筑紫哲也は、1935年、大分の日田で生まれた。東京の高校、早稲田大学の政治経済学部を卒業し、朝日新聞社に入社。政治部記者、海外特派員、編集委員などをへて49歳のとき、雑誌「朝日ジャーナル」の編集長に就任。
54歳で朝日新聞を辞め、テレビのニュース番組「筑紫哲也 NEWS23」のキャスターに就任。「ニュースステーション」の久米宏と並ぶ「ニュース番組の顔」として君臨した。
72歳のとき肺ガンであることを番組中で告白。ニュースキャスターを休業。
2008年11月、入院中だった東京都内の病院で没した。73歳だった。
自分が社会人になりたてのころ、「朝日ジャーナル」を刷る印刷会社の担当営業マンと麻雀をしたことがあった。自分と同い年で、やはり新入社員だった彼は、取引先の「朝日ジャーナル」の筑紫哲也編集長は「朝日のエース」だ説明し、誇らしげに言った。
「あの人、おれのこと、『さん』付けで呼ぶんだぜ」
それを聞いて自分は、こう思ったのだった。
「そうかあ。筑紫哲也に『さん』付けで呼ばれるというのは、すごいことなのかあ」
右翼系、民族主義の人たちからは、筑紫哲也はずいぶん批判された。自分などは、コミュニティーを研究しているくらいで、原始共産制の牧歌的な暮らしがいいなあ、と思ってぼんやりしている人なので、左寄りの筑紫哲也の発言はしごくまっとうに聞こえた。
ライバル番組の「ニュースステーション」(現在の「報道ステーション」の前身)で絶大な人気を博していた久米宏が、当時こういう意味をことを言っていた。
「自分などは、おもしろい番組をと思ってやっているだけだけれど、筑紫哲也さんはちがう。あの人は、日本のため、日本国民のためにやっている」
それを聞いて、ああ、そういう感じは、わかるなあ、と思った。
自分の考えでは、筑紫哲也は単純な左寄りではなくて、もっとハイレベルな日本人を望んでいたのだと思う。たとえば、日本の国益だとか、日本人の損得だとか、そういう物差しを使ってものを測って考え、判断を下すようなら、それは中国人でも欧米人でも変わらない。それだけの国民なら、日本人である必要はない。
損になるばかりで一文の徳にもならないけれど、諸外国の人たちから見ればバカに見えるかもしれないけれど、それでも「恥」というものを知っているために、世界のなかで唯一「礼儀」を重んじ、あえて損するバカを平気でやる国民、そういう国民で日本人にはいてほしい、それが筑紫哲也の願いだったのではないかと思う。
どこの民族でも民族主義者は、わがほうの得になればそれでよしとして動くけれど、この「恥を知る民族」という考え方は、そんなものではない。いまだにベトナムに謝罪しない米国や、アヘン戦争についてひと言も謝罪しないで香港を去った英国や、アフリカ諸国に謝罪しない英仏など欧州列強のような恥知らずなまねはしないし、できない。そうしたほかの民族のまねをして損得に走るような日本人なら、存在意義はない。そういう立ち位置で、これはその辺の右翼や民族主義者よりも、よっぽど強烈な選民主義である。
筑紫哲也はその美男、マイルドな語り口や物腰、明晰な頭脳など、ジャーナリズムの表舞台に立つ者に向く長所をたくさんもっていたけれど、自分がもっとも強く感じたのは「日本人は特別であってほしい」という彼の祈りなのだけれど、ちがうだろうか?
(2014年6月23日)
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