富士山まであと1メートル
〜そっと1メートル盛りたい〜
——スコップを担いだ男の、30年と1メートルの物語——
木村勝夫 著
【まえがき】
人は、なぜ山に登るのだろう。
その問いに対して、昔の偉い登山家は「そこに山があるから」と答えたらしい。
だが私の場合は少し違う。
酒が入っていたからである。
本作『富士山まであと1メートル』は、そんな極めて不純な動機から始まった、ある中年男たちの長い長い遠回りの物語です。
若い頃の勢いで口にした「富士登山」という一言が、なぜか30年間も人を集め続け、途中で挫折し、笑われ、また集まり、気づけば人生そのものになっていた——。
書いているうちに、これは単なる登山小説ではないのかもしれないと思うようになりました。
人間は、登れなかった山のことほど忘れられない。
途中で諦めたことほど、妙に心のどこかに残り続ける。
そして歳を重ねると、不思議なことに「もう1回くらいやってみるか」という気持ちが、ふっと戻ってくる。
この物語には、大成功する人もいません。
世界を救う英雄もいません。
あるのは、居酒屋で調子に乗った会社員と、使われないスコップと、「来年こそ行く」と言い続ける人々だけです。
でも人生って、案外そういうもので出来ているのではないでしょうか。
笑っていただけたら嬉しいです。
そしてもし、あなたの心の中にも「あと1メートル」が残っているなら、本書がその景色を少しだけ思い出すきっかけになれば幸いです。
【第1章】 飲み会という名の罪
人生には、取り消せない一言というものが存在する。
「あの娘、好きなんだよね」と告白した夜。「俺、課長向いてないかも」と上司に漏らした夜。そして——「次の遊びは富士登山ですっ!」と叫んだ、あの夜。
私の名前は木村勝夫(きむらかつお)。58歳。コピー機メーカー勤務、来年には定年を迎える、どこにでもいる平凡なサラリーマンである。趣味は特になし。特技は2日酔いのままでも会議を乗り切ることくらいで、これは特技と呼んでいいのかもわからない。
その「事件」が起きたのは、今から30年前のこと。場所は新宿の居酒屋「さぶちゃん」。内装はすべて昭和テイストで、壁には「男は黙ってサッポロビール」のポスターが貼ってあり、メニューは手書き、トイレは和式、カウンターの隅には煤けたダルマが鎮座していた。
私は当時28歳。入社6年目の若手社員で、酒を飲むと饒舌になるという、最も危険なタイプの人間だった。その夜も生ビールを3杯、焼酎のお湯割りを四杯、最後に誰かが頼んだ梅酒ロックを半分ほど飲み干したあたりで、私の理性はさぶちゃんのトイレの排水とともに流れ去っていた。
「なあなあ、みんな~!」
私は立ち上がった。なぜ立ち上がったのかは今でもわからない。人は酔うと立ち上がりたくなる生き物なのかもしれない。あるいは、私だけかもしれない。
「次の遊び、決めようぜ!」
「ボーリングはどう?」と誰かが言った。
「釣りもいいな」と別の誰かが言った。
「バーベキューがいいです!」と女性社員の誰かが言った。
私はそれらをすべて聞き流し、気づいたときには両手を広げ、天井を仰ぎながら叫んでいた。
「次の遊びは——富士登山ですっ!!!」
瞬間、居酒屋さぶちゃんが静まり返った。BGMに流れていた「北の宿から」だけが虚しく響き渡った。
田中が目を細めた。「……富士山?」
鈴木が首を傾げた。「……登山?」
山田(女性)が顔を引きつらせた。「……え、本気?」
「本気ですよ!」私はもはや自分の言葉に酔っていた。「富士山ですよ、富士山!日本一の山!世界遺産!あの山を制した者だけが、真の男と呼ばれるのです!」
「木村さん、女性もいるんですけど」
「真の男女と呼ばれるのです!」
拍手が起きた。なぜ起きたのかわからない。酔っているとそういうことが起きるのだ。
こうして、私の運命は決まった。
翌週末——。
集合場所の富士山5合目バス停に、有志10名が集結した。全員が昨夜の拍手の余韻に引きずられてやって来た、いわば「熱が冷める前に参加表明してしまった」人々であった。
私は前夜、ホームセンターで登山靴(セール品・3000円)と雨合羽(同・1900円)とヘッドライト(電池別売り・700円)を購入し、「これで完璧だ」と思っていた。
今にして思えば、まるで完璧ではなかった。
富士山は、なめていいものではなかった。
【第2章】 山というものは思った3倍くらい高い
5合目から見上げる富士山は、恐ろしいほど巨大だった。
標高3776メートル。すでに5合目は標高2300メートルほどある。つまり残りは約1500メートル。「1500メートルくらいなら大したことないんじゃ」と思った私は、根本的に「高さ」というものを理解していなかった。
1500メートルを水平に歩くなら、20分もあれば余裕だ。しかし垂直に近い形で岩場を登るとなると話は全く違う。人間の足腰は、横に動くようにできているのであって、縦に動くようにはできていない。少なくとも私の足腰はそうだった。
6合目を過ぎたあたりで、田中が言った。「空気、薄くない?」
「気のせいだよ」と私は言った。
7合目で、鈴木が言った。「なんか頭が痛い」
「気のせいだよ」と私は言った。
8合目で、山田(女性)が言った。「木村さん、あなた顔が緑色ですよ」
「……気のせ……」と言いかけて、私はその場にへたり込んだ。
8合目を過ぎると、空気が「なくなる」のだ。なくなる、という表現は正確ではない。物理的には空気はある。しかし、吸っても吸っても、肺に入ってこないのだ。まるで穴の開いたコップに水を注ぐようで、いくら呼吸しても満たされない。
私は岩の上に座り込み、口を魚のようにパクパクさせながら、「人間はここで生きるようにはできていない」という至極当然の事実を、体全体で理解した。
隣では田中が「いや、これ絶対気のせいじゃないですよ、木村さん」と言いながら青ざめていた。
それでも——。
私たちは登り続けた。
なぜか?
1つには、下山する元気もなかったから。
もう1つは、「あんな発言をしておいて、登頂できませんでした」では、社会的に生きていけないと思ったから。
3つ目は——山田(男性の方)が「もうすぐ頂上ですよ!」と嘘をつき続けたから。後で聞いたら彼は「励ます嘘は嘘ではない」という独自の哲学を持っていた。
そして、真夏の深夜2時——。
私たちは山頂に立った。
寒かった。
真夏だというのに、信じられないほど寒かった。体感温度はおそらく零度近かった。全員が震えながら、しかし笑っていた。達成感というものは、確かにそこにあった。ご来光は雲の切れ間から少しだけ顔を出し、それはそれは美しかった。
私は思った。「また来ることは絶対にない」と。
なお、この誓いは後に盛大に破られることになる。
【第3章】 語り継がれる武勇伝と、集まってしまう同志たち
30年が経った。
あの夜の武勇伝は、年に1度の飲み会で語り継がれてきた。毎年同じ話を、毎年初めて聞くような顔をして聞く——それが私たちのグループの様式美となっていた。
「木村さんが8合目でへたり込んだやつ、最高でしたよね」
「田中の顔が青を通り越して透明になってたよな」
「山田(女性)が山頂で凍えながら『絶対に次は来ない』って言ってたのに、今日ここにいるんですよね」
そう——「今日ここ」というのが問題だった。
あの登山から数年後、「仲間」は増えていた。あの夜の居酒屋さぶちゃんにはいなかったのに、武勇伝を聞いて「私も行きたい!」という者が現れ始めたのだ。人間とは不思議なもので、他人の苦労話を聞くと「自分はもっとうまくやれる」と思ってしまう生き物である。
メンバーが変わり、顔ぶれが変わりながらも、「富士登山組」は毎年夏になると「今年こそ」と集まり始めた。
しかし——。
富士山はそんな甘い話ではなかった。
第2回:天候悪化により6合目で撤退。
第3回:メンバーの1人が5合目で高山病。残り全員で付き添って下山。
第4回:登山口を間違え、気づいたら御殿場ルートに入っており、体力を使い果たして7合目で断念。
第5回:これは後ほど詳しく語る。
そして第6回——今年——。
ついに、山頂に到達した者が出た。
それは私ではなかった。
私はその話を、居酒屋(さぶちゃんは閉店していたので別の店)で聞いた。
【第4章】 第5回遠征・通称「スコップ事件」の顛末
第5回遠征の話を、少し詳しくしなければならない。
この年、メンバーの中に松本という男がいた。51歳。職業はシステムエンジニア。体型は洋ナシ型で、平地での持久走は学生時代から苦手だったと本人が言っていた。なぜそんな男が富士登山に参加したのかというと、飲み会で「来る?」と聞かれて「行きます」と言ってしまったからである。人間の多くはこうして正しくない選択をする。
松本は「準備だけは完璧にしよう」という方針のもと、登山の3ヶ月前から準備を開始した。
まず、毎朝のランニングを始めた(3日で挫折した)。
次に、栄養管理アプリを入れた(1週間後に削除した)。
そして、登山用品店に行き、合計7万円分の装備を揃えた。これだけは実行した。
問題は、7万円の装備の中に「折りたたみスコップ」が含まれていたことだ。
「なんでスコップ?」と私は聞いた。
「雪を除けるためです」と松本は言った。
「夏の富士山に雪はないよ」と私は言った。
「万が一ということがあります」と松本は言った。
折りたたみスコップの重量:0.8キログラム。
8合目あたりで松本は、このスコップを「お守りのようなもの」と称し、断固として捨てなかった。
9合目で、松本はスコップを片手に持ちながら「これで山頂の土を少し盛れないですかね」と言い出した。
「何のために?」
「富士山をちょうど3777メートルにしたいんです。きりがいいじゃないですか」
私は笑いながら、しかし内心「それは名案かもしれない」と思った。
結局、第5回遠征は天候悪化で8合5勺から引き返した。松本のスコップは1度も使われなかった。しかし松本は「来年また来ます」と言い、スコップを家に持ち帰った。
なお、このスコップは翌年の第6回遠征にも持参されたが、また使われなかった。今、松本の玄関の傘立ての隣には折りたたみスコップが立てかけてある。彼の奥さんは「あれ何?」と聞くたびに「富士山用」と答えられ、毎回同じ顔をするそうだ。
【第6章】 3776という半端な数字への怒り
そもそも、3776メートルというのは半端な数字ではないか。
私はこのことを、かなり長い間思っていた。
東京タワーは333メートル。これは美しい。3が3つ並んでいる。語呂合わせもできる(「スリー・スリー・スリー」)。覚えやすい。タワーを見るたびに「そうか、333か」と思える。
スカイツリーは634メートル。これも美しい。六・三・四。「む・さ・し」、すなわち武蔵。古の武蔵国にちなんで、粋な計らいで634メートルにしたのだという。設計した人間の遊び心が伝わってくる。素晴らしい。
では富士山はどうか。
3776。
三・七・七・六。
「みな・ななろく」? 「さなな・ななろく」?
語呂合わせにもならない。語呂が悪い。覚えにくいわけではないが、数字の美しさというものがない。
なぜ3777にしなかったのか。7が3つ並べば「ラッキーセブン」が3つで大吉ではないか。なぜ3775にしなかったのか。三・七・七・五で「さくらさくら」と読めなくもない(読めない)。
1メートル。
たった1メートルの話である。
1メートルといえば、大人の1歩分くらいだ。本棚の高さくらいだ。子供の背丈くらいだ。私のゴルフの飛距離の誤差範囲内だ(最後は余計だったかもしれない)。
地球の直径は約1万2756キロメートル。富士山の標高3776メートルは、地球の大きさから見れば誤差どころかノイズに近い。そのノイズの中の1メートルくらい、誰も気にしないのではないか。
気づいたら私は考えていた。
スコップ、持って行こうかしら。
【第6章】 第6回遠征・山頂到達の報告
仲間から連絡が来たのは、今年の8月12日のことだった。
「着きました。山頂です」
写真が添付されていた。
7人の人間が、山頂の鳥居の前で満面の笑みを浮かべて立っていた。全員がヘロヘロで、1人は完全に放心状態だったが、笑っていた。
田中(あの田中だ。顔が透明になったあの田中だ。今は51歳になっている)が、白い歯を見せて笑っていた。
山田(女性)が、「絶対に次は来ない」と30年前に言ったにもかかわらず今年で3度目の挑戦だったが、ついに山頂で「やったー!」と声を上げた写真が添付されていた。
松本のスコップはリュックにちゃんと入っていたが、今回も使われなかった。
私は、その写真を眺めながら、居酒屋で1人ビールを飲んだ。
行けばよかったと思ったか?
思った。
思ったが——。
実は今年の8月12日、私は別の場所にいた。
孫の七五三の前撮り撮影が、同じ日に入ってしまっていたのだ。
孫の名前は勝太郎(かつたろう)。2歳半。私の顔を見るたびに「じ~じ!」と言って走ってくる。私はそのたびに「じ~じですよ~」と言いながら抱き上げる。
七五三の衣装を着た勝太郎は、それはそれは可愛かった。
写真の孫と、写真の仲間たち——。
私はビールを1口飲んで、「まあいいか」と思った。
そして次の瞬間、「来年は絶対行く」と思った。
なお、私は過去30年で合計7回「来年は絶対行く」と思っているが、富士山に登ったのは30年前の1回だけである。
【第7章】 山頂まであと1メートルの哲学
仮に——仮の話である——私が来年の夏、スコップを担いで富士山に登ったとしよう。
7合目:「やはり空気が薄い。スコップが重い」
8合目:「空気がない。スコップは岩のようだ」
8合5勺:「このスコップを置いて帰りたい」
9合目:「なぜ私はスコップを持ってきたのか」
山頂:「……到着した。体は生きているのか? ともかく生きている。さて、スコップを」
そこで私はスコップを取り出し、山頂付近の砂礫を1メートル分ほど、そっと、そおおおおっと盛るのだ。
1メートル分の土というのはどのくらいか。バケツ何杯分か。スーパーの袋に入るくらいか。米袋よりも軽いかもしれない。誰も気づかないかもしれない。
しかし、後世に測量技師が精密な計測を行ったとき——。
「富士山の最高地点は、従来の計測より若干高いことが判明しました。正確には3777メートルです」
というニュースが流れるかもしれない。
その犯人は——。
いや、犯人という言葉は語弊がある。貢献者、と呼ぼう。
その貢献者は——私かもしれない。
あははは。
【第8章】 定年前夜の告白
来年、私は定年を迎える。
38年間、コピー機を売り続けた人生だった。コピー機というものは、売っている間はただの機械だと思っていたが、定年が近づいてきた今、なんとなく愛着のようなものを感じている。あの、ガシャコンとトレイが開く音。スキャンするときの光の走り方。原稿を忘れたまま去ってしまった人が残した、誰かの確定申告の控え。
人生というのは、振り返ると思ったより色々あったものだと気づく。
30年前に富士山に登ったこと。
その武勇伝が、30年間仲間を引き寄せ続けたこと。
6度目にしてようやく山頂に到達した田中や山田の笑顔。
松本の玄関に今も立つ、出番のないスコップ。
私は思う。
富士山の高さは3776メートルだ。
だが、その3776メートルに挑んだ人間たちの物語の高さは、どこかもっと別の場所で測るべきものかもしれない。
あの山は、登頂できた人だけのものではない。途中で引き返した人も、麓から見上げた人も、居酒屋でビールを飲みながら写真を眺めた人も——みんな、何かしら富士山と関わっている。
富士山は、そういう山だ。
そういえば、富士山が世界文化遺産に登録されたのは2013年のことだった。「富士山——信仰の対象と芸術の源泉」という名称で。
信仰の対象——なるほど。
私も、ある意味、30年間富士山を信仰していたのかもしれない。登れていないのに。
いや、登れていないから、信仰し続けていたのかもしれない。
人間は、手の届かないものを、最も敬う。
【第9章】 来年の夏、もう1度
定年後の計画を、妻に話した。
「富士山に登ろうと思う」
妻は味噌汁を飲みながら言った。「また? 何回目?」
「2回目」
「30年ぶりに?」
「そう」
「いくつになったと思ってるの」
「59」
「無理じゃない?」
「田中は51で登ったぞ」
「田中さんと比べないの。あなた、先週の駅の階段で膝が痛いって言ってたじゃない」
「富士山は空気が薄いから膝への負担が……」
「余計悪いでしょ」
論理的には妻が正しい。しかし人間は、論理だけで生きているわけではない。
「スコップも持っていこうと思う」
「なんで?」
「富士山を1メートル高くしようと思って」
妻はしばらく私を見つめ、それから味噌汁を1口すすり、言った。
「あなた、定年したら少しゆっくりしなさい」
ごもっともである。
しかし——。
来年の夏。
私は、スコップを担いで、富士山の5合目バス停に立つかもしれない。
空気が薄くなってきたら「吸っても吸っても肺に入ってこない」と思うだろう。
山頂に着いたら、信じられないくらい寒いだろう。
そして、リュックからスコップを取り出し、そっと、そおおおおっと、1メートル分だけ土を盛って——。
いや。
もしかしたら、盛らないかもしれない。
ただ、山頂から見える景色を眺めて、「やはり素晴らしい」と思うだけかもしれない。
それで十分かもしれない。
富士山は3776メートルのままでいい。あの半端な数字が、なんだかんだ言って愛おしい。
三・七・七・六。
語呂は悪い。覚えにくくもない。そして——30年間、たった1つの数字が、こんなにも多くの人間を動かし続けてきた。
それはもう、3777よりずっと、大きな数字だ。
【エピローグ】 その後の皆さん
田中は、山頂で撮った写真を会社のデスクに飾っている。サイズはL版で、フレームはダイソーで買ったものだが、毎朝それを見てから仕事を始めると言っている。
山田(女性)は、今年の山頂で「次は来ない」と言いつつ、来年のメンバー募集に1番最初に手を挙げた。
松本のスコップは、今日も玄関の傘立ての隣に立っている。
私の妻は、富士山の写真集をこっそりアマゾンで注文した。私が見つけたとき、彼女は「違う、これは友人へのプレゼント」と言った。私には友人は1人もそんな本を欲しがっていないとわかっていたが、何も言わなかった。
富士山は今日も、3776メートルの高さで、日本のどこからでも見える場所に立っている。
曇りの日も。晴れの日も。
誰かが登っていても、誰も登っていなくても。
変わらず、そこにある。
それが富士山というものだ。
あははは。
【著者より一言】
実は私、スコップ、もう買ってあります。
折りたたみ式です。
ー了ー
【あとがき】
富士山は、なぜ人を惹きつけるのでしょう。
日本一高いからでしょうか。
世界遺産だからでしょうか。
もちろんそれもあるのでしょうが、私はたぶん、「ちょうどいい距離にある未完成」だからではないかと思っています。
遠すぎない。
しかし簡単ではない。
行けそうで行けない。
登れそうで登れない。
そして「来年こそ」と思わせる。
人生にも、そういうものがあります。
若い頃に諦めたこと。
やろうと思って結局やらなかったこと。
途中まで行ったのに引き返したこと。
不思議なもので、人は完全に終わったものより、「あと少しだったもの」の方を長く覚えている気がします。
この物語を書きながら、私自身も、自分の中の「富士山」を考えていました。
それは夢だったり、仕事だったり、昔の約束だったり、人によって違うのでしょう。
ただ1つ言えるのは、「まだ少し気になっている」という感情がある限り、人間は意外と前に進めるのだということです。
たとえスコップを担いでいても。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
もし来年の夏、富士山のどこかで折りたたみスコップを持った中年男性を見かけたら——。
たぶん、それは私ではありません。
でも、少しだけ応援してあげてください。
カトウかづひさ
〜おまけ〜
これは以前
ブログで書いたものを
物語に膨らましたものです
それをここに載せて置きます
富士山の高さは 3776M
東京タワ~は 333M
スカイツリ~は
粋なはからいで高さを 634M
そう
武蔵 にしたんだそ~だ
ならば
富士山も
そんな半端な高さではなく
あとわずか 1M 盛って
3777M って方が
覚えやすいし
良い数字 だと思わない?
な?
なんなら僕が
スコップ担いで
次の夏にでも
久々~~~に また登って
わずか 1M
そおおお~~~っと
盛ってみよ~かしら。。。
するとその後
再調査でもした頃に
富士山は
正確には
3777M でした ってことにも。。。
この先
もしも もしも もしも
そんなことでもあったならば
その犯人は
僕かもよ?
あははは
これは
若い頃の僕たちの
ノンフィクションです



