第七話「犬と兎」② | 秘蜜の置き場

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ここは私が執筆したデジモンの二次創作小説置き場です。オリジナルデジモンなどオリジナル要素を多分に含みます。

「さて」「残りも」「いたぶってやろう」
 アシュラモンが指を鳴らしながら、じわりじわりと距離を詰めてくる。一也達は逃げることも倒れた仲間に駆け寄ることもできず、ただ膝を着いて項垂れていた。
 エルフモンもリガルモンも一撃のもとに沈められた。今持てる最大戦力を瞬殺させられる程の圧倒的な戦力差。残る面々でそれを覆すのは無理がある。だが、逃げる動きを見せれば即座に背中から潰されるだろう。
 打てる手は既に尽きていた。
「……なん、で」
 か細い声で問いかけるも、このような状況になった原因は三葉自身が一番理解していた。
「俺と三葉のせい、か」
 状況が変わった分岐点は、テリアモンとロップモンがアシュラモンに捕まったとき。だが、二人は一也と三葉が与えた弾丸によって行動を決められただけ。大元の原因は、功を焦ってリスクを顧みずに突っ込ませた自分達にある。
 何をしているのか。こんな状況を作るために力を与えたのではない。ただ、充と葉月や二人のパートナーだけに戦わせたくなかった。二人に置いていかれたくなかった。そのために伸ばしたはずの手が、この場の全員を危機に陥らせている。
 思考が埋没し、視線は地面に落ちる。そうやって逃げるように感覚を閉ざしていたから、一也と三葉は自分達の前に誰が立っているのか声を聞くまで分からなかった。
「冗談じゃないよ~」
「まだ終わってません」
「ほう」「まだ」「立てるか」
 目と鼻の先から聞こえるその声に二人は顔を上げる。その主がそれぞれのパートナーだということはすぐに分かった。
 小さな身体は既に傷だらけ。そんな状態で、ただでさえ勝ち目がない相手に勝てる見込みなど有りはしない。それでも二つの小さな背中は勝利を諦めてはいなかった。
「退がれ。俺のミスなんだから」
「勝手なこと言わないでよ~」
「……もういい」
「よくありません」
 パートナーの声も聞き入れない強固な意思。小さな相方が初めてそれを見せたため、これ以上一也と三葉は二人の行動を否定することはできない。その代わり、二人は初めて憧れの人以外の心情に思考を巡らせた。
 なぜ、ここで意地を張るのか。なぜ、自分を守ろうとしているのか。そして、自分達はその姿に複雑な感情を抱いているのか。
 まるでパートナーという鏡を通して自分を見ているかのようだ。他人に共有できるはずの無い思いを抱えているのに、そんなことを考える自分が居るのもまた妙な話だ。
「僕だって足手まといは嫌なんだよね~」
「焦っていたのはあなた達だけではないのです」
 だが思いのすべてを共有できなくとも、考えていることすべてが違うわけではない。今回の一件では「仲間に置いていかれたという焦り」と表すことができる。
「同じだったのか」
「……そうなの」
 本当に独りよがりだったのは行動の責任。自分だけで背負っている気になって、ともに行動しているパートナーのことに意識が向いていなかった。これでは自分達だけ一歩遅れるのも当然というもの。
「そうだな。このまま負けるのも冗談じゃないよな」
「……まだ終われない」
 少なくとも、今の自分達の本音はパートナーと同じだ。もう、血を分けた二人だけで失敗を背負う必要はない。それぞれのパートナーの力も合わせて、勝利へと覆せばいいだけのこと。
 一度は消えた戦意の灯。それが再び熱を持つとき、残された力は解放される。
「あつ……これは」
「……来た」
 一也と三葉、それぞれのD-トリガーに光が宿る。それは憧れた人との差を詰めるための力。この状況を切り抜ける最後のチャンス。
「いくぞ、テリアモン。進化弾」
「……ロップモン。進化弾」
 発現した力を弾丸に込め、それぞれのパートナーに向けて撃ち込む。黄緑と桃色の光弾がそれぞれの目標へとぶつかるとき、被弾したパートナーは同色の光に包まれてその存在を一段階押し上げる。
「テリアモン進化――ガルゴモン」
 一也のパートナーはふくよかな身体の獣人へと変わっていた。全体的なシルエットには成長期の頃の面影を残っている。しかし、両腕と一体化した二つのバルカン砲とブランド物のジーンズが、以前には見られなかったワイルドな印象を強く与える。
「ロップモン進化――トゥルイエモン」
 一方で、三葉のパートナーは逆にスリムな体系の獣人へと変わっていた。ガルゴモン同様、成長期の面影は色濃く残っている。しかし、両手に備わった鋼鉄の手甲と傷物の胴着が、彼が卓越した格闘家であることを示している。
「ガルゴモン。俺はもう間違えない」
「……トゥルイエモン。私はもう諦めない」
 並び立つ二つの新たな姿。大きくなった背中と一緒なら、まだ戦うことができる。一也と三葉はそう心から思った。
「いい台詞だ」「感動的だな」「だが無意味だ」
 しかし、アシュラモンの煽りもごもっともだ。進化したとはいえ、彼に一撃で倒されたリガルモンとピクシモンと同じ成熟期。一段階進化しただけでは戦力の差は埋まっていない。見たところどちらもあまり遠距離を得意とはしていないのだから、寧ろ先ほどよりもあっさり勝負が決まる可能性も高い。
「それはどうかな~」
「見くびらないことです」
 だが、ガルゴモンもトゥルイエモンにも一切の怯えはない。自分を過信しているわけでもない。ただ客観的な推測を元に、自分達はすぐには沈まないと宣言してみせた。
「先輩、今は俺達が守ります」
「……だから、見ててください」
 そんなことを言い切れるだけの自信を、一也と三葉も胸の内に灯している。大事な人には顔も向けずにただ一言だけ告げ、二人はじきに始まる第二ラウンドへと意識を向ける。
「ほ」「ざ」「け」
 アシュラモンが動く。一気に距離を詰めて、即座に勝負を決しようと考えたらしい。速度は速い。だが、動きを一度見たことで反応しきれない速さではなくなった。
「強化弾、ディグモン――ビッグクラック」
 少なくとも弾丸を一発撃つくらいの余裕はある。アシュラモンが初期位置から半分ほど進んだタイミングで、一也が撃った弾丸は彼のすぐ目の前の地面へと着弾。そこを起点として地面にひびが入り、次の一歩を踏み出したアシュラモンの右足を吸い込む。
「こんな」「小賢しい」「真似を」
 最初に充が使用した拘束の赤光と同じ、小賢しい足止め。アシュラモンは三つの顔を歪めてはいるが、苦しんでいるわけでもない。ただ数秒ほど動きを止められただけ。その間受ける攻撃も余裕を持って耐えられる自信があった。
「ガトリングアーム」
 アシュラモンのそんな思惑も知らず、ガルゴモンは自身の武器を持って攻撃を開始。両腕のバルカンが唸りを上げ、連続で放たれる弾丸がアシュラモンの四本の腕を何度も叩く。
「この」「程度」「で」
 火力はたかが知れている。所詮成熟期の攻撃ではアシュラモンには目くらまし程度にしかならない。
「ふっ」
「いつ」「のま」「にっ?」
 ガルゴモンにとっては目くらまし程度の効果があれば御の字だった。既にトゥルイエモンがアシュラモンの背後へと回り、攻撃の準備を整えている。
巌兎烈斗ガントレット
 叩き込むのは、進化した瞬間から身体に染みついた連撃の型。右のジャブから左のロー。相手がこちらに顔の一つを向けたところでアッパーカット。
「まだ」「軽い」「なぁっ」
 数に任せた怒涛の連撃でも、アシュラモンを怯ませるほどの痛打にはならない。そんなことはトゥルイエモンも三葉も分かり切っている。
「……技能弾、グラップレオモン」
 アッパーと同時に高く跳躍して一度宙返り。連撃の最後を右肩への踵落としで締めた直後、トゥルイエモンの胸に三葉の弾丸が刺さる。
「旋風タービン蹴り」
 左肩に手を回し、空中で逆立ち。そのままパートナーが与えた技を行使する。腰を捻って勢いをつけ、プロペラのように回転させた足を連続で右側の顔面に打ちつける。
「この」「てい」「どぐぁあガアアッ!?」
 先ほどと同じ、数に任せた連撃。だが、明らかに違うのは一発一発の重み。まるで自分と同じ完全体の技を受けているかのよう。それがトゥルイエモンの手で繰り出されていることが、アシュラモンには理解できなかった。
「いや」「完全体の技」「なのか」
「……ご名答」
 最後の一撃を胸に叩きこみ、トゥルイエモンは後方宙返りで距離を取る。その姿を追うこともせずに、アシュラモンの三つの顔はただその動きを追っていた。
 アシュラモンが受けた感覚は実に的を射ていた。トゥルイエモンが繰り出したのは、グラップレオモンという完全体のデジモンの技。彼にその力を与えたのは三葉のD-トリガーで、ガルゴモンとトゥルイエモンが進化した瞬間、多くの完全体デジモンのデータが一気に解放されたのだ。――つまり、今の彼女とパートナーデジモンは完全体の技を使うことができる。
 それは三葉以外のD-トリガーも同じ。この場に居る四人、そしてこの場に居ない二人のD-トリガーにも同じデータが解放されている。
「強化弾、メタルマメモン――エネルギーボム」
 トゥルイエモンが着地した直後、一也は次の弾丸を選定して引き金を引く。銃口から飛び出すのはエネルギーを圧縮した球体。そう、言ってしまえばただの小さな光る球。ただ、籠められているエネルギー量は完全体相応だ。
「この」「来る」「なあっ!」
 そこまで理解したところでもう遅い。射程範囲に入ってしまえば、爆発までに逃げることは叶わない。
「あぐ」「グ」「ガァアアッ!!」
 元の体積の十数倍の範囲に広がる爆発。それは内部にどれだけのエネルギーが凝縮されていたかの証明になる。
「うわ、えげつねえ」
 それは撃った一也自身も多少引く程の火力だった。これが自分達を苦しめた完全体の力。攻撃のみとはいえ、自分の戦力として使えるとこれほど心強いものもない。
「ア」「ごほ」「ふ……」
 盛大に吹っ飛ばされたアシュラモンは立ち上がることもできずに、三つの顔だけをこちらに向けて呻いている。六つの目にはもう圧倒的なまでの覇気は感じられなかった。
「浄化弾」
 一也が放ったその弾丸でこの戦いは終わり。奇跡的に逆転の目が生まれただけの苦しい戦いだった。それでも一也と三葉にとっては、大事な人に置いていかれず、自分達の手で守ることのできた名誉ある戦いだった。




 五分後、アシュラモンは膝を着いて中央の顔を地面に擦りつけていた。言葉を言い換えればジャパニーズ土下座だ。充達はその姿を困惑した表情で眺めていた。
「頼む」「私の村を」「助けてくれ」
「だから何度も言ってるだろう。元からそのつもりだって」
「ただ、こっちもすぐには動けなくてねー」
「それでも」「頼む」「早く」
 同じやり取りを何度繰り返しただろうか。正気に戻ったアシュラモンの気持ちが分からないわけではない。できるのなら、自分達だってミドルタウンを黒いもやから解放して、そこで一度腰を落ち着けたい。
 だが、今の自分達はすぐにミドルタウンに戦いを挑めるほどの余裕はない。ガルモンとピクシモンは目を覚ましたものの、今日一日は進化もできず、仮に成長期の姿を維持してもまともに戦うことはできない。テリアモンとロップモンも二人と比べれば余力はまだあるが、無策で突っ込めるほどの余裕もなく、そもそも彼らの足では村に辿り着くのに結局一日潰すことになる。
「そこを」「なんとか」「ならないか」
「そう言われてもね……」
 この問答をどう打ち切るか。そんなことに思考は割きたくないのが充の本音。それが無意識のうちに行動に現れたのか、頬を掻きながら逃げるように視線を真上に向けていた。
 雲一つない空だ。視界を邪魔する木がそこまで多くないおかげで、広大な青いフィールドを翔ける異物はよく見える。
 中でも目立つのは赤い物体。著しくバランスを崩しながらこちらに近づくそれには心当たりがあった。本音のうち、半分くらいは嬉しさだ。だが、残り半分は恐怖だったりする。――まったく、煙と何かは高いところが好きだとよく言ったものだ。
「みんな、すぐに散らばってくれ!」
「え」「ちょっと」「何なのだ」
 全力で避難勧告。アシュラモンも顔を上げ、なんとか近くに迫る危機に気づいた様子。だが、少し遅かった
「ほぉあああああああ」
「あばあああああああ」
「ぎゃあ」「ぐわあ」「ぶへはぁあ」
 結局、赤い物体は予想通りにアシュラモンの真上に落下。三者五様の悲鳴を上げる一同を見て、心の隅で残りの面々は実家のような安心感を得ていた。
「ああもう、くそいってえ」
「あー……とりあえずお帰りー」
「ん、ああ……ただいま?」
「疑問形も納得だ。まあ、とりあえずお前は降りろ」
 迷惑極まりない飛来物の正体は案の定、巧とヴルムモンだった。戻ってきてくれたのは嬉しいが、落ちてくるというのはあまり褒められたものではない。いや、危ないので止めてほしい。
「何であれ君達が戻ってくれて良かったよ。いろいろ話さなきゃならないことがある」
「そっか、奇遇だな。俺達も同じだ」
 なかなか酷い再会だが、それでも嬉しいのは事実。だが、それとは別にいろいろ話し合わなければならないことがあるのも事実。巧達が居ない間にこちらで何があったのか、同じ時間を巧達がどう過ごしていたのか。
「あの」「私の」「村を」
「うわ、なんだこいつ」
「助けて」「欲しいの」「です」
「まーまー、ひとまず落ち着いてご飯にでもしよーよー。――ねぇ」
「あ」「はい」「そうですね」
 積もる話も課題も残っているが、すぐにすべて消化することはできない。一度落ち着いて指針を固めることも重要だ。ちょうど、収集したまま腐るのを待つ食材もあるのだから、それを消費しながら話をするのも良い手だろう。
 斯くして食事を取りながら話し合うこと一時間半。その間も疫病神の存在のせいでハプニングには事欠かず、一時は食材が全滅する恐れもあった。だが、幸い疫病神を除く全員がまともな食事と休息を取ることができた。
 また、休息の間に行われた話し合いで、今日の内にミドルタウンの奪還に挑むことが決まった。エネルギー補給と休息。この二つが達成されたため一部の戦力は回復した。その上で戦える戦力を吟味し、アシュラモンから情報を収集した結果、なんとか作戦の目処が立ったのだ。
「一番危ない奴とセットにするのはやめてくれ!」
「俺、過労死しそうなんだけど」
 なお、真っ先に作戦の参加を強制されたメンバーから異議の声が上がったが、当然のごとく却下された。




※2017/4/18 加筆修正