機械義手を動かして肉体という器にいるのだと確認する。電脳のメモリには戦果が存在し、使い魔
後は戻るだけ。首を鳴らして入り口の方を振り向くケイジの視界に、細身の日本刀によって縦二つに溶断されつつあるドアが目に入る。
「ケイジ、まずい。駆動甲冑
「もう来てるぞ。もう少し早く言ってくれ」
「悪い悪い。あんなのを隠してるとは思わなかったからな」
逃げられるものならば逃げたいのだが、このタイミングで背を向ける訳にもいかない。こめかみを押さえながら、ケイジは現実空間と電脳空間
じきに姿を現す駆動甲冑
「おやおや、セト・ケイジ君じゃぁないか。久し振りだぁねえ」
兜状のコックピットが開き、中から現れた顎髭の濃い男性が馴れ馴れしく話し掛ける。その薄っぺらい笑みを視界に入れるだけで、ケイジの中にどす黒い激情が産声を上げ始める。
ゴウトク・エイジ。仁清
「本当に久し振りだな。顔見てすぐぶっ殺したくなった奴はお前だけだ」
「そいつは光栄だぁね。わざわざ侵入してきたのも俺が目的かぁ?」
「さあな。自分で考えろ、糞ったれ」
「ふぅむ。それもそうだ」
暴れだしそうな感情を抑えつつ、自然体の自分らしい悪態をついてみる。戦闘に移行した場合の準備は完了。エイジの表情から次の展開は予想できた。
左手で右肘を軽く押し、同時に電脳にコマンドを叩き込む。機械義手の機構
「それに理由は何であれ、ここまでされて放置は出来んなぁ。逃げられると思うなよぉ」
「承知済みだ」
evolve /level:6
ghost_flip /servant-permission:"run away for a victory."
霊魂転移
ケイジの意識が肉体を離れ、再び電脳空間
駆動甲冑
「ふんっ」
処刑人のように掲げられた斬馬刀が降り下ろされる。床が衝撃で砕け、局所的な地震が発生。いくら身体の一部を機械に替えていようが、巨大質量を受け止められるほどの性能は持ち合わせていない。
駆動甲冑
「だりゃあっ!」
駆動甲冑
「流石に一発では仕留められねぇか」
「フゥー、ハァー」
「雰囲気が変わったなぁ、もしや使い魔
「答える義理はない」
「そうか。確かに些末なことよなぁっ!」
疾く鋭い一閃。重く重厚な一撃。交互に繰り出される対照的な剣撃をケイジの身体は紙一重ですべて避けていく。天井に張りついたと思えば、いつのまにか駆動甲冑
人間離れした機動性は四肢を機械に替えた恩恵と、人ではない存在が身体を扱っているという多少特異な状況による産物。
run away for a victory.――勝つための逃げ。
機械義肢
「愛刀、男魂
ケイジの身体が弾丸のように飛び出し、飛燕の速度で短刀を振るう。銀
「何かしたかぁ?」
「ありゃ?」
しかし、駆動甲冑
「やばっ」
すぐに刃を引き、真上に跳躍。直後、真下を斬馬刀が走り、次いで日本刀が脳天を割りにくる。頭上数センチで短刀を日本刀の右の鎬に沿わせて力任せに右に払いのけ、その反動を使って左後方へと退避。
「ちょこまかちょこまかとぉ……もう手加減せんぞぉ」
エイジのその言葉が決して負け惜しみではないことはすぐに分かった。駆動甲冑
「おいおい、止めろよ。そんなもの乱射したら機密情報も吹っ飛ぶぞ」
「機密も糞も、俺たちにとってはもうそこまで価値のないものでなぁ。むしろばらまかれる方が信頼に関わる。お相手への脅迫材料にするにもリスキー過ぎる。ならいっそここで消し炭にしておいた方が都合が良い。お前の脳髄と一緒になぁっ!」
斬馬刀の大振りと同時に、両膝、両肩の短機関銃
初速400m/sの弾丸と言えど銃口の向きが分かっていれば軌道は分かる。しかし、それはあくまで理論上の話で、さらに加えて今回は数が多い。故に相手の攻撃より先に飛び出して最高速で駆けて撹乱を狙う形にしていたが、それでも現実問題退避は困難を窮める。短機関銃
一言で言えばじり貧だった。
「ぐふっ……がほっ!」
弾丸の雨を数十滴浴びた直後の斬馬刀での一撃。反射的に特注の機械義肢
機械の四肢以外にもケイジはプロテクターくらいは服の下に仕込んでいたが、さすがにこの相手では無傷でいられるはずもない。身体を貫くいくつもの痛みに何故か逆に安堵を覚え、口角が自然と上がった。
「クカカ……カハハハッ!!」
「おぉ、気でも狂ったかぁ? 人工知能
「カハハ……ハハッ、悪い悪い。――俺達の勝ちが確定してつい、な」
「何を――」
エイジはその後の言葉を続けることが出来なかった。彼を取り巻く状況がそれどころではなくなってしまったからだ。
駆動甲冑
「お前がこっち側に気を取られているからだ。あの程度の使い魔
「まさかお前らぁ……」
「ああ、初めからそいつのコントロールを奪うのが目的だったんだよ」
電脳空間
「遅すぎる。あと20.59秒は短縮できただろ」
『煩い。急な来客でそいつ用の調整も必要だったんだよ』
「来客? ……ああ、なるほど」
ケイジの等身大イメージに並ぶように立つのは、獣のような四本の脚と貴族のような気品さのある人型の上半身の化け物。下半身の付け根には怪物の双頭がついていて非常におぞましいが、その一方で不気味なほどの安心感を覚えるのは上半身の人型が放つカリスマ性のようなもののせいだろうか。
「確かリオンの使い魔
「……その通り」
名前を呼ばれて溶断されたドアの後ろからリオンが現れる。当然、ここに来るまでに巡回警戒
「一応あなたたちの護衛も任されてたし」
「結構ぼろぼろなんですが」
「あくまで、一応だから」
こちらの意見を都合のよい理論で遮って、リオンは静止したままの駆動甲冑
flip_out
ケイジの意識が反転し、自分の肉体へと収束していく。使い魔
「ん……よし」
「そっちは良いみたいね。じゃ、こっちも簡単に処理しますか」
リオンは駆動甲冑
use /skill:"Eye of the Gorgon"
その直後、駆動甲冑
上半身だけとなった機械の人型はさらに日本刀を持っていた手も斬馬刀で肩から切り落とし、胸部のコックピットに斬馬刀の切っ先を突きつける形を取ったところで再び静止する。
「復讐でもする?」
「いや、処理は任せるよ」
「そう」
コックピットの奥まで斬馬刀が深く突き刺さるのをケイジはただ無感情に見ていた。ただ、「どれだけの血がコックピットにへばりついているんだろうな」ということだけが唯一頭に浮かんだ。
「一応確認する」
「ああ」
結果的に忍び込んで盗むというよりは殴り込んで強奪するという形になってしまった。しかし、いっそ組もぶち壊してしまえと思っていた部分もあったことは否定できない。
それでも結局、今回のようなことは程度が違えど、毎日地下都市
「ケイジ、見て」
「ん?」
リオンに呼ばれてケイジは駆動甲冑
「おいおい冗談だろ。――脳みそがないぞ、こいつ」
しかし、それはより厄介な問題を浮上させる類のものだった。
全機械義体
結局、二人には真実を闇に置き去りにしたまま速やかに撤退することしか出来なかった。