ノートルダムの鐘の声 諸行無常の響きあり
偶然にもその日は夕方までシテ島にいたのに、ノートルダムを目にすることなくそそくさと家路につきました。
お天気は快晴。肌寒いながらも日が長くなったはずなのに、空が曇り、早い夕焼けがやってきたかのようでした。
「ノートルダムが燃えている」小説の冒頭のようなニュースを最初に目にしたのはSNSでした。いち在外邦人である私でさえ、「このニュースはしばらく見ないでおこう」と瞬時に思ってしまう、とてもパワーのある一説です。
翌日の全国紙「ル・パリジャン」をカフェでめくり、ノートルダムを見ました。あのオルガン、あの尖塔、つい数週間前にセーヌ越しに見たはずの姿はすっかり変わってしまった
…痛々しさに新聞を思わず閉じてしまいました。一面のタイトルは「ノートルダムの涙」。
ただし、一晩のうちに前向きなニュースも飛び込むものです。こういう時のフランスの初動の速さ、ウンウン、いいぞいいぞと思うのです。
まず、フランスを代表する某財団が約127億円の寄付を表明。畳みかけるように、更に他の財団が倍額の約253億円の寄付を表明。
倒壊した尖塔は世界中からデザインを公募。
消防庁に所属する神父様とタッグを組み、消防隊と教会関係者が的確な判断で、ノートルダム大聖堂の文化財の多くが運ばれ、難を逃れる(素朴な疑問:もし日本の国宝級の場所で火事があった場合、何を持ち出せばいいか、指導にあたる人員はいるのでしょうか?)。
ノートルダム(私たちの母)がパリ市民を見守ってくれていたように、今度は私たちがお母さんを支える番です。
