対象:女子大生(?)

場所:路上

外見:ロングの茶髪、茶色いジャケット、ロングブーツorストッキング、薄手の黒いスカート

状況:チャリを漕ぐ度にスカートがフワリとめくり上がり、何やらお尻が・・・キスマーク


最近の心持ちは大変良くない。
今の社会的立場を自分勝手に憂い、押しつぶされかけている。
更新がずいぶん途絶えているのがその証拠だ。

3月以降、色々状況を変えようと足掻いているが、今回のモヤモヤはなかなか晴れない。
その過程で、彼女とも随分疎遠になってしまった。

…と、あんまり暗~い内省は本ブログの本意に沿わないから、割愛するとして、

とにかく! カラダが、飢えて、飢えて、たまらない!
愛と性欲に駆られて駆られて、なんというか、ロクでもない状態。

2月に知った某チャットで、エロい会話をするもするも、それだけじゃダメなんだ・・・。
揉んで、吸って、舐めて、入れて・・・、恥辱の限りを尽くさないと、
カラダにまつわるムラムラは、もう、どうしようもない。


この数カ月、どんなに心が塞ごうとも、ムラムラアンテナは敏感に働き、
街行くステキな女性を目で追っていたが、まあそれなりに、良い感じの子はいた。
だけど、そこまでみんな、突き抜けてはいなかった。
ホットパンツやら、リクルートスーツやら、バンバン視覚に訴える女性はたくさんいた。
けれど、いつの間にやら求める閾値(しきいち)が高くなってしまっていたのか、
ここに、「よし!書き込むぞ!」と思わせるほどではなかったのだ。


そして、今日。


冒頭に書いたとおり、オレの前をお尻をチラチラ見せながら疾走する子を見かけたのだ。

今まさにさっきのことで、それなりにオシャレをしていたから、
これから夜、何かしら盛り上がりにいくのだろう。

もうそのことだけ、そのことだけしか頭の中には無く、
もちろん、自分のお尻が後ろを走るオレに見られているなどとはミジンにも思わず、
けれど、しっかりオレにはサービスしていますよ、お姉ちゃん!

・・・もう、どうすりゃイイのよ(^-^)


20代後半、年甲斐も無く、「自信」とかいうものに囚われて、
それこそ、思春期みたいに囚われて、正直ツライけど、分かってるんだわ。

要するに、自分とやらを磨くしかない。
自分が納得いくやり方で、納得のいく自分とやらに近づけていくしかない。
スティーブ・ジョブズがどこだかの大学のスピーチで言っていたように、

「今この瞬間に作り上げている点と点が、将来思わぬ形で結ばれ、一本の線になる」

これを信じて、ナリフリ構わず、ね。


・・・あー、その暁でもその途中でも何でもいいから、狂ったようにヤリまくりたい

これも立派な目標であると、私は思います。

こんなアホな攻め方、心持ちじゃなく、深みのある男になって女性を虜にしたいね。
某エロ動画サイトに大層お世話になっているのだが、
最近のお気に入りのジャンルが“不倫モノ”だ。

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wikipediaによれば、不倫とは
もともと「倫理から外れたこと、人の道から外れたことを意味し」たそうだ。
まあ、「読んで字の如く」というやつだ。
それが、近年では特に、「近代的な結婚制度(一夫一婦制)から逸脱した
男女関係
の意味で使用される」とあり、こちらの狭義の意味の方が
シックリくる。

さらに、不倫は、「配偶者のある男や女が、配偶者以外の異性と恋愛し、
性交を行う
ことをいう」とある。
つまり、上記の逸脱した男女関係には「性交が伴う」のだ。
また、「配偶者のいない男や女が、配偶者がいる異性と恋愛し、
性交を行う場合も含む」
ともある。
つまり、「男女のどちらかが結婚していたら、それはもう不倫」である。

「不倫」と同じような意味合いを持つ良く聞く言葉として、「浮気」がある。
この言葉は、「不倫のくだけた言葉」であり、「未婚の恋人同士でも
使われる表現」
と書かれている。

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と、用語の解説はこれぐらいにして、問題の「不倫動画」である。

これがまたリアルな動画で、ほぼ確実に素人さんである、と言える。

そのように判断する根拠=魅力は以下のようなものである。

 ・定点=固定カメラではなく、男性視点での手ブレ撮影である。
 ・アングルも女性も、ヘタにキレイに見せようとしていない。
 ・女性の野性全開の喘ぎと歪んだ顔。
 ・ほとんど野外と言えるような場所での撮影である。

つまり、

①「よし、撮影するぞ!みんなに観てもらうぞ!」という気概が全く
感じられず

② 本人たちの発情のみに焦点が当てられて(発情が全て)いるところ

が良いのだ。

(ほとんど)野外という所で行為に及び、「野外というだけで興奮する
けど、撮影したものがみんなに見られると思うと興奮するな~!」
という思いに溢れている
のである。
批評対象:職場の同僚の年下の女の子
BGM:勝手にシンドバッド(サザン・オールスターズ)

今年度いっぱいで職場を去る、同僚の年下の女の子の体つきがイヤらしすぎて、
オレの理性がしばしば揺さぶられる。

前までは、顔というか鎖骨から上というか、その辺りにしか目が行ってなかったけれど、
いやはやどうして、あの安産型(?)の腰つき、たまりませんな~~~アップ

窮屈なスーツに縛られた体は、動く度に淫靡な曲線を描き、僕の脳髄を刺激する。
歩く時のおケツ、かがんだ時のおケツ・・・辛抱タマラン叫び

願わくば、この触れたくても触れられない日々が永遠に続いて欲しかったのだが…残念(T_T)

理想は透明人間になっての観察、というか、神の視座を手に入れての観察、か?


実際の彼女は、

 ①実はそんなにも整った顔立ちではなく、
 ②面と向かって話した時、微妙に吐息がビミョーな匂いだったり、
 ③要領を得ない話し方をしてメンドくさかったり、
 ④控えめな性格と思いきや、勝気でメンドウな一面を持っていたり、

と、下手にお近づきになっても、楽しくやっていけるかどうかという点ではビミョウ。

でも、そうやって思った通りに行かないのが現実だし、相手からしてみても、
自分に対して何らかの辛口批評があるはずだから、そこはまあ、お互い様、か。


嗚呼・・・、透明人間になりたい!!

時間帯:夕方

場所:某スーパー

年齢:28歳前後

職業:パート

体形:標準

格好:制服

状況:レジ打ちの最中


ポイント:土手と化した胸


土日は基本的に寝休日と化している。

ブランチを済ませてからもダラダラしていると、頭は自然とその日の夕食のことを考えてしまう。

イグニッションキーを回すが如く、チャリの鍵穴に鍵をねじ入れ、近所のスーパーへ。


上京後まもなくの頃、スーパーやコンビニのレジや、

図書館や市役所などの窓口の公共空間に身を晒すことは本当に苦痛であった。

有名人でもあるまいに、誰に見られているわけではないのに、

誰かに好奇の目で見られているという自意識過剰っぷりがそうさせていた。


しかし、今は逆だ。


20代の女子大生・OL層から40代の主婦層に至るまで、

熟れた体をプリプリさせて今夜のおかずを物色している

女性たちを好奇な目で眺めまわすのは、

至福の一時であると言い切っても過言ではない。


寒いこの時期に冷蔵の冷気で寒い売り場をホットパンツで闊歩する輩もいるのだから、

日本は乱れに乱れ切っているといっても過言ではないだろう。


棚の下方にある商品を物色してかがんだ時に、ローライズ的なズボンの隙間から

下着がコンニチワした時などは、この時間帯にスーパーに出てきたことを心底喜んでしまう。


ここでもまた、エロさなど普通期待できようもない場所でそれを想像してしまうから

さほどエロくもない格好・シチュエーションでも映えてしまうのだ。


しかし!その日のハイライトはレジ打ちのネエちゃんであった。


レジに並んだ時に一番イヤなのは同年代の男。

ついで、同年代より上の男。

そして、申し訳ないが、あまりルックスが良くなく、愛想もない女性全般。

最後に、愛想が良いか女性か、愛想は無くとも若くてソソる女性のどちらかだ。

男はザックリ書いたが、男と言えど、愛想は重要である。

愛想の良さは多少のルックスの悪さをカバーできるのだ。

しかし、いくら愛想が良い女性でも、若くてソソる女性はそれを凌駕してしまう場合がある。

そんな女性がこの日レジで会った女性であった。


この日は4台の内3台のレジに並べば、

そのソソる女性のどれかに当たるというラッキー・デーであった。

3台のレジの混み具合を見て、一番空いているレジに並んだ瞬間、

レジ打ちの女性の胸元から並々ならぬオーラが漂ってきた。

あれだけ、あれだけ、露出度など微塵も感じさせぬスーパーの制服に身を包んでいようとも、

その内側の胸のふくらみを誤魔化しきれないほどのあの巨大な胸!!

某・冬のスポーツ競技の(元?)日本代表の有名選手の胸を彷彿とさせていただけでなく、

そのご尊顔もまた、あのスケベそうな感じもまた、瓜二つといっても過言ではなかった。


前の人のレジ打ちが終わり、自分の番になる時まで、

「髪を後ろでギュッと結んでて、ちょっとダサいかなあ・・・」と思っていたのだが、

近くでその巨大な胸に張り付いたネームプレートの写真を見ると、

髪を左右に下ろして化粧もバッチリきめたその顔の何とギャルギャルしいこと!


そうした彼女本来のギャルギャルしさを精一杯隠そうと振る舞うが如く、

ロボットのように淡々と業務をこなすその愛想の無さなどどうでも良かった。


5分と無いその一時で出来る限り拾い上げた彼女の断片的な情報を、

帰りのチャリの上で整理し、妄想を膨らませたのは言うまでもないこと。


スーパーの裏で、自分に言い寄ってくる職場の男を値踏みし、

「まあ、こいつならいいか」ぐらいの気持ちで軽く付き合い、

軽く股を開き、軽やかに日々を駆け抜ける強かさを、妄想せずにはいられなかった。


そこまでの稼ぎにはならないであろうスーパーのレジ打ちの給料で、

無理して高額なバッグやら洋服やらを買うであろうその浅はかさを。

(もちろん、何かしらの夢を抱き、一時スーパーのレジをしているだけに過ぎず、

容易に男にも股を開かない高潔な女性である場合もあるのだが、

卑猥な妄想中には必要の無い人物像である)


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ややマジメな話をすると、この世で完全無欠に高潔な人間など、

マザー・テレサ級の人物以外はおらず、多かれ少なかれ日常のどこかの場面で、

自らの持つ動物的本能むき出しの行動をしているものだと、私は思っている。


ヤるだのしゃぶるだのは、排泄をするが如く自然な行為で、

排泄をすること咎められることの無いのと同じように、ヤることもまた、

易々と咎められるべきではないと思う。


そう捉えると、自分がここでこのような卑猥な妄想をし、そのような行為を積極的に

賛美することは、排泄行為に喜びを感じ、積極的に賛美する(スカトロ?)のと一緒であり、

それは幾分異常なことであると認めざるを得ない。


しかし、そうすることを、私は止められない。

もっと書くと、先のオネエさんへの妄想はその先を行き、

複数の男根を咥え込み、最後は淫靡な微笑みと共に、

白濁液にまみれている姿しか想像できない。

こうハッキリと書く前に先のような弁明めいたことを書いたのは、

ひとえに自分の中に罪悪感があったからだ。


いくらなんでも、赤の他人を、ましてや勤務中の女性を、

そのように貶めるような妄想をしても良いのだろうか?と。



と、明日の事を考え、今日はこれでもう筆を置くこととする。

とりあえずの結論としては、

毎日の心と体の健康のために、どんな妄想もしても良い。


としておく。

この日は六本木新宿をうろついた。


東京に出てきてン年。

そんなハイソな街をうろついたことは数える程しかない。


メマイがするんだ!歩いてると。

人が多すぎて、人波にもまれ、自分が自分じゃなくなる感覚に陥る・・・。


しかし!


エロパワーとエロセンサーをフル稼働させれば、

そんなことは杞憂になる!


一体どれだけの田舎っぺ見栄っ張りが大都会・東京に住みつき、

ウロツクと思っているのか!?


を爆発!

若さを爆発!


限りある命と知り、悪アガキするが如く、

一夜の狂乱に身を投じる人々を、よくよく観察してご覧なさい!

いや、よくよく観察せずとも、街角のエンジェルで溢れ返っているではないか!


とまあ、確かにそうなんだが・・・、

今日はそんなレディ達であまりにも溢れ返っていて、食傷気味だ。


逆に一番ビビッとキてしまったのは、

長身の外国人orハーフ美女だ。

大体175cmのオレが少し見上げる程度の身長だったから、

アレは180cmはあったろう。

一緒に歩いていたのは、

爽やかさイカツサが上手く共存したようなイケメンだ。

彼女より背はやや低く、つまりオレぐらいではあるものの、

見事に堂々と彼女と楽しそうに歩いていた。


2人のカンケイは良く分からない。

彼女があの、外国人特有のアクセントでたどたどしい日本語を喋っていたため、

実際の親密度が測りかねたのだ。


純粋な日本語ならば、

「ヤダ―!」とか「ウフフ!」

のような嬌声が、会話の随所に散らばるはずだが、それが無く、

むしろ場違いな敬語・丁寧語が混じっていたのだから。


だが、それがまた良いアクセントになっていて、

親密であったとしても、それが出力されるにあたり、

2人の間に壁を感じさせてしまうような

敬語・丁寧語があることで醸し出される違和感。


何だろう。


多分、可愛いのにバカっぽい喋り方をすることで、

そこら辺の凡百のオネエちゃんたちと同じ印象を与えてしまうはずのところを、

敬語・丁寧語で知的さ奥ゆかしさという、

真逆の印象を与えてくれたことへの感動、とでも言えば良いのだろうか。


大げさに言うのならば、きっとそういうことなんだろう。


そして、極めつけはやはり、彼女のような理想的な女性とは恐らく、

一生お近づきになれないであろう、というユートピア感


いいか!?


理想は理想で、その理想がひとたび手に入れば、

その理想っぽさは一瞬にして薄れ、

つまり、レア物であるという希少価値が薄れ、

極めて現実的なお付き合いがもたげてくる。


現実的なヒトとしての営み、つまり、2人は出逢い、恋に落ち、アレに励み、

結婚し、子供が生まれ、子供を育て、幸せな余生を過ごす、

という営みも幸せである。


しかし、その遥か彼方にある、決して手に入らない、

踏み入れることのできないユートピアがあるという状態は、

エデンの園から追放された人間の宿命であり、例え禁忌を犯し、

勇気を出して立ち入ることができたとしても、立ち入ってはイケナイ領域なのだ。


要するに、昨日、オレは、久しく味わったことの無かった、


「嗚呼、これこそ我が女神!」


という感動を味わえたということで、それでいいじゃないか。

ただ、その感動には中学生の時にカワイイ先輩を見た時ほどの衝撃は無く、

自分がまたひとつ、ツマラナイ人間になってしまったことを感じてしまって、

少し悲しく思う。



今宵もまた、空には星が瞬いている。(見てないけど)

星々の光は眩しすぎて、自分が思い描く、

ただ一人の女神への一途な想いの光は、誰にも見えない。


けれど、その美しさには偽りが無いはず。

この星の放つ光の一翼は担っているはず。


1人1人のそんな想いでいっぱいのこの星は、

美しく、汚い。汚く、美しい。という矛盾の螺旋を描いて今日も廻っているのだ。





・・・アレ?今日はいつになく詩的だねえ。