「超進化弾。……オーバーライド――突風弾」
全員が同時にD-トリガーを抜き、その引き金を引いた。光の矢のような弾丸がそれぞれの相棒を貫き、彼らを進化へと導く。
「リオモンワープ進化――エンオウモン」
「ガルモンワープ進化――ガンレイズリガルモン」
「ピクシモンワープ進化――ティターニモン」
「ガビモンワープ進化――ドゥクスモン」
「テリアモン進化――ガルゴモン。超進化――ラピッドモン」
「ロップモン進化――トゥルイエモン。超進化――アンティラモン」
究極体四人と特殊な力を付与された完全体が二人。これが巧達が用意したベストメンバー。今このときのために用意した最高戦力。
「まさかそっちからお出ましとはな」
「あんな穴蔵に閉じ込められているのにいい加減飽きたのだ。せっかくの決戦となれば尚更な。それに、貴様らも動く手間が省けただろう」
「どあほ。余計なことすんなや。とっとと引っ込め」
それをぶつけるのはデストラクタだったはずなのに、この急襲だ。生憎感謝の言葉の代わりに恨み言しか出てこない。誰が好き好んでこんな街に近い場所を戦場に選ぶか。
「それはできない相談だ。我も貴様らに封じ込められてからやっと出てこられたのだ。誰が戻るものか。あの何もない、誰もいない、破棄された場所に」
「だろうな」
それはズィードミレニアモンも半分同じだろう。ただ出てきた場所がここだった。ただ復讐する相手が居たのがここだった。ただ破壊すべき対象がここにはあった。奴にとってはただそれだけで、それだけで戦場を選んだに過ぎないのだ。
だが、ただそれだけだからこそ、関係ないところで被害が出ようと気に止めることは一切ない。本当に最悪のタイミングでの襲撃だ。
「ワイズモン、なんとかして送り返せないか?」
「既にその準備に取り掛かっているよ。ご丁寧に奴が通ってきた穴は勝手に閉じてしまったから使えない。デストラクタという空間がそういう性質を持っているからこそ、奴は長い間身動きが取れなかったんだろうけど、今回はそれが裏目に出てしまったようだね。ああ、今はとりあえず明日使うはずだった装置を急いで起動中だ。十分あれば準備は整うから、それまでまあ頑張ってくれ」
「了解。出来るだけ早く頼むよ」
端末越しの早口な声から、この襲撃がワイズモンですら予想外だったことを嫌でも思い知らされた。それでもすぐに対応しようとする彼には心から感謝する。
自分たちがすべきことは至ってシンプルだ。起動までの時間を稼ぐこと。そして、それまでの間に極力被害を出さないようにすること。
「ラピッドファイア」
そのためにまずは先手を取って仕掛ける。極力あちらから攻撃をさせない。こちらから畳みかけて、街にまで侵攻させない。反撃のリスクを踏まえても、それが一番適切だ。
ラピッドモンが放ったミサイルは計十二発。突風弾による機動力の強化でほぼ同時に発射されたミサイルがズィードミレニアモンを囲むように襲う。
「やったか?」
「それは禁句や、あほ」
一也のフラグ発言など関係なく、この場も誰もがこの程度で終わったとは思っていない。
全弾爆発。その瞬間までズィードミレニアモンは一歩も動かなかった。それが逆に不気味で仕方ない。自分達の知らないところで何かしたのか、或いは何もする必要がなかったのか、今は推し量れない。
「痛いではないか。久方ぶりの再会に昔話でもしようとは思っていたのだが」
「どの口が言うんだよ~。とゆーか僕らは初対面だしー」
煙が晴れ、現れた無傷の敵を前にしても慌てなかったのはそれだけ警戒していたから。だが、それでも眉を顰める程度には動揺した。
爆風に巻き込まれた痕跡が一切なく、ラピッドモンが攻撃する以前とまったく同じ姿をしていたのだ。いや、正確には、ズィードミレニアモンのから半径一メートル、渦巻きが散発している空間だけは爆発の痕跡がなかった。
「煤一つ付いていないなんて……お得意の時空を歪める力で逸らしたのかな」
「相変わらず目ざといな、貴様は」
ズィードミレニアモンの力を考えれば、この程度のことは可能かもしれない。だが、実際にやられると非常に困るのも確かだ。攻撃が当たらなければそれだけ無駄に労力を費やすことになる。
「充に関しては、オレもよくそう思うよっ」
それでも攻撃の手を様子見の初撃で止めるつもりはない。ラピッドモンが一度着地すると同時に、今度はガンレイズリガルモンが両手のライフルを構えて引き金を引く。
光弾が一定速度で放たれ、目標へと走る。完全体時のアサルトライフルと比べると連射性は劣るが、一発一発の威力は桁違いだ。
「尤も目ざといだけで学習はしないようだがな」
だが、それも届かなければ意味はない。いずれの光弾もズィードミレニアモンの寸前で軌道が逸れ、互いにぶつかって派手に光るだけで終わる。
「それは心外だね」
少なくとも、こちらの攻撃がズィードミレニアモンに届かなかった具体的な理由は分かった。要するにやっていることはD-トリガーの盾と同じようなこと。自動
「そろそろこちらから仕掛けようか」
「まだこっちのターンだっての」
ズィードミレニアモンが動くより早く、エンオウモンが翼の出力を全開にしてまっすぐに飛ぶ。前進させるわけにはいかない。あくまでこちらの攻勢は崩さないのが鉄則。
「はあぁっ!」
一直線に直進。両手の刀を上段に構え、物打ちが最初にズィードミレニアモンに届くように垂直に振り下ろす。
「ちぃ」
だが、やはり届きはしない。刃はズィードミレニアモンの横に刺さり、ズィードミレニアモンはエンオウモンの視界の端に移動していた。いや、ズィードミレニアモンが移動したのではなく、エンオウモンの軌道を逸らされたのだ。
「では、宣言通りにこちらからも仕掛けよう、かっ」
ズィードミレニアモンがエンオウモン目がけてその黒腕を振り下ろす。強引に自分の身体を動かされたことによる、軽く押されたような身体の重み。それに抗っていたエンオウモンには振り向く余裕すらない。
「うおわぁっ!?」
不意にエンオウモンの身体が大きく吹っ飛んだ。黒腕が大地を抉り、巨大な黒板を引っ掻いたような衝撃音が耳朶を打つ。
「む……ちぃ」
ズィードミレニアモンが初めて苛立ちの籠った声を漏らす。黒腕が通った場所には草一つ残っていない。そこにはエンオウモンもいないが、巻き添えを食って消し飛んだ訳ではなかった。
「気持ちは分かりますが、突っ走り過ぎです」
「悪い。助かった」
エンオウモンはズィードミレニアモンからかなり離れたところに居た。黒腕がぶつかる寸前、エンオウモンの後を追って動いていたアンティラモンが飛び出し、その身体に飛びつくように押し出したのだ。
「ただ腕振っただけでなんて音だ」
「音だけならまだ良かったんだけどね」
「え……んなっ?」
充の視線を追って、巧は彼の言葉の意味を理解した。
ズィードミレニアモンとの距離が異様に近くなっていたのだ。ズィードミレニアモンとその奥に見える岩との距離は変わっていないことから、奴が瞬間移動したのではない。ただ、腕を振っただけで自分達との距離を詰められたのも事実だ。
「空間を削り取った、とかじゃないかなー」
「腕振っただけで? んなあほな」
「存在するだけで周囲の空間捻じ曲げるような奴だぞ」
実際、葉月の憶測は正しかった。ズィードミレニアモンは既に存在するだけで周囲に影響を及ぼす存在になっている。つまり、その一挙一動が周囲に影響を及ぼしてもなんらおかしくはないのだ。
ズィードミレニアモンは、既にデジモンとしても異質で規格外の存在になりつつあると言ってもいい。
「本当一筋縄ではいかない、なっ」
「ラピッドファイア」
「ロビン・グッドフェロー」
相手がそんな化け物になっていようとも、ここで引くわけにはいかない。再度、遠距離主体のガンレイズリガルモン、ラピッドモン、ティターニモンが各々の武器を掲げる。
光弾、ミサイル、光球。三種の弾がばらばらのタイミングと速度で放たれる。弾の総数は五十。カラフルな豪雨となってズィードミレニアモンを襲う。
「数が多ければ良いとでも思ったのか」
これだけの脅威を前にして、ズィードミレニアモンは堂々とそう言い切る。その根拠は直後に大きく開いた二つの口、その両方に充填された高密度のエネルギー。
「散れ」
それらが二本の熱線となって放たれる。熱線は迫る弾すべてを種類に問わず焼き尽くし、その奥の巧達にも襲い掛かる。
「なんでこのタイミングでぶっぱなしてくんねん」
ドゥクスモンが慌てて盾を展開、半回転させる。横に広く構えて熱線を両方吸収する魂胆だ。
「あぐ、ぐぬあああ……この阿呆が」
苦悶の声とともに大きく後退しながらも、ドゥクスモンは弾き飛ばされずに踏ん張り、熱線のすべてを受け止めた。だが、反動は大きい。鎧の中の肉体が悲鳴を上げている。
「今度はこっちの番や」
それでもこのままやられたままで済ましはしない。一度盾の機構を閉じ、先程とは逆方向に半回転。少しだけ再度盾の機構を展開し、貯まりに貯まったエネルギーを解き放つ。
「ディスチャージグレイヴ」
ワニの頭部を模した盾、その口から飛び出す光の槍。先ほど吸収した熱線を変換したそれは、以前のときより大きく高密度のエネルギーでできたロケットのようで、反動だけで大地に十メートルほどの足跡を残す。
「どや……っ!?」
その足跡がより大きな轍に塗りつぶされ始めたのは槍の穂先がズィードミレニアモンの目前まで到達したときだった。標的に定めた赤い頭、その口から打ち出した熱線が一瞬にして槍を飲み込んでドゥクスモンの元へ迫ってきたのだ。
「んなあほ、な」
吸収するのにあそこまで骨が折れた熱線。それをほぼロスなく変換した自慢の一撃。それを呆気なく破られたのがドゥクスモンには衝撃だった。
「ぼさっとすんなや!」
「え、うおわっ」
真治が声を上げて飛び掛かったために、間一髪ドゥクスモンは右に飛び退いて熱線を避けることが出来た。ただ代わりにドゥクスモンがさっき居た場所は大きく抉られ、遥か後方から大きな爆発音が響いた。
「しもた……」
一瞬、視線を後ろに向けてドゥクスモンは自分の失態を恥じた。街の中でも郊外に聳えていた建造物。その中間部分が丸々消失し、上階部分がへし折れて真っ逆さまに落ちていた。遠目から見ても分かりやすく街に被害が出てしまっていた。
「くそっ、なんて威力の技だ」
「技ではない、ただの行動だ」
「そりゃ……恐ろしい話だな」
建物一つあっさり破壊する規模の火力が技ですらない。それがハッタリとは思えないのが厄介なところ。完全に射程範囲を見誤っていた。
二度とこの場であの熱線を撃たせるわけにはいかない。
「はああっ」
「だりゃああっ」
「む?」
エンオウモンとアンティラモンはそのために最適な位置に既に入っていた。ズィードミレニアモンの背後、左右四十五度の位置にそれぞれ陣取り、それぞれの武器を構えて振り下ろす。
「ックハハ、本当に学習しないな、貴様らはァっ!」
「ちっ、くそっ」
「またですか」
だが、やはり届かない。それぞれの身体の軌道を逸らされ、いつのまにか見当違いの方向を向いている。直後の隙を突いてのズィードミレニアモンの腕のスイングには反応し避けられたことだけが数少ない救いだ。
「――メイルガトリング」
「なん……があぁっ!?」
他の救いはガンレイズリガルモンがここで初めて一矢報いたこと。二人に構っている間にズィードミレニアモンの目前にまで近づいて、全身の銃火器をすべて発砲したのだ。ズィードミレニアモンが彼に反応したときには既に遅く、弾丸を逸らすこともできずに全弾被弾していた。
「ぎざま、いつの間に」
「異能弾、狐変虚改。姿を隠して距離を詰めさせたから反応できなかったんだよね。ついでに時空を歪めて逸らすこともできなかったから、あれは完全に自動
存在するだけで空間を歪める力はある程度発動している。が、それを対象の軌道を逸らすことに活用するためには、ズィードミレニアモン自身の意思が必ず介在する。ズィードミレニアモン自身の反応と対処が間に合わなければ、上手く逸らすことはできない。だから、先の三人の一斉攻撃は熱線で焼き払う方が早かった。
「かははは、これは失敬。では、こちらも改めて全力で潰してくれよう」
ズィードミレニアモンが高らかに嗤う。己の守りを崩されたというのに心底楽しそうに見える。だが、一方で後の言葉の声音はより低く、憎悪に似た意気が漏れ出ているようだ。あくまで標的である巧達を真っ向から潰す。その点に拘っているのが、こちらにとって一番ありがたいことで突くべき点だった。
「残念だけど――それは場所を移してからにしてくれるかな」
「ほざ……げっ!?」
ズィードミレニアモンが突然動揺の声を上げる。その背後にはいつのまにか大きな扉が出現していた。ほんの十秒前までは影も形もなかったそれは、ゆっくりと、だが確実にズィードミレニアモンを引きずり込みはじめていた。
「ごの、貴ざ……まらッ!?」
「遅いよ、ワイズモン」
「これでも久しぶりに必死になったんだ。労いの言葉くらい欲しいね」
無論、それはここまでの戦いの間に自室で急ピッチで作業を行っていたワイズモンの仕業。今さっき終わったその作業の成果物を発動させたのだ。
「さあ、一緒に行こうか。十年前の決戦の場へ」
「貴様ら、まさかッ!!」
開いたのは元々の戦いの場として想定していた場所――デストラクタへの門。暗闇に包まれて見えない門の深奥はさながらブラックホールのようだ。
「止めろ、止めてくれ。我を戻すな。あの場所に。あの暗闇は嫌だぁあああっ!!」
「びっくりするくらいの変貌だねー。トラウマでも刺激したかなー」
そこはズィードミレニアモンが心の底から拒む場所。十年に渡って鬱屈した感情を溜めこみ、抜け出すことを望み、さっきやっと脱出できた牢獄。その場所は先ほどまで余裕を見せ続けていた仮面を引っぺがすのに充分な材料だった。
「やっとなのだ。やっと出られたのに、ごんなところで、い、やだああああっ!」
「うるさい、黙ってろ」
ズィードミレニアモンの正面に再び戻っていたエンオウモンとアンティラモンを筆頭に、パートナーデジモン達はズィードミレニアモンの両腕に全力で突進し、さらに押し込む。空間を削る部分の近くに敢えてしがみつくことで、逆に安全圏を確保している。そのまま攻撃を加えることはできない分、一番の目標を達成するには最高の位置だ。
「あ、がが、ぎ止めろぉおおっ!!」
「まさか……巧、そっち来るぞ!」
だが、余裕がなければ意図的に抑えていた力も見境なしに放つもの。それが今回はズィードミレニアモンが二つの口から放った熱線となって現れる。
走る二つの熱線はドゥクスモンの反撃を潰した先の一撃と同等。いや、それ以上。
受け流すことなんて到底無理で、避ければ大きな被害が出るのが目に見えている。
「ええい、駄目元だ」
「……えいっ」
一也と三葉が取ったのは第三の手段。ズィードミレニアモンが口を開き始める瞬間から走り出し、懐から一冊の手帳を取り出して放り投げた。
熱線二つの軌道上に放り投げられた手帳は、一旦空中で静止した後、自動でページが捲られそれに連動するかのようにすぐ前の空間に青い光が文様を描く。
それは高さ二メートルほどの扉。熱線が手帳に迫る寸前に書きあがったそれは本物の扉のように開き、憎悪のエネルギーをその奥に受け入れる。
「これ、本来の使い方じゃないよね~」
「上手くいったから良いだろ」
すべてを吸収し終えると扉は閉じ、静かに消える。巧達にも街にも損害はなく、その奥には以前と同じ風景が広がるだけだ。
「な、に?」
これにはズィードミレニアモンも驚きを隠せず、一瞬隙が産まれる。デストラクタへ押し込むのに最適な隙が。
「だりゃああっ!!」
「ぬっ、やめるぐおおおっ!!」
六人のデジモン全員が出力を全開にして一気にズィードミレニアモンを押す。門への距離は一気に縮まり、地響きに似た音を響かせながら暗闇がズィードミレニアモンを飲み込んでいく。
「せえーのぉっ!」
エンオウモンの掛け声に合わせて六人のデジモンがトドメの一突き。完全にタイミングの一致した衝撃がズィードミレニアモンの全身を門の奥へと送り出す。
「ごの、くぞ、糞やろうどもがあああっ!!」
それがこの世界で最後に残したズィードミレニアモンの言葉。
「許ざ、ぎゃがああああっ!!」
そして、これがデストラクタで初めて上げた悲鳴だった。
「ビンゴ」
その原因はズィードミレニアモン自身が放った熱線。ワイズモンが提供した手帳が開いた扉。その先はデストラクタへと繋がっていた。ズィードミレニアモンが押し込まれた先に待っていたのは、ズィードミレニアモン自身の力だったのだ。
「俺達も行くぞ」
ズィードミレニアモンをデストラクタへと押し込めたのを確認し、すぐに巧達はまっすぐに走り出す。ダメージでズィードミレニアモンもすぐには戻ってこれない様子。だが、まだ戦いは終わっていないのだから、逸る気持ちは抑えられない。
「行くぞ、エンオウモン」
「ああ」
パートナーデジモンと足並みを揃え、十二人並んで門を真正面に見据える。この奥が十年前の、そして今回の決戦の場。既に決まった覚悟を確認し、全員同時に踏み出す。
「第二ラウンドだ」
周囲の被害を気にせずに、ただ因縁を断つ。ここからが本当の戦いなのだ。
そして、ここからが本当の災厄の始まりでもあった。