金が掛かったのは間違いない。

 

 

「そうなんですよ。 ちょっと前にイギリスに買い付けに行ったばかりなのに、こんなことになっちゃって。 もうちょっと売れると思ったんだけどねー、。」

 

「それにしても、、これを今月中に全部明け渡すって、大変ですよね。」

 

「うん、ハッキリ言ってムリだよね。 どうしても残ったら、最後は業者に金を出して引き取ってもらわないと。 まったくバカな話しだけど。」

 

仕入れてきたばかりの商品を、お金を払って処分する。

 

確かにこんなにバカな話しはないが、、背に腹は代えられないということだろう。

 

私はこの時、置き場の必要な「家具」を商う難しさを、肌で感じた。

 

 

「そうそう、で、マサさんとこにいいって電話で言ってたのは、その奥のヤツなんだけど。」

 

Aさんの指さしたテーブルセットの奥の方にあるのは、ものすごく古そうな長細いショーケースだった。

 

カーブしたガラスが木枠にはまっていて、洒落た猫足のキャビネットの上に乗っている。

 

100年やそこらは経っていそうな貫禄だ。

 

 

「わー、いいなー。これ。」

 

「でしょ? ロンドンのジュエリー屋が使ってたみたいだけど、、コイツに時計とか入れたらバッチリでしょ。」

 

「うん」

 

 

私の頭の中にはすでに、、ガラクタだらけのジャンクヤードの真ん中に、このケースが鎮座している絵が浮かんでいた。

 

普通、5坪しかない小さな店に3メートル以上あるショーケースは大きすぎるけど、、幸い、うなぎの寝床のような形をしているジャンクヤードには、なんとか入る。

 

コイツが入ったら、、自分の店が、少しは立派になるような気がした。

 

 

でも、。

 

すっかりその気になった私にとって、残る心配はただ一つ。

 

「Aさん、これ欲しいけど、、オレに買えるかな?」

 

「いくらでもいいですよ。 マサさんがいいっていう値段で。 売れなきゃどうせ処分するんだから。」

 

「ホントに? オレ、これだけしかないけど、、これでもいい?」

 

 

Aさんに渡した全財産は、たったの20万円、。

 

失礼は承知の上。

 

でも、本当にそれが、私の「精一杯」だったのだ。

 

 

「マサさん、ホントすいません。 また余裕ができたら、お店に寄らせてもらいますよ。」

 

ショーケースの荷積みを手伝ってくれたAさんは、運転席に座った私に頭を下げ、見送ってくれた。

 

見た目はちょっとゴツイけど、心の優しい人なのだ。

 

 

横道に出てハンドルを切った私が振り返ると、まだ外に立っているAさんが、遠くに見えた。

 

でも残念なことに、、Aさんに会ったのは、それが最後だった。

 

 

 

(続く)

 

 

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