X-Traveler Episode.18 "遠ざかる居場所" Part.A | 秘蜜の置き場

秘蜜の置き場

ここは私が執筆したデジモンの二次創作小説置き場です。オリジナルデジモンなどオリジナル要素を多分に含みます。

Episode.18 "遠ざかる居場所"




 四方の壁を白一色に塗られた牢屋。出口も無ければ入口も無く、窓すらない。完全な密室に十数人押しこまれても息が詰まらないのは空気穴が確保されているというよりは、単純に空間として余裕があるからだろう。何せグランドラクモンに匹敵する体積を持ったオブジェクトを中央に鎮座させる役目があるのだから。
 柱に支えられた球体のようなそれは大樹を思わせる。だが幹や根は白黒の縞模様のケーブルが束ねられたもので、球体に葉は無ければ花も実もついてはいない。灰色の球体の表面にあるのは剥がれ落ちそうな表皮だけで、その隙間からは本能的に直視してはいけないと思わせる妖光を覗かせる。
 まるでデスゲームもののワンシーンのようだ。目の前のオブジェクトがゲームマスターで、自分達は与えられた力を活用して怪物と戦って生き残る。――ああ、今までと何も変わらない。違うのは、戦う相手に怪物だけでなく自分たちと同じ人間が存在すること。そこまで思い至って、大半のトラベラー達はそのオブジェクトの正体に思い至る。

「……ルート?」
「正解だ」

 将吾が口にした答えを秀一は淡々と肯定する。いつかの授業で見た態度と何ら変わらないその振る舞いが将吾にとってはいっそう不気味だった。

「ビリーをどこへやった?」
「X-Passの中に転移してもらった。そっちの方がお互い安全だろう」
「ルートの領域ディレクトリだ。私の特権で場所を変えさせてもらった」
「特権と来たか。随分いいご身分っすね、先生」
「いや、私は鶴見達と変わらないトラベラーだ。ただ育て上げるのが早かっただけの、な」

 矢継ぎ早に投げかけられる問いに秀一は淡々と返す。その度に質問者は彼と自分の違いを思い知る。フィンと呼んだあの白騎士は巽恭介のマメゴン以上に鍛えあげ糧を注いだ結晶で、その成果を持ってルートに特権を与えられる程度には直接の接点を得ていた。今ルートが最も信頼を置くトラベラーと言っても過言ではないだろう。
 そんな男がまとめ役を失った烏合の衆をルートの前に呼び寄せたことの意味が分からない馬鹿はこの場には居ない。

「――今になってコンタクトを取ろうと試みたことは謝罪する」

 不意に全員の脳内に響く声。どこか人間離れした印象を与えるそれを聞いたのは二度目。X-Passから伝わるその声にはX――弟切拓真と初めて相対したときと違って殺意や敵意は感じられない。手駒と見ている以上それは当然なのだが、それ以外の感情も感じられないのが癪に障った。

「あんたがルートか?」
「肯定だ。危害を加える気なら相応の対処をする」
「するかよ。俺達を何だと思ってんだ」

 将吾が吐き捨てた通り、今ここでルートに歯向かう意思があるものはここには居ない。

「今さら呼びつけて何のつもりですか?」

 それでもただ従順に納得できた訳ではない。特に悠介は憎悪に近い感情を露わにしながら、無機質なオブジェクトを睨みつけていた。
「状況が変わった。私やそこの秀一が主導となって立ち向かうべきだと判断した」
「どの面下げて今さら雇い主面しにきたって言ってるんだ!」
「巽恭介のことはこちらとしても大きな損失と見ている。白田秀一を足止めされたのが痛手だった」

 向けられている感情も感知する機能もないのか。無機質というよりは無神経にも覚える態度に激昂したところで反応は薄い。悠介自身分かり切っていたこと。それでも煮え切らないものは煮え切らない。

「それは俺も謝罪しよう。ただ俺も彼の立場が真にどちらにあったのか決めあぐねていたのも事実だ」
「だからって……」
「止めとけ。こいつらに言ったところで何も変わりやしねえよ」

 秀一と正道が口を挟んだ以上は引っ込めるしかない。寧ろ引っ込みどころを与えてもらったのが正しい。悠介のことを責められる者はいない。悠介が吐き出した感情は大なり小なりこの場の全員が抱えていたものであるのも事実なのだから。

「で、俺らが素直に従うと思ってるのか?」
「逆に問うが、ここまで戦ってきた君達が従わない理由があるのか?」

 正道が形ばかりの反骨精神をぶつけたところで返ってくるのは懐の痛いところを突く事実確認。ここで従わないという決断が出来るのなら、誰もこの場には立っていない。

「一つだけ確認させてくれ。報酬は本当に存在して、それは俺達が望んでいるものなのか?」

 ただそれは自分達の目の前にぶら下げられている人参が本物であればの話。真っ先に口に出したのは将吾だが、それは全員が喉元に出かかっていた言葉だった。

「タイムトラベルであれば可能だ。仮に君の望むかたちに過去を変えたのであれば、その結果の現在に君の存在が分岐するまでのこと。それで問題ないのであれば、概ね君達の望みは私の機能で叶えられるだろう。X-Passによる転移もその一端なのだから」

 概ね期待通りの返答。過去を変えたいがために戦うという動機は保証された。だが微妙な言い回しが将吾の耳にはノイズのように残った。

「機能?」
「機能というのが適切だろう。――君達の言葉で私の魂と呼ぶべきものはこのタイムマシンと同化しているのだから」

 特段重要な情報でもないかのように、ルートは己の素性の一端を明かす。それはよりその存在に対する謎を深めるものだった。

「改めて問わせてもらう。あんたは一体何なんだ?」

 今問い質さなければ機を逸する。そう思った瞬間に将吾の口は開いていた。

「……モンスターに焦がれた、ある男の残骸だ」

 静かに声が響く。変わらずシステマティックな筈のその声に昔日を思う彩を感じたのは気のせいだろうか。

「モンスターの実体化の実験事故で死に瀕した一人の男が居た。その男の意識は最期にタイムマシンのシステムの中枢に取り込まれた。そうして生まれた思考の方向性が私だ」

 きっとその男は幼い頃に命を救われたモンスターに心を奪われた思い出を恩義と定義し、死ぬまでその再会に固執したのだろう。

「我らは望む。あの日見たモンスターの生存を。その種の繁栄を。故にその最大の障害となるものの排除が為されれば相応の報酬を与えると己を定義した」

 その成れの果てが目の前の無機質なオブジェクトの中で亡霊と化しているのなら、きっとそれは人類に牙を剥く呪いにもなるだろう。結局システムと名乗ってもその根底は自分達と何ら変わらない浅ましい願いでしかなかった。

「そこまで明らかにする程度には尻に火が付いた訳だね。それほどに君は、今の弟切拓真を恐れるべき相手だと考えているということかな」

 冷ややかな、だが僅かに嘲笑するような声で鈴音は笑う。まるで目の前にある物体とそれが置かれた状況が滑稽であるかのように。

「その通りだ。奴には門外不出の筈のキーデータが渡った」
「キーデータとは?」
「セルの技術に関するブラックボックスを開ける鍵だ。参照できない記憶も含まれるため私自身も詳細は把握できていない。だが、モンスターをこの世界から消失させるためのシステムを作り上げることも可能なのは間違いないだろう」

 呼びつけておいて今さら隠すことにメリットはない。人間なら屈辱と感じる事実をルートは何の感情も込めずに明らかにする。重要なのはその事実に高いレベルのタグが設定されていることだけなのだろう。

「それが弟切渡のカインに埋め込まれていた。そうだね?」

 だが、次いで鈴音が指摘したその事実については違ったようだ。僅かに部屋の空気が震え、室温が数度ほど上がったのは気のせいではない。

「……その通りだ。あの個体は私が幽閉し管理していた筈だったが、何の因果かよりにもよってあの男に渡り、キーデータも奪われた。――ああ、そうだ。すべてあの男のせいだ」

 敵の親玉から戦犯と認定されるほどの罪を心の底から憎い相手に背負わせた。弟切拓真が腹の底から笑いたくなるほどの状況を生む程の価値がキーデータにはあるらしい。

「不幸な事故だよ。どちらの黒幕からも嫌われているとは、彼も縁が切れてよかったのかもね」

 それは弟切拓真自身にとっても同じ。究極体デクスの手でカインの腹からキーデータを抉り取らせた拓真の口元は誤魔化しきれない程に喜色に歪んでいた。あれは拓真にもキーデータを手に入れられるという確信があったが故のもの。当然その用途も理解しているだろう。

「で、結局そのシステムとやらを作り上げるまでに弟切拓真を殺せってか」

 ルートにとっての最大の脅威はキーデータを手にした拓真と、彼が作り出すであろう「モンスターをこの世界から消失させるためのシステム」。それを始末する必要がある以上、まとめ役を失ったトラベラーを捨て置く理由はない。

「無論、破壊するためのウィルスの作成も検討するがシステムの詳細を把握している訳ではない以上、時間は掛かるうえに効果も確証が得られない」

 ルートとしても拓真がどのような切り札を用意するかは掴めてはいない。ならば、拓真を追い詰めて始末した方が手っ取り早い。

「並行して戦力の増強を図りたいがリソースが限られている。だから一つ臨時でミッションを課そうと考えた」

 ここまでは情報の整理と大目標の設定。そのうえで提示するのは試金石に等しい小目標。

「白田秀一のフィンにはシステムに対抗する前提で強化を施すが、もう一枠だけ完全体パーフェクト究極体アルティメットにまで強制的に進化させようと考えている」

 ルートとしてはあくまで大将は最も信頼を置く秀一とフィンに固めたいらしい。ただでさえ真正面から戦って勝てるか怪しい相手が力を持つのは、報酬を競う形になった場合を考えると従順には受け止めがたいものがある。

「まずはその一枠に見合う覚悟と働きを見せてほしい」

 その辺りの態度も加味して信頼できる駒を確保したいのだろう。彼らに匹敵する力の対価は彼らと等しい忠誠心という訳だ。

「要するに、先着一名で敵側の誰かを始末すれば力を与えるということだ。――趣味の悪いご主人様だろう?」

 秀一のその一言でルートへの謁見は終わる。沈黙したオブジェクトを尻目に秀一はX-Passを操作し、この場から全員を解放させた。

「……む」

 その操作の中で割り込んだ一通のメッセージを秀一は無感情に一瞥した。