そんなことを
いつか
おばあちゃんが言ってたから

バアちゃん子の僕は
ずっとそれを
守って来た

理由は定かではないけれど
バアちゃんが言うから
そうなんだと
今もまだ思っている


お盆


だから
13日から16日までは
近くで見ることはしても
水に入ることはなく

すれば
釣りも
カヌーも
波乗りも
海水浴すらも
それを守って避けて来た



今年もまた然り
娘家族たちが
そろそろカヌーでも 
なんて言ってたけれど

ならば
お盆休みを外してと言えば
予定が合わず
先送り



昨日今日の山行にも
途中の渓流を横目で見ては

ここさ!
良い川だね
魚がいそうだね なんて

いつもなら
ちょいと糸を垂れてみるような
そんな場所も素通りし

もちろん
それが出来ないように
釣り道具すら持参しない



誰が決めたか

そんな迷信のようなこと


でもそれを

知ってしまったなら

わずかな時期だけでも

守ってみれば

それもまた 良し…


仕方なくも
被害を受けたならば
ハンターたちは
駆除にと入る

しかしそれは
熊が悪いのではなく
すべて
人間たちのせい

環境を変えてしまったこと
そして
彼らのテリトリーに侵入したこと

それらが
あまりにも進んでしまい

人間を見れば
逃げた彼らが
環境の悪化により
食物を失い
人間を見れば
食物と思うようになってしまった



昨今
熊避けの鈴など
大して効き目もなく

高価な
熊避けのスプレーを持参せねば
ならない

有り難いことに
僕はまだ
熊に遭遇したことはないが

一瞬
熊に見えて退いた
枯れ木や
大きな岩

若い頃は
爆竹や
鉛球のパチンコを準備し
山へと入ったけれども

遭遇することなく
そんな手段はダメだと
悟った



昨日の
池の平の帰り際に
反対側の山にも登ってみたが

登山道を一周する予定が
途中の分岐で
熊のフンを見つけ
引き換えした

もしも襲われたら
間違いなく
勝ち目はなく
逃げ切れる自信もない

熊や
野生の彼らとの問題は
これからも
更にエスカレートするのだろう

お互いに
傷付け合うことなく
場所を譲り合えたならばと思うが

もうそれも
不可能なようだ


猿もまた然り
先日の
温泉に入る猿の所への道のりで

前を歩く
アジア系外国人の若者たちが
ぶらり手にしていた
コンビニの袋ごと
お菓子を取られた

それを
笑って浮かれる彼らに
注意しようとしたが
カミさんに止められた


もちろん

入口には

食べ物の手持ちに注意! とあったはず


それを

守らなかったが為

襲われた

それは
心ない方々が
それ以前に
猿たちに
食物を与えてしまったからで

人間を見れば
ちょいと襲えば
手に入ると知ってしまったからで

すると
それは更にエスカレートし
きっと
怪我をすることにもなる

そうなれば
やはり
仕方なくもその猿を
駆除せざるを得ない

すべては
人間たちの責任で
いつか
大きなことを
決断せねばならない日が来る

その時
僕たちは
どう思うのだろうか


さて
本日
親父に頼まれて
嬬恋村のキャベツ畑にて
写真を撮っていると

目の前に
大きな猿が現れて
一瞬
カメラを向けようかと思ったけれど

見て見ぬふりに変え
知らん顔すれば
彼もまた
そっと前を過ぎ去った

人間たちよ
この星を支配しているのも
もうすぐ終わる

そろそろ
心を入れ替えよ


僕たちは
戦争を知らずに
ぬるま湯の中
身の危険を知ることなく
育って来た

親父たちは
その戦禍の中
子供だったが為
戦争には駆り出されず

でも
その心には深く
痛手を負ったまま



昨今
世界での戦禍は
ライブ放送され
目を伏せながらも
いつまで争うのかと
嘆いてみるが
何も変わらない

身近で
戦争へと出掛けたのは
おじいちゃんの弟で

無事に戻ったけれど
一切 
戦争のことを口にしなかった

僕の親父の母
本当のおばあちゃんは
8月20日が命日で
終戦後
わずか5日でこの世を去った

位牌を見れば
37歳とある

親父は多くを語らないが
流行り病とだけ
言葉にした

バカな大将たちが
自分は安全な場所にいて
指令だけを告げる

すでに
戦争を知る者は
わずか6%となったそうだ

キナ臭い世の中
未来は
今よりも
遥かに
良くなければならない…


池の平湿原からの帰りの峠道に
雪山讃歌の碑があって
思わず引き返し
パチリ!





すれば
その先には

メロディラインまであって

🎵 雪よ岩よ我らが宿り
  俺たちゃ町には住めないからに🎵

なんて
口づさんだ




歌い継がれたものは
やはり
心に染み入るもので


そして

ここがかと

更に心震えるような

そんなことが
分かる齢となったようだ




🎵 山よ さよなら

  ご機嫌よろしゅう

  また来る時にも

  笑っておくれ 🎵



そこは
尾瀬ヶ原よりも高い湿原で

尾瀬は
周囲を2000mの山で囲われた
湿原で1400m

池の平は
湿原が2000m

ならば
行きたくなるでしょ! って
出掛けてみた昨日




尾瀬ほど大きくはないけれど
囲む山は
2000mを越え

下にスキー場を構えた峠
平日ならば
その入口まで
自家用車で行けるなんて

きっと
1番高いのに
1番楽に行けるような湿原で

2000mを越す山にも
安易に登れるから
不思議だ




更には
高山植物と
蝶や昆虫たちの宝庫で
季節ごとに
多くの姿を変えるそうだ




もちろん
わずかであるが
自分の足でしか辿り着けないけれど

他の2000mと比べたら
それは楽に
そして安全に
行ける山で驚いた




この夏休み
荒天続きで
出掛けられなかったアルプスに
迫る高さが
ここにはあった…

長年 
氣なっていたキャンプ場があって
草津から
1時間ほどの山の頂上にある
湖の畔




そこは
釣りでは訪れるけれど
その奥側には
多くのバンガローと
テント場があり

いつもは反対側から
釣りをしながら眺めては
そのあまりの美しい風景に
見惚れてばかり

そこは天空の湖と言われ
草津より高い
2000mの山に囲まれて
まるで
ヨーロッパの景色

出掛ける度に
次回は と思いながらも
釣りを優先して来たが為
泊まりは草津温泉へと
戻ってばかり

この春には
雪が残るそこをブラリし
なるほど
やはりここか! と
氣になっていて

では
ニッコウキスゲの咲く頃にと
思っていたら
それは7月とのことで
すでに遅かった




キャンプ場の駐車場まで
車で入れば
目の前には
沢山のバンガローがあり
お盆休みと相まって
多くの方々が微笑んでいる

では
その先のテント場はと
整備された山道を行けば

突然 視界は開けて
多くのキャンパーたちが
笑顔で語っている





その風景は
北アルプスの山とは違い
自らが背負わねばならない
最低限の荷物ではなく

大きなリアカーで持ち込める
余裕ある大型のテントに
たっぷり張ったタープの下で
乾杯! なんて風景

氣温は
19度




ここは草津よりも
更に涼しく

また
管理棟も整備されており
食堂に
シャワーまでも有りな
至れり尽せりな…




ここは
テント嫌いならば
バンガローへと逃げ込めるから
きっと
初心者でも嬉しくなれると
思いながら…

さてすれば
アルプスを諦めたこの夏

周囲の山にも登れるし
誰かを誘って
出掛けて来ようかなあ



毎年
お盆の13日は
実家の墓所へと提灯を持参し

その中の蝋燭に火を灯し
実家の仏壇へと持ち帰る



その後
16日には
仏壇で灯した火を
墓所まで送り届ける

それを
迎え火
送り火と言い

ご先祖たちを
この時期だけ自宅へと戻し
今の幸を
ありがとうと告げる



昨日もまた
混雑する前にと早朝から出掛け
今の幸を感謝し
手を合わす

本家の長男
ここにはいったい
どれだけの先祖が
収まっているのかと

仏壇の位牌の数の多さに
背筋を伸ばされる

その方々の
集大成かと思えば
このポンコツもまた
救われる氣もするけれど

その方々の
わずかひとりでも
欠けていたら僕はいないのかと
改めて感謝する

昨今
親戚でも
後取りがなく
墓仕舞いなる話を聞くが


ならば
ここから出た一族ならば
いっそ
ここへと戻って来れば
また一緒にと思ってみるけれども

それにはまた
あれこれと意見もあるのだろう



改めて
墓誌を見れば
おじいちゃんは69歳だった

その後
墓参した母側のおじいちゃんは
65歳

来年には追い付いてしまう
この身体

来年からは

更に
多くを想うのだろう

ありがとう

行かない勇気
引き返す勇気

わずかあと1歩で
到達出来る場所であろうと

目の前の危険は
突破してはならないのが
山のルール


それを
せっかく来たから
やっと休めたから
今日だけしか なんて

わずかな無理が
未来を失う

生命あらば
またいつか
来れる
チャレンジ出来る

それが
自然との約束




今年の山の日は
仕方なくも
予報通りの荒れた天候となり

僕もまた
早々と諦めた

富士山も 然り
アルプスも 然り
近くの低山も また然り

テレビでは
絶対に放送されないことばかり

それは
スポンサーに
すべて支配されており

スポンサーに都合の悪いことは
すべて
却下され
テレビ人たちは
仕方なくも
嘘を言う



そんなだから
人々は
いつしか洗脳され

それに氣付かないまま
騙されたまま
それが正しいと
言葉にする

それに氣付き
反対意見を申した者は
世間をも追われ
多くを失うけれど

いよいよ
本当がバレ始めて

さて
この国を建て直さねばと
心ある方々が
そんな空気感に
立ち向かい出した



中田さんのこれもまた

半分間違っている



それは
僕らの時代に間に合わなくとも
孫子たちの時代にはと

無責任だった僕らの責任に於いて
戻さねばならない




参議院選が終わり

よほどのバカでない限り

そろそろ氣付いたはずで


ブレない

れいわ一択だったと…


失礼



ユーミンがバンバンへと提供した
バンバンの大ヒット曲
いちご白書をもう一度 が
なんと
今月で50年だそうだ



そう
今年
ちょうど昭和100年だそうで
この曲は
昭和50年だったと…


改めて聴いてみると

やはり
これぞ! って名曲で

僕ら世代より
ひと回りほど上の
団塊の世代と言われる方々は

学生運動が盛んだった頃に
多くに巻き込まれたから
更に
心に染み入るのでしょう



僕もまた
あの頃って頃に包まれて
ちょうど
中学でギターを手にした頃

2フレにカポを付ければ
きっと誰でも
すぐに掻き鳴らせる曲で

入り口には
持ってこいな

わずかなコードを覚えたら
それだけで


そう
まさに
谷村さんが言ってた

モーリス持てば
スーパースターも夢じゃない!

なんて… 笑


もちろん
モーリスなんて買えないから
バッタ屋で手に入れた
数千円のメーカー不明なやつ

それのネックに

モーリスなんて描いて

やっぱり
YAMAHAかなんて

 描き直して

ついでにエレキには
Fender なんて… 笑

腕は 初心者
氣分は プロ級な頃


仕方なくも
遅ればせながらの僕ら世代は
この曲を真似たくて

その後
ちょうど

何度目かのリバイバルでやって来た
いちご白書を観に
当時の彼女と
授業を抜け出したっけ

でもそれは

ただの思い出作りで
ちょいと世代違いか
さほどの感動もなく

ただただ
この曲の気分を
味わいたかっただけ

そんな日から
時間だけは急ぎ足で過ぎて
鏡に映る姿は
あの頃 否定していたはずの
大人たちと同じ

時折
流れて来るこの曲に
ひとり勝手に熱くなり

多くのことが
列を成して
目の前を通り過ぎる

またね! って
別れたままの仲間たちは
元気でいるだろうかと

なんとなく
振り返りながら…