第二十五話「実験体と特別製」② | 秘蜜の置き場

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「さて、何から聞きたい?」
 クロックモンが言う。ふざけたようなビジュアルだが、そこから想像できない何かとんでもない力と秘密を持っているのだろう。
「じゃあ、まず確認として……葉月やテリアモンが言ったことはすべて本当か?」
「この町とチミ達の身体の時間が巻き戻ったということか。それは概ね合っているぞ。実行した私が言うのだから間違いない」
 葉月たちを信用していないわけではないが、一応念のため本人の口から聞いておく。確かに名前とビジュアルから時間関係の何らかの力を持っていそうな雰囲気はあるが、流石に規模が違いすぎる気もする。
「あんまり難しいこと言われてもあれなんだが、具体的にどうやったんだ。もしかして俺たちにも出来たりするのか?」
 何であれ、「時間を巻き戻した」とだけ言われても「はい、そうですか」と納得できるほど自分達は簡単ではない。理解云々は頭が良い奴に任せて、とりあえず多少は詳細を聞き出しておきたかった。
「ああ、そうだな。……チミ達はこの世界の物体や空間のそれぞれに、それらの構成や内容を定義する情報構造体があるということは知っているな。とりあえず構成情報とでも言っておこうか」
「まあ、一応は……」
 確かアンドロモンとナノモンからそんな情報を聞いていた。基礎知識としてそれを知っていることが前提なのだろう。
「要するに、過去の記録(ログ)から最良の構成情報をそれぞれ選出し、そのコピーを情報に上書きして細かい調整を加えて再定義したのだ。新しく情報が定義されたことで、現実もその情報通りに書き換えられる。まあ、チミらの『進化』や『技能弾』とよく似た原理だな」
 クロックモンはさらっと手順を言ったが、それを実際に行うのにどれだけの知識と技術がいるのか計り知れない。考え方は分かっても表現する術を知らなければ出来ないのと同じ。
「先ほどのは町の話だが、デジモンなどの生命体に関しても概ね同じだ。肉体や健康状態を定義している生命情報(バイタルデータ)を過去の最良のものに再定義し直して、細かい調整をして現実の肉体を復元。さらに、精神情報(メンタルデータ)――俗にいう魂という奴だな――と上手く接続させれば、晴れて復活というわけだ。今回は奮発して、特別にチミら以外にこの方法が使えそうなものも復活させてやったのだからな。感謝したまえ」
「アンドロモンとナノモン、インプモンとファスコモン、ブラックテイルモンと化け物になってた奴もか?」
「ああ、彼らは確認しているし、今も別室でチミを待っておるよ」
 えへん、と胸を張るその姿にあまりに不釣り合いなほどの力と技が秘められていたようだ。当然、心から感謝はする。だが、彼の不自然な言い回しが妙に気になってはいた。
「じゃあ……オロチモンっていう大きな蛇のデジモンはどうだった? 遺体が転がっていたと思うんだが」
 恐る恐る尋ねる。クロックモンの言った方法の使用条件は知らないが、正直もう嫌な予感しかしていなかった。
「ああ、あれは駄目だ。死んでから時間が経ちすぎている。生命情報はともかく、精神情報にはアクセスできなくなっていたぞ。恐らくもうイグドラシルに回収されたのだろう。もし、試したとしても、よくて綺麗な死体が出来上がるだけだろうな」
「そう、か」
 どれだけ凄い力を持っていても何でもできる訳ではない。期待はしていなかったが、やはり堪えるものはある。しかし、ここはぐっと堪え、先に進まなくてはならない。
「確かー、死したデジモンの情報をもとにランダムに新たな生命がデジタマとして『はじまりのまち』ってところで生成されるんだよねー」
「つまりオロチモンはまた新しく別の命として生まれかわる準備に入ったってことでいいのよね」
「概ね正解だ」
 葉月が不意に思い出したように呟き、ピクシモンが彼女の言わんとすることをまとめる。彼女たちなりの気遣いだろう。オロチモンが復活する訳ではないが、また来世があると告げられただけで幾分か精神的に救われた気がする。
「じゃあ、今度は僕から質問。君の話の中に出てきた『イグドラシル』って何だい? 人智を超えた天使みたいな存在かい。もしくは、法則やシステムのような類かな」
「いい目のつけどころだ。ここら辺は多少賢いデジモンも知らない範囲だぞ」
 充の問いにクロックモンは心底楽しそうな反応を見せる。まるで秘密を話したくて仕方ない子供のようだ。
「『イグドラシル』とはこのデジタルワールドのすべての構成情報を内包した膨大なデータベース、およびそれを操作するためのライブラリだ。――言ってしまえば、この世界そのものだな」
 だが、開示された情報はあまりに規模が大きく、一介の中学生がすぐに抱えきれるような内容ではなかった。全員が絶句し、理解のために脳をフル稼働させる。
「デジタルワールドのすべてって……」
「すべてはすべてだ。世界自体の情報に加えて、各種法則や過去の記録まですべてだ。それはもうTテラPペタなんかじゃ収まらない。EエグザZゼタYヨタでも無理だろう。HハーポGrグルーチョでも収まるか分からない」
「後半からさっぱり……」
「要するに馬鹿みたいに膨大な情報量だということだろ」
 最後にリオモンが言ったことが一番しっくりくる気がする。それに、よく考えれば世界のあらゆるものに構成情報があるのだから、世界そのものに対してもそんなものがあっても何らおかしい話ではないだろう。改めて、自分たちはとんでもないところに来たのだと思い知らされた気分だ。
「進化をはじめとするデジモンの情報改変は、すべて『イグドラシル』に内包されている法則に従って行われる。今回私がした『時間巻き戻しタイムリワインド』も結局はそういう類いのものだ」
 過ぎた科学は魔法と見分けがつかないと誰かが言ったように、クロックモンの奇跡のような技も結局はこの世界の法則に基づいた現象でしかない。なら、その気になれば誰でも出来るのでは、と思ってしまうのも仕方ないこと。
「ここで最初に聞かれたもう一つの質問について答えようか。『時間巻き戻し』はチミらもやろうと思えばできる。が、それが出来るまでに寿命で死んでしまっている可能性の方が高い。――まあ、言ってしまえば無理だ」
 それはクロックモンも分かっていたらしく、誰かが口にするより早く断言した。奇跡は珍しいからこそ奇跡なのだということだ。
「なるほど。神の遣いにのみ許された奇跡の御業ってことかい」
「ああ、まあ……まあ、な」
 充が芝居がかった口調でそう言うと、クロックモンの表情がわずかに不自然なものに変わった。何人か勘のいい者はそれに気づいて凝視し、クロックモンも自らの失態に気づいて観念したように両手を挙げた。
「はあ、もういいか。チミのその言い回しはわざとなのか。いや、わざとだな」
「えっと、つまり……え?」
 諦めて溜息をつく彼の姿。急に態度が崩れてしまった原因である直前の充の言葉。それらを踏まえて考えると、真っ先に浮かんだのは充の言葉通りの存在。
「え、じゃあ、あれか。クロックモンはマジで神の遣いなのか?」
「そういう認識で概ね合っている。この世界を管理していたものに創られ、時の管理を任されていた」
 普通ならば信じがたい事実だが、人智を超えた時間操作術で自分達とこの町を救ったという実績があるため、不思議と納得できてしまう部分もあった。それにしても神の遣いまで絡んでくるとは。どうにも自分達は行き当たりばったりでとんでもないものに遭遇している気がする。
「それにしてもよくそんな発想になったな」
「アンドロモンがリオモンの身体を再構築したときとは明らかに手段も規模も違っていたからね。この世界の技術の最先端を知っている彼ですら出来ない芸当を難なくやってのけるとなると、普通のデジモンとは違った存在なのかと思っただけだよ。言い回しに特に意味はないし」
 以前、リオモンの片腕を当時ハイアンドロモンだったアンドロモンが治した時は、もう片方の腕の情報を反転させて半分強引にくっつけたようなものだった。その過程で足りない情報を補うために彼は自身の情報を使って退化したのだ。
 アンドロモンは自身のできる技量の最大を尽くしてあそこまでやったのだろうが、クロックモンが今回したことはそれとは明らかに次元が違っている。
「お、おうふ。神とか管理者とかこれまた滅多にお目にかかれない壮大な話だな。サインでも貰っておくか」
「ん、チミは一体何を言っているのだ?」
「ああ、いや。えっと……なんか気を悪くしたのなら謝るけど」
 自分を落ち着けるのも兼ねて巧は冗談交じりに言ったが、クロックモンは呆れたように軽く睨んでくる。何か勘に障ることでも言ったのかと思ったが、クロックモンの発言自体も微妙にずれているように思えて、いまいち噛みあっていない気すらしてきた。
 そんなもどかしさにクロックモン自身も苛立ったのか、巧たちに自分の真意が分かるように言葉を選んだ上で口を開く。その舌に乗ったものが時限爆弾だということには気づいていない。
「なら言い直そう。滅多にない、とチミが言うのか? ――管理者自身に手を加えられて、すでに人でなくなっているチミが、か」
 あまりに突然に投下された言葉の爆弾。その被害を防ぐ術など、この場の誰も持ってはいなかった。