ロバート・エドワード・ターナー三世は、1938年、米国オハイオ州のシンシナティで生まれた。父親のターナー二世は躁鬱病で、息子の三世は小さいころ父親によく殴られ、虐待された。
第二次世界大戦が終わった後、父親の二世は海軍に入り、息子の三世を寄宿舎付きの学校に入れた。そうして彼をのけものにして、妻と娘といっしょに暮らした。
息子の三世は18歳でロードアイランド州のブラウン大学に入学し、経済学を専攻した。しかし、女性を寄宿舎の部屋に入れたのが発覚して放校処分となった。
大学を放りだされた三世は、父親の二世が経営していたアトランタの広告会社を手伝いだした。
二世が24歳のとき、父親の三世が躁鬱病と、企業を買収した際に負った借金からくるプレッシャーから、こめかみにピストルの銃口を当て引き金を引いた。
二世のテッド(ロバート)・ターナーは、父親の跡を継いで会社をかじをとり、業績を順調に伸ばした。ターナーは、32歳のとき、アトランタのテレビ局を買収し、放送業界に進出。
42歳のときには、世界初のニュース専門チャンネルCNNを立ち上げ、メディア界、ジャーナリズムの変革をもたらした。以後、野球チームや映画会社を買収し、エンターテイメントビジネスの会社と合併しと、会社の吸収や合併を繰り返し、メディア界に君臨した。
並行して、ヨットの選手権に出場したり、全米各地に野牛の牧場を展開して野牛ステーキチェーンを展開している。ターナーは53歳のとき、映画女優のジェーン・フォンダと結婚し、63歳のとき離婚した。
CNNニュースの出現は、自分には衝撃だった。
硬派メディアによるジャーナリズムの刷新で、テッド・ターナーはニュースの定義を「過去に起こったこと」から「いま起こりつつあること」に書き換え、新鮮なニュース番組を演出した。CNNは米国3大ネットワークよりも利益を上げる企業になった。
日本でテレビ番組「ニュースステーション」がはじまったのはCNN創業の5年後である。
テレビにしろ、ネットにしろ、メディアというのは時間が経過するにつれどんどん低俗化していくもので、それでいいと思うけれど、ときどき、ぐっとレベルを上げる硬派のものがうける改革の時期があり、そういう時期がないと早くだめになってしまうと思う。
お金になると見るや、若者たちがお笑い芸人を目指して公園のすみでネタ合わせをしだすのを見てもわかる通り、水は低きに向かって流れ、硬派のものを売っていくのはむずかしいけれど、それをみごとにやってのけたターナーは偉大だと思う。
ターナーは成功の秘訣についてこう言っている。
「けっしてやめないことだ。勝者はけっしてやめない。そして、やめる者はけっして勝利することがない。(You can never quit. Winners never quit, and quitters never win.)」(Brainy Quote: http://www.brainyquote.com/)
(2014年11月19日)
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