「デュフォーさん、もう一度、それ見せていただいていいですか?」
身に着けていたSimplicity を指さすと、「もちろんだよ。」
氏はそれを腕から外して、私の手のひらに乗せた。
No.000のそのプロトタイプの時計を、、あらためて隅々まで観察する。
この時計を初めて手に取って見たのは、氏がうちに来訪した15年くらい前のことだった。
「私は何も発明なんかしていない。アンティークウォッチから、多くのことを学んだんだよ。 」
その時計のムーブメントには、、かつてそう語っていたDufour氏の言葉を、忠実に裏付ける仕上げが施されていた。
「Daniela、これ見てごらん。」
隣にいた娘さんに私の時計を渡すと、数年前に時計学校を卒業した娘さんは、興味深そうにキズミで時計を見ている。
それを見ながら、デュフォーさんはしみじみといった風に話しだした。
「マサ、こういう手仕上げの時計もね、昔はちっとも認識されなかったんだ。スティパーツールのブラックポリッシュなんか、何をどうしてこう仕上げるからこんなに綺麗になるんだなんてことを、いちいち細かく説明しないといけなかった。」
「そうなんですか、。 まあ今でも本当にきちんと仕上げてあるムーブメントとそうでないムーブメントの区別がつかないコレクターもいるけど、、でも昔と比べたら、大分認識されるようにはなってるんですね。」
「そうだよ。私がSimplicityを作り始めた時なんか、分かってもらうのが本当に大変だったんだ。それが今では、何も説明しなくてもコレクターは分かってる。」
「それは、あなたがそういう大変な啓蒙活動をやってきたからですね。つまり今のボクなんかは、そういう土台の上に乗っかって楽に仕事をできているということ。本当に有難いことだと思います。」
私がそう言うと、デュフォー さんはちょっと照れ臭そうに、静かに微笑んだ。
でも実際、これはお世辞でもなんでもない。
物の本質を人々に理解してもらうという作業は、想像以上に大変なのだ。
しかも面倒臭がってそれを怠ると、手を抜いている時計もそうでない時計も、同じように「素晴らしい」となってしまう。
世界中のコレクターがその違いを認識するようになるまで繰り返し説明し続けてきた氏の苦労は、長年、アンティークウォッチの素晴らしさ、技術レベルの高さを説明し続けてきた私にも、充分に想像がついた。
もっとも、、説明し続けなくてはいけないことは、今でもある。
例えば、何もないところからすべて作り出した時計と、既存のムーブメントに合わせて外装品を作り、完成させた時計の違い。
ちなみに後者は、かつてうちでやっていた「カスタムウォッチ」と同じジャンルのものだが、、現在、独立系と呼ばれる小規模メーカーには大きく分けてこの2種類があって、それらの時計は、どちらも愛好家のコレクションの対象になっている。
それ自体はいいことなのだけど、現在、この2つの違いがかなり曖昧になっていて、、これらをまったく区別してとらえていないコレクターすら存在するほど。
確かに、どちらももそれぞれ独自の外観を持った時計だから区別されないのも分かるけど、、一方で、実際にやっていることは全く違うのだから、本来は「違うジャンルの時計」として認識されるべきだと思う。
「今度は日本でお会いできるといいですね。」
「うん、マサ。楽しみにしてるよ。」
Philippe Dufour氏と別れた私たちはWatches &Wondersの会場を出て、タクシーでジュネーブの市内に向かった。
どこまでも抜けるような青空。
おとぎ話の絵本に出てくるような、湖沿いの瀟洒な街並み。
それらに目をやりながら、、私は残りの人生において、自分がやるべきことに考えを巡らせていた。






