家族ぐるみでお付き合いをしてきた
ご近所の旦那さま

余命3ヶ月と言われ
自宅での時間を過ごしている

もちろん
会いに行きたいが
ご迷惑になるだろうと
思ってみるが
それでも
会っておかねばと
心を持ち直す


それぞれが
それぞれの持ち時間の中
多くの道の中から
いくつかを選び
その道を歩く

次の瞬間
振り返り
この道は正しかったのかと
ふと思ってみるが
後戻りは出来ず
その道を歩む

するとまた
その道はいくつかの交差点があり
さて
右か左か直進かと
悩む間もなく
どちらかへと流される

そんなことの繰り返しで
その後の生き方も
残り時間さえも
変わってしまうけれど

それらは
すべて 運として
片付けられてしまう


還暦を越した時
振り返ったことは
この時代だから
辿り着けた齢だと言うこと

昔ならば
若い頃の盲腸の破裂により
成人に辿り着けていないはずで

西洋医学により
救われたこの身体

人生50年と言われた時代は
さほど遠い昔ではなく
それを越した方々は
それなりの強い身体と
それなりの
強い運を持っていたのだろう

いつか
誰かが
運を育てよう! と
熱弁していたけれど

はてさて
それには? と考えても
正しく生きることくらいしか
思い当たらない



昨今
下品なカネ持ちばかりが
はびこっている

彼らには
その運があったのだろうか?

わからない