ビバルディのピッコロ協奏曲のチェロ役の伴奏をなんとか演奏し負えた
その後、早稲田大学の吹奏楽部から声が掛かり、何の曲かは忘れたけれど
ファゴットとしての賛助依頼があり、あの有名な大隈講堂で演奏を果たした。
その報酬は・・・学食での昼食のおごりだけでした
やがて大学を卒業したけれど、ファゴットという楽器から別れがたく
友達から10万円の借金をしつつ、約50万円弱で自前の楽器をローンで
ゲット。
インターネットがない当時だけど、これから演奏したい所属団体として
探し当てたのが、神奈川県の確か「エーデルワイス・アンサンブル」でした。
今は、オケとしては解散したらしいけれど・・・
オケのバイオリンの繊細な音色を練習で耳にし、吹奏楽との大いなる
違いを肌で実感し、憧れの現場はここだと、充足感に浸る
で、最初に演奏したのが、ベートーベンの交響曲第一番。
え? 3,5,6,7,8,9番は有名だけど、第一番とは聴いたことが
無いし、驚きでした
まぁ、第一番は何とか無難に演奏出来たけれど、次の定期演奏会では、
あの有名な第五番「運命」が待ち受けていて、この演奏会で致命的なミスを
犯してしまった。
Fgが目立つ第二楽章のある小節で、1小節早めに読み違え・・・オーボエとの
二本の競演でしたが、Fgとしては、一瞬の無音の空間を作ってしまったのだ
ああ、恥ずかしい。
楽団には迷惑を掛けてしまったし、やはり
オケの一員として演奏をするのには実力不足だったと実感。。。
吹奏楽とは大違いで、オケのFgは、とにかく目立ちますから、一つのミスが
明確に分かってしまいます><
そして、その責任を感じて、退団届けを出すことに。
引き留められたけれど、自責の念に堪えきれず、退団しました(涙)
その後は、諸事情もあり、東京の職場を退職し、故郷の岩手に戻りましたが、
またまた、オケへの憧れが頭をもたげ、よせばいいのに、またまた
県民オケへ入団することに。
当時、Fgを自前で持つ人は珍しく、すんなり入団許可が下りましたが。
つづく・・・