X-Traveler Episode.19 "王の大牙" Part.A | 秘蜜の置き場

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Episode.19 "王の大牙"




 灰一色の壁に四方を閉ざされた一室。地下シェルターの深奥にある地下牢のようなその部屋の壁は内と外を遮断することに優れ防音性も非常に高い。
「椎奈が死んだって……どういうこと!?」
「どういうことも何も言葉通りだよ。敵さんの新しい大将の標的にされた」
 それでも外にまで響いているのではないかと思える程に、リタ・ドラクロアの叫びは空気を大きく震わせた。返答した黒木場秋人も至って平常通りの声音を維持しているが、その表情には仲間の死を楽しめるほどの軽薄さはない。サングラス越しの目は荒廃した未来しか知らない少女に対してただ残酷な現実だけを告げていた。
「嘘よ。なんで椎奈が死ななきゃならないのよ!」
「前の戦いで連中から特に恨み買ってたからな。連中は正当な報復だとでも思ってるだろうよ」
 トラベラーからレジスタンスに鞍替えしたことでモンスターの力を振るうだけの正当な理由を得た。過去の人間達はそれだけで常に勝者で居られる人種なのだとリタも思ってはいない。自分達に力を貸してくれても道半ばで倒れた同志だって何人も見ている。
 それでも綿貫椎奈だけはこんなに呆気なく退場するとは思っていなかった。彼女は早い段階から誰よりも献身的に自分達の仲間として尽力してくれた。そんな彼女の死を正当な報復という言葉では片づけられない。
「だったら私が全員殺してやる。これだって正当な報復ってやつでしょ」
 別に彼女が純粋な善意だけで戦ってくれた訳でないことは知っている。彼女が自分達に献身してくれた本当の理由だって分かっている。それでも下心とも言い換えられるその心の支えをリタは寧ろ愛おしく思っていた。
「何よ」
 だから飛び出そうとした自分を出口の前で待ち構えていた褐色の肉の壁には誰よりも苛立ちを表に出して睨みつけた。
「やめとけ」
 最早敵意に近いリタの視線をアルバート・ブラムは冷ややかに見下ろす。分からずやの子供を躾けるようなその視線がなおのことリタには不快極まりなかった。何より彼が椎奈の死をそんな表情で受け止めている事実が許せなかった。
「アルは悔しくないの!?」
「悔しいさ」
 最早目も合わせたくなくて、猪のように感情のまま身体をぶつける。びくともしない。本当に冷たい壁に体当たりしているようだ。
「椎奈が死んだのよ!!」
「分かっている」
 何を分かっているのか。分かっているなら自分が表に出している激情こそが正常な反応だと認めるはずだ。それを遮っているアルバート――アルが自分と同じ立場の人間だとは思えない。椎奈に助けられ続けていた人間だとは思えない。
「分かってないでしょ!」
「ちゃんと、分かっている」
 そうでなければ何よりも彼女が報われない。逆に自分ではなくアルが感情を露わにしていたのなら、リタ自身もっと早く現実を受け止めざるを得ないと覚悟を決められたのに。
「分かってない。分かって、ない。分かってるなら……なんで……」
 縋るように視線を上げる。再び視界に捉えたアルの目元に光るものが見えてしまった。
「この……嘘つき」
 素直になれない大人を哀れに思えてようやくリタは自分の足を止めることができた。
「リタ、座ろ」
 大野寧子が自分をアルから引き剝がそうとするのに抵抗もせず従う。非力な力でも今の自分の心よりは力強いと分かっているから。多少は吐き出せたからか、他の面々がどのように受け止めているかも素直に認められるようになれた。
 だからこそ、一人相応しくない表情を浮かべている人間が嫌に目についた。
「悲しむべきではないだろう。彼女も為すべきことを全うしたのだ」
 天城晴彦。本来の世界では神の教えを説く立場らしいが、リタは価値観が凝り固まった偉そうな大人という印象が一番強かった。何より自分の行動に酔っている感じが年頃の彼女にとっては鼻についた。
「なに、言ってんの?」
 それでも協力してくれている立場だからと今まで割り切っていたが、流石に今回は一線を越えた。落ち着けようと努めている感情が再び大きく波打っていく。
「無駄死にで終わらず、私達に託したことを誇るべきだと言っている」
「天城さん、それ以上はやめてください」
 リタを制するように前に出た寧子の言葉にも抑えきれない感情が漏れ出ている。怒りと同等に孕んでいるのは不信感。自分より先にレジスタンスに与していた付き合いの長い仲間の筈なのに、何故そんな言葉が吐けるのか彼女には理解できなかった。
「何か間違ったことを言ったか。椎奈はレジスタンスのために――」
 天城晴彦という人間の本質を現す言葉。それを彼自身が言い切るより早く、その右耳の数センチ横に金属のボトルが叩きつけられる。鼓膜を貫く音に晴彦は不快感を露わにして睨みつけた。
「悪い。手が滑った」
「下手な嘘だな。振る舞いは気を付けた方がいいぞ」
 睨み合うアルと晴彦。褐色の肌の男は暗く重い視線をぶつけ、髪と同様に色素の薄い肌の男は目を細めて鋭い視線を下ろす。異なる時代からの異邦人の力を借りていたアルは彼女の最期を悲しみ、同じ平和な時代から来て同じ目的に向かっていた晴彦は彼女の最期を誇っていた。
「振る舞いに気を付けるべきはあんただ。その年になっても空気は読めねえみたいだな」
「チンピラが。品のない連中は誇りに殉ずる尊さも分からんと見える」
 秋人が割って入っても晴彦は一歩も退く様子はない。彼も椎奈を侮辱している訳ではなく、彼なりの言葉で称えているだけ。ただそれは当事者目線でしかなくこの場に居る残された者に一切寄り添ってはいなかった。
「そこまでにしろ、天城。お前の演説は話がややこしくなる」
「……失礼しました」
 価値観の断絶を埋められるのは組織を統括する鶴の一声だけ。リーダーであるX――弟切拓真が前に出た以上、救世主たる彼の背中を追う晴彦から発言権は消失する。それは彼と睨み合っていた秋人やアル、動向を見守っていたリタや寧子も同様だ。
「俺達がすべきことは一つ。椎奈の死を無駄にしないことだ」
 晴彦が口にした言葉はただ仲間を苛立たせるものではない。事実として、椎奈がレジスタンスに託したものは偏屈な聖職者が誇るだけの代物だった。それはリタ達も理性では分かっていた。
 椎奈が死の間際にレジスタンスのアジトに転送したのは、マスティモンの電脳核デジコア。そこには契約相手のピッコロモンピーコロさんとして生きていた頃から椎奈と一つになって果てるまでの戦闘記憶が封じ込められている。無論、未来予知という新たな力を得たフィンとの戦闘の記憶も。
「使い潰せと。……そのために送ってきたんだよな、椎奈は」
 だがそれらの情報よりも汎用的に有用なのはマスティモンの電脳核デジコアであるということそのもの。今のレジスタンスにはそれを最大限有効活用する術が存在する。
 リボーンズ――死骸から抜き取った電脳核デジコアからそのモンスターを復元させた、画一的な量産品であるデクスとは異なる一品物。デビドラモンの試作品を経て、グランドラクモンという実戦兵器によってその成果は前回の大戦で証明された。
「誰が使うかという話だが……」
「リタ、頼めるか?」
「は? なんで?」
 その契約相手として指名されることをリタは欠片も考えていなかった。よりによって最も相応しいと思っていたアルがその言葉を吐くのが理解できなかった。
「前回グランドラクモンを使い潰しただろ」
「悪かったわね。仕方ないでしょ」
 リタがグランドラクモンを駆っていたのは以前の大戦で目くらましに自爆させたためにもう使えない。ただそれはリーダーが目的を達した矢先に秀一とフィンが現れたため、やむなくレジスタンスの大半を逃がす時間稼ぎに使ったもの。口では謝りはしたが、その判断をリタは間違ったとは思っていない。
「別に責めてないだろ」
「あっそ」
 アルも同じ考えであることはリタ自身も理解している。最初から気に入らないのはただ一点だけ。
「何か文句でもあるならアンタが使えばいいじゃないの」
 アル自身がマスティモンと契約する気を一切見せないこと。それだけがリタの癪に障った。
「悪い。俺には別の宛てがある」
 だからその一言は断絶の決定打になりえた。この男だけは椎奈が遺した物を最優先にしなければいけない。そうでなければ、彼女が唯一自分達に見せくれた本心が報われないではないか。
「何よそれ……椎奈の忘れ形見以上に優先するものってなに? まさかアンタ本当に分かって……」
 微かに過る疑念。それが真実だった場合、自分はどこまで明らかにすればいいのか。無意識に震える声を投げかけたのが杞憂であることはすぐに分かった。
「それ以上は止めてくれ」
 見据える先には自分の声以上に揺らめく瞳。それは目の前の男の本心を慮るには十分なものだった。
 すべて分かっている。だからこそその面影を間近に置いて戦うことを彼自身が耐えられないとその目は語っていた。
「頼む」
「……クソッ」
 耐えきれずに部屋を飛び出すリタ。その行き先……いや、矛先に大多数が見当をつけられる程度には彼女の性格は単純だった。
「ありゃ飛び出すぞ。連れ戻すか」
「外の空気なら吸わせてやれ。お前は後ろから見守ってやれば十分だ。細かい補足は……まだ年が近い方が話しやすいだろう。寧子、頼めるか」
「分かりました。リタは私が守ります」
 拓真の指示で二人は腰を上げる。追いつくのにはさして時間は掛からない。ただその予想より無鉄砲さが裏目に出ないことを祈るばかり。
「頼む。秋人、寧子ちゃん」
「お前が一発ケツを蹴られるにベットしておいたからな」
「なら私は五発で」
「俺のケツで済むなら安いものだ」
 頼もしい協力者に託したアルに出来ることはもうない。腰を落として大きくため息を吐いても文句を言う相手もいない。
 今はただ奥底に抱える激情を鉄の炉に燻らせるのみ。椎奈を手に掛けた相手と同じ免罪符を持って、彼女を手に掛けたことを後悔させるために。




 感情のままリタは通路を走る。茹った頭でも地下シェルターの構造は身体が覚えている。特に軍事ブロックは自分が戦闘班として参加するための努力の記憶と紐づいている。現在のブロックの配置パターンからして居住ブロックから遠いのもありがたい。まだレジスタンス全体に明かすべきでない情報は漏らす可能性ごと物理的に遠ざけるに限るということだろう。
 今の煮え切れない思いを抱えたまま誰かと顔を合わせるのは避けたい。それも戦闘班に割り振られていない誰かには。連れ戻すような一言を与えられれば折れてしまうかもしれない。
 このまま出撃ハッチから完全体デクスを駆って外に出る。そして椎奈を殺した相手を探してこの手で殺す。……どうやって見つける。見つけたところで量産品の単騎で勝てる算段はあるか。――そもそも誰に殺されたのか。
「あ……はは」
 目的地を目の前にして、足が止まる。思わず笑みが零れる。自分でも呆れる程に考えなしの無知蒙昧。こんなことで誰の仇が取れるのか。こんなことで誰の遺産を扱えるというのか。 
「どうしたリタ、そんなとこで?」
 声を掛けてきたのはデクスの培養ポッドをメンテナンスしている一回り年上の男――ブルーノ。一体は連れて行かねばならないのだから、接点が生まれるのはそもそも避けられない話。そんなことも予想できなかった自分の焦りを自覚して、視線は自然に真下に落ちる。
「出撃の話は聞いてないが……急用か?」
 言い訳なんて用意している筈もなく、何一つ返せる言葉もないまま無駄に時間が過ぎる。気まずい沈黙。見上げられない相手の表情。それでもブルーノが困ったように頬を掻いているのは容易に想像できた。
「なんで私がリボーンズを使ってるの?」
「確かリーダーの指名だったな」
「それで納得してるの、みんなは?」
 そこに付け込んで弱気を吐き出すのはリタ自身甘えだと分かっている。自分が仲間にどう思われているのかを考えなかった日はない。
 そもそも戦闘部隊に滑り込んだのだって最初は我儘だった。何もかもを奪った怪物が許せなくて、一緒にシェルターで暮らすことになった隣家の家族の反対を押し切って参加した。
 たった八年前、六歳の時だった。大好きだったママとパパも、海を越えた新天地でようやく出来た友達も何もかも奪われた。返してくれないのなら奪った怪物どもは要らない。そもそもこんな世界もどうでもよかった。ただ今が嫌だから何か変えたかった。その先で自分がどうなろうと知ったことか。
「そうだな……代われるものなら代わってやるべきだと思う」
 全体の勝利のために尽力していると断言できる資格もないと自覚している。そんなガキを誰が認めるというのか。
「でも誰よりも執念深くて使いこなせてるのはお前だ」
 しがみつくために成果を出す必要があっただけ。ただ憂さを晴らすための力を握っていたかった。八年間燻り続けた苛立ちを抱えたまま一生地下で眠っていたくない。
「それにそういう台詞は降りる気がある奴が言うもんだろ」
 そうだ。結局は今も本音は変わっていない。力を欲する限りは手を伸ばす方が自分らしいとすら思っている。
「ごもっとも」
 諦めて顔を上げる。笑いかけるブルーノの視線の奥には錆ついた諦観の色が見えて、今更尻込みしている自分が馬鹿らしく思えた。
「話、終わった?」
 どれだけ時間を潰していたのか。不意の声に振り替えれば寧子が唇を尖らせてこちらを見ていた。
「私じゃなくてもよかったじゃん」
「何の話?」
「リーダーも意外と適当なこと言うなって話」
「何それ」
 自然と棘の抜けた笑みが零れる。何やら偉大なリーダ―様の思惑が外れたらしい。よく分からないがざまあみろと笑える機会はそうそうない。感情的に飛び出した結果がこれならば意外と悪くないと思えた。
「で、どうする? 外の空気なら吸わせろって指示だけど」
 今は悩むはずのない寧子の問いかけ。リタも素直な気持ちを答えようとしたが、彼女の目を見て喉の奥に引っ込めた。
「……何かあるのね?」
「さあ? 何のことか。タマの食事とか椎奈さんの分の偵察とかならあるけど」
「とぼけちゃって」
 寧子がここまで不満げな表情を隠しきれなかったのはダシにしようとしていた当てが外れたかららしい。自分が考えなしのガキなら、目の前の少女は小賢しいガキだ。
「仕方ない。付き合ってあげる」
「逆でしょ」
「あー……そうね。――アンタ達は私の面倒を見るために来たんだもんね」
「結局出るのかよ。完全体でいいな? こいつにたっぷり食わせてバッテリー行きにしてくれよ」
「あー……多分無理かも」
「ならせめて無事に帰ってきてくれ。タダじゃねえんだこいつらも」
 呆れたようにブルーノはすぐ近くの培養ポッドのコンソールを叩く。複数ある出撃ハッチのうち、タマが待機している兵役ブロックに近い三番ハッチを選出。完全体デクスの背に乗れば数分のうちに外に出る。
「猫被るのも、男を使うのもうめえな。……しゃーねえな、ノッてやるよ悪ガキどもめ」
 背中越しに呆れたような、だがどこか楽し気な笑い声が聞こえた。