見えないはずのものが

見え始めたら

もしや

そろそろかなあ とも思うけれど


出来るだけ先の未来をも

見たくもなったのは

やはり 

孫ってもんが出来たからで


それもこの夏には

またひとり増えるから

神社へと出向けば

真っ先に安産をと願う


それも

この命と引き換えてもと

強く願うのは

子供こそ未来


その未来を託さねばならず

僕たちが

無意識に壊してしまった今を

償う気持ちばかり


もちろん

残りの時間の大半を

正しく生きて

戻さねばならないと

思っているけれども…





さて

一昨日 

善次郎の奉納額の神社で

偶然 映り込んだ何者かが

気になって調べてみるが

分からない


ならばと

コマ送りにその動きを追うと

本殿の屋根付近から

鳥のように飛び立ち


高く舞い上がったのは

2つで


そのひとつが

物凄い速さで下りて来た


更には

もうひとつもまた

降りて来た

















今月末には

今年もここで

藤祭りが開催され

善次郎たちの

神道無念流の演舞が行われる


昨年 初めて伺った時には

例の新撰組の研究者が

善次郎の刀を探して来て下さって

今それは

実家の仏壇に納まっている


藤祭り


あの日

突然 現れた善次郎を追うと

多くの方々と巡り合い

多くのことを知った


それが

ひとつづつ

わずかながら繋がり出して

なるほど

そういうことかと

嬉しくなって来た


きっと僕の持ち時間内では

すべてが分かることはないが

次に興味を持つ子孫の為にと

出来るだけ多く広くと

歩き回ってみようかと思っている