1月3日・ジョージ・マーティンの輪 | papirow(ぱぴろう)のブログ

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1月3日は、『指輪物語』の作者、J・R・R・トールキンの誕生日(1892)だが、「五人目のビートルズ」ジョージ・マーティンの誕生日でもある。

ジョージ・ヘンリー・マーティンは、1926年、英国イングランドのロンドンで生まれた。彼が6歳のとき、家にピアノが届き、彼はピアノに熱中しだした。両親を説得してピアノのレッスンを受けた。将来ラフマニノフのような音楽家になることを夢見ていたが、最初は測量技師や事務仕事に就いた。
17歳のとき、海軍に入り、パイロットとなったが、彼が戦闘に参加する前に第二次世界大戦は終わり、終戦の翌々年に除隊。彼は退役軍人用の特典を利用して、音楽院で3年間、クラシック音楽の基礎を学んだ。このころ、彼は学校でピアノとオーボエの授業を受けたが、オーボエの教師はマーガレット・エリオットだった。
音楽学校を卒業したジョージ・マーティンは、BBC放送のクラシック音楽部門で働いた後、24歳でレコード会社EMIへ入社。EMI傘下のパーロフォン・レコードでさまざまなレコードの制作にたずさわった。
36歳、パーロフォン・レコードのトップとなっていたマーティンは、リバプールから売り込みにやってきたブライアン・エプスタインという男が持ち込んだデモテープを聴き、エプスタインがマネージャーをしている四人組のバンド「ザ・ビートルズ」との契約を即決した。ビートルズはデッカ・レコードのオーディションを落ちたばかりで、しかもマーティンは彼ら四人に直接会う前に、契約を決めたのだった。
ビートルズはジョージ・マーティンのプロデュースでレコード・デビューし、その後も、ビートルズのメンバーたちのアイディアをつぎつぎと取り入れ実現し、また彼らに音楽理論を手ほどきし、また演奏に参加しながら、彼らと共に曲を作り上げていった。
ビートルズは世界的バンドとなり、ジョージ・マーティンは「五人目のビートルズ」と呼ばれた。70歳のとき、彼はナイトの勲章を受け「サー」の称号を得た。

ジョージ・マーティンのオーボエの師匠マーガレット・エリオットは、ミュージシャンのピーター・アッシャーと、女優ジェーン・アッシャーの母親である。後に彼女の家には、ジェーンと婚約したポール・マッカートニー(ビートルズ)が居候として転がりこんでくる。ポールが「イエスタデイ」の曲を思いついたのは、マーガレットの家で寝ていたときである。また、ポールはピーター(ピーター・アンド・ゴードン)に曲を提供していて、それはヒットチャートの一位になっている。縁の不思議な輪である。

余談ながら、ビートルズに「ノルウェイの森」という楽曲があるが、ポール・マッカートニーによれば、あれは当時ピーター・アッシャーが住んでいた部屋が、ノルウェイ産の安い松の木で内装されていて、そのことなのだそうだ。そうした内装は当時ロンドンの若者の流行りで、松材の内装の部屋に住んでいる女の子と、ジョン・レノンが浮気をし(ジョンは既婚者だった)、それを歌にしたものだが、「安っぽい松(Cheap Pine)」というタイトルもまずかろうと「ノルウェイ産の木材(Norwegian Wood)」にしたのだという。

ジョージ・マーティンは、こういう意味のことを言っている。
「ビートルズは、自分のところへ、前の曲と似た新曲をもってこなかった。けっして『スターウォーズ2』を持ってこなかった」
つい慣れたやり方でお茶を濁そうとするたびに、自分はこのことばを思いだす。
(2016年1月3日)



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