9月の始め、東日本大震災で被災した岩手県沿岸部(大槌・釜石・陸前高田)にボランティアとして行ってきました。その感想を記します。
私はボランティアとして、用水路のヘドロ・ガレキの除去やガレキ撤去後の土地の整地というハード面の支援と、仮設住宅での聞き取りという、人の心と正面から向き合わねばならないソフト面の支援を行いました。
中でもやはり特に印象に残っているのは仮設住宅での聞き取りです。船をなくした、家をなくした、そして家族をなくしたつらさが、涙や淡々とした言葉から生で伝わってきました。最初はどう問いかけ、どう答えればよいか分かりませんでした。そして、ようやく、分かりかけたところで帰る日となり、なんとも言えず悔しい思いが残っています。
なお、僕が行った地域は調査が始まったばかりであり、これから訪問の充実が望まれますし、また、ガレキの撤去などハード面の支援ができなくなる雪の季節も、これは継続する必要のある支援だと思います。
また、私自身、全日を通して津波の恐ろしさを感じました。テレビで津波被害の映像を見ていたものの、自分が何か他人事のように捉えていたことに気づきました。実際に被害の大きな場所に行くと、半年を経た今も震災直後とあまり変わらない光景が広がっており、記憶には残しておきたいとは思うものの、写真はほとんど撮れませんでした。見ている景色の意味を考えると、シャッターが押せませんでした。
なんだか、沈んだ感想になってしまいましたが、私は心から復興を願っています。
これからもできる限りのことをしていきたいと思います。
私はボランティアとして、用水路のヘドロ・ガレキの除去やガレキ撤去後の土地の整地というハード面の支援と、仮設住宅での聞き取りという、人の心と正面から向き合わねばならないソフト面の支援を行いました。
中でもやはり特に印象に残っているのは仮設住宅での聞き取りです。船をなくした、家をなくした、そして家族をなくしたつらさが、涙や淡々とした言葉から生で伝わってきました。最初はどう問いかけ、どう答えればよいか分かりませんでした。そして、ようやく、分かりかけたところで帰る日となり、なんとも言えず悔しい思いが残っています。
なお、僕が行った地域は調査が始まったばかりであり、これから訪問の充実が望まれますし、また、ガレキの撤去などハード面の支援ができなくなる雪の季節も、これは継続する必要のある支援だと思います。
また、私自身、全日を通して津波の恐ろしさを感じました。テレビで津波被害の映像を見ていたものの、自分が何か他人事のように捉えていたことに気づきました。実際に被害の大きな場所に行くと、半年を経た今も震災直後とあまり変わらない光景が広がっており、記憶には残しておきたいとは思うものの、写真はほとんど撮れませんでした。見ている景色の意味を考えると、シャッターが押せませんでした。
なんだか、沈んだ感想になってしまいましたが、私は心から復興を願っています。
これからもできる限りのことをしていきたいと思います。