どうやら一気に吸い込んで捕食するつもりらしい。自ら前進したことといい、明らかに以前よりアクティブになっていた。
「ぐ、う……」
吹き荒ぶ風が身体を持っていこうとする。踏ん張ろうとはするが、すればするほど身体の自由は利かず、無駄に労力を消費して隙を作るだけ。影響を受けない位置に陣取った偽真治がニタニタ笑いながら銃口を向ける。
迷っている暇はない。突発的に浮かんだ案を実行するだけ。
「異能弾、カイザーレオモン……っと!」
後方に銃口を向けて引き金を引きながら、無駄に踏ん張るのを止める。放った弾丸は周囲の風に逆らいながらしっかりドゥクスモンの元へ飛んでいるのは確認できた。ついでに自分の身体が半分浮きながら前方に引きずられていることと、その自分に向けて偽物が引き金を引いたことも。
「はりゃっ!」
覚悟は決めた。直近の一発は適当な弾丸を選んで迎撃しつつ、引っ張られる感覚に身を任せる。半ば浮きながら身体はとてつもない速度で前に進む。一瞬ぎょっとした表情を見せる偽物が放つ第二波も、先に動いている真治には問題なく迎撃できる。こちらの一手を意にも介さず、無謀な一手で前に進む本物は偽物にとってどう映ったか。
「強襲弾、スパイラルブロウ改」
タイミングを見計らって放つ圧縮空気。その方向は偽物の居る方向とは真逆で、D-トリガーの反動制御を無効化した上で最大まで火力を設定したもの。放たれた瞬間、射手の身体はリヴァイアモンの吸い込みから解放され、まったく別の軌道を描いて移動する。
「んなっ……」
リヴァイアモンとの距離は瞬く間に近づく。それは真治物との距離が近づくことと同義。捨て身の覚悟で突風を放った結果、真治の身体は相応の反動とともに自身の過ちへと突進していた。
「ガフッ!?」
「見たか、ハゲ!」
ざまあみろ。渾身のタックルをかましながら、無様に吹っ飛ぶ自分の身体を使っていた糞野郎を笑ってやった。意識的に笑わなければ反動のあまりに気を失いそうだ。すぐにマウントポジションを取り、左手に持ち替えた銃を偽真治の額に突きつける。その頃には相手の銃もちょうどこちらに照準を合わせていた。
「流石に俺も、真治
「そうならんといかんようにしたんは誰や」
右手は使い物にならなくなり、腹への衝撃で朝飯を吐き出しそうだ。それ以上に、自分でも分かるほどに異常にアドレナリンが満ちていないと激痛のあまり意識が飛びかねない。
「はああっ」
一瞬の静寂。止まった時間で動いていたのは、二人の横を通り過ぎたドゥクスモン。その身に黒い闘気が槍だけでなく全身を武器とし、リヴァイアモンの招待を受ける。自身の姿勢だけは維持し、強力な力には逆らわずにむしろ自分から突進。
「シュバルツ・ケーニッヒ改」
無論、自分から食われにいくほど愚かではない。纏う闘気は攻防一体。それは強大な風に抗う黒い風の盾。掲げている間は多少の自由は利く。懐にさえ潜りこめばこちらの領分。
「お前らの思い通りになんかさせるわけないやろ」
「はっ、やれるもんならやってみろや」
パートナーの行く道を、こいつだけには妨害させはしない。互いに互いの武器を突きつけている以上、他に意識を回すことなど出来はしないだろう。
「言われんでも。――後は頼むで、リヴァイアモン」
だが、それは真治の考えで、目の前の同じ顔をした奴の考えは違っていた。すぐに右手を回して銃口を向け直し、自ら隙を晒しながら引き金を引く。
「お前っ」
「ハッ、俺みたいな紛い物に躊躇いがあるとでも思うたんか?」
それとほぼ同時に真治はゼロ距離で引き金を引き、自らの過ちの頭蓋を砕く。その破砕を起点に、身体も黒い灰となって散り始めた。
「あのアホ」
あまりにあっさりとした清算。奴は悪核によって作られた、倉木真治という人間の身体を操るための人格でしかない。こちらがその力ごと切り捨てた以上存在を認めることはあり得なかった。――とはいえ、自分からその存在を捨てるのか。
「くそっ、ドゥクスモン!」
だが、奴が自分を捨て鉢に放った弾丸は無視できない。しかし、先に放たれた段階で自分に対抗手段は無く、出来ることは標的であるパートナーに叫ぶことだけ。
「ららあああっ」
弾丸の標的――ドゥクスモンは黒い風となって己の残骸へと走っていた。その目標は一番最初に狙いをつけて潜り込んだ右脇腹。顔面まで十メートルのところで転回し、若干重心が傾いているその一点を狙って一気に突っ込む。
「あ? ……んなっ!」
遠くから聞こえた真治の声で、その一歩を踏み出す前に足が一瞬止まる。その目の前を通る黒い弾丸。奮い立つ煙と一瞬で足元にできた穴がその威力を知らしめる。
「くそっ」
また足が止まった。先ほど同じ手で無様な姿を晒したばかりだろうに。真治が与えた闘気は既に半分消えている。幸い先ほど食らった尾はこちらに向いていない。
「――あ」
代わりにリヴァイアモンの頭が、その大顎がこちらを完全に捉えていた。身を投げてでも躱そうとするも、同時に足元を襲った地響きがそれを許さない。自ら距離を詰めていたリヴァイアモンは、大顎という処刑台を動かし、牙の並んだ上顎をギロチンのように落とした。
キンッ!
牙が標的と激突する音が響く。――それは標的を貫く音にしてはあまりに短すぎた。
ドゥクスモンの真上に落ちる怪獣の上顎。下顎と接触するはずのそれは彼の頭の位置で動きを止める。下顎の代わりにぶつかっているのはドゥクスモンが展開して突き出した盾とそこから漏れる腐臭漂う紫紺の煙。
「ジュデッカプリズン」
盾を貫こうとした牙が先端から腐食し、ぼろぼろと原型を無くしていく。数少ない真治に出来る手の中での最善手。その援護の弾丸を受けて使った前世の技。リヴァイアモンには予想外だろう。自分の巨体の一部をあっさり削る一手がこちらにあったことが。
怯んだのはほんのわずかな時間。リヴァイアモンの巨大な顎から逃れるにはあまりに短く、ドゥクスモンにとっては寿命を多少伸ばしただけに過ぎない。
「オーバーライド――突風弾
だが、真治にとっては起死回生の賭けを相棒
意識に滑り込む情報がドゥクスモンの身体を勝手に動かす。両手を突き上げその手に持った武器を掲げる。ワニの頭部を模した盾は半分閉じて、その上部に槍の柄を差し込んで一体化。そのまま一度大きく振り回し、直後に落ちてきた上顎を弾き返す。そこから流れるような動作で懐に抱えて構えた。
それは槍と呼ぶにはあまりに生物的な形状をしていた。何も知らない第三者が見れば、ドゥクスモンが後ろを向いたワニを抱えているように見えるだろう。その尾は槍の穂先に、その頭部はエンジン兼排気筒の役割を担っている。
あまりに単純な形態変化
「強化弾、ダークドラモン――ダークロアー」
真後ろで真治が放つ暗黒物質
三度落ちる上顎のギロチン。それがドゥクスモンの視界を暗闇に落とすのと同時に、化け物の槍は唸り声を上げる。
それが最高潮に達した瞬間、リヴァイアモンの口は完全に閉ざされた。
「ドゥクスモン!」
真治が叫ぶ。その声がどんな意図を持っていたかは声音では分からない。だが、浮かべていた表情がそのすべてを語っていた。
「ガ、ビ……」
リヴァイアモンの口から漏れる呻き声。それは絶命の寸前に初めて出た奴自身の苦悶の声。膝を追ってその巨体を地に伏す。地震に似た地響きが奴自身の身体を揺らして崩し、黒い塵の山へと変えはじめた。
「――スプラッシュストライクス」
かつて尾があった場所で、ドゥクスモンは黒い塵に塗れた身体を震わせる。飛び散っては消える黒い塵は、リヴァイアモンの首から尾までの全身を貫いた際、浴びた体液が渇いたもの。正面から浴びはしたが、既にその性質は以前のカオスドラモンなどの擬似デジモンに近い状態になっており、耐性のあるドゥクスモンにはほとんど影響はなかった。
「ふぅ……ハッ」
倍以上に重くなった槍を下ろして大きく息を吐く。振り返れば、真治が指一本ほどの大きさにまで小さくなって見えた。いったいリヴァイアモンの巨体はどれほどの大きさで、自分はどれほどの距離を一気に突っ走ってきたのだろうかと笑えてくる。
「っしゃぁ」
いや、今の自分にはその資格はあるだろう。そう自己完結してドゥクスモンは拳を突き上げて短く笑った。
「ってあだだっ……くそ」
だが、勝利の代償として、お互い相応の負傷を負っている。自分は鎧の内側に隠しきれないダメージを背負っているし、真治の右手は手当をしなければぷらーんと無様に吊るすことになっていた。
他の面々には悪いが、自分達にはしばらく休養が必要だ。最悪勝利はしたがこのまま退場という可能性だってある。
とりあえずは真治の元へと合流しなければならない。勝利に繋がったとはいえ、無駄に距離を走り過ぎた。せめて互いに顔を確認できる程度の距離くらいには近寄らなければまともな話すらできない。
「さて……ん?」
ドゥクスモンの動きが不意に止まる。視線は真治の方向を向いたまま、さらに奥の一点を捉えていた。
そこに居たのは真治とは別の人影。遠目で判別しづらいが、その姿は既視感を感じられ、当の真治も一見親しげに接しているようだった。
尤も、そう見えたのはほんの一瞬だけ。すぐに互いの――というよりは真治の動きが明らかに敵に対するそれに変わった。勝利の余韻も再会の喜びもない。彼と乱入者の間では弾丸が飛び交い、既に穴ぼこだらけになった地面は一点集中でさらなる脅威に晒される。
「待て、真治っ!」
無傷に近い乱入者と負傷した真治では勝負は明白。連戦などできるほどの余裕は無く、利き手は動かないために一つ一つの動作は以前のようにいかない。そもそも銃を向け合った段階で勝ち目など無かったのだ。
事実、ドゥクスモンが三歩目の足を着くのとほぼ同時に真治は倒れることになる。
「真治? て、てめええぇっ!」
ドゥクスモンの全身の血液が沸騰する。身体中の痛みは意識の外に消えた。何者かは詳しくは分からないが、このままにしておけない。全力のその先を使って新たな標的の元へと走る。先ほどのような加速? その推進力
「えああああああ――あッ!?」
そこまで心身ともに熱が充満していた。そのはずだったのに、標的である乱入者の顔を確認できる距離まで来たときにドゥクスモンの速度は急に落ちる。それは標的の正体を理解し、その意図を理解できなかったため。そもそも標的は本来ここに居るはずがなかったのだ。
「お前何し――」
思わず頭に浮いた言葉を口にした瞬間、自身の二度の失敗がドゥクスモンの頭を過る。それはすべて足を止めたことに起因したためではなかったか。
その結論に辿り着いた直後、彼の頭上に裁きの雷が落ちた。
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第二戦は真治&ドゥクスモン VS リヴァイアモンでした。……途中で変なの入ってきましたが。
変なのこと偽真治(仮称)ですが、あれは真治の内にあった悪核、その人格がリヴァイアモンの尾に使われていた物質化した悪核で作られた身体で受肉したのです。……うん、何言ってんだ俺?
以下設定の補足です。
悪核は取りついたデジモンや人間の中に擬似的な人格を作って操っていました。その人格は浄化後に基本は消えますが、真治のは出自が特殊な例外なので残っていました。ただリヴァイアモン全体を動かすだけの力は無かったので、斬り落とされた尾を使って自分の身体を造った感じです。……本当にどういうことだ?
まあ要するに、真治とガビモンがおかしかった頃の遺産と戦ったと認識して頂ければなんら差し支えないです。このリヴァイアモンに関しては模造品の中でも核となるデジモンも居ない、以前の擬似デジモンに等しい例外なので。……まあ、そういうところも本編で上手く織り込めって話なんですが。