田山花袋は、明治4年12月13日(西暦1872年1月22日)に当時は栃木県だった、現在の群馬の館林で生まれた。本名は田山録弥(たやまろくや)。父親は元武士で、録弥が4歳のとき、警視庁所員となり、一家は上京した。
録弥が5歳のとき、父親が西南の役に従軍して戦死した。
録弥は9歳のころから足利や東京で丁稚奉公をした後、12歳のとき、漢学塾に入った。漢詩漢文のほか、和歌や西洋文学にも親しむ少年だった。
18歳のとき上京し、19歳で文豪・尾崎紅葉の門下生となった。
出版社の校正係をしながら田山花袋の名で小説を書いた。
彼が32歳のときにはじまった日露戦争では、軍所属の写真班で従軍記者として働いた。
日露戦争の終わりごろから「露骨なる描写」を標榜する自然主義の小説を書きだし、勤めていた出版社から創刊された雑誌「文章世界」の編集主任となった。
35歳のとき『蒲団(ふとん)』を発表。生々しい描写が当時の人々に衝撃を与えた。
田山花袋は自然主義文学の中心とした活躍し、『生』『妻』『田舎教師』『一兵卒の銃殺』などを書いた後、1930年5月、喉頭ガンのため、東京の自宅で没した。58歳だった。
田山花袋の代表作『蒲団』を自分はずっと昔に読んだ。登場人物がみんなものすごくまじめなのに驚いた。物語は、主人公の妻子ある中年の小説家である時雄が、女性の内弟子にひそかに思いを寄せている。その欲望を隠して、女弟子の恋愛問題に師匠らしくえらそうに説教するというような話である。終わりのほうに、女弟子が使った蒲団をとりだし、顔を押しつけてにおいをかぎ、泣く場面があって、こんな感じである。
「性慾と悲哀と絶望とが忽(たちま)ち時雄の胸を襲った。時雄はその蒲団を敷き、夜着をかけ、冷めたい汚れた天鵞絨の襟に顔を埋めて泣いた。」(『蒲団』青空文庫: http://www.aozora.gr.jp/)
現代に読むとピンとこないけれど、このおぞましい感じが、当時の世相を衝撃をもって走り、日本文芸界に、自然主義文学の嵐が吹き荒れることとなった。
ずっと後の時代に、石原慎太郎が『太陽の季節』のなかで、主人公がペニスを障子に突きたてて破るといった描写を書いて世間を騒がせたけれど、それと似て、新しい世代の宣言というのは、衝撃的な性表現をもって高らかになされるものなのだなあ、と思う。
(2014年12月13日)
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