Episode.16 "エネミー VS プレデター"
吹き荒れる爆風に瞼を閉ざすことなく、真壁悠介はただ奥歯を噛んで契約相手の姿を追う。少しでも意識を逸らせばすぐにこの場に立っている実感を失いそうになる。その瞬間に契約相手共々敵に刈り取られかねない。何せ敵には自分達を相手にしても非情になれるだろう大義名分が存在するのだから。
「シド!」
悠介の声で機械仕掛けの死神は掲げた鎌から異音を響かせる。完全体に到達した契約相手が得た力は純粋な白兵戦闘能力だけではなく、重装甲をも無視する精神攻撃。格下相手なら射程圏内に近づいただけでまともに動けなくなる。特に紺色の量産品の中には昇天している個体も多い。同格であっても著しいパフォーマンスの低下は避けられない。
まったく影響を受けない例外があるとすればそれは格上。例えば上空から迫りくる黒い流星――黒木場秋人を背に乗せたクロムとか。
「きっつ」
鎌の機能を怪奇音の発生から単純な出力上昇に割り振ったとしてしのげるかは怪しい。ならば自分の価値を認めている連中を信じて貫き通すまで。
その思惑が通じたのか、クロムが不意に軌道をこちらから逸らす。肉眼で視認できる範囲で推測できるのは何かを避けたこと。今回共同戦線を張る面子には狙撃を得意とするモンスターも居たので、恐らくその連中のアシストだ。クロムが警戒する程となると特に急所を捉えて射貫けるような……ギリードゥモンという緑色の毛むくじゃらだろう。
「森山さんだったか。助かりました」
「気ぃ抜くな!」
耳朶に響く声に尻を叩かれるように見上げれば、シドの頭上で爆発が起きる。その光景を目に収めた悠介はただ自分の甘さに舌打ちをした。
「射場さん、助かりました」
背後を振り返ることなくただその一言だけ返して悠介は戦況に意識を戻す。
「椎奈の奴、本性現してからえげつないっすね」
「ああいうのが一番おっかねえんだよ」
なんてことはない。綿貫椎奈のピッコロモン――ピーコロさんが瞬間移動で距離を詰めて投下した爆弾を射場正道のアサルトモン――ビリーが撃ち抜いただけの話。
「お前さんの強みは分かった。移動はサポートするからマメゴンの方に寄っとけ」
確かに全体にデバフを掛けるような能力は存在自体が壁になる大ボス――アルティメットブラキモンとセットで配置しておけば一方的に蹂躙できるだろう。大人しく指示に従いながら頭の片隅でこれまでの戦況を整理する。
弟切渡の後ろに並ぶトラベラーは九人。迎え撃つレジスタンスは元トラベラーが十二人と彼らを率いるこの場唯一の未来人X。そして、量産されたデクスの総数およそ四十。大半が群青の個体だが奴らを先導するように五体の緋の個体が陣取っている。
あちらから誘いを掛けていた以上、長期間警戒態勢を維持して時が来ればすぐに戦闘態勢に移れるように準備は整えていたのだろう。研究施設としての側面が強い支部と聞いていたが、大方デクスという武器を作るための施設だったのだろう。なるほど。今日は格好の実験の場という訳だ。
「すまない。特に強力な助っ人だがすぐには来れないようだ」
「これだけ頭数を揃えてくれただけで十分です」
実質解体したとはいえトラベラーのコミュニティをまとめていた男だ。同じように真実を告げられても諦めきれなかった残党をレジスタンスに寝返った連中を見返せるくらいにはかき集めてくれた。これでは特に強力な助っ人とやらは端から期待してませんでした、などという言葉は口が裂けても言えない。
年齢も性別もばらばらであれば契約相手も多種多様。学歴を鼻にかけてそうな眼鏡の青年は全身が植物で出来たドラゴンに背を預けており、自分は普通の主婦ですよという主張を顔に書いている女性には下半身のない落ち武者が憑いている。場に不釣り合いな成金趣味の服装の中年男性が笑いながら肩を叩いているのは、海賊としか言いようのない黒い装いの人型。巌のように堅物そうな男子高校生がその言動に繭を顰める横に、ドリルのような槍と銀の鎧で身を固めた獅子の騎士が立っている。それらすべてを見下すように溜息を吐く女子中学生の隣でマンモスに似た怪物が欠伸をするかのように鼻を持ち上げた。
「渡……俺、ここを選んだのは失敗だったか」
「それはお前次第だ」
「物は言いようだな。ヤケクソか?」
「口を挟むようで悪いけれど、それに乗った私達も大差ないだろう」
「違いない。が、あんたに言われると癪だな」
「そろそろ無駄口は止めて」
顔見知りは鶴見将吾と逢坂鈴音、そして星埜静流。彼女の契約相手も完全体に進化しているようで、両腕が犬の頭と化した黒い獣人はケルベロモンの変異種らしい。
各々の素性や思惑も詳しくは知らない。だが、これが今回の渡の戦いの最前線で巻き込まれる被害者である以上、特に標的や報酬に関心がある欲深い連中ということになる。
「おっしゃる通りだ。我慢比べしに来た訳じゃない」
敵味方の確認は十分。百数十メートル程の距離はモンスターの種類によっては数秒で詰められる。それでもあちらから仕掛けてこないのはあくまで撃退の体を取りたいのか。それとも数的有利による余裕か。後者だとすれば、それは流石にこちらを甘く見ている。何せこちらは半数しか姿を晒していないのだから。
「行きましょう。――巽さん、お願いします」
左腕を口元まで上げて、渡はX-Passに声を乗せる。それは通信相手にだけ告げる開戦の狼煙。通信相手は宣戦布告を告げる相手ではなく、無謀な共同戦線に乗っかかってくれたお人好しのまとめ役。
瞬間、空気を破断する音がこの場に立つ全員の本能を刺激する。震源地は渡達の場所からほど遠く、レジスタンス達の場所からは異様に近い。
この瞬間まで感知できなかった原因が姿を現す。それは黒鉄の巨大恐竜――マメゴン。この場に集まったトラベラーを束ねる巽恭介に相応しい契約相手。あまりに巨大すぎるその姿は通常なら即座に感知されただろう。だが、合流した連中の中にファンクンモンという種を契約相手に持つ者が居た。
釣りが趣味の環境学者に相応しい、空を泳ぐ赤い尾びれと輝く鱗の巨大魚。その身から発する泡は光を屈折させて、群れ全体の姿を周囲の背景に透過させる能力を持つ。その規模はマメゴンの巨体も、奴とともに行動していた残りの仲間八組もまとめて隠すには十分だった。
尤も、爆発と言ってもいい衝撃の前では割れるどころか消え失せるため、その役割を維持することはできないが。しかしそれは裏を返せば、マメゴンが放つ一撃がこれ以上身を隠す必要も意味もない、奇襲という言葉すら憚れる純粋な暴力だということ。
災害の如き爆風が敵対者を左側面から焼き払う。量産品の雑魚を蹴散らして、裏切り者に契約相手の死という戦力外通告を叩きつける。そうして総崩れになったところに、進軍を始めつつある渡達も加勢するという魂胆だった。――ただそれはレジスタンス側に隠し玉が無い前提で組み立てられた詰めの甘いシナリオだった。
爆風が去った後に残ったのはモンスターの燃えカスでもなければ契約者の焼死体でもない。そこに居たのは紫紺の鋼を肉体とする赫翼の破壊竜。翼の先端の刃や四肢の爪は標的を痛めつけるために研がれ、迸る稲妻のような文様は内に秘められた苛烈さを主張しているようだ。
体色やシルエットは成熟期や完全体のものとはまるで異なる。だが、その無機質な肉体に相反する凶暴性は散々まで見たデクスと同質だと嫌でも理解させられる。あれこそがデクスという兵器の究極の到達点なのだと。
「――未だにトラベラーなんて不名誉な立場に甘んじてるだけある。こんな卑劣さが許された時代に生きてて羨ましいな」
非情な不意打ちを嘲笑うように、標的の声が戦場に響き渡る。スピーカーがどこに仕込まれているかなどどうでもいい。重要なのは単体での最大火力を相殺できる新戦力が現れたこと。それも質より量だと侮っていたデクスから、こちらの単体の質を上回る個体が現れたということ。
「全員覚悟してきたんだろう。歓迎してやるから逃げるなんて無粋な真似はするな」
ドスの効いた挑発は恐怖を煽る脅迫にも似て、こちらに絶望感を植え付けようとする。ただその言葉だけで怯むと考えているのならそれこそ甘い。渡の話に乗った連中は罠であることを理解したうえで、目的を果たすために標的を仕留める最短ルートを選んだ馬鹿なのだから。
「いい覚悟だ。俺もこいつと出てやるから殺してみろ」
渡達が前進を止めないのを確認したことでXは事態が全面対決の様相に陥るのを予告する。その言葉が偽りでないことを渡達は嫌でも思い知ることになる。
「こっちも全力でクソ野郎を殺しに掛かるからなあッ!」
何故なら全速力でこちらに猛進してきた究極体デクスの肩にその姿を捉えたから。古い映画で見た空軍パイロットのような装いには嫌でも見覚えがある。ゴーグルで覆った目元の奥にどんな光が宿っているのかも予想がつく。
己の身を使った不意打ち。それが上々の成果を齎したことは認めざるを得ない事実だった。
「ありがたい。そう言ってくれた方が気が楽だ」
視界の端でマメゴンの方に黒い影――恐らく黒木場秋人を乗せたクロムだろう――が突風のように襲い掛かるのを認識した上で渡は笑う。
笑うことしかできなかった。自分の無茶な誘いに乗った連中の前でネガティブな感情を表に出すことだけは許されないのだから。
究極体デクスが現れた段階で戦場が二つに分断されるされるのは自然の流れだった。元々Xは渡に執着しており、渡もその誘いに乗っため、彼ら二人は当然台風の目となる。
それを見越したうえで出鼻を挫くため、この場のトラベラーで唯一の究極体であるマメゴンを用いた奇襲を仕掛けたのだが、それを防がれた以上はレジスタンス側も究極体であるクロムを中心として迎え撃つ流れになる。
戦場は二つに分かれた。トラベラー側としては元々数の差は覚悟の上だったが、奇襲を起点に二方向から圧を掛ける目論見が外れた以上、それが厳しい戦いに繋がることは明白だった。
「シェンが……海野さん!」
悠介の目の前でファンクンモンが泡のように消え去る。己の能力で身を隠したわけではない。爆弾を集中的に投下されて瀕死になったところをデクスに貪り食われただけ。
「よそ見って随分余裕あんのね」
「お前ほどじゃないよ」
契約相手の安否を確認する間もなく、次の標的は自分――その契約相手たるシドに向く。椎奈の言葉より早く頭上に投下される爆弾。異音を放つ鎌の一振りで薙ぎ払った後でありったけの殺意を込めて睨みつける。
「怖い怖い」
「どの口が」
「バレた? 実際こっちに来た連中は大したことないでしょ」
意にも解さぬようにくつくつと笑う椎奈の言葉に嘘はない。それは彼女の自信の裏返し。それが慢心だと指摘しようとしたところで何か喉の奥に引っ掛かるものがあった。
「どういう意味だ?」
「さあ? 自分で考えれば。日和見主義の雑魚ブラコン」
喋り過ぎたとでもいうかのように、その椎奈の言葉とともに追撃は止む。警戒心を維持しつつ、悠介は戦況の認識範囲を広げる。
「あんたの相手しんどいんだよ。同じレベルでも図体の差がひでえからな」
「そう言うなら退いてくれないかな」
「へぇ、あんたも冗談言うんだな」
悠介が立つ戦場の中心は究極体であるマメゴンとクロムであり、その契約相手である恭介と秋人はこの戦場での実質的なリーダーとなっている。片や重厚な巨体で戦場を荒らす重鎮。片や迅速な動きで相手を翻弄する斥候。
余波ですら敵対者には命取りになる重戦車の一挙手一投足を黒い風は軽やかに避けて斬りつける。だが一度の接触で装甲は削れても肉までは及ばない。しかしそれは言い換えれば何度も喰らえば肉に及び、いずれ膝を折るだろうということ。恭介にとっても秋人はやり辛い相手なのだ。
「一人くらいお仲間の首をプレゼントしてやらねえとなぁ!」
クロムが軌道変更した後、不意に加速する。進路は変わらずマメゴンに向いている。だが、これまでとは違い明確な標的があるように見えた。
進路を目で追う余裕はない。否、その必要もない。何故なら標的はマメゴンの後方で指向性の怪音波を放ち続けるシドで、意図して晒した罠であるのだから。
クロムの正面で待ち構えていた五発の弾丸。そのうち一つだけ軌道が異なる弾丸のみを危険と判断して避けたのは本能と身体能力の高さの証明だ。だが、射手達はそれも計算に入れていた。
避けなかった四発は確かにクロムの甲殻を貫けるほど硬くも無ければ脆いところを狙った訳でもない。そもそも射手も違えば扱う弾の組成もまるで異なる違う。避けた一発は弱点を射貫くことを得意とするギリードゥモンの致命の一撃。それ以外は急所への精度を捨てて弾数を増やしたバルチャモンという、狙撃を得意とする鷲頭の鳥人の射撃。
バルチャモンが扱う弾の実体は圧縮された砂の塊。それが四発密集した場所で砕け散ればそれは標的の視界を害する砂の膜となる。
「うぜえことするなぁッ!」
秋人が悪態を突いたところでクロムの動きが一瞬鈍くなったことには変わらない。既に誘い出していた位置ならば、大ぶりな尾の一撃でも叩き落せる。
そして振り下ろされる鉄の蠅叩き。同格相手と言えど原型をとどめているとは思えない質量の暴力の結果は、尾の下に散らばる憎たらしいほどによく見た群青色の翼が示していた。
「助かったけどよぉ。もっとやりようあっただろ」
「文句は無しですよ。そんな余裕なかったんで」
上空に逃げ延びたクロムの上で秋人は命の恩人とやらに陽気に手を振る。つられるように向けた視線の先には白銀の鎧を纏う白兎の獣人と、その契約相手が居た。彼女――羽賀関奈はかつてコミュニティに居た女子高生。成熟期デクスを投げ飛ばしてクロムを危険域から押し出したのは彼女達だった。
「死ななかっただけマシか。――てめえはどう思うよ、椎奈?」
上空で呟いた秋人の声を聞いたものはいない。何故なら、それ以上に注目すべきことが発生したのだから。
「……悠翔?」
三百メートルほど離れた廃屋で爆発の光が瞬き、爆煙が昇る。そこはバルチャモンとギリードゥモン、そして彼らの契約相手が狙撃ポイントとして活用していた場所だ。誰が犯人かなど考える必要もない。
「狙撃とか陰湿なことする奴は死ねばいいと思う」
「どの口が言うんだ」
身を隠す必要もないとばかりに椎奈が吐き捨てる。瞬間移動能力と爆破能力を持ち合わせるのは彼女のピーコロさんだけ。
「一体だけ飛ばすなんて、よほど契約相手を信頼してるんだな」
「当然。自慢じゃないけど、アレほどちょっかいを出すのだけは得意な奴は居ないでしょ」
悠介の煽りに飄々と返す姿そのものが、契約相手が生存するという自信の現れ。場所の割れた狙撃手など神出鬼没の爆弾魔の相手ではないとでも言うかのようだった。
「悠翔ってことは……片方は天宮の契約相手が進化した奴か。ま、どっちか分かんないし、そもそもどっちでもいいか」
そこにコミュニティに所属していた頃の仲間が居ようと居まいと構わないという素振り。実際、彼女はずっと前から敵対者を手に掛ける覚悟は出来ていたのだろう。それは訣別の日から分かり切っていたことだ。
「どういうつもりかな?」
「私個人の考えですよ、巽恭介さん」
ただ、恭介が彼女の言葉に対して反応したのは意外だった。反応するのは想定内ではあったが、語気の強さやそこに込められた真剣さが些か過剰に思えた。
「話は済んだかよ!」
その真意を探る間もなく、秋人の追撃が始まる。その猛攻に意識を割かなければならないため、恭介にはこれ以上追及する余裕はない。悠介にはこの流れがまるで椎奈の真意が告げられるタイミングを失わせるがためのものに思えた。
「ま、上々か」
そして、彼女はゲームのスコアでも眺めるように呟く。プレイヤーキャラたる爆弾魔が狙撃手を二体とも仕留められたかは彼女のみ知る。
「お前、やったのか?」
「残念。パーフェクトならず」
掌を広げて椎奈は笑う。提示された答えも、その解答の仕方も悠介には気に食わなかった。一時でもそんな奴が仲間面していた事実に無性に腹が立つ。
「――切り替えろ! 生きてる奴だけ考えろ」
「あーうるさいうるさいうるさい」
気づけば椎奈と仲良く耳を押さえていた。だが彼女と違って、悠介にはボリューム調整を間違えた声の主に文句を言う資格はない。無駄に熱を帯びた思考を冷ますという点においては、正道の大声は有効だったのだ。
「驚いた。その四足は飾りじゃなかったんだ」
「だろうな。全力疾走は初めてだからな!」
「お陰様で酷い乗り心地でした」
彼は半人半馬である契約相手の馬の背に当たる部分に跨っていた。その後ろで同じように跨っているのが天宮悠翔であることは頭上で警戒態勢を維持する契約相手から分かった。
右手は引き金ではなくより後ろの銃身を握るように。意識はスコープ越しの視界ではなく前方についた刃に。バルチャモンの黒羽は素人目に見ても愛銃を銃ではなく鎌として扱う構えを取っている。ここまで来たのは狙撃が有効でないと判断したから。その理由の一つは容易に思い至る。
「森山さんは?」
「今は目の前のことに集中しろ」
叱咤と解答を同時にしてくれる辺り、射場正道という男は本当に優しい人だと思う。ならば悠介もこれ以上不要な質問は許されない。
「そこの……峰原だっけ。一人相手頼める?」
「――人使いが荒いな」
「まとめて相手しろって言うなら手段選べないけど」
「分かった分かった。赤いのを二体借りるから二人は引き取る。それでいいな」
「あら、そこまでサービスしてくれなんて……じゃ、お言葉に甘えよっかな」
見知った相手が敵として出てきてもいちいち驚いている暇はない。契約相手が完全体に進化しているのももう見飽きた。
重要なのはその能力と武器だけ。黒い熊の着ぐるみの身体に不釣り合いな鋭い爪と腹に一物抱えてそうな悪役面。なお、実際に腹の裂け目からは妖しげな光が瞬いている。
「くそ……埒が開かない」
人間と契約したモンスターの数ではトラベラーの方が多い。完全体デクスを加えると数では上回られる。半ば肉盾のように使い捨てられる成熟期デクスも単純に数で攻め込まれるより寧ろ厄介だ。致命の一撃を無駄にされればその後の隙を逆に突かれることになるのだから。
打開策は無いか。それに至った仲間は居ないか。目の前の戦闘に大半を割く意識の片隅で、悠介は逃げるように考えていた。
「……は?」
そのせいか、奇妙なものを見た。
モンスターの亡骸を貪る成熟期デクスの群れ。その餌は戦闘開始前に会ったうちの一体と符合する。だがそれは驚くべきことではない。
重要なのはその契約相手。キャスケット帽を被った専門学校に通う女性で初対面ながら気さくに話しかけられて重荷が少し軽くなったのを覚えている。
ただ今目の前に居る彼女からはあの時の優しさは失せて、ただ恨むように目を見開いていた。何よりその身体はこの空間から消え去るかのように透けていた。
契約相手を失っただけではそんなことにはならない。寧ろ似通った事象はモンスターと契約していなければ起こり得ない。
だが悠介はそれ以上に酷似した事象を目の当たりにしている。それはトラベラーのコミュニティが分裂する原因となった日。あの時も同じように契約相手を失いながらも現代に戻された人間が居る。それを実現するために使われた端末も記憶に残っている。
「どういうことですか。――巽さん」
問題は何故それを巽恭介が持っているかという一点だけだった。