第四十話「断罪の剣」③ | 秘蜜の置き場

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 ほんの少し前の出来事が遠い昔のように感じる。それだけの距離を強引に詰めて戻ってきたのだ。
 紅の大剣を構える武者竜が相対するのは、兵器として造られた魔獣。そのルーツすら自覚できない状態になってしまった存在。男との邂逅を経て、巧とエンオウモンは恐怖や怒りよりも同情の念が強くなっていた。
 自分も奴も誰かの身勝手な思惑を押しつけられ、振り回されていただけの存在。立場が違うだけで根本は何も変わらない。ただの玩具でしかなかった。それを哀れと言わずに何と言うか。
「俺達の手で倒すぞ、エンオウモン」
「ああ」
 それを分かっていても、分かっているからこそ、やるべきことは変わらない。既に存在するだけで害を成す存在を放置はできない。だから、せめて自分達の手で葬る。それが奴のために出来る唯一の手向けだった。
「巧、行くぞっ」
「やってやれ」
 再度背に乗った巧にそう告げて、交わした言葉を行動に移す。大剣を後ろに構え、推進器の方向を反転。一気に出力を上げ魔獣に向かって直進。方向や体勢の制御をないがしろにして一方向のみの出力にした結果、単純な直進速度だけならばかっての姿を上回る。
 一息つく間にその目と鼻の先に辿り着く。魔獣が反応するより早く、空間の歪みの隙間を見極めて大剣を振り抜いた。
「はああっ!!」
「んひぎいいあああっ!!」
 魔獣が反射的に突き出した右手を逆袈裟で斬り払う。大剣が通った軌跡は発火し、切り離された断面から腕を焼き焦がしていく。
「う、でがぜええええっ!!」
 切り離された手を結合させようと魔獣は腕の先から触手を伸ばす。だが、手の断面に燃える火が接続を拒む。
「そんなことさせるわけないだろ。なあ」
 そう呟いて、エンオウモンは大剣を少し傾けて左に大きく距離を取る。直後、ダメ押しとばかりにミサイルが降って魔獣の右手を爆散させる。
「ガルルトマホーク改」
 エンオウモンの後方、ガンレイズリガルモンの手元で光が散る。それは役目を終えた弾丸の効果が消えた証だ。
「サポートはしてやる。思いっきりやれよ」
 総合的な能力はおそらく自分達とたいして変わっていないだろう。それでも今のエンオウモンが特化させた力は魔獣には最も有効。本格的な反撃の中心は彼以外にあり得ない。
「ああ、存分にやらせてもらう」
 大剣を中段に構え直すエンオウモンの目には一部の曇りも無い。ただ全霊を持って因縁を断つという意思だけがそこにあった。
 魔獣の右手は焼失し、左手は原形も留めていない。空間を削る爪が消えた今、脅威となるのは二つの口から吐く熱線と周囲に展開する空間の歪みだけ。ただ、その歪みの引力は目に見えて強くなっていた。両手を潰されたことでそちらに回すリソースが無意識のうちに増え苦痛から強められたのだろう。心なしか殺意もより研ぎ澄まされている気がする。
「やる気ならこっちも負けねえだろ、エンオウモン」
「おうよっ」
 推進器の方向を後方に戻して直進。全体重を乗せた突きは、刺すというよりも抉ると言った方が的確なほどに重い一撃となる。
「ずれたぞっ」
「知ってる!」
 最もそれは当たればの話。案の定周囲の空間の歪みに軌道を逸らされ、奴の左を素通り。冷静さを欠いて歪みの操作が雑になっているとはいえ、初撃よりかは順応されているようだ。
 だが、それはあくまで二人の予想の範囲内。初撃はあくまで初見殺しだったから通じただけだということは、彼自身がよく分かっている。冷静さを欠いても本能で順応できるからこそ奴は化け物となっているのだ。
 しかし、本能で動くということは単調になるということ。こちらの攻撃が逸れたとき、その隙を奴は悉く見逃さなかった。それは今回も例外ではない。ただ、両腕が使えないために今回は黒い首をこちらに向けて熱線の狙いをこちらに定めている。――だが、こちらも振り返りながら回避の準備を整えている。
「そんなの当たる、ぬおおおっ!?」
「ちょっ、馬鹿野郎っ」
 二秒後、エンオウモンの身体は猛スピードで魔獣から遠のいていた。別に魔獣が何をしたわけでもない。ただ、エンオウモンが大剣の推進器で身体二つ分右に避けようとしたらその十倍は移動してしまっただけ。推進器の出力を抑えめにしたはずだったが、どうにも都合よくいかなかった。
「何やってんねん、ドアホ」
「う、うるさい!」
 魔獣の側面に回りこもうとしていたドゥクスモンを通り過ぎながらエンオウモンは元々赤い顔がさらに赤みを帯びるのを自覚した。
 自分の今のこの姿がピーキーなのは知識として知っていたはずだった。装備の使い方も技も身体に入力されているはず。だが、予想以上にじゃじゃ馬だった。
 確かに直線的な動きなら以前より圧倒的に速い。だが、小回りが利かず、細かい制御がまったく利かない。不良品だ設計ミスだと怒鳴っても良いレベルのものだ。
「我ながら面倒くさい身体だな」
「悪かったな。なんなら戻すか?」
「いや、いい」
 だが、巧がこの戦いに戻るために、この戦いに勝つために選んだのだ。持てる力を一点に集中させて巨大な岩盤に一穴を穿つという発想も理解していた。それに自分も納得した以上、これでやるしかない。
「分かった。なら、それで存分にやってみろ」
「言われなくても!」
 それを最後に巧の言葉は聞こえなくなる。自分の意思を尊重し、すべてを託してくれたのだ。ここで気合を入れずにどこで入れる。
 制御への不安を断ち切り、大剣と推進器を後方に向けて再度直進。魔獣の赤い頭がすぐ近くにいるドゥクスモンから意識をこちらに向けて口を開く。奥にちらちらと赤い光が見えた瞬間、一瞬だけ推進器の出力を切り、大剣の剣先を強引に左に向ける。
 再度出力を上げて右に進路を変更。その三秒後、大剣の剣先から十センチの位置を熱線が通り抜けた。再度出力を切って、大剣の剣先を右後方に向ける。そこから直進しようと顔を前に向けたとき、魔獣の黒い頭がこちらに大口を開けているのが見えた。当然、その奥にちらつく赤い光も。
「しまっ……ああっ!?」
 慌てて舵を取ろうとしたエンオウモンの目が、二つの黒い球にサンドイッチされている魔獣の頭を捉える。どちらも顎の位置を狙ったらしく、魔獣の口は上に向き、放たれた熱線はエンオウモンの頭上を抜ける。
「シュバルツドンナー改」
「ダークロアー改」
 一瞬だけ視線を左右にずらせば、その原因はすぐに分かった。魔獣の足元ではドゥクスモンの盾から黒い粒が漏れ出し、右後方ではガンレイズリガルモンのライフルの銃口からやけに黒い硝煙が伸びている。
 有言実行とはまさしくこういうことか。ならば、自分も自分の言葉には責任を持たなければならない。
 推進器の出力を上げて一気に距離を詰める。充分勢いが乗ってきたところで、ドゥクスモンが道を譲るように魔獣に背を向けて退くのを脇目に見ながら、少しずつ出力を落として両手に力を込める。
「アホ、まだ来んな!」
「は? ……んぐっ!?」
 ドゥクスモンの怒鳴り声の意味はすぐに分かった。身体に掛かる自分を押し潰すような感覚。自分の動きを阻害するようなこの感覚には嫌でも心当たりがあった。
「くそ、またか……」
 目を凝らせば、魔獣の周囲に渦巻いていた歪みは前面に集中し、一つの巨大な歪みへと変わっている。ドゥクスモンは道を譲ったのではない。ただ避難しただけだったのだ。
 勢いが目に見えて落ちる。大剣を握る両手が重しを乗せられたように動かなくなる。視線から外れていたはずの二つの頭が完全に自分を捉え、歓喜の叫びを上げる。
 数秒後に来るのは間違いなく、標的を時空の彼方に飛ばす最悪の大技だ。
「たいむですとろいやー」
 この空間そのものを抉るかのような轟音が耳を劈く。正確に視認できるかも分からない時空の歪みがすぐそこに迫ってくる。
「こんな、とこで……」
「――ヘヴンズゲート改」
 思わず目を閉じ掛けた寸前、エンオウモンが聞いたのは久しぶりの相棒パートナーの声。塞ぎかけた目が捉えたのは今にも崩壊寸前の黄金の門。
「くっ、らああああっ!!」
 力任せに大剣の先端を左に向け、出力を全開にして真横に移動。わずかな間自分達を守った門が呆気なく崩れるのを視界の左端で確認しながら、魔獣の姿を中心に捉える。
「これで決める」
 大剣の剣先を再度真後ろに構え、出力を瞬間的に上げる。身体は間違いなく今までで一番動いていた。それがただ単純な慣れだけでないことはエンオウモン自身が最も分かっていた。
 一太刀目。大剣を逆袈裟に振り抜く。驚愕に歪む魔獣の黒い頭の根元に紅い軌跡が走る。エンオウモンは自身の身体を半回転してそれを確認。何の言葉を漏らすこともなく、再び剣先が後ろを、視線が標的を捉える体勢を取って直進。
 二太刀目。先ほど以上の勢いを持って袈裟斬りは魔獣のもう一つの首にも紅い軌跡が走る。それは赤い首の上でも目立つ程に鮮やかだった。ただ、やはりエンオウモンは無言で身体を反転して次の太刀を振るう。
 三太刀目。四太刀目。五太刀目。六太刀目。七太刀目。八太刀目。振るわれる度に紅い軌跡が魔獣の身体に走り、その直後に次の一太刀が新たな軌跡をつける。合わせて八度振るわれる大剣は内に十の刃を内包する剣。一度振るえば十の刃が斬りつける。
 九太刀目。単純な往復だった先ほどまでの太刀とは違い、逆袈裟に斬り上げた直後、その勢いを上に向けて上昇。それは残る最期の一太刀のための布石。
 十太刀目。正面から正中線を通って振り下ろされた大剣が魔獣を両断する。
「紅蓮百華」
 その口上を合図に魔獣に走った刃の軌跡が発火し、魔獣の身体を炎の花で彩る。それはけして復活を許さない裁きの炎。包まれたが最後、全てを焼き尽くすまで消えはしない。
「い、やだあづつい、じぬしぬや、だだじにだぐない、ぎたいぃっ! なんでなぜわるぐない、るいのばさぜたやづだ!! ヴぁればなんのだめにぃ、ぎできだんだああっ!!」
 魔獣の呪詛のような悲鳴が刺さる。それから耳をふさぐ権利はこの場の誰にもなく、ただ受け止めるのが宿命。辞世の句だとかそういうことは巧達には分からないが、そうすべきだと思った。
「浄化弾」
 だからこの弾丸はせめてもの手向け。これで正気に戻れる保証はないし、そもそもミレニアモンにとっての正気が何かも分からない。弾丸の白い光もすぐに炎に飲み込まれ、ただ炎が少しづつ小さくなっていった。
「あ、ああなんんで、いづもぎざまらばヴぁれにいたいいだだい、ぅいやだあ……おわりだい、おわらぜ、おわわれいのぢ、あ、ああ……」
 炎の勢いに倣うように魔獣の声も小さくなり、聞き取り辛くなる。浄化弾の力で精神が沈静化されたというよりも、単純に生命力と精神力が燃え尽きようとしているだけだろう。一つの生命の終わりがすぐそこに近づいていた。
「あ、りがと、う……」
 その言葉を最後に魔獣の声は完全に聞こえなくなる。炎もじきに消え、灰と煤が舞い上がる。
「これで因縁は断てたわけ、か」
 ある一点を目指して舞い上がる黒い灰と煤を睨みつけながら、巧はあのまま魔獣が罵倒の言葉を吐いて終わってくれればよかったのにと思う自分を少し嫌いになった。
 勝負は着いた。因縁は断った。だが、そこに歓喜の声などはなかった。
「――決着は着いたようだね」
 沈黙を破るのは空間全体に響くワイズモンの声。ただの事務的な台詞で、寧ろ好意的な口調。だが、それがなおさら巧には不愉快だった。
「すぐに門を開けるよ。君達もすぐに身体を休めたいだろう」
「ああ、まったくだ」
 返事より早く、それぞれの目の前に門が開く。一歩踏み出せば、暖かい部屋とすぐにでも再会したい仲間がそこに待っている。
「で、次は何をすれば良いんだ? 俺達に本当は何をさせたいんだ?」
 だが、その一歩を踏み出す前に巧は言っておきたかった。たとえそれが仲間全員に自分達の本当の立ち位置を思い知らせることになろうとも。
「まだ終わりじゃないんだろ、『管理者の遣い』」




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 最終決戦と言ったな、あれは嘘だ。
 というわけで、まあ大方の予想通りもちっとだけ続きます。ばっくり言うと10~12話くらい。元々一年アニメの話数を意識して構成したので、多分そのくらいには収まるはずです。
 余談ですが、別の話も考えてないこともないのですが、それはもっと練ってからにしようと思います。いつ練り終わるかは分かりませんが。