私の職務経歴書をご覧になった方に経歴を褒めて頂くことがあるのですが、実の所、学生の頃から、もっと言えば子供の頃から、特に何になりたいとか考えた事はありませんでした。
私の新卒時代は、就職氷河期と呼ばれ、希望する企業に就職する事は非常に難儀なものでした。
就職活動をしていた当時、特に何になりたいと考えていなかったのですが、事務職は嫌だなぁと漠然と考えておりました。
就職活動には、30社も40社も応募するのが当たり前。。。
私はその数をこなす根気がありませんでした。
取り敢えず目についた会社に複数応募するも、撃沈し、もう正社員では就職しない!と言い切り、自動車のショールームのお姉さんになる。と言っていたのでした。
その結果、知人の紹介で自動車のショールームに人を派遣する会社の営業職として職を得たのでした。
その会社では多くの事を学びましたが、何となく理不尽を感じて1年で退職してしまいました。
その後、特にやりたいことのない中、祖母の影響で海外への興味が非常にあった為、留学する!と言って、それまでの期間を前職で関連したアルバイト業務に就くことにしたのです。
アルバイトの応募を送っても、送っても、何故か採用されず。。。
アルバイトでも採用されないの???と思って職務経歴書を付けて提出した会社から連絡を頂いたのでした。
更にアルバイトなのに、面接試験の他、企画書提出を要求されました。それも提出したところ、是非正社員で入社して欲しいとのお誘いを頂いたのでした。
留学したかったので、お断りしたところ、相当粘り強く交渉してくださったのです。
就職難を経験した身としては、お願いだから当社に来てください!と熱く誘われた事に心を動かされて、思わずOKしたのでした。
それがバックスグループです。
入社してからは、兎に角忙しく、私なりに身を粉にして頑張って働きました。
負けず嫌いの性分もあって、絶対に音を上げない!と今の時代にはそぐわないような、根性論でどうにか仕事をこなしたのでした。
色々な職種を経験しましたが、とにかく目の前の事を一生懸命やる。ということだけは続けていたように思います。
会社が急成長した時期には、忙しさMaxで、まさに忙殺状態の時もありました。
だけどそのまま突き進んでいたら、子会社社長抜擢という、思わぬ超昇格の機会を頂いたのでした。
そこからは有り難い事に経営とは何ぞやという事を覚えて行くことになったのでした。
今振り返ると、自分の目指すもの!とか、こうなりたい!と思うものがない時期もありましたが、共通して言えることは、「今やっている事に出来る限りベストの結果を出す。」だって、他に何したいか分からないから。
といった感覚だったと思います。
不思議な事に、目の前の事を一生懸命やっていると、色々なチャンスがやって来るんですよ。
チャンスって、単純に機会なのですが、それがあったときの自分の直感、フィーリングを大切にしています。
あ、いいな! とか、うーん、、、悩むなぁ。
とか、誰もが持っている感覚です。
いいな!と思う事がやってくる機会というのは、数年に1度の事もあれば、もう少し短いスパンであったりもします。
人生に特に大きな影響を与えるような機会は割と数年に1度かも知れません。
いいな!と思ったら、即選択&行動です。
特に悩みません。w
突拍子もないとか言われる事もありますが、この感覚で何となく香港に居ついたのでした。
7年間居ましたが、知らない国に住むというのは、全部が目新しくて、ある意味サバイバルで、物凄く鍛えられました。
海外に住むという特殊な環境もあって、日本で暮らしていたら得られなかった体験が出来ました。
日本に戻った際には私なりに物凄く苦しんで、悩んだ時期もあったのですが、他に何か選択肢がないうちは、ひたすら忍耐あるのみでした。忍耐し続けているのも本当に辛いのですけれど、そんな時でもチャンスはやって来るのです。(来た)
いいな!と思ったら、即選択&行動!
出来るか出来ないかなんて、その場では考えません。
これをやってみる!>出来ないかも知れない!
こんな図式です。
今思えば、人生ってこれの繰り返しなのかも知れないな。と思います。
一応自分が出来る努力は必要ならば色々しますよ。勉強するとか。
色々一生懸命やっていると、自分の得意な事、苦手な事が出てきます。
苦手な事は可能な限り克服するようにしています。
どうしても無理な場合はもうその分野には多分近寄りません。
ただし、自分が出来る事を増やして行くことは意識していました。
今だってまだまだ模索中だったりもしますが、目の前の事を一生懸命やるというのだけはシンプルに変わりません。
多分、そうやっているとキャリア形成としてはまぁまぁ良いものが出来上がるんじゃないかな。と思います。