宣伝ですよ。
大学読書人大賞を後援している財団法人出版文化産業振興会が、
本の作者と読者をつなげる「オーサービジット」という企画を行っています。
作者が出前授業をしてくれるというイベントで、
読者の年齢に合わせて、様々な方との交流が企画されています。
ついさきほど、常々お世話になっている大学生協の書籍関連の方から情報をいただきました。
(多謝!)
近日、以下のお二人がいらっしゃる大学生向けのイベントがあるそうです。
7/4 万城目学さん
http://www.asahi.com/shimbun/dokusho/authorvisit/outside/topics.html
8/8 角田光代さん
http://www.asahi.com/shimbun/dokusho/authorvisit/outside/topics2.html
ページをご覧になった上、ふるってご応募ください。先着順ですよ!
私はどちらの方の本も読んだことありませんが。
(↑ごめんなさい)
コンニチハ、ナカムラです。
気圧の変化のせいか、どうも頭が重いです。
全部気圧のせいです。
明け方までケイゾクのDVD観てたからとか、
飲み会で飲み合わせの悪いカクテルばかり飲んでいたからとか、
床で寝るのに味を占めたからとかが原因なのではありません。
星の舞台からみてる 木本 雅彦
去年、伊藤計劃さんという作家が亡くなりました。
この人はweb上で映画評論とかけっこう書いていて、これがとても面白かった。
現在も、文章の載ったページは残っています。
もっと過去の文、さらには伊藤さんが描いたマンガまで、探せば読むことができます。
だれもかれもが、ブログやらtwitterやら使う時代。人の生きた痕跡が、電子媒体上で様々に残るように
なってきてるわけです。
もちろん、良心的な友人によって、それらが適切に管理されることも多いでしょうが、
立つ鳥跡を濁したくない人だってずいぶんいるはずです。
ねえ、秘密のコレクションをPCの奥深くに隠してる男子諸君?
未公開の小説を同様に隠してる女子諸君?
そんな方々のために、電子媒体から葬式まで死後の様々な作業を代行するのが、
「星の舞台からみてる」のヒロインの仕事。
いかにもこれから生まれてきそうな、面白い設定です。
今や「攻殻機動隊」は、ある意味で時代遅れ。
「星の舞台からみてる」は、もっとゆるやかにネットと現実がつながる未来へ、希望を託す物語。
現実をしっかりと見据えつつ、想像力の羽根を広げている点に、作者の力量を感じます。
ラスト近く、「おいおいwww」と言いたくなるような飛躍もありますが、それはそれで愉快。
ドライな描写が好きな自分としては、登場人物たちの動きにやや不満があるものの、
(あえて言うなら…「悪意が足りない!」)
あの手この手で展開されるSEたちの活躍は十二分に楽しめました。
一度でもネットに触れたことのある方、
つまりどんな方にもおすすめなSFです。
ぜひどうぞ。
(付け加えるなら、作中に登場するエージェントたちの存在について考えると面白い。彼らはネット上で動き回るプログラムなのだけれど、とても人間らしい会話をしている。ただし、彼らは一度も「一人称で話しているとは明言されていない」。現象に「人間らしい」意思を想定することは、人間第一主義の不遜な考え方なのだなあ)
…でも
一人くらいウイルスで脳を灼かれても面白かったのに!
(↑ひとでなしの発言)
気圧の変化のせいか、どうも頭が重いです。
全部気圧のせいです。
明け方までケイゾクのDVD観てたからとか、
飲み会で飲み合わせの悪いカクテルばかり飲んでいたからとか、
床で寝るのに味を占めたからとかが原因なのではありません。
星の舞台からみてる 木本 雅彦
去年、伊藤計劃さんという作家が亡くなりました。
この人はweb上で映画評論とかけっこう書いていて、これがとても面白かった。
現在も、文章の載ったページは残っています。
もっと過去の文、さらには伊藤さんが描いたマンガまで、探せば読むことができます。
だれもかれもが、ブログやらtwitterやら使う時代。人の生きた痕跡が、電子媒体上で様々に残るように
なってきてるわけです。
もちろん、良心的な友人によって、それらが適切に管理されることも多いでしょうが、
立つ鳥跡を濁したくない人だってずいぶんいるはずです。
ねえ、秘密のコレクションをPCの奥深くに隠してる男子諸君?
未公開の小説を同様に隠してる女子諸君?
そんな方々のために、電子媒体から葬式まで死後の様々な作業を代行するのが、
「星の舞台からみてる」のヒロインの仕事。
いかにもこれから生まれてきそうな、面白い設定です。
今や「攻殻機動隊」は、ある意味で時代遅れ。
「星の舞台からみてる」は、もっとゆるやかにネットと現実がつながる未来へ、希望を託す物語。
現実をしっかりと見据えつつ、想像力の羽根を広げている点に、作者の力量を感じます。
ラスト近く、「おいおいwww」と言いたくなるような飛躍もありますが、それはそれで愉快。
ドライな描写が好きな自分としては、登場人物たちの動きにやや不満があるものの、
(あえて言うなら…「悪意が足りない!」)
あの手この手で展開されるSEたちの活躍は十二分に楽しめました。
一度でもネットに触れたことのある方、
つまりどんな方にもおすすめなSFです。
ぜひどうぞ。
(付け加えるなら、作中に登場するエージェントたちの存在について考えると面白い。彼らはネット上で動き回るプログラムなのだけれど、とても人間らしい会話をしている。ただし、彼らは一度も「一人称で話しているとは明言されていない」。現象に「人間らしい」意思を想定することは、人間第一主義の不遜な考え方なのだなあ)
…でも
一人くらいウイルスで脳を灼かれても面白かったのに!
(↑ひとでなしの発言)
ナカムラです。
読書感想文の時間です。
「シティ・オブ・グラス」 ポール・オースター
夜中に街を歩いていると、数限りないヒトとすれ違います。そうすると、
「この中にヒトでない生き物が一匹くらい混じってても気づかないだろう」とか
「この中で生きることに特化して進化した霊長類がいるかも」
とか思ってしまったり。ズバリそんなテーマで書かれた短編
「ふさわしい人々」(ウィリアム・ギブスンの「クローム襲撃」に収録かな?)を読んだ時には
「あー、やっぱこんなこと考える人ってほかにもいたんだ」と
妙に納得しました。
都市伝説の本が基本よく売れるのも、身近な都市の方が「幻想」の在処にふさわしいと思ったり
するからなのかもなあ。
で、「シティ・オブ・グラス」ですが。
舞台はニューヨーク。主人公は作家。街の描写も、登場人物たちの会話も、
実に映画的でオシャレ。
オシャレなのですが、そのオシャレな会話やドライで透明感のある文体の向こうには
陰惨な暴力の気配があります。もちろんニューヨークですから、
毎日犯罪者が銃を撃ち、クモ男がそいつらをとっちめたりしているわけです。
けど、「シティ・オブ・グラス」を読んでると、
より純粋で抽象的な暴力の存在がガラス越しに臭うような気がします。
というか、そう言う気配を感じさせてくれる作品が好き。
カポーティの「ミリアム」とか「夜の樹」とか。
村上春樹の作品にも、そんな気配が濃厚。あの人はかなり意識的に
「暴力」を描写してると思います。(てか、どっかでそんなこと本人が言ってなかったっけ)
ヨーロッパの文芸作品は、その土地の歴史に結びついたりすることが多いのですが、
アメリカの文学はそうした背景がヨーロッパに比べて希薄なせいか、
暴力の形がバックグラウンドのない、ある意味「薄気味悪い」恐怖として感じ取れたりします。
こいつは、ジョーカーのような「嗤う狂気」とは違う味わいがあってなかなか乙なものです。
「この街は腐ってやがるぜ…」ってノリも好きですけど。
以前ちょろっと書いた「低俗霊Daydream」という漫画が好きなのは、
そんな暴力の一端に触れるような作品だからかも知れません。
なんだかんだ、非常にイヤな単語の並ぶ感想文になってしまいましたが。
「シティ・オブ・グラス」は別に狂気や暴力の蔓延する都市の話ではありませんから。
オモシロイヨ。ぜひどうぞ。
読書感想文の時間です。
「シティ・オブ・グラス」 ポール・オースター
夜中に街を歩いていると、数限りないヒトとすれ違います。そうすると、
「この中にヒトでない生き物が一匹くらい混じってても気づかないだろう」とか
「この中で生きることに特化して進化した霊長類がいるかも」
とか思ってしまったり。ズバリそんなテーマで書かれた短編
「ふさわしい人々」(ウィリアム・ギブスンの「クローム襲撃」に収録かな?)を読んだ時には
「あー、やっぱこんなこと考える人ってほかにもいたんだ」と
妙に納得しました。
都市伝説の本が基本よく売れるのも、身近な都市の方が「幻想」の在処にふさわしいと思ったり
するからなのかもなあ。
で、「シティ・オブ・グラス」ですが。
舞台はニューヨーク。主人公は作家。街の描写も、登場人物たちの会話も、
実に映画的でオシャレ。
オシャレなのですが、そのオシャレな会話やドライで透明感のある文体の向こうには
陰惨な暴力の気配があります。もちろんニューヨークですから、
毎日犯罪者が銃を撃ち、クモ男がそいつらをとっちめたりしているわけです。
けど、「シティ・オブ・グラス」を読んでると、
より純粋で抽象的な暴力の存在がガラス越しに臭うような気がします。
というか、そう言う気配を感じさせてくれる作品が好き。
カポーティの「ミリアム」とか「夜の樹」とか。
村上春樹の作品にも、そんな気配が濃厚。あの人はかなり意識的に
「暴力」を描写してると思います。(てか、どっかでそんなこと本人が言ってなかったっけ)
ヨーロッパの文芸作品は、その土地の歴史に結びついたりすることが多いのですが、
アメリカの文学はそうした背景がヨーロッパに比べて希薄なせいか、
暴力の形がバックグラウンドのない、ある意味「薄気味悪い」恐怖として感じ取れたりします。
こいつは、ジョーカーのような「嗤う狂気」とは違う味わいがあってなかなか乙なものです。
「この街は腐ってやがるぜ…」ってノリも好きですけど。
以前ちょろっと書いた「低俗霊Daydream」という漫画が好きなのは、
そんな暴力の一端に触れるような作品だからかも知れません。
なんだかんだ、非常にイヤな単語の並ぶ感想文になってしまいましたが。
「シティ・オブ・グラス」は別に狂気や暴力の蔓延する都市の話ではありませんから。
オモシロイヨ。ぜひどうぞ。