What is the cage? 1-4 | 秘蜜の置き場

秘蜜の置き場

ここは私が執筆したデジモンの二次創作小説置き場です。オリジナルデジモンなどオリジナル要素を多分に含みます。

 4.




 機械義手を動かして肉体という器にいるのだと確認する。電脳のメモリには戦果が存在し、使い魔サーヴァントもいつも通り。大型演算機メインフレームに接続する際に間に挟んだ身代わり防壁用のデバイスだけ一部破壊されたが、それだけで済んだのだから寧ろ上々の結果だと言える。
 後は戻るだけ。首を鳴らして入り口の方を振り向くケイジの視界に、細身の日本刀によって縦二つに溶断されつつあるドアが目に入る。
「ケイジ、まずい。駆動甲冑ムーバブルアーマーがそっちに向かった。リオンが抑えようとしたが、間に合わなかった」
「もう来てるぞ。もう少し早く言ってくれ」
「悪い悪い。あんなのを隠してるとは思わなかったからな」
 逃げられるものならば逃げたいのだが、このタイミングで背を向ける訳にもいかない。こめかみを押さえながら、ケイジは現実空間と電脳空間サイバースペースにある自分の手持ちの武器を確認。戦力を精査する。
 じきに姿を現す駆動甲冑ムーバブルアーマー。黒と銀で構成された身体全長3メートルほどの人形。機動性を高めるためか、その下半身だけは馬のような逞しい四足となっていて、機械仕掛けの半人半獣ケンタウルスという言葉が一番適しているように思えた。それ自体のイメージは西洋の要素が強いが、両手の武器は寧ろ和風という印象が浮かぶ。左手に持つのは先ほどドアを溶断した細身の日本刀。右手に持つのはその十倍の幅の刀身を持つ巨大な斬馬刀。駆動甲冑ムーバブルアーマーに合わせてあるためそれ相応の強いインパクトを与えられる。
「おやおや、セト・ケイジ君じゃぁないか。久し振りだぁねえ」
 兜状のコックピットが開き、中から現れた顎髭の濃い男性が馴れ馴れしく話し掛ける。その薄っぺらい笑みを視界に入れるだけで、ケイジの中にどす黒い激情が産声を上げ始める。
 ゴウトク・エイジ。仁清ニンセイ組の首領ドンで、かってケイジが所属していた任侠ヤクザ組織を潰した張本人。
「本当に久し振りだな。顔見てすぐぶっ殺したくなった奴はお前だけだ」
「そいつは光栄だぁね。わざわざ侵入してきたのも俺が目的かぁ?」
「さあな。自分で考えろ、糞ったれ」
「ふぅむ。それもそうだ」
 暴れだしそうな感情を抑えつつ、自然体の自分らしい悪態をついてみる。戦闘に移行した場合の準備は完了。エイジの表情から次の展開は予想できた。
 左手で右肘を軽く押し、同時に電脳にコマンドを叩き込む。機械義手の機構ギミックが作動し、脇差のような短刀が飛び出す。右手で握るそれはケイジの任侠ヤクザ時代の愛刀を元にインが製作した高周波ブレードだ。
「それに理由は何であれ、ここまでされて放置は出来んなぁ。逃げられると思うなよぉ」
「承知済みだ」

evolve /level:6

ghost_flip /servant-permission:"run away for a victory."

 霊魂転移ゴーストフリップ
 ケイジの意識が肉体を離れ、再び電脳空間サイバースペースから現実空間を俯瞰する。高周波ブレードを持って静止する自分の身体。相対する鋼鉄クロームの巨人。エイジはそのコックピット内に戻り、憎らしい笑みを浮かべている。
 駆動甲冑ムーバブルアーマーが床を駆ける。たった数歩で十分に取っていたはずの間合いが一気に詰まり、標的を一挙動で殺せる範囲に入れる。
「ふんっ」
 処刑人のように掲げられた斬馬刀が降り下ろされる。床が衝撃で砕け、局所的な地震が発生。いくら身体の一部を機械に替えていようが、巨大質量を受け止められるほどの性能は持ち合わせていない。
 駆動甲冑ムーバブルアーマーが確認のために斬馬刀を持ち上げる。避けられなかったのならば、そこには赤い液にまみれたミンチが転がっているはず。――だが、そこにあるのは砕かれた床の破片のみ。
「だりゃあっ!」
 駆動甲冑ムーバブルアーマーの左足に鋭い衝撃が走る。倒れることこそないものの多少姿勢が崩れた。中のエイジは何が起きたのかと機体を振り向かせる。モニターに映るのは仕止め損ねたケイジの生の身体。本人の意識が離れたはずのその肉体だった。
「流石に一発では仕留められねぇか」
「フゥー、ハァー」
「雰囲気が変わったなぁ、もしや使い魔サーヴァントの方かぁ。霊魂転移ゴーストフリップで入れ替わりやがったなぁ」
「答える義理はない」
「そうか。確かに些末なことよなぁっ!」
 疾く鋭い一閃。重く重厚な一撃。交互に繰り出される対照的な剣撃をケイジの身体は紙一重ですべて避けていく。天井に張りついたと思えば、いつのまにか駆動甲冑ムーバブルアーマーの股下に。と思えば、いつのまにか斬馬刀の間合いの外に。
 人間離れした機動性は四肢を機械に替えた恩恵と、人ではない存在が身体を扱っているという多少特異な状況による産物。
 run away for a victory.――勝つための逃げ。
 機械義肢サイバーウェアの機能制限のうち機動性に関わるものを解除し、その許可パーミッション内でのぎりぎりの動作をこなすのがケイジの身体を操作している使い魔サーヴァントの本領。電脳空間サイバースペースでは前世紀の学生服を羽織った獅子ライオンの獣人へと進化したこの使い魔サーヴァントならば、本人以上にその身体の性能を引き出すことが可能なのだ。
「愛刀、男魂おとこだましいの力、見せてやらあ」
 ケイジの身体が弾丸のように飛び出し、飛燕の速度で短刀を振るう。イン特製のその短刀は高速震動による熱で溶断するようになっており、同じ原理を用いていると思われるあの細身の刀と同じように並の材質ならば豆腐を切るのとなんら変わらない。
「何かしたかぁ?」
「ありゃ?」
 しかし、駆動甲冑ムーバブルアーマー相手では黒ずんだ切り傷をつけるのが関の山。そもそもこの短刀はあくまで対人戦、欲張っても対全機械義体フルボーグ程度しか想定していない。足一本で刀身の数十倍の半径がある相手に痛烈な一撃が与えられる訳がない。
「やばっ」
 すぐに刃を引き、真上に跳躍。直後、真下を斬馬刀が走り、次いで日本刀が脳天を割りにくる。頭上数センチで短刀を日本刀の右の鎬に沿わせて力任せに右に払いのけ、その反動を使って左後方へと退避。
「ちょこまかちょこまかとぉ……もう手加減せんぞぉ」
 エイジのその言葉が決して負け惜しみではないことはすぐに分かった。駆動甲冑ムーバブルアーマーの両肩の前の部分が葢のように展開。さらに、両膝、両肘、も同じように展開。中に仕込まれていた短機関銃サブマシンガンの銃口合計六十門が姿を現す。
「おいおい、止めろよ。そんなもの乱射したら機密情報も吹っ飛ぶぞ」
「機密も糞も、俺たちにとってはもうそこまで価値のないものでなぁ。むしろばらまかれる方が信頼に関わる。お相手への脅迫材料にするにもリスキー過ぎる。ならいっそここで消し炭にしておいた方が都合が良い。お前の脳髄と一緒になぁっ!」
 斬馬刀の大振りと同時に、両膝、両肩の短機関銃サブマシンガンが火を噴く。
 初速400m/sの弾丸と言えど銃口の向きが分かっていれば軌道は分かる。しかし、それはあくまで理論上の話で、さらに加えて今回は数が多い。故に相手の攻撃より先に飛び出して最高速で駆けて撹乱を狙う形にしていたが、それでも現実問題退避は困難を窮める。短機関銃サブマシンガンは可動部に仕込まれているため弾丸の方向も一定ではない。死角も取りづらく、それらに気を取られては今度は二種の巨大な刀が猛威を振るう。
 一言で言えばじり貧だった。
「ぐふっ……がほっ!」
 弾丸の雨を数十滴浴びた直後の斬馬刀での一撃。反射的に特注の機械義肢サイバーウェアの両手を交差させて生身の身体へのダメージを低減するも、大質量の前には敵わず軽々と弾き飛ばされる。背中を壁に叩きつけられ血と今朝飲んだ安酒をぶちまけてしまった。
 機械の四肢以外にもケイジはプロテクターくらいは服の下に仕込んでいたが、さすがにこの相手では無傷でいられるはずもない。身体を貫くいくつもの痛みに何故か逆に安堵を覚え、口角が自然と上がった。
「クカカ……カハハハッ!!」
「おぉ、気でも狂ったかぁ?  人工知能AIベースの擬似霊魂ゴーストでも発狂するのか。これはおもしろい発見だぁね」
「カハハ……ハハッ、悪い悪い。――俺達の勝ちが確定してつい、な」
「何を――」
 エイジはその後の言葉を続けることが出来なかった。彼を取り巻く状況がそれどころではなくなってしまったからだ。
 駆動甲冑ムーバブルアーマーがぴくりとも動かなくなっていたのだ。電源は入ったままで、計器類も一応作動はしている。しかし、エイジの操作はまったく受け付けなくなり、ただオブジェのように静止することしかできなくなった。
「お前がこっち側に気を取られているからだ。あの程度の使い魔サーヴァントなら、うちのテイマーの敵じゃない」
「まさかお前らぁ……」
「ああ、初めからそいつのコントロールを奪うのが目的だったんだよ」
 電脳空間サイバースペースに意識を移せば、原因は一目瞭然。駆動甲冑ムーバブルアーマーの制御やセキュリティのすべてを統轄していたはずの鎧武者は上半身と一体化した馬の下半身のすべての脚が折れ、愛刀であった斬馬刀と日本刀の両方が叩き折られていた。
「遅すぎる。あと20.59秒は短縮できただろ」
『煩い。急な来客でそいつ用の調整も必要だったんだよ』
「来客? ……ああ、なるほど」
 ケイジの等身大イメージに並ぶように立つのは、獣のような四本の脚と貴族のような気品さのある人型の上半身の化け物。下半身の付け根には怪物の双頭がついていて非常におぞましいが、その一方で不気味なほどの安心感を覚えるのは上半身の人型が放つカリスマ性のようなもののせいだろうか。
「確かリオンの使い魔サーヴァントの最終形態だよな。この部屋にくる前にちらっと見えたのを覚えてた」
「……その通り」
 名前を呼ばれて溶断されたドアの後ろからリオンが現れる。当然、ここに来るまでに巡回警戒ドローンはすべて黙らせてある。
「一応あなたたちの護衛も任されてたし」
「結構ぼろぼろなんですが」
「あくまで、一応だから」
 こちらの意見を都合のよい理論で遮って、リオンは静止したままの駆動甲冑ムーバブルアーマーを見上げる。慌てて回避するほど危険も無さそう。ケイジの身体が本来の持ち主の元に返るのに都合もいい。

flip_out

 ケイジの意識が反転し、自分の肉体へと収束していく。使い魔サーヴァントに与えられていた許可パーミッションも取り消されてその支配から解放される。
「ん……よし」
「そっちは良いみたいね。じゃ、こっちも簡単に処理しますか」
 リオンは駆動甲冑ムーバブルアーマーに――正確にはその中に潜入した自分の使い魔サーヴァントに意識を集中させる。

use /skill:"Eye of the Gorgon"

 その直後、駆動甲冑ムーバブルアーマーの斬馬刀を持つ手が突然動き、腰の位置で水平になったところで静止。したと思った瞬間、腕が一気に回転して自身の下半身を切断した。
 上半身だけとなった機械の人型はさらに日本刀を持っていた手も斬馬刀で肩から切り落とし、胸部のコックピットに斬馬刀の切っ先を突きつける形を取ったところで再び静止する。
「復讐でもする?」
「いや、処理は任せるよ」
「そう」
 コックピットの奥まで斬馬刀が深く突き刺さるのをケイジはただ無感情に見ていた。ただ、「どれだけの血がコックピットにへばりついているんだろうな」ということだけが唯一頭に浮かんだ。
「一応確認する」
「ああ」
 結果的に忍び込んで盗むというよりは殴り込んで強奪するという形になってしまった。しかし、いっそ組もぶち壊してしまえと思っていた部分もあったことは否定できない。
 それでも結局、今回のようなことは程度が違えど、毎日地下都市アングラのどこかで行っている。寧ろ悪いのはたった三人の急造チームに瓦解されるほどに脆弱だった仁清ニンセイ組の方。当然、任務を遂行出来るだけの準備はあったとは言え、勢いに乗っているはずの任侠ヤクザ組織がこの程度では逆に不気味に感じる。
「ケイジ、見て」
「ん?」
 リオンに呼ばれてケイジは駆動甲冑ムーバブルアーマーのコックピットを覗き込む。思いの外赤黒くなっていないので非常に見やすく、なぜそうなっているかという理由もすぐに理解できた。
「おいおい冗談だろ。――脳みそがないぞ、こいつ」
 しかし、それはより厄介な問題を浮上させる類のものだった。
 全機械義体フルボーグとは逆に、脳以外はまったくの生身。唯一脳だけが演算装置らしきものに置き換えられ、神経に繋がっていた。斬馬刀が深く刺さっているため機能は停止しているが、順当に考えればこれがエイジの身体を動かしていたことになる。まさかとは思うが、エイジ自身が上層社会の会社との共同研究における実験体となっていたのだろうか。ケイジの知る彼の人格からすれば考えづらいことではある。だが、本人がこうなっては確認のしようもない。
 結局、二人には真実を闇に置き去りにしたまま速やかに撤退することしか出来なかった。