冷蔵庫
掃除機
ウォシュレット
マッサージ機

今朝は
シェーバーまでも

更には
昨日
ホタルスイッチまで
チカチカ点滅して

家電は
立て続けに壊れると言うけれど
それはまるで
相談したかのように
同時期にばかり

確かに
それらは
同じ頃に購入したものだけど

まるでタイマーでも
セットしてあったかのように
続くとは
困った!

さて
何から
買い替えせねばならないかな

それとも
修理かな

修理も
もうダメかな


そうそう
カミさんの車のエアコンも
ちょいと不具合らしい

あーあー



また
見えないどなたかの仕業ならば
それら
自然に直してよ!

お願い!


目の前の小さな命を! と
言いながらも

蚊 だけは
遠慮なく
パチン! とする



しかし
あの小さな身体で
ステルスのように飛び回り
そっと近づき
一瞬で刺す

それはまるでテロリストで
何の病原体を運んで来るのか
分からない連中

マラリアも然り
人間たちを1番苦しめ続ける
蚊 という虫

これこそ
絶滅出来たならばと
本気で思う



もしも
人間たちが
あれと同じ機械を作り出せたならば
とんでもない兵器となる

しかしそれはやはり
神の領域で
とてもとても難しい

ならば
彼らを操れないかと
考えたならば

もしも
それが出来たならば
最強兵器と化し
戦争は
あっという間に終わるのだろう

トランプなんか… も

失礼

モンベルが50周年だそうだ


50


僕が
モンベルを知ってから
40年ほどだろう

当初は
日本のメーカーだと知らなかった

そして
まだまだ発展途上な
製品だったと記憶している

それが今や
世界のモンベルとなり
モンベルなしには
外遊びが成り立たない

すでに
僕の外遊びの道具の
7割以上は
モンベル製となり

残りの3割は
ちょいとした見栄で
舶来物が並んでもいる


昨今
外遊びの道具の高騰により
なかなか
最新型に
手を出せなくなってしまった

それの多くは
やはり外遊びの先進国
舶来物ばかりで

良く出来たそれを
なんとか手に入れたいと思っても
あまりの高価さに諦め顔

それでも
この国には
モンベルがあって

それらは
財布に優しく
舶来物の半値で手に入る



カネに糸目を付けない
飛び抜けた舶来のそれらには
確かに一歩及ばないけれど

それでも
100点にならずとも
90点くらいの評価にはなる

命を預ける
ギリギリでなければ
それが丁度良いはずで

カッコ良さには
わずかに劣るけれど
僕らには
モンベルがあるではないか! と
呟いてみる


そして
それはリセール品や
旧モデルではなく
最新型を選んで欲しい

やはり
軽く
機能も良い

特に
すべてを
自分で担ぐ山ならば
軽さこそ 正義なのだ!



まあ

それでも

仕方なくも

モンベルも

少しづつ

値上がりして来たけれども…



こうして
時折 訪れる草津で
日曜日の朝
テレビを点けると

あらま!
ここの最上階に
やはり時折 訪れる
演歌歌手さんが映っている



そんなことが
なんとなく
嬉しいような

でも

草津温泉らくご会へと来る
真下の部屋の
若手の噺家さんたちも
そろそろ
世に出ないかと願ってもみる

それはもちろん
同じ屋根の下なわけだけれど
308世帯もあるからね




ここも早いもので
35年

当時の方々は
もう少なくなって
多くが入れ替わってしまった

すれば
更に35年も経てば
僕もまた…

孫子たちに
ここをと譲り
一族が賑わうならば
それで良い



さて
草津温泉は
いつの間にか
年配の湯治場感は無くなり
若者たちで賑わう街となった

そして
宿代は高騰し
とうとう
星野リゾートまで進出して来た

お隣りで
工事中のそれは
来年の春の開業だそうで

その先のスキー場のロッジも
建て替え中

温暖化の影響で
軽井沢も暑くなり
もしかするとここが
最後の砦なのかもしれないと
逃げ込む方々が
増えているのだろう

草津は今
大きく変わろうとしている

早朝から
ツィターを見ていたら
仲良しの噺家さんが
槍へと
アタックするタイミング




氣をつけてね! と
送れば

はい! と
すぐに戻って来る

北アルプスの頂上にも
ネットは届く時代

あの頃
それがあったらなあ と
嘆いてみても

その時代は
その時代なのだなあ



未来は
今より
きっと良いと
願いながら…



-追伸-


おめでとさん!

下山も

氣を付けて…


僕のたちは
1日
10000リットルもの空気を
吸い 吐く と聞いた

すればやはり
水以前に
空気が大事で

爽やかな空気をとねだり
山へ
高原へと
出掛けるのだろう


長女夫婦が
草津の宿に
空気清浄機を設置してくれた

こんな高原の
さわやな場所で? と問えば

旦那さまに
ホコリの
アレルギーがあって

普段
閉じたままの部屋
やはり
あれこれとホコリが残るのだろう

僕には
感じることはないけれど
敏感な方には辛いのだろうから
これで解決出来たのならば
ヨカヨカ!

先週
早めの夏休みを取り
軽井沢 嬬恋 草津と
ゴルフ三昧だったらしく

そのタイミングで
空気清浄機を持ち込んでくれた

ならば僕もと
一昨晩
試してみたけれど

はてさて
外遊びばかりして来たからか
元々 鈍感なのか
分からない  



でも
山の上へと登れば

空気が美味しい! なんて呟き


やはり
その良さには
気付くけれども…


早朝

道が混雑する前に
草津を出ようと
部屋の点検をすれば
寝室のホタルスイッチが
チカチカと点滅していて



これは直しておかねばと
草津から30分降った
長野原のホームセンターが
開くのを待って
部品を買い求めてくれば

なんと
直っていて…




昨今
こんな
わずかにタイミングを
ズラされたようなことばかり

それってまさか
この先に待つ
何らかのトラブルからの回避かと

これもまた
見えないどなたからのお告げかと
微笑んで受け入れることにした

さてこれで
3時間もの遅れとなり

ならば

大谷くんの試合を観てから
ゆっくり帰ることにしよう



只今

草津は25℃

帰るのやめようかな… 



やっぱり

キミたちの仕業かな…



会津から魚沼へと抜ける
国道352号線が
冬季閉鎖を終え
やっと開通したと聞き

ではと
早朝から急ぎ足

いつもの奥会津で釣りをして
尾瀬の福島側の入口 

御池へ ちょいと寄り込んで






さあ
この先がその秘境の道

細く長いその峠道は
どこにも逸れる場所はなく
ただひたすらの
82キロにも及ぶ1本道

心配なのは
その間
電話が繋がらないから
トラブルでもあれば
どうすんの? なんて

途中
猿はいるは
鹿もいるは

人間はいないは…

すれ違ったのは
わずか5台の車だけ

そんな寂しくも
結構 ヤバい路線

ここはすでに
バイクでも
車でも
何度も通った峠だけれど

いつ来ても
わずかな不安が残る





目的は
途中 奥只見の
銀山湖のほとりに建つ
開高さんの記念碑と

それ沿いの川で
釣りをすること

週末とあって
奥会津には
そこそこの釣り人はいたけれど

奥只見のそこには
どなたもいない

時折
その碑の前に立ち寄る方と
釣れてるかな? と
眺めるだけの方々

下界はいったい
何度だったのだろう

奥会津も
奥只見も
33℃を示した今日



夕方に
草津へと逃げ込めば
雨が降った後らしく
なんと
22℃なんて肌寒さ

僕の最後の砦は
いつまで
避暑の気候でいてくれるのだろうか…



初めて買ったレコードは
記憶では
黒ネコのタンゴ か
帰って来たヨッパライ だった



では
どちらかと
その年号を調べてみれば

黒ネコのタンゴが
1969年の10月で

帰って来たヨッパライが
1967年の12月だそうで

帰って来たヨッパライだったかと
今更ながら
2年も違うのかと…

さて
本日 飛び込んで来た
皆川おさむさんの訃報

62歳だそうだ

記憶は
黒ネコのタンゴを歌った頃の
あの容姿しかないけれど

最近の画像を見ても
皆川おさむさんだと分かるから
不思議だ



では
帰って来たヨッパライの
フォーククルセダーズはと見れば
すでに
加藤和彦さんも
はしだのりひこさんもいない

そうだ
僕たちの時代が
消え去って行く昨今

特に
年下の方々の訃報には
倍も心が落ちる

更には
その方々の齢と並び
また越した時にも
切なさは増す

仕方なくも
僕ももうそんな世代へと突入し
いつ終わっても不思議ではないと
改めて
今この瞬間を大事に思う



そんなことを思っていたら
なんと
ハルクホーガンさんの訃報が届き

これまた
心を落とす

もちろん
遠い存在ではあるが
同じ時代を生きて
そこにいたはずの方々

振り返れば
少しづつ周囲は変わりつつあったが
ここ数年
突然 崩れ落ちるかのように
目の前の風景が変わって行く

残される側の辛さは
益々 増して
こんなに辛いのならば
いっそ先にと思ってしまうから
落ちた心とやらは
厄介だなあ…


そうだ!
ピンキーとキラーズの
恋の季節は? と調べれば
1968年7月だそうで

黒ネコのタンゴよりも
前だったとは…

昭和40年代
やっぱり
1番戻りたい時代のようだ

黒姫へと出掛けると

アファンの森からの帰り道

もう

家主のいないそこへと立ち寄り

トントン とドアをノックしてみる


すると

あの頃のように


やあ! 元気? と

そのドアが開き

大きな男が顔を出す

そんな氣がして…



一昨年の春
ニックさん家の庭で
芽を出していたどんぐり

それを
3つほど救出して来た



それがわずかに育ち
秋には紅葉し
冬にそのすべての葉を落とし
じっと2度の冬を耐え

この春にまた
新たな芽を付けて
成長し始めたけれど

その1本は
原因が分からぬまま
枯れてしまった

しかし
あとの2本はスクスク育ち

我が家の庭で 2Mにもなり
更に
それは成長し続けている



さて
これをどうしようか? と思えば
この秋に
近くの公園か
もしくは
黒姫の森へと
戻そうかと思ってみるが
分からない

このコナラの木は
秋に
多くのどんぐりを落とし
その多くは
森の獣たちの食事となる

残ったものが
春に芽を出すけれど
そこは
仕方なくも森の掟

そのほとんどが淘汰され
現実には
1つも残らない

そう
そこには大きなコナラの木があって
それがやがて枯れ落ちた頃
やっと場所を譲るのだろう

さもなければ
森はとっくに
コナラだらけとなり

それを
森の自然は許さない


アファンの森の
ニックさんが愛したマザーツリーもまた同じで

秋には
その根元が
数え切れないほどの
どんぐりで埋まるけれど

その近くで
発芽しているどんぐりを見掛けても
それらが成長することはなく

深い雪と
多くの獣たちとの戦いで
終えてしまうのだろう

それでも
昨今のナラガレなる病により
そのマザーツリーの危機を感じ

ならば
わずかでも その対策をと
どんぐりを拾い集め
我が家で育ててみる



それは
すでに何年もに渡り
試して来たけれど

高原の気候と
下界の気候との差は
なかなか埋められず
失敗ばかり

今年もまた
昨年のどんぐりがいくつか発芽し
頼むよ! って
声を掛けながら
育てているが
はてさて
どこまで頑張ってくれるのか…



黒姫の森へと出掛ければ
真っ先に
ニックさんの眠る
メモリアルストーンへと向かい

あれからね… と
勝手に呟きながら

任せて下さい! と
言葉を締める



昨今
黒姫ですら暑い夏となり
未来を心配するが
間に合うのだろうか

いや
間に合わせねばならない




幸あれ…