第十五話「群青の傭兵」② | 秘蜜の置き場

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 開戦からどれだけ経っただろう。
 右前足を強く踏みしめれば、機能が停止したメカノリモンの体が軋む音が聞こえ、最初の頃よりだいぶ目線の高さが上がったように感じた。遠かった天井も一、二メートルくらいは近くなったか。
 ここで、一瞬だけ視線を横に向ける。こちらと違いパートナーを乗せられる体躯でないトゥルイエモンはどうしているのかと気になったが、案外三葉自身のフットワークがパートナー並に軽かったようだ。ここにきて初めて感じたが、彼女は妙に戦闘に慣れている。だが、あれほど災厄に慣れているという巧ががたがた震えて恐れる存在と考えれば妙に納得がいった。
 飛来するビームが尻尾の毛の先を軽く炙る。どうやら些細な心配をしていられるような状況ではないようだ。
 ぎ、と奥歯を噛み締めて目前の敵群に目を向ける。
「リガルモン、次の手いくよ」
「ああ、任せろ」
 パートナーの言葉に応えつつ、目を見開いて迫る標的を可能な限り視界に収める。この初撃でどれだけの数を巻き込めるか。それが最重要事項。
「ブレスオブディンゴ」
 口を最大まで開けて、最大火力で群青の炎を広範囲に放つ。焼き尽くす、などとは考えない。できるだけ広範囲に、できるだけ多くの標的に自分の体色と同じ炎熱攻撃を浴びせる。
 成果は十分。浴びせた標的すべてに、装甲が溶けて回路や配線が剥き出しになった部分を見つけた。
「じゃ、いくよ。技能弾、ライアモン」
 背上のパートナーがD-トリガーを用いて技のデータを授けて、背から一度降りて離れる。リガルモンはそれを一瞬で読み取り、現実に行ってみせる。
 フゥゥッと唸りながら毛を逆立てる。すると、そのうち体中の毛に静電気が充電される。
「サンダーオブキング」
 口を開いたとき、体毛に貯められた電気が放出。方々に散った雷が先ほど群青の炎に焼かれたメカノリモンらへと向かう。
「ギ……ガッ!」
 放たれた雷は剥き出しになった電線に容赦なく叩き込まれる。突然高圧の電流を流された回路は耐えられるはずもなく、あっけなくヒューズが焼ききれる。こうなれば強制停止をさせられたも同じ。一つまた一つと、標的となったメカノリモンはその機能を停止させていった。
「あっちはどうかな」
 こちらは電気を放出しているパートナーに任せつつ、充は仲間である少女とそのパートナーの動向に目を向ける。彼女らも必死に戦闘しているのだろう。
「……頭のカプセル」
「が、肝でしょうねっ」
 パートナーの足りない言葉を補いつつ、トゥルイエモンは高く跳躍。落下しつつある一個体にしがみついて拳を振り上げる。
「巌兎烈斗」
 勢いのままに振り下ろした拳で、カプセル部分を粉砕。ナノモンが仕組んだ制御プログラムも物理的に破壊してしまえば意味がない。機能の停止を確認して再び跳躍して別の個体に跳びつき、同じような処置を施す。
「コれはよそウ以上。量産型ユえ性能は抑えメだがこれほど踏ん張るとハ」
 明らかに頭数が多いのによく踏ん張るな、とナノモンは高みから見下ろした。少数精鋭にしては精鋭すぎるだろうと思ったが、これはこれで面白いデータが取れるなとも考えた。
 何より、人間がまったく怖気づいた様子もなく的確に対処しているのが興味深かった。特に、選択肢の組み合わせで一度に多数の標的を処理しているあの少年が気になった。
 だが、これ以上手間を掛けるのも場合によっては悪い。そろそろ本腰で始末に掛かろう。――そのための端末はまだ十分ある。
「ソろソろ終ワりにしテくレる」
「これは……嫌な予感しかしないね」
 上から降ってきた声に充は僅かに顔を顰める。このままのペースで終わるとは端から思っていないが、正直これ以上厄介なことをされるのは困る。例えば増援。あるいは別種の攻撃手段。いろいろ考える度に頭が痛くなる。
 数十分前に聞いた音が再び響く。見上げれば、円柱状の壁に穴が開き、さらにメカノリモンが一体落下してくる。
「増援? いや……」
 増援と言うには、たった一体だけではおかしい。それ以上にそのメカノリモンは様子がおかしかった。熱を帯びているかのように妙に赤く、距離が迫るうちに不可解な音が聞こえてくる。
「まさか……みんな、こっちに寄れっ!」
 充は直感的に叫んだ。壁の奥から見下ろすナノモンの性質から、このメカノリモンがどういうものか嫌でもわかったのだ。
「イッツショウタイム」
「強化弾、シーサモン―石敢当」
 その瞬間、メカノリモンは充達の真上で爆発。轟音とともに爆風と熱波が充達を襲う。
 手順は単純。このメカノリモンにナノモンは自爆装置を仕込んでいた。それを作動させただけ。言うなれば意思のない特攻隊のようなものだ。
「ほウ、くタばリはしなカったか」
「ぎりぎりだったけどね」
 爆煙が晴れるがそこに死体は転がらなかった。爆破の直前に、充が上空に向けて撃った弾丸が防護壁ファイアウォールとなって直接巻き込まれるのを防いだのだ。
「本当に趣味の悪いことするね」
「効率テきだと言ってホしイね。才あルものが才なキものニする扱いとシテは最適な方法だロウ?」
 柄にもなく睨みつける充にナノモンは淡々と返す。勝つための武器がたとえ命あるデジモンだとしても、彼はまったく気にしない。これが彼のやり方。
「そうかい。個人的には反吐が出るよ。命を軽く扱う、感情無き争いは嫌いだね」
 一方、充としては非常に勘に触るやり方だった。平和的に事を進めてきた、などとは言わないが、こちらにも一線引いてやってきたことがある。
 それは不殺。どれほど危害を加えていても、それだけはやらなかった。
 でも、彼は何の躊躇いもなくあっさりと強制自爆という形で行った。効率的ということはまだやるつもりだということ。こちらの考えが甘いとしても、簡単には許容できない。
「ハッ、減ラず口を叩イていラれるノは今のウちダ。――第二波」
 宣言により、穴から先ほどのものと同じような処置を施されたであろうメカノリモンが投下される。それも今回は三体。爆発すればただでは済まない。
「サあ、どウする?」
「糞ッ、勘に触る」
 柄にもなく口が悪くなる。状況を打破する手がないわけではないが、どうしても躊躇ってしまう。一線を超えてしまいそうで足踏みしてしまう。
「……先輩?」
「くっ……」
 三葉に指令を求めて視線を向けられても答えられず、さらに思考が固まってしまう。
「もう限界ですっ!」
「……強化弾、シーサモン―石敢当」
 答えられる状況ではないと理解した三葉は、せめてもの防御と、先ほどの充と同じ手段を使った。だが、今回は先輩のパターンとは違う。一体ではなく三体、つまり連鎖的に起こる爆発の威力は比べ物にならない。
「あっ……」
 充の目に最後に入ったのは、崩れゆく半透明の防護壁と、自分達の上に覆いかぶさるパートナーの姿だった。