見間違いかと思って何度も瞬きしたが、そこにある姿は形を変えない。二人そろって幻に囚われていなければ、その真治の偽物――仮に偽真治と呼称しよう――は現実に存在している。ならば、奴は何だと言うのか。
意識的に鋭敏にした感覚が正しければ、奴はおおよそリヴァイアモンと同質のものでできている。だが、そのおおよそに当たらない部分はむしろかつて真治が抱えていた悪核と性質は酷似していた。
そうじっくり分析はしてみたが、実際のところ真治と同じ姿を取られた段階で、疑問の答えは既に自分達自身が理解できていた。
「――何って、お前らの想像の通りのものやで」
不意に偽真治が口を開いた。声質も上手く再現出来ているその声は、まるでこちらの心を見透かしたかのような内容も相まって分かりやすく挑発的。それがリヴァイアモンから分化した存在だとはすぐには信じられなかった。
「お前らが巧に負けた後に残った悪核の残骸――要するに、お前ら二人が抱えてた悪核やな。リヴァイアモンはそれを元にしとった。で、お前らがそれを斬り落としたから、そこから俺――つまり、真治
俺という人格だけ残れたんは元となる悪核が他と違ったからの例外
饒舌な説明は親切過ぎて逆に不気味。何よりこちらが疑問を口にする前に、その疑問に対する答えを丁寧に提示してくるのが、まるでこちらの思考を読まれているようで気味が悪い。
「ペラペラ説明してくれて助かるわ。親切過ぎて泣けてくる」
「いやいや。一時期同居しとった人格故の、サービスとして受け取ってくれてこっちも満足や」
相手としてもおそらくそれが目的だろう。かつて真治のを模倣した存在だから、こちらの希望を、思考パターンを理解しているという挑発。真治をベースとしていながらもその実、彼よりも性根は好戦的で目ざとい。
「というわけで悪いけどな。――お前らが切り捨てた残骸相手に死んでくれや」
偽真治の纏う空気が一変する。挑発的ではあったが親しげな雰囲気は消え、彼の人格本来の――かつて巧と敵対していた時の真治のような――怜悧で容赦のない視線とともに黒い銃を向けていた。
「強襲弾、石敢当改……っ」
真治はほぼ反射的に前面に石壁を展開。二秒も持たずに砂のように崩れて消えるそれを見送りながら、ドゥクスモンの尻を叩いて再戦を告げる。壁が一時しのぎ程度にしかならなかったことに驚きながらも、真治の思考はその理屈を理解していた。
あの弾丸は間違いなく、かつて自分の身体が使っていたものと同種。大元のルーツを辿れば同じであるにしても、できれば対峙したくなかった。その有効性は使っていた自分が一番分かっている。
「ドゥクスモン、お前はもっかいリヴァイアモンの腹に回れ。こいつは俺が受け持ったるさかい」
いくら耐久性に優れている盾だろうが、あの弾丸相手では一度しかしのげない。ならばより優れた盾――リヴァイアモンを使えばいい。再度走り出したドゥクスモンを見送りつつ、結局やることは以前と変わらないのだと思考を切り替える。ドゥクスモンが己のリーチで戦える距離まで行くためのフォロー。互いに相性の悪い相手と戦わないように戦況を運ぶ。
今この場でリヴァイアモンが振るえる武器は一本になった尾。ならば、むしろ厄介なのは偽真治の方だ。
「強襲弾、ジェノサイドギア改」
連続的に放った弾丸は数を優先した多数のミサイル。時間をずらして襲来するそれを偽真治は一発一発的確に狙い撃ち、一つ残らず消滅させていく。その時間は二十秒にも満たないが、真治が次弾の装填を終えるには充分。次の弾丸を撃つ頃にはドゥクスモンから意識は完全に逸れるはず。
「づ危なっ?」
そう思った矢先に飛び込むドゥクスモンの声。一瞬視線を向ければ、その足元には露骨なまでの穴
「アホ、止まんな!」
「あ、なぐぶっ!?」
真治の忠告は遅く、足を止めたドゥクスモンの身体を巨大な鞭が薙ぎ払う。的確な防御姿勢を取れていない状態での、お手本のようなまでの直撃。遠目で見ても、盾は一部凹んで鎧もひどく損傷しているのが分かった。
軽く宙を舞って転がった相棒に視線を移しはしたが、自分の偽物が突きつける銃口が彼に駆け寄ることを許さない。
「どうや、自分が切り捨てたものに邪魔される感覚は? 案外捨てたもんやないやろ? というか、お前らの方が捨てられるべきやったんちゃうか」
「べらべらと……うっさいなぁっ!」
「声量だけやったらそっちの方がうっさいけどな」
「そういうこと言ってるんちゃうわ、ハゲがぁっ!」
挑発しながら偽真治が放つ黒い弾丸が自分の周囲の物を消していく。足元は穴だらけ。対抗して撃った弾丸は跡形もなく消えている。
偽真治の言葉通り、相対するのはどちらも過去の自分達の姿。そして、巧のおかげで捨てることができた力。だからこそ、意識して平静を保とうとしても、その挙動がすべて癇に障る。――先ほどドゥクスモンがリヴァイアモンに苛立ちながら槍を突き出した気持ちが嫌というほど分かった。
「強化弾、ライズグレイモン――トライデントリボルバー」
偽真治をきつく睨みつけ、真治は引き金を引く。銃口から飛び出すのは三発のエネルギー弾。偽真治は顔色一つ変えずにそのすべてを自身の弾丸で打ち消し、お返しとばかりに同じ数の弾丸をさらに放つ。そのうち二発は躱し、残り一発は銃の側面に展開した盾で相殺。その間に偽真治は次の弾丸を放つ。先手を取っても、攻防一体の銃弾を相手にしていては手数に差が出るということか。
思考を巡らせながら、迎撃の弾丸を用意。だが、引き金を引こうとした瞬間、不意に照準が大きくぶれた。
「なんッ!?」
照準どころの話ではない。抗えない力を前に身体が傾き意図せずに膝を着く。それは足元を襲う地響きによるもの。その間にも相手の弾丸は着実に迫っている。
咄嗟に真治はD-トリガーの盾を展開して頭の前に突き出す。土壇場に出る底力が、何らかの補正に等しい悪運か。真治の頭を道連れにするはずの弾丸は使い捨ての盾によって阻まれる。
「なんや、今の」
足元の揺れは収まった。追撃の弾に気を張りながら姿勢を整える。そうして敵を見据えたところで、真治はすぐに妙な違和感を抱いた。
リヴァイアモンの身体が一際大きく見える気がしたのだ。
「ああ、俺と違ってリヴァイアモンは人格まで残らんかったからな。お分かりの通りのポンコツになってしもてたんや。――こいつ、自分から動くことすら忘れとってんで」
「あかんッ」
突然の地揺れと大きく感じるリヴァイアモンから、違和感の正体など分かり切っていた。本能的に敵に背を向け、一気に駆けだす。背後から偽真治に撃たれる可能性があるのは分かっている。だが、それ以上に単純で強大な力に蹂躙される可能性の方が高かった。
「リヴァイアモン、――カウダ」
偽真治の言葉に被さるように聞こえる轟音。それが巨大な鞭が風を断つ音だということは目で確認しなくても分かった。少しでも距離を稼ぐべく、身を投げ出すかのように前方に飛び込む。今になってこんな脅威を相手に近距離で戦っていたドゥクスモンを心底尊敬するとは思わなかった。
「こんながッ……ぁ」
背中に直にアイロン掛けをされたような痛みが襲う。服ごと皮膚を裂くような鋭い一撃。これでも先端が表皮を掠った程度なので、とてつもない幸運だ。もし腹にまで達していたら、確実に上半身と下半身が分かれていた。
「ぁづッ……く、ってえ」
「ほおん、運のええ奴やな。どっかの誰かさんに分けてやればええのに」
「ごの、どっ、ダホが……っでぇ」
正直リヴァイアモンを舐めていたようだ。エンオウモンの場合は終始空中から仕掛ける彼に注意が向いていたから、今回の序盤は機械的な動作ゆえに待ちの体勢で居ることが多かったから、あの巨体が悠々と動くことがなかっただけ。
リヴァイアモンの本来の戦いは、ただ闊歩し蹂躙すること。ただ大きいということが脅威。しかも、今回はそれを最低限引っ張れるそこそこの知能と強力過ぎるサポートもついている。
(その相棒
それが自分達が切り捨てた力の大きさとでも言うつもりか。だが、それらが脅威として自分達に牙を剥いているのも紛れもない事実。
ドゥクスモンが得意とする範囲まで進めるには、リヴァイアモンの圧倒的な攻撃範囲を越えなければならない。そのイメージを立てようとする度に、先の鞭の一振りが嫌でも頭を過る。
結果、リヴァイアモンとその少し前面に位置する偽真治を前に、かなり距離を置いて真治とドゥクスモンはじりじりと後退する位置取りになっていた。
「そら、どうした? 序盤の威勢はどないした?」
「くそ、がっ」
一定の距離を取りながらの銃撃戦。注視すべきオブジェクトは自分含めて四つだけ。ドゥクスモンは血の痰を吐きながら自分の真後ろで自慢の武器を振るえずにいる。真治の偽物のすぐ後ろではリヴァイアモンはゆっくりと歩を進めながら、攻撃範囲に獲物が入るのを待っている。
だが、このままの状態では確実にじり貧になる。だからそうなる前に、もう一度ドゥクスモンをリヴァイアモンの懐に潜りこませる。
「そんなに俺を無視してリヴァイアモンのところに行かせたいんやったら手伝うたるわ。――なあ!」
真治とドゥクスモンが一歩前に出ると同時に左後方に急に移動する偽真治。訝しんだ瞬間、不意に前方に引っ張るような力が二人の身体を襲った。それは指向性を持った局所的な暴風のようだが、吹きつけるのとは真逆の感覚。形の見えないその力だが、視線を引っ張られる方向へと向ければ、その正体が分かった。
リヴァイアモンがこちらを見つめながら、大口を開けていたのだ。